□ 旅立ちの日に - 君がまっすぐ未来に進めるように □ 焦げ茶色のステッキで指し示された方向を見れば、確かに、先の見えない一本の道が見えた。 つい数秒前まで、この老人と自分がいる円形の広場からは、何十という道がのびていたというのに。 「他の道は、どこへいったんだ? もっとあっただろ」 「ああ、あったとも。だが、儂が示したからな。もうあの道しか残っておらん」 「あの道しか、って」 勝手に決めやがって、と心の中で吐き捨てると、広場の中央に設置されていたベンチに腰掛けていた老人の目が鋭くなった。 「君が投げ出したのだろう。こんなに道があっては、選ぼうにも選べない。知ったことか、と。 だから、儂が親切にも一つにしぼってやったのだ。そんなことを言われる筋合いはないのう」 睨みつけると、また飄々とした表情に戻って、ふところから煙草を取り出し吸い始めた。 揺らめき、立ち上る煙草の煙と独特のにおいが自分の所にまで届く。 「一つじゃ、俺の選択権がねぇじゃねぇか。せめて、五つくらい……」 「ほう、五つもか。五つも……君の未来を、儂が選んでしまっていいわけか!」 途端、老人は立ち上がり、火が付いたままのほとんど吸われていない煙草を投げ捨てた……ポイ捨てはイカン。 そのまま、さっき自分で示した道はそのままに、広場の円のギリギリのところで、ステッキを鳴らした。 カン、コン、コンッ すると、鳴らした場所にもう一つ、道が出来た。 驚いて言葉のでない自分を放っておいて、老人は他の場所でも同じことを繰り返し、合計で五つの道を創りだした。 「さて、選んだぞ。五つの道を、五つの未来を。さぁ、若人よ、君はどの道を進むのかね?」 「未来って、おい、これ……」 「選べ。君はもう戻れはしない。五つでいいと言っただろう? …………お望み通り、最低最悪なバッドエンドを五つ、選んでやったぞ」 老人の顔が、醜悪なものに変わった。 別に、角が生えたり、犬歯が伸びたり、肌や髪の色が不可思議なものになったわけじゃない。 けれど、醜悪だ。 「……バッドエンドなんぞ、まっぴらゴメンだ。んな未来に進まされるぐらいなら」 自分は。 これから。 「何十でも、何百でも、何千の道があったって知ったことか。人に選ばせてたまるかよ。 分かれ道があろうがなんだろうが、全部自分で選んでやるよ!!」 老人が選んだ道はすべて無視。 さぁ考えるな、ただ想いのままに。 進みたいのは、どっち? 「……こういうことが、この先、何度あるか分からんからなぁ。 君は強い。若人よ、儂のような存在に惑わされるな。自分で選んだ道を進め―――」 現れた、六つめの道。 迷わず一歩踏み出したところで、老人の、先ほどの醜悪さなど欠片もない好々爺然とした笑い声が響いた。 ……今のところ、まだ、この道を選んで後悔してはいない。 (2009/03/28) ![]() |