カゲナシ*横町 - 短編『男の矜恃を守れ』


□ 男の矜恃を守れ □



ハルシュは顎より下の方にまで伸びた前髪をいじりつつ、小さくため息をついた。

「で、僕は何をすればいいって?」
「いや、だから」


目の前でおろおろしながら、ハルシュの機嫌を伺うようにしている男子学士が一名。


「女装」
「君はバカなのかい」


ハルシュは付き合ってられない、と吐き捨てて、学士ルミオーネの脇を通り過ぎようとした。
だが、がっしりと右腕を捕まえられてしまい、身動きが取れなくなる。
ハルシュはスポーツも上の中程度にこなせるが、ルミオーネの体力筋力には全く敵わない。


「だっだだだだからサ!? 俺だってこんなことお前に勧めたくはない。けどっ」
「勧めたくないなら勧めなければいいだろう」
「勧めなきゃならない理由があるんだよっ! 俺の命のためにも、お前の将来のためにもっ!」
「……僕の将来?」


すると、二人がいた学室の扉が、ドゴアァッとすさまじい音と共に蹴り破られた。
ハルシュは目を丸くし、ルミオーネは異常なほど全身を震わせる。


「ハールシュちゃぁん、お着替えしましょ?」


……ハルシュはその場を脱兎の勢いで逃げだそうとした。
だが、なんとか隙を突いて振り払ったルミオーネの腕が、今度はハルシュのシャツの襟首を捕まえる。


「ぐへっ」
「スマン、すまないハルシューっっっ! 無事な姿を是非、昼過ぎにでも見せてくれよっ」


そう言って、ルミオーネはハルシュの細い体を勢いよく扉の方向へ投げつけた。
視界の端で、ハルシュ自身が逃げだそうとした窓から飛び出していくルミオーネの背中を見つけた。
……とりあえず、しばらく水難に遭うような呪いを施しておいた。


(売りやがったな、ルオ)
「ハルシュちゃーんっ。あなたなら何でも似合うわよきっとっ!! それに私が見立ててあげるんだから、もう天下一の可愛らしいお嬢さんに大変身よ、モッテモテになっちゃうんだからキャ―――っっっ!!」


自称『ハルシュの運命の人』、クレセナ。
鼻歌交じりの彼女に引きずられていくハルシュは、必死にもがき、首に絡む彼女の腕を振りほどこうとした。

学士が主役の学園祭、けれど、こんな想い出は絶対につくりたくなんてない。
己が誇りにかけても、逃げ切ってみせる。




(2009/03/31)