カゲナシ*横町 拍手御礼小説2



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御礼の拍手小説は、全五種類です。お楽しみいただけたら幸いです。






のんびりと微睡むのもいいかもしれない



「ほふぇ」

「何、間の抜けた声を出している」


目の前から響く雨音に混じって、呆れている声が背後から聞こえてきた。けれど、私はまったく気にせず、窓枠に顎をのせたままもう一度息を吐いた。


「はふぁ〜」

「成人した者が、それほどまで情けなくてよいのか」

「しっつこーい。いづま堅い〜。つまんない〜」

「・・・・瑠伊華、お前」


はぁ、とため息をつかれた。そこでようやく私は振り返り、にんまりと笑みを浮かべる。


「べっつにさぁ、そこで終わらせなくていいよん? 子ども臭い〜なんて、承知の上でやってるもんよ」

「体の方は成熟しているようだから、さらにひどく見える。物の怪憑きかと言われるぞ」

「いづま、それ本気で言ってる? それだったらあんたの方こそ病院に行きなさい。今ココは江戸時代でもなんでもなくて、二十一世紀まっただ中なんだから!」

「冗談だ」

「冗談に聞こえないのよ・・・・」


始終真顔で話すいづまの言葉は、端々のアクセントが妙にずれている。まるで、それこそ大河ドラマに出てきそうな侍などの口調に似ている。
実際、彼は四家の直系でありながら自由奔放に女子高生をやっていた私と会うまで、完璧に侍口調だった。というか、忍者も混じっていた。主語が「我」で語尾に「ござる」をつける二十代の男なんか、最初は信じられなかった。
しかも、それを世の常識を考えている時点で「ああコイツ駄目だ」と思ったりもした。だから、叩き直してやった。
私はふと、目の前で正座をしている男を見た。窓を閉め、膝立ちで彼の目の前に向かう。そして、女の子座りをしてみた。


「なんなのだ」

「普通になんだ、でいいじゃないの。わざわざ音足さなくてもさぁ」

「我は、こちらの方が語りやすいのだ」

「ストップ。言い直しなさい」


私がびしっと指を鼻先に突きつけると、いづまは面倒くさそうに私の顔を眺め、言い直した。


「俺は、こっちの方が話しやすいんだ」

「合格合格〜」

「なんの試練だ・・・・」


いづまの脱力した声が、視線より少々高い位置から聞こえてくる。正座と女の子座りという差もあるが、もともと足の長さも胴の長さも負けているのだから、当然である。
私は少しだけ、腰を浮かせた。少しだけ膝立ちになり、手を伸ばす。あまり表情の変わらない顔が、目の前にある。


「な」


ぐっと顔を押しつけて、離れて、私はまたにんまりと笑った。ぺろっと可愛らしく舌を出してみる。
突発的と言えば突発的な行為だったが、別に自分自身としては、まったく驚かない。むしろ、ずっとこうしたいと思っていた。


「どーよ、三十路目前だっつーのにまだまだ純情なオニーサン?」

「・・・・」


いづまは、本気で驚いていた。魂でも抜けてしまったかのように、目を見開いて硬直している。
私はまたため息をついて、動かないいづまの胸に体を預けた。着流し一枚隔てた彼の体は、とても温かい。
ざぁざぁと、先ほどよりも激しい雨の音が聞こえてきた。思わず、ぎゅっと着流しの裾を握りしめる。
一瞬、胸のうちがいっぱいになるほど溢れた温かな感情は、すでにない。大半が、自嘲と化していた。


(わたしだけ にげちゃ だめなのに)
「いつも、ホント、やんなるよ・・・・べっとり真っ赤になった自分見るのも、あの子たち見るのも・・・・いづまを、見るのも」


そう言って、静かに目をつむる。その私の肩に、ぎこちなく、大きな手がまわされた。
雨音はまだ、続いている。すべての物音をかき消すかのように。



ただこのときだけでも、この人の胸の中で微睡んでいたい。



『鬼幻封滅』 壬神 瑠伊華


(08/12/27〜09/03/03)
お題配布もと:テオ