カゲナシ*横町 - 短編『旅立ちの日に』


□ 旅立ちの日に - 桜舞い散るこの季節 □



ヒラヒラと、目の前を回転しながら舞い落ちていく桜の花びらを見て、綾川 賢兎(あやがわけんと)は口元をほころばせた。


「もう、春なんだ」
「そうそう春だよ、頭のネジがちょっとゆるんじゃってるような変な人たちが夕方うろうろし始める直なんだよねぇ〜」
「んのわぁっ!?」


通りがかった公園の植え込みから、ガサッと勢いよく人間の頭が飛び出してきた。
泥や小枝や葉っぱだらけの黒髪だが、その下の造作は整っており、優男というのがぴったりだった。


「ま、雅也さん……いったいアンタどこから顔出してんですか。それとさっき言ったことは、自分自身を指し示していると?」
「ん、一般的な注意事項だよ。にしても、この公園の桜綺麗だね。僕たちの暮らしてた田舎の風景思い出すなぁ」
「はぁ」


賢兎は適当に返しながら、足を止めて榎本 雅也(えもとまさや)と共に公園の植え込みに沿って植えられている、桜並木を見上げた。
薄桃色の花びら、その舞い降りた一枚を手にとって、賢兎は思わず口に出した。


「笠羅那さんにも、見せたかったな」
「おいおい、すでに過去形かよ。賢兎、お前もう諦めてるってーの?」


さらに背後から投げかけられた声に、今度こそ驚くふうでもなく、ただため息をついて肩を落としながら返す。


「弥鳥(やとり)さん、もですか。この公園、そんなに人気なんですか?」
「私たちの間じゃ、結構、穴場のお花見スポットなんですよ」


控えめにかけられた声。
賢人が振り返ると、黒いワイシャツに真紅のジャケットという派手な服装をした斉藤 弥鳥(さいとうやとり)と並んで、ベージュのタートルネックに白いワンピースを重ねて着ている柿潟 智子(かきかたともこ)が立っていた。
二人の手にはそれぞれ、ジュースに重箱、アイスボックス、ブルーシートが。


「ひょっとして、前々から計画立ててたんですか?」
「そっ、結果、そこの変態や野生児がくっついてくることになっちまったんだが、な……」
「オイコラ弥鳥、てめぇ誰が変態で野生児だって? あぁ?」
「蘭くーん、弥鳥は『変態 and 野生児』と言っていて『変態 of 野生児』とは欠片も言ってないよ? って聞いてないね」


二メートルはある植え込みを飛び越えて、公園側から人影が飛び出してきた。
賢兎と同い年くらいの、恐ろしく吊った目をしている少年、帝矢 瑛蘭(ていやえいらん)は、飛び出した勢いを殺さぬまま弥鳥へ突っ込んだ。
しかし、弥鳥は彼の渾身の一撃を軽いステップでかわし、かつひょいと差し出した右足に引っかけて転倒させた。


「ごぶふっ」
「はっはーん? まっだまだだなぁ瑛蘭。あたしに勝とうなんざ、月が地球に衝突するぐらいあり得ねぇ」
「ん、だとっ……」
「あ、ああああのそろそろお花見しましょうよお花見! ね、瑛蘭さん、落ち着いてください! け、賢兎さんもどうですか?」


ヒラヒラ ヒラヒラ


『…………』


代わり映えしない、真っ白な病室に一人。
窓から見える外の世界には、さまざまな色が溢れていて。


「……うん、ちょっと、寄るところに寄ってからまた来るよ。お開きになってたらそれまでだけどね」


そう言って、賢兎は道に落ちていた、比較的形の整っている桜の花と、複数枚の花びらを拾い上げ、大切に両手で包み込んだ。
一同に軽く頭を下げて、賢兎は今まで歩いてきた道とも、これから行こうとしてきた道とも異なる道を駆けていく。


「……琴刃ちゃんのところに、行くのかな」
「青春だねぇ」
「青春だな」
「…………」


平凡で、優しくて、ほどよく真面目な少年の、小さな歩み。
彼の心は、いつでも彼女を向いている。
いつか、彼女の心が自分の方を向いてくれる、その日を待って。




(2009/03/26)






  お題 : ネバーランドを守りぬけ、