カゲナシ*横町 - 青き夏よ、永遠であれ!
□ 青き夏よ、永遠であれ! □


第一部  夏だ、海だ、怪談だ!

 常夏。ギラギラと照りつけてくる太陽の光を、巨大なパラソルの下に隠れることで、青海(おうみ) 悟(さとる)は回避していた。虹を模したカラフルなビニールシートの上で、ただぼんやりと海を見つめる。

「……あれ、僕、なんでここにいたんだっけ」

 自然と、目が遠くを見るように細くなった。彼の視線からややずれたところで、同年代の少年少女が波に足を取られながらも、楽しそうにビーチバレーをしている。
 と、少年少女のうちの一人が、ビニールボールをレシーブした後、パラソルの下でなぜか黄昏れている少年を見やった。ため息をつきつつ、また自分の方へ飛んできたボールを。

「……悟も来いっつーのー!!!」

 絶妙なタイミングでのスパイク。ギュギュギュッ! とあり得ないような鋭い音を立てて、一瞬横長に潰れたように見えたボールは、彼の狙い過たず青海の顔面に直撃した。

「ぶほへあっ!?」
「うっし、ストライク」
「競技が違うだろっ!? って眼鏡もぶっ飛んでるし!」
「そりゃあ顔面直撃だもん! めり込んじゃうよりいいんじゃないかなぁ」
「長谷先輩楽観視しすぎっ! つか笹川先輩もあの化け物スパイクなんスかっ」
「あ、お、青海先輩ー!」

 バタバタと駆け寄ってきた少女、笹川 れみの頭を軽く撫でて、青海は赤くなった鼻や頬をさすりながらにっこり笑った。

「うん、大丈夫大丈夫、れみちゃん。でも、君のお兄さんもちょっとやり過ぎだよね、うんうん、さすがの僕も仕返ししなきゃ気が済まない……っ!」
「おっ、悟も参戦か!」

 嬉しそうにはしゃぐ笹川 リクを据わった目で眺めつつ、砂まみれになった青ぶち眼鏡を拾い上げる。軽く撫でて砂を落とし、ちゃきっと装着。

「お、青海先輩も大丈夫ッスか本当に」
「うん、心配ありがとう、ねっ!!」

 遅れて駆け寄ってきた林田 隆人(たかひと)にも、また笑顔を向けて、ボールを拾い上げた青海はそれをアンダーハンドで勢いよく叩き込んだ。無論、狙いは波打ち際で変な踊りを踊っているリク。
 恋人の長谷(ながや) 秋穂(あきほ)の手を取って、ランランと鼻歌交じりに軽快なステップを踏んでいたリクは、迫り来る殺気にハッとして、秋穂をかばうように立ち、さっと両手を顔の前に構えた。先ほどのリクのスパイクには及ばずとも、バツグンのコントロールでリクの顔面を狙ってきたビーチボールは、あっさりトスされる。

「ちっ!」
「すごいな悟、いつもの穏和なお前が嘘のようだ。新たなお前の一面を発見した俺。だけどやっぱ秋穂が一日何十と向けてくれる笑顔の方が重要だッ!」
「きゃー! リクくんぶっちゃけすぎっ」
「うるっさいこんのバカップルー!!!」

 駆け寄って、トスされたボールをすかさずアタックしようとする悟。だがしかし、ぼそっとリクがつぶやいた。

「あ、足下にお化けヒトデ」
「ヒッ……!?」
「隙アリぃ!」

 一瞬ですくみ上がった青海は、ジャンプのタイミングを逃してしまった。そこへ、リクがニヤリと嫌な笑みを浮かべ、悟の代わりにもう一発スパイクを。
 そして、それもやっぱり青海の顔面めがけて。

「ぼほへっ!!」
「あ、」
「お兄ちゃんバカー!!」
「あ、じゃねぇよクソ先輩―!!」

 仰向けに倒れ、海中に没した青海を見て、さすがのリクもちょっと青くなる。
 そこへ、可愛い花柄ビーズのサンダルと、おしゃれ感皆無な白いビーチサンダルが、リクを狙って鋭く回転しながら飛んでいった。


◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ひゅー……
     どろ どろ どろろ……

(どこからともなくそんな効果音ばかりが響いてくるヨ……)

 小刻みに身体を震わせながら、青海は顔を俯かせ、迫り来る恐怖から脱しようと必死だった。
 両脇に林田とれみとをがっちりホールドしたまま。

「青海先輩、すいませんマジで離してください……っ! もう俺腰の骨とか足とか痺れてやばいしっ」
「は、はなほへぅ、う、ふふ、うふふふふ……?」

 かたや青い顔で青海の腕を叩き返しながら、かたや赤い顔で青海に逆に身を寄せ奇声をつぶやきながら。三者三様、いろいろな意味で混沌としか形容しようがない状況を、リクと長谷は、はたからじーっと眺めていた。

「なんていうか、俺はこの光景が微笑ましいながらも親友の顔面を殴り飛ばしたくてしょうがないんだがなぁ……。でもそれやったられみのヤツ絶対報復してくるよな」
「ふふっ、あっちも盛り上がってきてるみたいだし! さぁてヒートアーップ! ……二巡目でぇす」
「長谷さんホントもう勘弁してくださいぃいい!?」

 林田の親戚が経営しているこの海の家、その中で客間としては使われていない『居住空間』である和室を閉め切って、彼らは……百物語を行っていた。
 とは言っても、実際百も物語を話すわけではないし、明かりは懐中電灯が二つ、行灯やロウソクなどは火事の危険性があるため、使わせてはもらえずじまい。本来ならさらに悪い妖怪を寄せ付けないための結界も作るべきなのだが。

「まぁそんなもの作り方なんて分からないし、襖締め切るだけでいいよな。何、安心しろ悟、襖というモノ自体、古くから日本に伝わる結界の一種でもあるのだからっ」
「それマジだろうね?」
「未確認情報」
「ふざけないでよ……ッ!」

 そして、現在午前一時半を過ぎたところ。ゆっくりゆっくりと、雰囲気を造りあげながら話しているため、ようやっと二巡目、長谷のターンがやってきたところである。

「えっとぉ、これは私の、二つ上の姉の話。今はもうだいぶ、思い出さなくてもよくなったって言ってたんだけど」
「おおお思い出したらなんかやばいような話なわけ!?」

 さらに青海の身体の震えが増す。むしろ倍速の勢いである。後輩二人をホールドしている腕の力も増して、それぞれの顔色もより一層濃いものに。

「うーん、なんでもね、小学生の頃のお話し。夕方ね、友達と一緒に公園で遊んでて、そろそろ帰ろっかぁってときに、植え込みの方から声がしたんだって」
「へぇ〜、どんな声なんだい? お姉さんから聞いたのに思い切り脚色しても構わないから、むしろ脚色してこれ以上ないほど恐ろしい感じに!」
「お前カノジョになに頼んでるんだああああ!!」
「何って、……これも百物語を楽しむちょっとしたスパイスさっ! 大丈夫だ悟、お前もこの調子だったらホラーオカルト心霊現象怪奇現象怪談七不思議などなどへ対する恐怖心も払拭―――」
「されないよ悪化してってんのが分からないのか、ていうか九割九分九厘お前のせいなんだかんな―――ッ!!」
「先輩そこはもう十割と断言してしまいましょうよ。なんですかその中途半端に過ぎる一厘は」
「幼かった僕をオカルト責めにしてくれた両親……」
「……。あれ、みんな黙っちゃったね、マシンガントーク終わりー? じゃあ私続き話すね! いいよねリクくん」
「ああ、もう存分に堪能させてやってくれ」
「…………」
「青海先輩、耳塞ぎましょう……ああでもそうしたら腕、離れちゃうし……」
(こっちは青いしあっちは赤いし、もうこんな百物語なんてやめましょうよ先輩方)

 また楽しげにスローテンポで不思議体験談を話し始めた長谷を尻目に、最早無理な体勢には諦めてしまった林田は、心の中でつぶやいた。
 と。

「……ダメですよ〜。百物語するなら、ちゃんとロウソクで結界張らないと。悪いものが寄ってきて溜まっちゃう」

 からり、と障子の一部が開かれた。その場にいた全員の視線が、漏れ出した月明かりに向けられる。
 だが、いつまでたっても、十センチほど開けられた障子は、それ以上開かれることがなかった。「おや?」と眉をひそめたリクは、ゆっくりと立ち上がり、その障子に近づいていく。

「さてそこにいるは何奴かっ!」
「なんのノリ!?」

 今までの緊張感はどこへやら、リクは障子に手をかけた瞬間、そのさらに隣の障子も一緒に吹っ飛ばす勢いで、すっぱん!とスライドさせた。
 さて、はて。

「…………誰も、いない?」

 呆然と、青海がつぶやく。

 実際には、誰もいない……どころではなく、『誰かがいたであろう形跡』すら見当たらなかった。それこそ、足跡一つ、足音、すらも。

「すみませんが、僕は最初に気絶させてもらうよ……」

 そこで、青海の意識はぷっつり、ブラックアウト。
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