![]() 第二部 誰だ空耳とか言ったヤツ 翌日。 彼らはまた、昨日と同じ水着に各自パーカーを羽織った姿で、昨日と変わらない位置に立てられたままのパラソルの下に座り込んでいた。 「さて諸君ッ!」 「そのウザったい口調をどうにかしてくれない?」 白い目でリクを見返し、青海はこの碧い海の底よりも深ーくため息をついた。わざわざここに集まり、円陣を組んで頭を寄せているわけは、他でもなく、昨晩の百物語中にあった『怪奇』についてだった。 「あー、じゃあ普通のしゃべりにするとして、昨日の夜、あの海の家じゃあの時間に起きていたのは、俺らしかいなかったってことだ。だな? 林田少年」 「少年とかつけなくていいッスから。でも、そうですね、俺たち以外に泊まってる人間もいないし」 「夏の盛りなのに寂れてるぅ」 「長谷先輩それは浜の様子ですか俺らのとこの海の家ですか」 「えーっと、モチりょうほ」 「長谷さんはもうしゃべらなくていいから」 満面の笑みでしゃべり続けようとした長谷にストップをかけて、青海は話の本筋へ戻ろうとする。 「ま、いいよね、うん。結論→あれはただの空耳でした、終了!」 否。かなり強引に話にオチをつけてくれやがりました。 「おいおいおい、はっきり聞いただろ悟もよー! 明らかにだれか、こんなかの人間じゃない奴の声がさ。現実から逃げるのは良くない」 「逃げてなんかいないって。だってあの時間僕たち以外に起きている人間はいなかった、他の人間も近くにはいなかった。だったらあの声は空耳。いいじゃん! もう掘り下げなくていいじゃんかー!!!」 「『ダメですよ〜。百物語するなら、ちゃんとロウソクで結界張らないと。悪いものが寄ってきて溜まっちゃう』」 「おお、良く覚えてたな秋穂。うん、そう、確かにそんな感じの言葉をはっきりざっくりばっくりと」 「お兄ちゃん、擬音おかしいよ」 れみの冷静なツッコミを受けつつも、リクはやはり笑みを崩さないまま続ける。 「さあ悟、お前は本当に今の言葉が『空耳』だと断言できるのか? ここにいる全員が、一字一句完璧に同じ言葉を聞いているはずなんだが」 「れみちゃん、林田くん、そんな言葉聞いてないよね。あれは風の音だったんだ……っ!!!」 「「……先輩」」 頑として声を認めようとしない青海に、さすがの後輩二人も苦笑を浮かべる。テレビのバラエティなどでよく特集される心霊現象を、いつも心の底から信じている類の人間ではないが、それでも、あれを空耳と言うことはできなかった。 「いや、本当にいい加減そこを認めないと、一向に話が進まないんだが」 さすがのリクも少々うんざりしてきたようで、先ほどと表情は変わらずとも、どこか投げやりな雰囲気が漂い始めてきている。 けれども青海は、まだ駄々っ子のように「知らない知らない知らなーい」とつぶやき続けている。この状態のままにしておくのはさすがに悪いか、と思ったリクは。 「よし、じゃー悟、お前は『一人』で海の家へ戻るといい! その間に俺たちはここであの声の犯人について考えてるから。ああ、今日の題材決定だな! 人の顔面にビーチボールをクリーンヒットさせるよりも尚難しい!」 「すごい楽しそうだよね、あたしこの日一日中それについて考え続けてみるよ!」 「何気に俺らも強制参加ですか」 「あ、あの、青海先輩……?」 さーっと一気に顔を青くさせ、青海は視線を右へ左へ彷徨わせる。そして、なにか覚悟を決めたのか、無言のまま俯き、正座からあぐらへと座り方を変えた。 皆の傍から離れて、一人あの海の家に戻るのは御免だが、皆の傍にいればいたで怪談話に一日中付き合わされる。どっちも嫌だ、だがしかし……そんな葛藤が、リク達には手に取るように理解できた。 「さて、青海の決心もついたようだし、とりあえずこの浜に昨日いた人間でも、誰か探して」 「この浜には今シーズン俺らしかいないッスよ先輩。あと俺の家の親戚」 「……やっぱり幽霊?」 「いやあああああああああ!!!!?」 開始五秒でこの絶叫。今日は一体何度この声を聞くことになるのだろうか、と一部うんざり一部わくわくしながら、各々言葉を発しようとしたその時。 「うわぁベタなくらいいー反応してくれる御仁ですね。ものすっごく楽しめそう」 先ほどの長谷のようなセリフが、青海の背後から聞こえてきた。 …………。 「え、え、えええ〜……」 かくかくと顎を震わせ、青海は虚ろな瞳を虚空に向ける。表情からしてだらしなく笑っているように見えなくもないが、完全に視線が狂っている。 青海の正面に座っており、彼の背後の様子を見届けていた林田は呆然と、隣に座るれみも、リクや長谷も同じような表情を浮かべ。 「あっれぇ? 皆さんどうしまし」 「っぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!?」 全てを切り裂くような金切り声が響き渡った。其れと同時に、ごろんごろんとビニールシートの上から砂浜へ向けて、青海の身体が転がっていく。 「完璧に現実逃避だな。あの生真面目な悟が、あんなボケキャラ全開な行動に出るなんて珍しい」 「私たちも十分珍しい光景目にしてると思うんだけど」 「うわ、多分今初めてツッコミどころのない普通のセリフ長谷さんの口から聞きましたよ俺」 「それって私けなされてるの、けなしちゃってるの!? うわあんリクくん私傷ついたぁ!」 「秋穂ぉ! おい林田、いくら気が置けない仲であるとはいえお前は後輩! 先輩のことは敬え崇め奉れ(あが たてまつ )っ!」 「お兄ちゃんそんなアホなこと言ってる場合じゃないよ! あのままじゃ青海先輩、海に」 れみが慌てて言い切る前に、どぱん、と波打ち際の方から派手な水しぶきの音が聞こえてきた。同時に、「ベタだーベタのお祭りだー」という、聞き慣れない、実に楽しげな声も。 かちゃり、と塩水まみれの眼鏡をかけ直し、青海は『見た目』冷静にその場に立っていた。同じくずぶ濡れのパーカーの下で、小刻みに肩が震えている。 「なにもそこまで拒否らなくても」 「お願いだから唐突にしゃべらないでくださいていうか一生しゃべらないで」 がんごんごんっ、と近くの岩壁に額を打ち付け始め悲鳴を上げながら、青海は必死に懇願した。そのあまりの怯えっぷりに、さしもの声の主もたじろぐ。 「い、いや! 分かったしゃべらない! なんか君の仲間の方が順応早そうだから、そっちにジェスチャーして」 「イキナリしゃべってんじゃないかーっ!!!! げほぐほっ!?」 「先輩、さっきから叫びすぎですよ……」 ぽんぽんと軽く背中を叩かれて、青海は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。しばらく時間をおいてから目を開き、今の自分たちがいる状況を再確認する。 今、青海達が立っているのは、先ほどまでいた砂浜から十五分ほど歩いたところにある岩場で、目の前には天然の岩石で出来たアーチがそびえ、その向こうに暗い洞窟の入り口が見えていた。雰囲気は、まかり間違ってもアットホームなモノとはほど遠い。 「むしろ全面的にオカルトホラーだなッ!」 「思ってても口に出すなよっ! ああっ、ほらまた青海先輩足止まっちまったし!」 「青海先輩、本当に、無理なさらないほ、わっ!?」 ずっ、とサンダルが濡れた岩場を滑り、れみの身体がバランスを崩す。顔色を変えたリクが駆け寄る、その前に。 じたばたと伸ばされた手が、誰かに掴まれ。 「……そっちこそ、大丈夫? れみちゃん」 反動で引き寄せ、ぽす、と自身の胸で受け止める。れみは頭の中が全て洗い流されてしまったかのような感覚に陥り、声も出せない。代わりに、青海の声が良く響いた。 「ええっと、これもベタというかありがちというか。でも、全く全然器用にこなせてないね、ホラーは恋愛要素を引き立て、恋愛はホラー要素を引き立てるっていうのに、なんか君の場合だとどっちも足を引っ張ってるよ。ていうかその女の子の頭の上で今にも吐きそうな表情になってるのやめなよ、可哀想に」 「だーかーら―――っっっ!!?」 絶叫、のち、青海はふらふらと力ない様子でれみを身体から離し、岩場に膝をつく。 「う、うう……なんで、なんでこんなことに……っ。こんな非現実的すぎる展開、欠片も望んじゃいなかったのに」 「僕の姿もはっきり見えてるんだろうに、ここまで完璧に全否定されたの初めてだよ」 ふぅわりと、青海の視界の隅を揺らめく、白い影。 そこには、まるで打ち上げられた海藻のようなバサバサの黒髪に、裾のほつれた、ゆるい死に装束を纏った、半透明な人間の姿があり。 「ねぇねぇ、せっかく中途半端百物語で呼び寄せてくれたのに、もうちょっと心開いてくれてもいーじゃーん」 ……格好の割に、めちゃくちゃ現代色に染まった言葉が口から飛び出してきた。長く絡まった髪で、顔の八割方は隠されているが、それでも分かる不思議なフレンドリーさ。 真っ昼間から現れてくることといい、どうにも幽霊っぽくない幽霊だった。 「呼んでない、あんたなんて呼び寄せた記憶はどっこにもないっ!!!」 「呼ばれたよ〜、いや、あんな無防備に百物語とかやってくれてて助かったよーホント。まぁ、他の怨霊とかどうこうするのが大変だったけど、それくらいはいいやぁ」 「……おん、怨霊」 近くでへらへら笑う幽霊の言葉を聞いていた、れみや林田も言葉をなくす。この状況で、きっと心から楽しみ笑っているのは、当の幽霊本人と長谷くらいだろう。リクはすでに愛想笑いスイッチが入りっぱなしである。 「で、あんたはちょうどよく百物語をしてて、霊が近づきやすくなった俺たちのもとへやってきて、そこの一番現実主義者というか単なるチキンボーイに取り憑いて、……結局ここまできて何をやらせたいんだ?」 「ぼぼぼ僕に取り憑いた、え、取り憑いてるの今現在進行形で!?」 「だって、誰かに取り憑かなきゃ、次にモノ頼める人やってくるのいつか分からないんだもん。あ、先回りして『何で僕なんだ』っていう質問にも答えようか。面白そうだから、以上」 「…………僕、そこから飛び降りようかな」 青海の視線の先には、ただただ青い、彼の名前の通りの広い海が。 「青海先輩早まっちゃダメです!! こ、こんな風にはっきり見える幽霊さんと一緒のまま死んじゃったら、きっと、死んだ後もたくさんの幽霊にまとわりつかれちゃったり、なんて」 「よし行こう!」 「れみ、悟の扱い方が分かってきたようだね。お兄ちゃんの指導は、もう必要な」 「そういういちいちツッコミするのも面倒な芝居も必要ないッスよー」 そんなやりとりをしながら、一行はまたゆっくりと、お互い協力し合い……時折足を引っ張りながら、滑る岩場を歩いていった。 「あ、そういえばそこの人の質問、なんか肝心なところスルーしてたね。あのね」 幽霊は、からからと、とても楽しそうに笑いながら、とても自然な調子で言う。 「あそこの洞窟に居座っちゃってる悪霊が鬱陶しくてしょーがないから、追い出すの手伝って? っていうのがこた」 どちゃーん。 「せっ先輩が落ちたーっ!!」 「いや、さすがの俺もちょっとそこから足滑らせて頭を打って戦線離脱したい。というか俺たちは除霊降霊見てれば楽しい霊感なんざクソ食らえ、な程度の本当に一般人なのでせうが? それだけはっきり姿見せれるんなら、どこかの本職さんにでも」 「あー、それきっと無理。本職さん呼んじゃ、殺しちゃう」 へらり。笑って紡がれた言葉は、やたらと物騒なものだった。 どぱーん。 「せっせせ先輩お願いです掴まってください、岩の下に潜り込もうとしないで下さいー!!!」 「あはは〜、大丈夫大丈夫。うん、大丈夫だと思ったから君たちに頼んだんだよ。むしろ余計な知識はない方が安心かな、って。だから本当に死んじゃうから、……あ、それとも眼鏡の君は、僕に手を引いてもらいながら三途の川を渡ることをご所望で? でもあれお金持ってないと船乗れないんだよね、残念」 「死にたくないデスやっぱり!!!」 ばしゃんっ、と勢いよく水面が割れ、そこから海水まみれになりながらも半泣きになっているのが伺える、青海の顔が現れた。幽霊は「うむ」と満足げに頷いて、ちょいちょいと手招きをする。 「ほらほら、入り口、もうちょっとだよ。もう目の前アーチだから」 「嘘つけ、さっきまであんな遠く、に」 ぶつぶつ言いながら、両手で掴んでいた岩壁から顔を逸らし、林田は目を見開いた。確かに、ついさっき見たとき、アーチはまだ十数メートルは先にあるように見えた。のだが。 「手品だよ、てーじーなー。はい、洞窟はこちらです」 五対の異物を見るような(約一対はむしろ感動しているような)視線を受けながら、幽霊は煙のように漂って、一人、洞窟の入り口に辿り着いてしまった。 「……ねえ、リク、まだ楽しい?」 「俺は秋穂が楽しいと言うことならば楽しい、に、決まっている」 「無理しない方が身のためだよ。前にも確か長谷さんのテンポに合わせて死にかけたでしょうが」 「ああ、そうだな。けれどナゼだろう。最早引き返そうにも、引き返したら何か俺のこれからの人生が波瀾万丈、その一言で言い表せなくなりそうな気がする。幽霊とは恐ろしい。こうなったら乗りかかった船ということで、な。そういうお前も、よく」 言いかけて、リクは口をつぐむ。その前を、青海は軽い足取りで岩場に飛び移っていった。「お」とリクが目を見張ると。 「なんかさ、もう、どうでもよくなってきたカンジ」 くるりと振り返った、ハハハハと力無く笑う死人のような友人の表情を、正面から拝むこととなってしまった。 |
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