カゲナシ*横町 - Lost and End
□ Lost and End 〜楽園の章〜 □


Mission:1  現在逃走中

 ゴォッ
「っおいクレーズ! クレーズ、てめぇ聞いてんのか!? これ以上進むのは無理だっつってんだろ! 休憩って……!」
「ダメだ忍(しのぶ)……全っ然聞こえてない!」
「だぁクソ、鉄(くろがね)、クラの方とコンタクト。あいつのスカイバグル(※タイヤのない空中を滑空するスクーター)止めろって!」
「了解っ」

 灰色の大地。
 これより訪れる、漆黒であり深淵であり絶望の夜。
 色彩の失われてゆく世界を、ただひたすら一直線に、脇目もふらず駆け抜ける白いスカイバグル。そのやや後方を、消音器でエンジンの爆音を抑えている一般的な藍色のドライド(※地上を走行する防弾加工の施された特殊バイク)が続く。

「……拒否された」
「……あんの暴走ぜんまいヤローッッッ!!!」
「忍それたとえがあんまりうまくない! っていうかなんでぜんまいなの!?」
「知るかっ! 大体なぁ、こんっな無茶な走行続けてたら、絶対逃げ切れねぇぞ。なんせ、俺ら……」

 怒鳴り声での会話をしているのは、ドライドの運転手と、本来ならば燃料タンクがあるべき場所に一抱えほどの大きさのボディを接続している、薄汚れたロボット。
 運転手の青年の名は忍。視界センサーのライトを瞬かせるロボットの名は鉄。
 彼らと、先ほどよりも距離が開いてしまい、小指ほどの大きさにしか見えなくなってしまったスカイバグルを乗りこなす者は、今。


「高額指名手配登録されてんだぞォオオオオオ!?」





ほとんどまっさらと言ってもよいぐらいの廃墟の中心で、ぱちぱち、と小さな火花が散る。物理的にも、そして、とある少年と青年の間にも。

「さてクレーズ、お前、確か前の廃墟に隠れてたときに言ってたな? 『明日はあまり飛ばさずに、けれど確実に距離を稼ごう』ってな」
「距離は稼いだが」
「前半丸々シカトかいっ!」

 薄い緑色の保存食スープをすする、片眼鏡(モノクル)の少年の頭を、素晴らしい勢いと角度でハリセンが襲撃する。衝撃でスープの入った器に顔を突っ込むかと思われた少年だが、鼻先数ミリというところで持ちこたえる。
 鼻息荒く彼、クレーズを見下ろす忍は、オールバックにした茶まじりの金髪をがしがしとかき回した。

「たく……お前、なんか前回よりもずいぶんとネジ飛んでんな?」
「お前が少しはハメを外せと言っていたので。自分としてはまだまだ甘いと思うのだが」
「真剣な計画でハメ外してんじゃねぇ。空気を読めというに空気を!」
「空気など目には見えないもののはずだが。それとも、お前には見えているのかと」

 スープをすすりながら、まるで機械のように応答するクレーズを見下ろし、忍は深いため息をついて、自分の分のスープを一気のみした。

「そんな食べ方では腹が保たないのでは。お前は自分よりも体が大きいくせに」
「こんなクソまずい薬みたいな汁じっくり味わって飲めと?」
「保存食、だいぶ少なくなってきたね」

 忍のドライドとの接続を解除し、たき火のまわりで行儀良く座っていた鉄は、そのドライドに積まれた荷物箱をのぞき込む。クレーズのスカイバグルでアシストをしていたロボット仲間、クラも、半透明の触手を震わせて忍に近づく。

「ああ……だけど、売買なんてもうこのへんの地区じゃやってねーだろうし、略奪は趣味じゃないし」
「まあ、忍と僕が侵入禁止区域で野宿してたのが悪いんだけどさ」
「…………それを言うな、テツ」
「僕はくーろーがーねー!」
「そういえば忍、傷の方は」

 軽々と鉄のボディを抱え上げて、振り回そうとしていた忍は、クレーズのじとーっとした視線を受けて、びくりと固まる。

「あー、なんだ、うん、治った治った〜ハッハッハ」
「忍、お前は馬鹿だ」
「クレーズの台詞が断言口調になったー!!!」

 空になった皿を軽く振り、しずくをはらって片付けながら、クレーズは釘を刺す。

「お前の負傷は確か『ノーマル』の治癒力の限界を超えていたはずだが。鉄の方もまだ完全にセルフリペアが完了していなかったのでは。パーツが足りなかったのだと」
「お前の長台詞も久しぶりに聞いた……あー、まあ、なんだ、骨が折れたわけじゃないし、でかい血管内臓に傷もなかったから」
「確かに、自分のような培養のうえ改造を受けたヒトに比べお前の生命力が桁違いなのは認めるが」

 今度は逆に、クレーズの方が呆れたように小さくため息をついた。その肩に、まさにクラゲのようなボディのクラがとまる。普段はゆらゆらと視線の安定しないクラの視覚カメラは、クレーズと同じように、忍と鉄を非難がましい様子で見つめてきた。

「……な、なんだよクラまで」
「僕は浮遊機能が復活してないけど、歩行なら問題ないよ! 次のクラスタ(※人間やマシンによって構築された町村全般)まで我慢できるし!」
「我慢と言っている時点で、無理をしているのだと公言しているようなもの……まったく、いくら自分の肉体が貧弱だからといって、そこまでしてもらうようなことは」
「もういい、こんな話。不毛だ不毛! というわけで寝るからなー」
「…………シュヴァルツのことは」
「「その名前を口にするなぁっ!!!」」

 乱暴な動作で寝袋を取り出した忍と鉄は、見事なシンクロで絶叫し、そのまま寝袋にそろってくるまってしまった。
 残されたクレーズは、若干頬を膨らませ……そんな自身の表情の変化に、驚きを表わし、

「……参った、な……何度目かの、やりとりなのに、よく飽きもせず」

 年相応の態度という、忍や鉄に出会う前までは知りもしなかったもの。
 ぱしぱしとクラの触手がクレーズの頬を叩いて、しゅるしゅると縮んでいく。しばらく空中を漂っていたかと思うと、鉄の上に落下し、そのままスリープモードになってしまった。
 仲間が皆休眠したのだと、わざわざ心の中で言葉にして『自分』に理解させ、クレーズは自らもまた、毛布を引っ張り出してその場に横たわった。



 うぉん…… ウォン……

「……地下より、北北西の方角からかな。かなり大きい」

 よく通る、鉄のスピーカーから流れ出る少年の声によって、クレーズと忍はぱちりと目を覚ました。
 たき火はすでにただの焦げ跡となっており、世界はまだ暗い。時計で確認してみれば、まだ日が昇るのに一時間ほどかかりそうであった。

「で、鉄、地下からなんだって?」
「うん、何か、すごく大きなものがこっちにやってくる感じ」

 す、と忍の両目がすがめられる。

「【ALT(アルト)】か?」


 【ALT】。正式名称は『機械生命体政府軍・第三機関』。
 技術を発展させすぎ、人類の手から離れてしまったロボット……『マシン』が頂点に立つ国家の中で、暴走、もしくは彼らの許可がないまま制作されたロボットを破壊するため、つくられた組織。
 そして今現在、対マシン破壊戦闘員のエリートでありながら組織を裏切ったクレーズと、この時代において限りなく貴重な『未改造』の肉体を持つ『ノーマル』の忍を追っている組織でもある。


「ううん、そっちのほうは僕じゃなくて、クラに探知してもらってるところ」

 きゅいん、と小さなモーター音と同時に、鉄の頭部が回転する。その上でぺしゃんこになっていたクラは、その表面に刻印されている模様がすべて光りだした頃、ようやく鉄の頭から離れて浮遊を始めた。

「……ああ、なるほど」
「なんだって」
「【ALT】の戦闘部隊ではない、と。ただし、刻印(コア)反応も見当たらないらしい」
「じゃあ、お前が暴走してぶっ壊しに走るかもしれないわけだな」

 面倒くせぇ、と一言つぶやいて、忍は自分の分とクレーズの分の毛布を畳み、荷台に放り込んだ。

「俺たちを指名手配してくれやがった【ALT】のシュヴァルツ野郎はしつっこいからなぁ……クレーズがどっかでマシン見つけて、破壊衝動爆発、暴走されるのも止めるのがキツいし。とりあえず、そのよく分からん反応からとっとと離れようぜ」
「……あー、ごめん、忍ぅ」
「は?」

 てきぱきと出発の準備を始める忍に、四角い箱のようなボディを小刻みに揺らしながら、鉄は申し訳なさそうに続けた。

「もう、ね? 結構な速度でこっちに来てて」
「……え、手遅れ?」
「そうらしいが」
「でえええええええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!?」

 が、ごん

 鈍い、重い音が響き渡る。それこそ、地平線の彼方においてきたはずの【ALT】本部にまで届いてしまうのではないか、と三人(プラス一体)の身を震わせるほどの音量で。
 それは、地面を割って、地中から現れた。

「……へ、なんだよ、これ……」
「その質問を自分やクラ、鉄に向けているとすれば」
「意味がない答えられるわけねぇだろってか!? んなこたいい、とりあえず逃げろっ」

 そういっている間にも、彼らのいる廃墟の一帯の地面には、数え切れないほどの割れ目、裂け目がつくられていった。……いや、違う。

「落ち着け忍、これは、地割れではない」
「はぁっ……?」
「見てっ」

 鉄が小さな指で、最初にできた地割れの辺りを指さす。割れ目からのぞくのはボロボロの岩石層ではなく、密に造られた連結面。

「地下シェルター!?」
「このご時世、こんなシェルターがあるならば、一生閉じこもっていた方が安全と思うのだが」
 とにかく、シェルターの中へ自分たちのアシを落としてはかなわないと、二人は急いでドライドやスカイバグルに荷物をくくりつけ、あまり地割れのない廃墟のはずれへ向かった。
 ごうん、とまた重々しい金属音が響く。車両をとめて振り返った二人の目に移ったのは、開かれたシェルターから徐々にせり上がってくる、美しい半球体をしたドーム。

「すっげ」
「……生体反応は感知できないが、刻印反応のないマシンは複数あるようだ」

 突然現れたドームを呆然と見上げていた忍は、隣でぼそりとつぶやいたクレーズを見やった。左手が、太ももあたりに固定された熱光銃のグリップを握ったり離したりと、せわしなく動き続けている。

「忍、自分たちはこちらに残っているが、お前達は」
「いーや、お前も探索に来い。お前のフォローがあった方が、もし暴走マシンに遭遇したときやりやすいからな」

 クレーズが驚いたように、やや目を見開いて忍を見つめる。次にその目に浮かんだ感情は、どこか憎々しげな、人間的なもので。

「……だがな、あのドームにいるのが、平々凡々な農業用ロボだとか、無害なコミュニケートマシンとかだったら、全力で止めてやる。それこそ、今はクラと鉄がワクチンデータだって持ってるんだ。安心しろ」

 次は無表情。かと思えば、いきなりそっぽを向いてしまった。そして無表情のまま首をかしげている。おそらく、今自分が抱いている感情を、自分でも理解しきれないのだろう。
 それでもずいぶん人間らしくなったもんだ、と忍はドライドを方向転換させながら思う。二人が出会った頃は、それこそ脳がすべてコンピュータなのではないかと思ってしまうほどに無表情、無愛想、無感動だったのだから。

「行くぜ相棒。あーまともな食料とか残ってたらいいなぁ」
「オートコントロールで、実は何十年も前に廃棄されたシェルターで、手に入る食料はすべて保存食という可能性も」
「言うなぁあああ現実になったらどうすんだテメェ!?」

 そう言い合って、二人はドームへ向けて走り出した。



 少し廃墟の中心部に近づいてきて、クレーズたちは改めてドームの……地下シェルターの中に収められていた建造物群の規模に驚いた。
 まず、やはり目に着くのは半円球のドームなのだが、さらにそのドームを中心として、廃墟中の断面から、およそ三階建てぐらいの四角い建物が現れていた。表面はどこも太陽光を吸収して電力に変える装置で覆われ、それをさらに透明度の高い強化ガラスで保護している。
 四角い方の建物の一つに近づいた忍は、一旦ドライドを降り、ぐるりとそのまわりを一周してみた。窓もなければ、扉もない。適当な場所を叩いてみても、強化ガラスの澄んだ音が返ってくるのみ。

「これブチ抜くのは根気がいるよなぁ」
「おそらく、まだ地中に隠れている部分に、これと内部で繋がっている通路があるのだと。ひょっとすると、単に太陽光を吸収するためだけの建造物なのかもしれない」

 やはりあのドームに近づくしかないと、忍は建物に背を向け、ドライドに跨る。それを見て、地上に降ろしていたスカイバグルを浮遊させたクレーズは、ぴくりと肩を震わせる。

「どうした」
「……通信のノイズ」
「【ALT】か?」

 厳しい表情、声色で、忍が問う。クレーズは耳の代わりとなっているゴーグル付きのヘッドセットから、素早くマイクを取り出した。位置を直して、マイク本体が口の前に来るように固定する。

「違う。……おそらく、ドームから。忍、お前もイヤホンを。そちらにも送信する」
「あ、ああ」

 言われて、忍も戸惑った表情のまま、首から下げているイヤホンを、ぱちりと留めつけた。本体のコントローラーをいじって、受信モードに設定する。
 しばらくして、無音だったイヤホンからがざがざと鬱陶しいノイズが聞こえてきた。だが、すぐに音声がクリアになる。おそらくクレーズが適切な受信レベルに合わせたのだろう。ちょろちょろという、小さな水音が響いてきた。

「この音」

 懐かしい、深い緑の自然を思い出させる涼やかな音に、聞き慣れないクレーズは眉をひそめ、幼少の頃慣れ親しんでいた忍は絶句した。

「水路、にしては音が小さい。この紙のこすれるような音も解析できない。発信源は、ドーム内部」
「水路じゃねぇ、小川の音だ。こすれるようなのは、木の葉が揺れる音……」
「まさか」

 クレーズが一切表情を変えないまま、忍の言葉を否定する。そう、この世界にはもう、こんな透明感のある音を響かせる川などないし、風に揺れる木々も、とうの昔に枯れ果てた。そんなもの、今では夢希望にすがるものが妄想する『楽園(まぼろし)』だ。

「とにかく、その通信回線、ドームからなんだろ? 早いところ行って中確かめようぜ。必要物資確保ってな!」
「……ずいぶんと、元気なようだが。この音声が本当に、狂った宗教団体が欲するような自然のものかどうかなど分かりは」
「うっさいっての。ちょっとは楽しませろよなっ! なぁ鉄?」
「うん、すごく、懐かしい……」

 キュイン、と小さな音をたてて、鉄は視覚センサーの作動を表わす頭部のライトを暗くさせる。人間で言えば瞼を閉じている状態で、鉄はそれきりしゃべらなくなった。
 二度、そんな鉄の頭を撫でて、忍はドライドのスロットルレバーを操作した。クレーズもその隣で、漂っていたクラをひっつかみスカイバグルに固定させる。

「行くぜ」
「了解」

 二人は勢いよく、ドームへ向けての走行を再開した。
<< Back      Next >>





素材提供 : 月の歯車