ある男の呟き、そして弔い 俺は、若い頃から乗りこなしてきた、とてもじゃないが入手方法を口に出すなんてできないドライド(※地上を走行する防弾加工の施された特殊バイク)のセンタースタンドを出して、しっかりと固定した。そのままボディに軽く寄りかかって、空を見上げる。 分かってる、あんときならともかく、だいぶおっさんになっちまった今の俺がこんなクサイ体勢してても、そんなに意味ねぇ。 「忍、こんな何もないところで休んでると、すぐに見つかるよー?」 ドライドのタンク部分から、聞き慣れた声がした。しばらく行動拠点としてるドーム……通称『楽園』に帰っていないため、白いボディが茶色く汚れてしまっているマシン。俺の相棒、鉄(くろがね)だ。 鉄の言うことも、まあ正しい。だが、俺としちゃもう少しこのへんでぼうっとしていたい気分なんで、わざと無視してやった。 そうしたら……いやまあ、さすがというかなんというか、他の自立型人格保持タイプのマシンなんかよりもず――――っと、人間の心情ってもんが分かるこのマシンは、俺がここから動かない理由をあっさり看破しやがった。 「あ、そっか。ここクレーズと最後に通った道だっけ」 ……気づいても言うなや。 何年前とか、そーいうことは面倒なので憶えちゃいない。 けど、あの自我が強くなる度、人間らしくなる度に毒舌が酷くなっていった、俺たちの同行者とここを並んで走ったとき、なんて言っていたか……それぐらいは、憶えてる。 『そろそろ、自分の身体にも限界が来たようだ』 もともと、急ごしらえの純粋培養な肉体。それを無理矢理改造し、強化することでアイツは生きてきた。アイツには、味覚と嗅覚が存在せず、視覚、聴覚、触覚も俺に比べるべくもないスペックしかない、なんて……な。足りないものは全て、改造によって得た機材でまかなっていたそうだ。どんなときでも外さないようにしていた、あのヘッドセットなんか、もともとあった耳を切り落として直接頭部に取り付けてるから外せないんだ、なんて聞いたときには、マジで機械政府ぶっ飛ばす、とか熱いこと考えたりしたこともあったが。 そんなこんなで、もともとボロクソな体を切り刻んで、機械とほとんど一体化した状態で生活していたアイツに、寿命なんて……無いに等しかった。 『お前と比べれば、この世界に生きているものは、大概短命な部類だろう』 『いや……上手くいけば、リースやレギなどは、長命種になれるかもしれないが』 『自分は、おそらく、これで最後だ』 アイツの言うとおり、少し『楽園』から離れた場所にあるクラスタに赴いて、そこのレジスタンスの奴らとちょっとした交流をしてくる、という戦闘もなにもなかったはずの旅を終えると、アイツの体は動かなくなった。 『楽園』にはあの後、レギの他にも信頼できるだろうと俺たちが判断した人材が、少しずつ集められてきた。その中には、どこぞの施設で望まぬ生体研究をしていたという人間もいて……そんな奴らも、アイツの体を調べて明るい返答をした者はいなかった。いや、研究をしていたからこそ、というべきか。 呼吸すら困難になってきて、もともと細っこかったアイツはあっという間に皮の張り付いた骸骨みたいな風貌になってしまった。それでも、アイツは生きて、息を引き取るその瞬間まで、クラや鉄を通して俺と旅をしていた頃の話を続けていた。 そして。 ――――――――――――――。 びょう、と俺の被っていた帽子が、いきなり吹いた突風に持っていかれそうになった。帽子の端についていた紐をしっかりあごの下で結んでいたおかげで、そうはならなかったが。 「……忍、そろそろ本当に行こう」 「なあ、鉄」 「なあに?」 「アイツが死んだの、いつだっけ」 「十五年と四ヶ月と二日前だよ。時刻はいいでしょ?」 一瞬で、ほぼ正確な時期を教えられる。 「もうそんなに経ってんのか」 「うん、忍もおじさんになったわけだよ」 「やかまし」 俺は忍のボディを軽くげんこつで叩いて、センタースタンドを元に戻すと、素早くドライドにまたがった。ハンドルを握り直し、発進準備をする。 「方角はこのまま、だもんな」 「うん、日暮れには『楽園』に着くよ」 「そっか」 実を言うと、アイツはあのまま死んでいなくなってしまうなんていう事態を回避することも出来た。 アイツの脳内には、培養液から取り出された直後から埋め込まれているコンピュータがある。そこからアイツの死後にでもデータを回収し、別のマシンのコンピュータにローディングさせれば、『クレーズ』という人格はおそらく保持される。……俺の親父の人格データを使った、鉄みたいに。まあ鉄の場合は、当時ガキだった俺に合わせて全体的に幼い人格になるよう設定し直されたが。 そのことを、もちろん俺は試しに言うだけ言ってみた。これっぽっちも望んじゃあいなかったがな。中途半端に生身と機械が混じった体が死んだら、今度は完璧に機械の体、ってか。 …………うん、まあ、本当に試しにってことだったんだが、あのあと俺の発言を聞いた周りの奴らが俺に飛びかかってきて……リースとか、レギとか、クラや鉄とか……ディスプレイからこっちの様子を見てた博士も、なんかのスイッチ持ってるような気がしたしな! アイツの返答は、もちろん「否」だった。 『それは最早、自分ではないだろう。お前は、鉄を自身の父親と考えた事があるか』 『スイマセンでした』 そんなやりとりも、今じゃちょいと笑える。ていうか、アイツも少し笑ってたんじゃないかね? 「そろそろだよー、通信繋ぐね」 「おう」 タンク部分に収まったまま、鉄は『楽園』に向けて俺たちにしか分からない暗号化したコードを送信した。すると、付けていたイヤホンから僅かなノイズが聞こえてくる。それはしばらくすると、穏やかな女性の声に変わった。 『お帰りなさい、忍さん、鉄さん。今入り口をそちらに……「B―8」区画へ向かってください』 「了解」 女性……『楽園』管理者リースとの通信が途切れると、俺は指示された区画へと黒金の指示を受けながら向かった。しばらくして、黒い箱としか表現できなさそうな建造物が、地中から顔を出す。 普段は地中に潜っている『楽園』のドームにエネルギーを供給する太陽塔を改造した出入り口の前に立ち、俺はふと、初めてアイツとここを訪れたときのことを思い返した。あのときも、逃走劇のまっただ中で……。 ああ、あの頃から世界は変わっちゃいない。 だが、お前がいなくなったことで、変わるもんはあるんだよ。 ……おやすみ、相棒。 番外編第一弾。『Lost and End』の終着点です。 ここの話を書いて文芸部に出してみたら、後輩に「クレーズがぁあああ!!!」と絶叫されたのはイイ想い出です(笑) (2011/ 空色レンズ) |
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