カゲナシ*横町 - 短編『旅立ちの日に』


□ 旅立ちの日に - 短いようで長かった、ね □



うん、じゃあここでお別れだね〜、とかのほほんとのたまいやがった小娘に、俺は眉を跳ね上げた。


「……ちょっと待て。どうしてここで別れなきゃならん」
「だって、剣士さんは北の町へ行くんでしょ? 私は西の山に行かなくちゃならないから」


小娘がサラッと返してきたこの台詞に、俺も思わず目元を手のひらで覆い隠す。
確かに、こいつと契約する前にそんなことを口走ったりもしたが、あれはアレ。小娘とは関係ねぇんだっつーの。


「ふふっ、どうしちゃったのー? 今までさんざん『うるせぇ』『足手まといめ』『役立たず』『泣き虫』『毒草とか毒キノコばっか採ってくるんじゃねぇよ』って、私のことバカにしてきたくせに」
「最後のヤツだきゃ死活問題だろーが。まさかあんなに大量のまだらキノコ『これって美味しそうだよね!!』なんつって汁ものにぶち込もうとした人間、初めて見たわ」
「だ、だって紫と白と黄色の綺麗な輪っかの模様、綺麗だったじゃない!」
「綺麗でも食用にならねぇモンはならねぇんだ!! いやその前に綺麗じゃねぇよあのキノコ不気味だろ!!」


ぶすーっと頬を膨らませる小娘に、俺は大きな大きなため息をついた。


「……お前、死にかけてももう俺ぁ助けに行かねぇぞ。ここで本当に契約終わらせんならな」
「うん、大丈夫大丈夫。あなたがきっちり教えてくれたから、もう毒草でぽっくりとかは―――」

「刺客は毒草とはちげぇぞ」


ざぁっ、と青々とした草花茂る斜面が波打つ。
少しいびつな十字路で、農民の子どもが着る麻布の服に、上流貴族だと表す上品な着物を一枚羽織った醜い少女は、それでも魅力的な明るい笑みを俺に向けた。


「うん、彼らのことは、もう自分でなんとかするよ。今まで本当にありがとう、剣士さん」

度重なる野宿で、やまんばのようになってしまった黒髪を手で梳かし、小娘は一度、深く頭を下げた。


「本当は、ここまで巻き込んでしまう前に別れるつもりだったんだけど。全く、律儀なお人好しほど、付き合って嬉しく厄介な人間はいないね」
「お前には俺が律儀でお人好しに見えんのか」
「見えるよ。そしてとても優しい」
「阿呆が。ただお前とは契約を結んで、報酬をもらっていたから」

「私のことを、あなたは一度も『醜い』と蔑んだ目で見たことはなかったよね」


嬉しそうに、本当に嬉しそうに、彼女は笑った。


「顔中に広がったあばたも、鳥のくちばしみたく曲がった鼻も、腫れぼったい目元も、半端に閉まらない口も。どこをどう見ても『気味の悪い娘』にしか見えなくて、殺される前にのたれ死にしそうだった私を、あなたは拾い上げてくれた」

「……………」


俺は何と言っていいか分からずに、小娘から目を逸らした。
クスクス、クスクスと笑う小娘の方を振り返らないまま、俺は腰に佩いた刀を揺らし、正面の道へ踏み出した。


「あ、残りの報酬……」
「前払いの分で十分すぎるわ阿呆。そんなにジャラジャラいらん。……ここまで守ってやったんだから、簡単に死ぬんじゃねぇぞ」


ザッザッザッ、と歩みを速める、砂利が蹴散らされる。

契約をしたときには、ここまであの小娘に付き合うとはこれっぽっちも思っちゃいなかった。
けれど。


『ありがとう』

(……ちょいと、期間が長すぎたらしいな)


隣を歩む人間のいない道を、俺はいつも通りの調子で歩いていった。
心の奥底から溢れてくる、懐かしく人間らしい感情を、持てあましたまま。


(『寂しさ』なんぞ、置いていくんじゃねぇよ、小娘が)


かちゃん、と小さく刀が鳴った。




(2009/03/23)






  お題 : ネバーランドを守りぬけ、