カゲナシ*横町 - Lost and End
□ Lost and End 〜小道の章〜 □


ある青年の過去、そして今

「お父さん!」
「んー? どうした」
「これ、直して!」
「どれどれ……ああ、これくらい棒一本あれば、お前にだって直せるよ。ほら、おいで」

 ―――浮かんで消えて、ふくらみ弾け。泡沫の、夢―――

 目の前の小さな風景は、どこも極彩色。空の青、雲の白、草の緑、花の……色とりどり。見ていて全く飽きない。そんな中でも、やっぱり一番だと思えたのは、我が家。
 少し茶色がかった外壁に、木材でできた基礎。屋根は母の好きな薄紅色で、少し可愛すぎないか、と父はよくしかめっ面をしていた。でも、なんだかんだで父も我が家を気に入っていた。

「母さん!」
「あらま、草まみれ。ちょっと待ってなさい、今タオル……」
「これ、これ!」
「え? あら可愛い! へぇー、花を組み合わせて飾りを作ったのね。器用ねー、あの人に似て」
「母さんにあげるよ」
「ふふ、ありがとう。さて、じゃあピカピカになりますか」

 ―――揺れる記憶、崩れる記憶、『ホントウ』はどこ……?―――

 父も母も、それぞれ自分の仕事を熱心に行なっていたけど、自分のことをないがしろにしたことは一度もなかった。それでも、やっぱり二人して忙しくなってきたとき、一人で遊ぶ自分を見かねてか、父が一体のマシンを作ってくれた。
 幼かった自分でも抱き上げられる小型のボディは、鋭角的な部分がどこもなくて、その白さも相まってとても可愛らしく見えた。母など、自分以上に気に入って彼女の髪飾りをアンテナにくくりつけてしまったほどだ。
 鉄(くろがね)だよ、仲良くしてやってくれな。そう言って、父は自身の名の一部から名付けたそのマシンを起動させた。最初はマシンらしく、決められた動作、応答しかしなかったが、自分が根気よく遊び、様々なことを教えるうちに人間らしい人格が芽生えてきた。
 自分と鉄は、親友になった。

「鉄!」
「わわっ、どうしたのさー?」
「んー、今日はあっちの水路で遊ぼう。草のボート流して競争」
「それお母さんにやっちゃダメって言われたじゃん!」
「水路の先の排水口に詰まるから、だろ。排水口前に網を張って、草が引っかからないようにすれば大丈夫だって。ほら」
「……準備はいいよねー。よーし、じゃあ負けないよっ」

 ――― これいじょう まえへ すすまないで ―――

 鉄を抱えて、初めて自分は『世界』の外側を見た。自分の『世界』と外とを隔てる境目は、薄く青い板で遮られているだけで、それは我が家の扉と違い、近づいただけで自動的に横へスライドした。
 外の地面は、少しも柔らかくなんてなかった。かつん、かつんと石を蹴るような音ばかり。そして、黒と、灰色と、銀と、白ばっかり。つまらない。
 怖い顔をした父と、父の知り合いらしい大人たちに囲まれて、自分はそのつまらない場所をただ黙々と歩かされた。そして、その果てで。
 灰色の大地。
 灰色の空。
 極彩色なんて、どこにもない。
 いや、一つだけあった。
 それは床をゆっくりと広がって、自分の靴を濡らし、やがて床全てを覆い尽くしてしまった―――赤。全部、全部赤い。青空と白い雲は映し出されないまま、草花は根こそぎ回収され、我が家は崩され、父と、母は……。
 鼻の奥がつんとする。原因は、立ちこめる鉄さびの臭いか、はたまた硝煙か。

「こっちだよ。早く、走って。逃げて。生きたいなら!」
「僕はマシンだけど、でも、でもね」
「一番の願いは、『自由に生きること』って設定されてるから」
「もちろん……君とだよ、忍!」



 懐かしい悪夢。
 ぎしりと、外の世界ではお目にかかることも出来ない木製のベッドが軋む。

「忍、忍、大丈夫?」

 いつの間にかスリープモードから起動していた鉄が、心配そうな声を彼にかけた。ふわりとベッドの上へ反重力装置を用いて移動し、顔をそっとのぞき込む。
 茫然としている彼の顔には、幾筋もの涙の跡。

「…………はあ、ダメだなー。ドームに来るといっつもこれだ」
「ダメなんかじゃないよ」

 両手で顔を覆い隠してしまった忍の頭を、鉄は優しい手つきで撫でる。

「今日はさ、こないだ廃棄クラスタから拾ってきた子たちや、レギと一緒に居住区で追いかけっこだよ。起床時間まであと四時間二十三分あるけど、まあ起きててもいいよ。レギはともかく、あの子たちは忍に懐いてるから絶対全力で追いかけてくるよー」
「……寝た方がよさそうだな」

 手と手の隙間から見える忍の口元が、苦笑の形に歪められる。忍は手をどけると、右手で鉄のものを握る。

「ふよ?」
「寝るから……今だけ、ちょっとだけ、代わり、ごめんな」
「『……いいよ、おやすみ。忍』」

 鉄は小さな指で彼の手を握り返しながら、普段の少年らしい声ではなく、落ち着いた大人の男性の声でそう答えた。
 少し小さなベッドの上で、大柄な体を丸めながら、まるで赤ん坊のようにして忍は眠りについた。
 それは余計だバーカ、と鼻声で呟いて。



「というわけで完全復活ー!!!」
「何に接続している言葉なのか一向に理解不能なのだが」
『まあ、忍さんですし』
「忍さん、おはようございます」
「華麗にスルー……っ!!!」



番外編第二弾。忍の過去編をあっさりと書いてみました。
『遭遇』においてクレーズの過去にはがっつり触れてあったので、ここらでこっちを出してもいいかなぁと。
……つりあいとれたでしょうか?

(2011/ 空色レンズ)
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