カゲナシ*横町



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朝のコーヒーは懐かしい味



俺は、目の前の光景に思わず何度も何度も、まぁ確実に二ケタは無言で瞬きをしていた。


「なんでいんの?」

「てってめぇ自分からこんな時間に人を呼び出しておいて言うことがそれかあああ!!!」


どごんっ、と自分の目の前で固く握りしめた拳を床に叩きつける友人を見て、俺はおもむろに記憶を辿る。
大体二日前ほどにまで遡ったところで、ようやく思い出した。ぽん、と握った右手を床と水平に広げた左手にのせて、満面の笑みを浮かべる。


「俺との約束覚えていてくれたのね実鶴くんっ!!」

「気色悪ぃんだよその呼び方やめれぇっ!!」

「えぇー、そんなー、だって確かに実鶴くんに一昨日『クラブの今後の活動のめどがたったから俺ん家来てー』って言ったけど、本当に合い鍵使って律儀に時間守ってやってきてくれるなんて思ってなかったし? 俺愛を感じるよ」

「・・・・伊東、どこかで脳のネジ飛んだ? もう手遅れかな、病院行くか? お前はそっち系ではないと俺は記憶しているが」

「冗談に決まってんじゃーん。でもさ、別に変な意味で愛っつったわけじゃねぇぜ?」


妙に几帳面な実鶴の手前、俺は腹の上に広げていたタオルケットをそれなり格好がつくように畳んで、ベッドから立ち上がった。
そして、ほぼ無意識のうちに、男子学生の一人暮らしらしくない置き鏡の前に座り、黒髪をオールバックもどきにして金色長髪のカツラを被った。その根元を束ねるゴムがゆるんでいないのを確認して、適当にクシを通す。


「やっぱ、家の中でもそうなのか?」

「ん? あー、そだねぇ。今はもうクラブ以外だと、これ外せなくなっちまったし」


そう言いながら、俺はカツラの安定具合をさらに確かめ、トンボ目玉のような、今時逆に珍しいどでか眼鏡をかける。ただし、レンズもフレームもただでかいだけで、完全に伊達だ。
と、そこで実鶴が立ち上がる気配がした。彼は台所の方へ向かったようだが、特に危険なものもおいていないので注意はしなかった。
俺は鏡を伏せて、くるりと部屋を見渡してみた。といっても、もともとそう広くないアパートの一室なので、面積もたかがしれている。引きこもりオタクと外では自分のことを言いふらしているが、実際のところ、オタクと呼べそうなものはほとんど存在していなかった。
ベッドと、こぢんまりしたテーブルと、円形の絨毯と、大学の参考書などを放り込んでいるカラーボックスに、壁掛け時計。目につくものと言えばそれぐらいだ。もともとものがないので、散らかりようもない。インスタント食品は滅多に食さないし。


「・・・・俺、オタクと呼べなくね?」


唯一それっぽいのは、大学用カラーボックスの隣に布を被せてある、それよりもやや小さめなカラーボックスだ。あの中は、まぁそれなりに「ぽい」ものを放り込んではいる。だが、滅多に出さない。


「おーれ何してんだろーなー」

「オタクっつー仮面被った引きこもり生活だろーがよ」


仮面、という部分を妙に強調させて、せまっくるしい台所から出てきた実鶴は、眉根を寄せていた。


「ていうかなんだよアレ。シンクとかコンロとか含めても一畳半あるかないかじゃねーか、あの広さ」

「一人暮らしにゃちょうどいいっつーの。って、なにしてたん?」

「ああ? コーヒー入れてたんだよ。眠気覚ましだ。コレ飲んだらとっととクラブのこと吐け」


俺は思わず、ずいと実鶴に差し出されたマグカップを見つめた。そして、また視線を実鶴に戻す。
しばらくの間、俺が何も言わず見つめていたからか、実鶴はものすごくやりづらそうにマグカップを揺らした。


「なんだよ、お前、朝から飲むコーヒーはうまいんだぜぇっつってたろ。しかもブラックで。いや俺も何も混ぜないのが好きだけど、何も朝っぱらからぐびぐび飲まなくてもさぁ」

「あー、お前、それ、覚えてたん?」

「・・・・違ったのか、口から出任せとか言ったらマジでこれ顔面にぶちまけんぞ」


実鶴の目は確かにマジだった。揺れていたマグカップが、俺の顔へ向けられる。


「いやいやいやいや、まっさかさー、高校時代にちらっと言ってたこと、覚えててもらってたなんて、ちょっと俺カンドー」


そう言って、俺はマグカップを受け取った。オタク、という『仮面』を被った頃から、起き抜けのコーヒーという習慣はなくなっていた。ぐい、と中身を傾け、真っ黒なそれを口の中に含む。インスタントだなーと思ってから、ごくりと飲み込んだ。



昔は苦さで目が覚めたけれど、今はこの上ない嬉しさで目がばっちりなんだぜ。



『ペルソナ・マジック』 伊東 雅


(08/12/27〜09/03/03)
お題配布もと:テオ