カゲナシ*横町 - ペルソナ・マジック
□ ペルソナ・マジック □


第一部  仮面の下に

俺は杉坂(すぎさか) 実(み)鶴(つる)。大学二年。安アパートに一人暮らし。
・・・・一つ言っておこう。俺は、凡人だ。
急に何を言う、と思ったろうが、まぁ、覚えておいて欲しい。
おかしいのは、『変人』なのは、俺の周りの人間なんだよ・・・・。


◆  ◇  ◆  ◇  ◆


杉坂は夕暮れ時の住宅街を、至って普通のペースで歩いていた。ぼんやり講義の内容を思い出しつつ、ブラブラと。
「・・・・あ、電源、切ったままだっけ」
そうつぶやいて、ポケットの中にある携帯の電源を、取り出さないまま入れる。数秒、また先ほどと同じ沈黙が流れた。そこへ。
『 ピーッピピロピロリ ピーッピロピ・・・・ 』
バイブレーションと共に、携帯が鳴った。杉坂は少しうっとうしとうな表情で、携帯を取りだし、待ち受けを見る。
『 メール受信件数 二十件 』
「・・・・」
ピタリ、と歩みが止まった。杉坂はそれほどメールをしないし、頻繁にメールをしてくるような友人もいない。
「・・・・誰だ。つか、なんだ!? 俺の携帯に何が起こったっ!」
叫びつつ受信ボックスを開き、メールを確認する。一番古いものは一時間前、それからは三分おきに同じ人物からメールが送られてきていた。
二十件全てのメールが同一人物かららしいと推測し、杉坂は眉をひそめた。最新のメールを開いてみる。その瞬間。
ビギリ
・・・・妙な音が、杉坂の頭の中から響く。それから、一通ずつ律儀に目を通していく。次のメール、次のメールと移っていく度に、ピキピキと氷の割れるような音がしてくるのは、気のせいだろうか・・・・。
最後のメールまで確認した杉坂は、即刻メールを全削除、アドレスも拒否設定を行った。そのまま乱暴にポケットの中へねじ込む。
メールの文面は、すべてこうだった。

『 おめでとうございます! あなたは見事三十万円当選いたしました・・・・ 』

「・・・・馬鹿らしい迷惑メール一時間にもわたって送り続けんなやオラァッ!!」
杉坂はぶち切れたまま、ドカドカと自分の家へ向かっていった。


カンカン、と今にも崩れそうなほど錆びている階段をのぼり、杉坂はブツブツ文句を言いながら自分の部屋の前まで行き、ドアノブに鍵を差し込もうとした。
そこで、『扉が内側から開き』、セミロングヘアのほっそりした、ワンピース姿の少女が顔をのぞかせた。
「おかえりなさ〜い、実鶴くん?」
ドバンッッッ!
・・・・思わず、条件反射に近い勢いで、杉坂は開かれた扉を開いた人間、宮川(みやがわ)玲(れい)ごと元の位置に叩き込んでいた。扉の向こうで、ガンゴンと何かが転がる音が聞こえる。
(何で俺の家に玲(コイツ)がいるー!?)
パニックに陥る杉坂の目の前で、また扉が開き、今度は別の人物が現れた。
「おぅい杉坂、ビックリしたからってそりゃないぜ〜。玲が可哀想だろ」
「お、おま・・・・伊東(いとう)? なんで、俺ん家に・・・・」
「あ、ちょっとピッキングさせてもらって、おじゃましてます。てかどうぞ? お前の家だろ〜なに上がるの躊躇(ちゅうちょ)しちゃってんの?」
「何さらっとピッキングとかぬかしてやがる、この引きこもりっ!」
「ひ、引きこもり言うなっ! 俺だって最近ちゃんと外に出てるんだぞ! ・・・・ご、五分くらい・・・・」
バサバサの中途半端な金髪をうなじの辺りでまとめ、分厚くどでかいレンズのメガネをかけた男、伊東 雅(まさし)は、へらへらと笑いながら杉坂を家の中へ引っ張り込んだ。
「さぁ〜あ実っ鶴ぅ? まずは玲ちゃんに謝らんとー、ほれそこでのびてる」
「・・・・ていうか、お前が俺に謝る方が先なんじゃねぇの? 住居侵入罪だ」
「あっは〜! 細かいこと気にしなぁい!」
「ぅう、わ、私が代わりに謝ります・・・・。ごめんなさい実鶴くん、さすがにおふざけがすぎました・・・・」
なぜか爆笑しながら奥へ歩いていった伊東に、殺気を放っていた杉坂だったが、隣から聞こえてきた可愛らしい謝罪の声に毒気を抜かれる。
「・・・・いや、ていうか、なんで玲までいるんだよ? まさか、伊東とお前がいるってことは」
「はい、星(ほし)見(み)さんも来てます。居間で勝手にジェンガ大会やってます」
「遊んでねーでさっさと出てけやぁっ!」
ダンッ!と、杉坂は大きく踏み込んで居間に向かった。
居間では、伊東ともう一人、漆黒の髪を長く垂らしている和風美人、星見 瑤子(ようこ)が、向かい合ってジェンガに集中していた。星見が手際よくブロックを外していくのに対し、伊東はブルブルと指を振るわせながらブロックをつついているので、今にも崩してしまいそうである。
「むむ・・・・お、俺やっぱこういうの無理・・・・あ、瑤もうちょい! もうちょい待って!」
「あと五秒よ。四、三、二・・・・」
星見が数え終わる前に、杉坂の渾身の一撃によってジェンガの塔は粉砕された。ガランガランとブロックが部屋中に散らばる。
「うわー何してんのお前!?」
「それはこっちの台詞だっつーの・・・・? お前らホント何したいワケ?」
拳をブルブル、頬をピクピクさせながら、杉坂は伊東と星見を見下ろしていた。その後ろでは、玲が恐る恐る、しかしどこかおもしろそうに見物している。
「まぁまぁ杉坂くん、落ち着きたまえ。俺たちはちょっとお前に頼み事があってだな? 伝統に則り、こうして堂々と・・・・」
「伝統ってどこにそんなもんがあるっ!」
怒鳴る杉坂を片手で制止しながら、星見が冷静に答えた。
「まぁ、私達の入ってる大学のサークルの、よ」
「・・・・サークル?」
「そうなんです。それで、ちょっと実鶴くんにもお手伝いしてほしいなーと」
そこへ、宮川がひょっこり顔を出す。
「他にも、伝統であるものを送っていたはずなんですけど・・・・ちょっと失礼しますね」
宮川はそう言うと、杉坂のポケットをまさぐって携帯を取りだし、メールの受信ボックスを開いた。両脇から、伊東と星見も画面をのぞき込む。
「って、ない!? 結構送ったんだけどなぁ・・・・あ、でも受信履歴は残ってる」
「ひょっとして杉坂、全部消したの?」
「迷惑メールの犯人もお前らかぁっ!」
うぎゃあ!と頭を抱える杉坂を眺めながら、伊東はフフン、と嫌みったらしい笑いを浮かべて言った。
「だって部長がそーゆう風にしてくれよって。おもしろいから。あ、ちなみにあの三十万っていうのもいい加減な数じゃなくって、俺ら三人分の期待って意味で」
「おもしろくも何ともない・・・・っ」
杉坂はぎりぎりと歯を食いしばり、また強く拳を握りしめた。それを見た星見はため息をついて、杉坂にいったん座るよう促す。
「とにかく、私達の入ってるサークルのイベントで、人員が足りなくなったの。それで急遽助っ人を、ていう話だったんだけど、ちょっと特殊なところだからなかなか条件に合いそうな人がいなくて、ね」
「で、まぁ知り合いの中で一番順応能力高そうな実鶴のことを言ってみたら、じゃあ連れてきてくれないか〜みたいに言われちゃって」
「勝手に話を進めるなよ!? というか、特殊なサークルって・・・・」
ぶつぶつと文句を言いつつも、杉坂は三人の加入しているらしいサークルに興味を持った。伊東、星見とは高校から、宮川とは大学に入ってからの短いつき合いだが、この大学生活でサークルに入っていたというのは、初めて聞いた。
「あ〜、まず名称はですね、『仮面クラブ』です」
ゴッ!
杉坂は目の前のテーブルに勢いよく突っ伏した。三秒後に復活し、赤くなった額を片手で押さえながら叫ぶ。
「一体どこのどんな店だぁっ! 今時そんな名前の飲み屋もねぇぞっ!」
「店じゃなくてサークルだっつの。でもまーしばらく聞いてれば慣れるよ? 俺らも最初はドン引きだったけど、一年もいればねぇ」
「俺は一年もいる気はねぇ! というか一秒でも!」
「落ち着いてよ杉坂。もうだいぶ隣の部屋とかに騒音迷惑かけてるわよ」
「お前らがここにいるってことが俺にとって一番めいわ・・・・っ」
そこで、杉坂は二の句が継げなくなった。ぱくぱくと口が開閉するのみ。
目があったのだ。薄い灰色がかった青色の瞳と。
(・・・・星見の目が、色が、変わってるー?)
つい数秒前まで、星見の瞳は漆黒であったはず。しかし、今はどんなにまばたきをしても黒には見えない。というか、あれだけ『和風美人』というのが彼女の代名詞だったはずなのに、もう外国人以外の何者にも見えない。
「驚いたわよね。これ、別に今カラコン入れたわけじゃないのよ、逆に外したの。・・・・こっちの色が天然。髪も真っ黒に染めてる。・・・・あたしね、クォーターなのよ。イギリスの血が三、日本の血が一」
「・・・・はい?」
「お、瑤子もうカミングアウトですかー? おっし、そんなら俺も・・・・」
視界の端で痛んだ金髪が揺れるのが見えた。杉坂はゆっくりと星見から目をそらし、そちらに視線を向ける。目が点になった。
「よっ」
カポッ、という音が聞こえてきたように思える。杉坂の口は、開閉どころか閉まらなくなった。伊東の金髪が、そっくりそのまま彼の頭から離れたのだ。しかし、その下から適度な長さの黒髪があらわれ、一気に印象が変わる。牛乳瓶底メガネを外せば・・・・。
「・・・・アナタハダレデスカ」
「んー? 目の前で起こったことを否定しちゃアカンぞ実鶴! 伊東だよん」
口調は相変わらずふざけた調子で、けれど見た目は、引きこもりの金髪オタクから爽やかスポーツ青年へと劇的な変身を遂げていた。
「あ、最後は私ですね? えっと・・・・じゃあこうしましょうか」
二人の友人の正体にショックを隠しきれない杉坂は、現実逃避に近い思い出ギ・ギ・ギ、と視線を最後の一人に向けた。そして結局、人生最大の衝撃を叩き込まれた。
まず視界に入ったのは、にっこりとした宮川の顔。そこから徐々に視線はさがり、ほっそりとした首筋、薄桃色のカーディガンに、胸元が開かれているワンピース・・・・。
「ってお前は何してんだー!?」
「あ、大丈夫ですよ。ここのとこ見てください、ホラ」
といわれたってオンナノコの胸元なんか直視できませんってうわーぁああ、とか思いつつ、杉坂はしっかりと見ていた。見てしまった。
胸ではない、『胸板』を。
「―――――」
「えへへ、私、本当は男の子なんです。サークルの人以外でこれを教えたの、実鶴くんが初めてです」
笑顔の宮川。その表情は、天使としか言いようがない。
プシュー、とあまりの事態に脳内がオーバーヒートしてしまい、杉坂は虚ろな視線を宙に向けた。
「あの、雅くん、実鶴くんの意識が別の世界へ飛びかけてるんだけど」
「大丈夫だって。あともう十秒くらいしたら勝手に情報整理が終わって、引き返してくるから」
「杉坂、仮面クラブっていうのはね、普段大学生活で自己を押さえている人たちが、自分の本当にやりたいことを、人の目を気にせずにできるようにっていう方針から作られたサークルなの。私達の場合はこんな風に、自分を隠しているものを取り除くんだけれど、他の人たちはみんな自己アピールの仮面をつけてて・・・・ちょっと、聞いてるの?」
思考が回復しつつある杉坂は、ぐらぐら揺れる頭をどうにか落ち着かせて、一言こう言った。
「もう、勘弁してください・・・・」
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