第二部 仮面の主 翌日の朝、いつも通りの時間に起床した杉坂は、思わず自分の顔を両手で覆った。 (ちくしょー昨日のは夢? 夢じゃねぇのかよコノヤロー・・・・) ちらりと部屋を見てみれば、散らばったジェンガ、勝手に飲まれていたジュースのボトルが見える。夢ではなく、昨日彼らは間違いなくこの部屋に来ていたわけで・・・・。 「うん、で、俺はあいつらをとりあえず家から追い出して、もうなんか考えるのが面倒くさくなって、そのまま寝ちまったんだよな・・・・」 そして追い出し際、彼らはいそいそと『いつも通り』の姿に戻り、杉坂にこう言っていったのも思い出した。 『それじゃー明日、さっそく来てくれよ? ていうか迎えに行くから〜』 「俺は一言だって了承した覚えねーっつの・・・・くそ」 ブツブツ言いつつも、これ以上ベッドの中にいれば最初の講義に間に合わなくなるかもしれない。杉坂は深いため息をつくと、ベッドの中から抜け出した。 最後の講義が終了するまで、杉坂の周りの時間は平穏そのものだった。 しかし、講義終了後、科の教授が講堂から出て行くのと入れ替わりに、嵐はやってきた。 「やっほー勉強終わり! さぁ杉坂行くぜえっ!」 「ぐほっ伊東てめぇ首! 首しまって・・・・っ」 オタクモードな外見の伊東は、陸上競技選手もびっくりな速度で杉坂を確保、シャツの襟首を掴み、問答無用で引き連れていった。 酸欠で、杉坂の意識が遠のきかけた頃、伊東はようやく彼を解放して、ある建物の中へ押し込んだ。思わず倒れ込み、しばらく咳き込んで、杉坂はなんとか立ち上がり周囲を見渡した。が、何も見えない。 「ぐぅえ・・・・こ、ここ・・・・どこ? 伊東、どこ行ったオイ!?」 「『仮面クラブ』ですよ、杉坂 実鶴さん」 薄暗い室内で、フラフラと足取りのおぼつかない杉坂は、目の前に差し出された手に迷わずつかまった。するとシャッと音を立てて、光を遮っていた幕が開き、ようやく室内の様子をうかがうことができるようになった。 しかし杉坂は目を見開き、うつむいた。そんな彼に、手をさしのべている人物が問いかける。 「どうしました? 気分が優れないのですか?」 「・・・・ここは、どこの時代だ・・・・」 「はい、ここは立派に現代ですよ。まぁ、ちょっとここは変わっていますけれど」 「ちょっとじゃねーよ、ちょっとじゃぁっ! みんな仮面仮面仮面でさぁっ!? 異様すぎるぞこの光景!」 杉坂の目が届く範囲にいる人間は、皆色とりどりな仮面を被っていた。目の前にいる人物も、やけにリアルなフクロウの仮面を付けていた。くちばしの部分から下には羽根が付けられていないので、口元から顎だけがかろうじて見える。 と、杉坂の絶叫で沈黙した仮面クラブの人間たちの中から、見知った顔があらわれ、杉坂のそばにやってきた。 「杉坂、あんまりそういうこと言うな。こっちも結構傷つくんだから」 「う・・・・」 黒髪青目の外人モードになっている星見に、実に辛そうに言われてしまい、杉坂はもう何も言えなくなってしまった。 「あ、実鶴くんいらっしゃい〜」 「あれ? 何ホーちゃんと手なんか繋いじゃってんの〜? まさかクラブに入ってものの数秒で新たな展開が」 「伊東お前ちょっと黙れ。というかお前のせいでこっちは呼吸困難で死ぬところだったろーがっ!」 「・・・・雅(まさし)、ホーちゃんはやめてください。普通にフクロウと呼んでくださって結構です」 いつもの涼しげなワンピース姿ではなく、Tシャツとボロボロジーンズを着た宮川、いつの間にか爽やかモードに切り替わっている伊東の二人も現れ、杉坂は徐々にいつもの調子を取り戻した。 「で、ここが仮面クラブ、ね・・・・」 杉坂のつぶやきが聞こえたのか、フクロウ仮面の女性『ホーちゃん』が解説を入れてくれた。 「はい、ここではなるべく『大学での普段の自分』と区別をするため、本名を使わないようにしています。まぁ、唯一の例外は雅ですが」 「うんうん、瑤(よう)と玲(れい)は別の名前あるから、そっち使ってるけどね〜。俺だったら、自分でまた自分に名前付けなきゃいけないし・・・・まぁ『伊東 雅』の表裏みたいな感じでここにいるかな?」 「? 星見と玲の、別の名前?」 「私の場合は、英名ね。日本名は瑤子(ようこ)なんだけど、そっちはソフィアって言うらしいの」 「あ、私はここで本名を使ってるんですよ」 「・・・・は?」 「私、本名は『宮川 玲』じゃなくて『宮川(みやがわ) 蓮(れん)』って言うんですよ。このままでも女の子で通るかなーとは思ったんですけどね? 玲の方が響きが可愛いなって思いまして」 「せ、性別だけじゃなく、名前まで誤魔化してんのかよ・・・・」 「へへ」 可愛らしく笑う宮川だが、男とバラされてから、なんだかその笑顔が犯罪に思えてくる。これで男はないだろう。 「で、もうここまで連れてこられちまったんじゃあな。・・・・あ〜、その、さっきは、すいませんでした。いきなり怒鳴ってしまって」 「お、実鶴くんエライじゃん。この状況できちんと頭下げられるなんてね」 パチパチと感心したように拍手をする伊東を、ギロリと睨み、杉坂はまた軽く頭を下げた。 「冷静になれば、星見の言うとおり、そのまんま部外者発言だったし・・・・なんか手伝いするかもってときに、メンバーの人たちと気まずいままって嫌だからさ」 「うむっ! 異様とまで称した我らに、最終的に順応し頭を下げてくれるとは・・・・伊東、宮川、星見・・・・いやソフィア、君たちの目に狂いはなかったようだっ」 「はい?」 唐突に聞こえた芝居口調。杉坂はそこでフクロウの手を放し、礼を言って、部屋の奥・・・・何重にも真紅の幕で遮られている箇所を見た。 バサリッ! と大きく幕が開かれ、そこから現れたのは・・・・。 「・・・・怪人仮面?」 タキシードの上に時代錯誤な黒マント、白い手袋にステッキ、その上、顔どころか頭全体を覆う仮面というかマスクというか。とにかく、彼はそんな格好をしていた。 この二十一世紀の現代に、そんな格好をしている人物と遭遇した杉坂はもちろんぼう然としてしまったが、なぜだか目のあった(らしい)怪人仮面も驚いたように硬直している。指先までぴくりとも動かさず。 ・・・・硬直が溶けたのは、怪人仮面の方が早かった。 「・・・・むむっ、失敬な。怪人ではなく、私はこの仮面クラブの部長である!」 部長が現れるなり、それまで部屋でゴロゴロとしていた仮面のサークルメンバーたちは立ち上がり、各自挨拶。 「こんちゃーッス部長〜、今日はマントよれてないッスね」 「おはようございます部長。といってももう午後三時ですが・・・・あふ」 「あー怪人仮面、奥のお茶なくなってたけど、勝手に自分好みのヤツ買い足していいのか?」 「む、無法地帯じゃねーか・・・・ていうかラスト思い切りタメ口かよっ!?」 「あっはっは! ここに来たらもう年齢もなんも関係ないからねぇ。部長っていっても、基本的に何もしないし? ときどきパッと思い浮かんだ企画をゲリラ的に開催するってぐらいでぇ」 「・・・・待て、オイ伊東お前今なんつった?」 「あ、ヤベ」 伊東は少しだけ目を大きく開き、口元を手で押さえて明後日の方向を向いた。いつもとまるで外観が違うが、自分にとって伊東という友人であることに変わりはないので、杉坂は遠慮なく彼を羽交い締めにした。 「ヤベ、ってなんだオイ。今なんだか俺がここに呼ばれた理由っぽいことが、さらっとお前の口から出てきた気がするんだが」 「お、落ち着けぇ杉坂ぁ苦しいギブギブギブギブ!?」 「はいはい、実鶴くんストップ。今部長さんとフクロウさんが説明してくれるから。ね?」 だからその顔で「ね?」とか言って首をかしげないでくれ、と思いつつ、杉坂は目の前にある宮川の顔から視線を逸らし、伊東を解放した。そして部長、フクロウと向き合った。 「では、簡潔に言いましょう」 フクロウの一言で、他の仮面メンバーたちも沈黙する。 その後続きを答えたのは、偉そうに腕を組み、胸を張り、意味もなくモデル立ちポーズを決めている部長その人だった。 「杉坂 実鶴くん。君に、二週間後ゲリラ的に行うミュージカルの、主役を任せるッッッ!」 「―――――はぁアアアァァァ!?」 杉坂の人生において、『サンタの正体はオヤジだよ』と弟にカミングアウトされた時を越える衝撃発言だった。 |
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