□ 旅立ちの日に - お世話になりました!! □ 「あー、お前も、もう町に出て働く頃か」 「はい。とりあえず師匠がのたれ死にしないかものすごく心配でしたけど、僕が来る前もきちんと生きていたはずですから、そこらへんは気にしないことにしました。……今まで、ありがとうございました」 師匠は、裾や袖口がずたずたになっているボロきれのようなローブをはためかせて、カナンの目の前に現れた。 ……ちなみに、彼は瞬きの一瞬前まで、二階のベランダの安楽イスに座って昼寝をしていた。 早い話、瞬間移動である。 「まぁ、まさか騎士の修業のために、魔法使いに弟子入りするとは思いませんでしたけど」 「いいじゃないか。ご両親の手違いでも、素質があったおかげで魔法の使える騎士になれたじゃーん」 「じゃーんとか言わないでください。剣の腕前は、まだまだ下の上程度なんですよ?」 「え、けどいつも俺に喧嘩売ってきた、馬鹿なヤツらと一人で応戦して勝ってたじゃんよ」 きょとんとした表情で見つめてくる師匠に、カナンはため息をついた。 「この家で、あなたが改造に改造を重ねた『お化け屋敷』で反射神経やら危険察知能力やら度胸なんかを鍛えてたせいですよ」 「鍛えていた『せい』じゃなくて『おかげ』じゃない?」 「この家の仕掛けに恨みこそあれ、感謝なんてしたくありません。盗賊の喧嘩? 可愛いもんですよ本当に……」 カナンの表情に陰りが見えたところで、師匠はにへらっと気の抜けた笑みを浮かべた。 内心カナンが爆発してしまうのではないかと怯えていたが、長いつき合いであるため、この表情を浮かべれば大概彼の怒りを打ち消すことができる、ということを知っている。 実際、そんな師匠の顔を見たカナンは「ま、今さら言ってもしょうがないですけど」と早々に諦めてくれた。 「町には真っ直ぐ行くのか?」 「いえ、まず実家に帰ります。両親に顔を見せて、それから町で職場を探します。……なんとなく、道は見えてますけど」 カナンが将来の職として希望していたのは、王都を警備する白銀鎧に真紅の飾り布が象徴である『王の騎士』だった。 だが、ボケボケ両親のうっかりのせいで、天然魔法使いなんぞに弟子入りしてしまったのだから、最早『王の騎士』になるための道は閉ざされたも同じ。 そこで、魔法が使える中途半端な騎士なんぞが食べていける職業といえば……。 「うう、やっぱ傭兵ぐらいしかないよなぁ」 まあしょうがない、しょうがないのさ、と自分に言い聞かせていたところで、師匠の肩がぴくりと震えたように見えた。 「ししょ……?」 「うん、カナン。傭兵の道に進んでも全く君(の実力)なら問題ないと思う。けど、やっぱ一つ言わせてくれ」 師匠は、カナンが今まで見てきたものよりもずっと真摯な、真剣な表情で告げた。 「きちんと女性用の鎧を買いなさい、今のままだったら体の成長が妨げられてしまうから。あと髪をもう少し伸ばしてココのところ三つ編みにしなさい。もう一つ言うならば『僕』じゃなくて『私』って言ってくれると実にうれし」 「失礼します永遠にサヨウナラお師匠様っっっ!!!」 脱兎の勢いで、赤銅色の短い髪をした……女騎士カナンは、魔法使い邸から逃げ出した。 あっという間に小さくなっていく彼女の背を見つめて、魔法使いの青年は小さくため息をついた。 「やっぱ、もう帰ってきてくれないかなー。つか、本気で傭兵やるつもりかな……あんなむさ苦しい職業なんぞ、カナンにやらせるわけには……けどあの子本気っぽいし、本気の邪魔したら仕返しが怖いし……ああーもう」 一年に一度でいいから、また顔を見せに来てくれたらイイナ。 魔法使いはそんなつぶやきを胸に、昼寝の続きをしようと瞬間移動でベランダに戻った。 (2009/03/28) ![]() |