Mission:2 『楽園』 『コマンダーへ連絡・生体反応接近中・二体・接近速度およそ七五キロ・走行車両を特定……スカイバグル・ドライド・ベースは軍用モデル』 ―――走行車両のさらなる特定を。軍用モデルを調達した盗賊の可能性もありますが、もし、接近している者が軍関係者ならば沈静および捕獲。全マシンへ命令する。生体反応が軍関係者の場合、即刻捕獲。 『了解』 ザ ザ ザ ザ ザ…… クレーズたちはその後、断裂面から現れた建物に沿って走行を続け、やがてドームの入り口と思しき場所に到着した。一見すると、先ほど観察した建築物軍のような雰囲気なのだが、その歪曲したドームの一部に、歯車の形をした凹凸が複数、円形に配置されている。 いったんそのドームの一部の目の前まで近づき、歯車の凹凸を一通り観察した二人は、また距離をとり、数十メートル離れたところからドームを見上げていた。 「で、どーするよ?」 「どうする、とは」 「入り口とか、それ以外にもなんかポイントっぽい特徴あるところは、あのレリーフんとこだけだけどよ。外部コマンドなんかどうにでもはじき返しそうだぜ? お前、メインシステムのジャックでもできんのか」 「八割を越える確率で不可能かと」 「だぁよなー」 中に入るのは諦めるか、いやしかし、ならばここで消費してしまった燃料と時間はどうすればいいのか云々……と、呻いていた忍だったが、不意に側頭部をクレーズに小突かれて、頭を上げる。 「なんだよ」 「あれを」 すっ、となめらかな動作で、クレーズがドームを指さす。つられて忍がそちらを見ると。 「……あ?」 気をつけなければ聞き漏らしてしまうほど、低い駆動音を響かせて、歯車のレリーフ……否、埋め込まれていた本物の歯車が、ゆっくりと回転を始めていた。しかも、回転するだけではない。よりドームの表面から飛び出してくるものや、逆に奥へ埋まっていくものなどもある。 「な、なんだ、なにがどうなってんだ!?」 「忍、落ち着いてー。とりあえず砲撃準備とかじゃなさそうだね」 「……しかし」 クレーズが少し眉をひそめる。あの歯車の動きがどういうものなのか分からないまま、この場を下手に動くことは出来なかった。鉄の言うことが、今は本当だとしても、数分後には別の準備を始める可能性もないわけではない。 と、唐突に歯車の動きが止まった。様々な方向へ飛び出していたものが、最初の円形とも異なる形を描いている。遠くから見ると、歯車の寄せ集めで出来た正方形のようだった。 「歯車の組み替え……なあ、クレーズ」 どんな意味があるんだろうと尋ねかけて、ドームからの爆音に肩をすくめる。 正方形に並んだ歯車の一部が、ゆっくりと、要塞の入り口と外部とを繋ぐ跳ね橋のように開かれていった。一部とはいっても、軍用車が三台はすれ違えるぐらいの幅と高さで、その奥には人工灯で照らされた通路が続いている。 「……入り口?」 「だろう。あの中にいるまだ活動中のマシン……メインコンピュータかサブマシン(※ロボット。人間に操作される、もしくは自律式で動くボディを持ったもの)かは分からないが……それが、自分たちを見つけたのか」 「あまり良い雰囲気じゃないっぽいな?」 「このご時世、開放的なクラスタなどないだろう」 「えーっと、あれってクラスタ扱いでいいわけ……」 忍が言いかけるのと、開かれたドームの中から銀色のものが飛来してきたのはほぼ同時だった。スマートな流線型のボディに、人間で言う頭部のない『人型コンバットマシン』。 「げっ」 「ふむ」 露骨に嫌がる表情を浮かべる忍と、相変わらず無表情なクレーズを四体のコンバットマシンが取り囲み、スキャニングを開始する。 『―――改造ドライド・ベースモデル・「シリウス」〇〇四―――』 『―――軍用スカイバグル・所属・【ALT】反マシン処理部隊―――』 「え、な?」 「自分たちではなく、まず、アシの確認からとは」 「いやいやいやヤバイって!? 今あれ、お前のスカイバグルの出所完璧に!」 「そうだな……」 ウィィッとマシンの関節部のモーター音が響く。今や、コンバットマシンたちのスキャン対象はクレーズのみに集中されていた。 『―――測定・コマンド―――反応在り・生体改造モデル【ALT】サードタイプ―――』 (……つか、なんでこんなに照合できてんだよ……天下の秘密結社様な、あの【ALT】情報だぜ?) 秘密結社、と自分たちを追い回している組織のことを例えてみて、なかなか似合ってるじゃんと皮肉げに笑う忍。だが、状況は悪いまま。 と、そこで忍は隣のクレーズの様子がおかしいことに気付いた。視線が定まらないまま、その左手はしっかりと太もものホルスターに収められている熱光銃のグリップをつかんでいる。 (マズイ) 次々とクレーズから【ALT】の情報が読み出されていることに驚いていたせいで、すっかり失念してしまっていた。クレーズも知らない、こんな辺境の地で出会ったマシン。そんなものが、クレーズの攻撃対象外となる『【ALT】認定メモリ』を核(コア・システム)に組み込んでいるはずがない。 「よせ、クレーズ。こっちから攻撃すんな!」 「―――コマンド入力・出力設定変更なし・コンバットモード〇〇四・使用ウェポン・レーザーショット・ゴーグルセット・敵機情報検索……ヒット・これよりコンバットマシン・タイプ『ウィング』との交戦を開―――」 「始、しなくていいっつってんだぁろぉがぁああっ!!?」 スパァアン! とどこからともなく取り出されたハリセンが、クレーズの後頭部を直撃する。一瞬よろめいたクレーズの両腕を背中に回し、忍は鉄とクラに指示を出す。 「お前らワクチン早く! ああっと、そこのコンバットマシンも言葉通じるようなら今は手出ししないでください本当にお願いしまッイダダダダアッ!? ちょ、なんでオレが拘束してるはずなのにいってぇ!?」 「ダウンロード終了、ワクチン投影開始ー!」 ボディの背面にクラをくっつけて(その体勢が二人の通信状態。ぶっちゃけ異様)、鉄はタカタカとクレーズの顔の前に、自身の視覚センサー部分を近づけた。鉄のそれはディスプレイとして映像を浮かべることも出来るのだが、今流されている映像は、おそらく何も知らない一般人が見れば、ただのノイズにしか見えないだろう。 ただし、ここにいる忍達は違う。 「…………あ」 「うん、強制終了完了。もういいよ、忍」 「おーぉイッテェ……こっちが羽交い締めにしたはずなのに、逆にきめられたってホントどういうことよ……」 気絶したクレーズを地面に横たえて、忍は両手首をブラブラと振ってほぐす。その場にあぐらをかいて欠伸をし始めた忍に、鉄が半ばあ然としながら注意をする。 「……あの、忍? まだコンバットマシンは残ってるんだよ?」 「ああ、そーだった。前回はクレーズ落として終わりだったから、つい気がゆるんじまった……」 ぽりぽりと後頭部を掻いて、忍は自分たちを取り囲んでいたコンバットマシンたちを見回す。すると、二体のコンバットマシンは忍達から遠ざかり、彼らが乗ってきたドライドとスカイバグルを、それぞれ一体が一台ずつ持ち上げた。 「ちょ……!?」 アシが目の前で奪われそうになり、焦った忍はコンバットマシンめがけて駆け出した。すると、あっさり腰の部分をつかまれて、別のマシンの肩へ担ぎ上げられる。 「なん、え、えぇえっ!?」 最後のマシンがちょこまか動く鉄とクラ、そして気絶したままのクレーズを抱えて、それぞれの『荷物』を確認した後、コンバットマシンたちは反重力装置を起動、ドームに向けて飛び立った。 「え、嘘、いやこんな訳わかんねぇ状況でドームに連れてかれんのはなんか嫌だぁああっ!!!」 ザ ザ ザ ザ ザ…… 『コマンダーへ連絡・走行車両運転手二名・サブマシン二体を捕獲・スカイバグルの所属は「機械生命体政府軍・第三機関」通称【ALT】』 ―――政府軍とは、双方とも? 『否・名称「クレーズ」・No.一〇五七六・外見情報・黒髪・灰色の目・白色人種・身体脳内あわせおよそ六割の改造を施された個体。追加情報・No.一〇五七六の指名手配情報を確認』 ―――指名手配された改造個体……裏切りかしら。もう一方は。 『名称「シノブ」・No.判定不能・外見情報・金髪・青い目・黄色人種・身体脳内どこからも改造反応なし・稀少な「ノーマル」である可能性あり。同様に指名手配情報を確認』 ―――『ノーマル』!? なんで、そんな……。 ザ ザ ザ ザ ザ…… ひゅーん、とコンバットマシンに抱えられたまま、忍達はなにやら似たり寄ったりな風景の通路を飛び回っていた。マシンが道に迷うはずがないので、おそらくは何かの時間稼ぎなのだろうが。 「いいって、時間稼ぐならむしろ止まってくれ気持ち悪い……」 ごんごんとボディを叩き懇願する忍だが、このコンバットマシン達は鉄のような自我を持たないタイプらしい。青い顔で口元を押さえ、忍はとうとう沈黙した。 「忍、足下ふわふわしてるのって苦手なんだっけ」 「…………」 「あ、うん、ドライドでがたがた走るのはむしろ大好きなんだよ? わけわかんないよねぇ」 一方、別のマシンに片手で抱えられている鉄は、今だ背中に張り付いたままのクラと電気信号での会話を行なっていた。クレーズは、まだ目を覚まさない。 と、延々続いていた通路の空中散歩は、その後しばらくして新たな展開を見せた。まず、マシン達がドライドとスカイバグルを通路にゆっくりと下ろし、ついで、鉄、クラ、クレーズも下ろす。最後に実に適当な動作で忍を放り投げると、何度か頭上で旋回し、あっという間に飛んでいって見えなくなってしまった。 「いぃっでぇ? なんで俺だけちゃんと下ろしてもらえねぇんだよ……」 「忍、おしり大丈夫?」 「すげぇイテェけど、ま、それはいいか。こんな中途半端なところに下ろされたってこたぁ、……え、ここから自力で移動しろと?」 忍は立ち上がって、軽く頭を振りながら状況を整理する。いろいろあって若干お疲れ気味な自分(ダルい)、まだ接続を解除していない鉄とクラ(仲良すぎ)、気絶したままのクレーズ(重い)。 「……はぁ、いいよもう。クラ、お前スカイバグルの操作できるよな?」 がっくりと肩を落としながら言うと、音もなく鉄の背から離れたクラは、ぴこぴことボディの刻印を光らせて回転した。「できるともさ」という意味らしい。 「よし、じゃあお前はスカイバグルの方、鉄も乗せて操作してくれ。鉄は……あの足乗っけるところから動くなよ? 俺はタンクの所にクレーズくくって、ドライド運転すっから」 「りょうかーい」 二体は忍の言ったとおりに行動し、忍もなんとかクレーズをドライドに乗せてベルトで身体を固定、移動が出来るような状態にした。 「んじゃあ、とりあえずは……どっち行くか」 「えーっと、なんか、もうちょっとまっすぐ行ったところに分かれ道があるよ。さっきコンバットマシンに抱えられてたときは、ずーっと右に行ってた道」 「……お前、今までの経路全部覚えてんの?」 「自律式サブマシン舐めないでよ。言われなくったって、役に立ちそうなことはきちんと覚えておくもん!」 「へぇへぇ……ほんっと、確かに几帳面だ」 「どうしてこの几帳面さが、忍にはないのかなぁ」 「悪かったな」 軽口を叩き合いながら、忍達は若干左に向けて歪曲している通路を走行し始めた。ドライドのエンジン音が反響してやかましい通路内で、クレーズがぴくりと身じろぐ。 「ぐ」 「お、起きるか?」 しかし、クレーズは再度深い眠りへと落ち込んでいった。どうせならしっかり目ぇ覚ませやいと心の中で罵倒しつつ、忍は目の前に見えた分かれ道に、小さく頷いた。 「左、だよな」 「うん、多分、センサーの反応からして居住区とかに繋がってるんじゃないかなぁ」 「じゃ、人がいるかもってか?」 「それか、さっきのコンバットマシンみたいなサブマシンたちだねー。でも、あんなにコンバットマシンが綺麗だったってことは……」 わくわくと期待のこもった鉄の視線に、隣でドライドを運転する忍は苦笑しながら答える。 「ああ、腕の良い整備士が住んでるか、レベルの高いリペアマシンがあるんだろうな。どっちかっつーと前者より後者だったほうが楽だなー。何せマシンだし、自力で操作すりゃいい。金もないし」 逃亡生活中は、人間の姿を見るとホッとしていたというのに、いざ何かを頼むような事態になったら相手はマシンの方が自我がなくて楽……なんて考え方なんだろうな、と忍は自嘲気味に笑った。 そうこうしているうちに、通路はより左へと曲がっていった。最初は気のせいかもと思っていたが、床も徐々に急な坂になっている。 「鉄、お前のほう固定してなかったよな……落ちるなよ」 「う、うん、頑張る。クラ、安全運転お願いねっ!」 言われて、必死な様子でスカイバグルの座席の支柱にしがみつく鉄。しかし、先ほどからハンドルよりやや下にある端末へ自身の触手を繋いでいるクラは、もとより無茶な操作、無茶なスピードを出していなかったので、特に状態は変わらない。 しばらくして、坂を登り切ったのか、突然平らになった床に戸惑いつつ、忍達はそのまま道なりに進んでいった。坂を登る前までの通路は、それこそ入口同様の広さであったが、今いる通路はごく普通の歩行者用サイズである。現に、床の中央部分には、稼動してはいないが移動用ベルトコンベアが設置されている。 「にしても、ほんっとすげぇな、このドーム」 改めてドーム内の設備の充実さに舌を巻く忍。そのまま道なりに走り続けると、ベルトコンベアが途切れ、手動で開閉する古くさい鉄製の大扉が現れた。 「えーっと……ノブがないから、スライド式か?」 扉の前でドライドを降り、扉の取っ手部分を観察する忍。この機械技術の発達しすぎた時代、扉と言えば全自動センサー式のスライドタイプしか一般人は思い浮かべられない。しかし、忍は手動で開く扉の種類まで確認してみせた。 「よっし、開くぞー鉄、クラ。あとクレーズ起きた?」 「まだ爆睡〜」 「そーかい」 目立たない取っ手に指を引っかけて、忍は左側の扉だけをゆっくりとスライドさせる。重そうな鋼鉄製の扉は、存外軽い負担で開かれた。 「……え」 そして。その扉の向こうの光景に、忍は呼吸を、瞬きを止める。 緑。 「……嘘でしょ。こんな、『庭園』が、いや『町』がこの時代にあるなんて」 まず、地面からして異なっていた。壁や扉と同じような鋼鉄でも、ドームの外に広がる荒野を覆う灰色の砂でもない。黄土色の、所々に雑草の生えた大地。 さらに視線を巡らせれば、この扉から離れたところにポツポツと、旧時代的なレンガ造りの一階建て民家が建っていた。そして、それぞれの民家の側には数本の木が植えられている。さわさわと、人工灯とは思えない……それこそ太陽のような光に照らされて、木の葉が揺れる。 「俺……夢、見てんのかな」 ごしごしと手の平で両目をこすると、ぼろっと目尻から目頭から涙がこぼれてきた。どうしても止まらない。俺もう十八なんだけどガキみてー、と内心恥ずかしがっていると。 「……なんだ、これは」 すぐ隣に、無表情無感情無気力がデフォルトのクレーズが、表情も、口調も、何もかも茫然自失といった様子で突っ立っていた。右手が聴覚センサーを掴み、周囲の音をより広範囲から探れるように設定し直す。 「この、さわさわ言ってるのは」 「そりゃ木の葉っぱが揺れてる音」 「サーッと言う音は」 「どっかに川でも流れてるんじゃねぇ」 ほとんど初めて見る『自然』という光景に、今まで鉄と合成物質とを組み合わせて造られた人工クラスタや、その廃墟しか見たことのなかった二人の少年は、その美しさにただただ言葉を失っていた。 クレーズと忍が我に返ったのは、その光景を見て二十分ほど経ってからだった。あまりに微動だにしない二人に、マシンであるが故『感動』という感情には疎い鉄が、心配して声をかけ続けたからだ。 「本当に、石になっちゃったのかと思ったよー」 「いや、石にもなるわな。やべぇ、俺なんかここでドライド走らせたくねぇぞ」 忍は困り果てた表情で、通路から扉の中の空間へ運び込んだドライドを眺めた。クレーズの方のスカイバグルは、浮遊したまま走行する車両なので、こちらは特に心配いらない。 「荷物は、出来る限りスカイバグルへ移すか」 「そしたらお前乗れねぇよ?」 「構わないが。クラ、引き続き運転を」 無論、忍のアシであり相棒であるこのドライドを手放す気は、忍自身も他の面々も無いわけで。とりあえずこの空間内を移動する場合は、全員徒歩ということで決定した。 クレーズが限界重量だと告げるまで、ドライドから必要そうな荷物をスカイバグルの荷台やら座席やら足場やらに移していく。適当なところで、クレーズがストップの合図を出した。 「じゃあ、とりあえずこの土むき出しの道っぽいところ通り行くか」 若干周囲の地面と比べて、人が長い間踏みつけ造りだしたような細い道を、恐る恐るといった様子でクレーズと忍が歩いていく。クラはスカイバグルの運転を、鉄はわざと雑草の多い道のはずれを歩いて騒いでいた。 「忍、忍! 草ってふわふわするよ! って、わああ足の裏が緑色に!?」 「ちょ、お前浮遊機能も復活してねぇのにそんなところ歩くな!? この世界にはもう存在しないかもしれねぇ自然だぞぉおいっ」 「……大丈夫、らしいが」 「はっ?」 のろのろとクレーズが指さす先では、鉄が踏みつけて潰れてしまった雑草が、また徐々に起き上がりだしていた。おそらく、数日中にはこの足跡もなくなってしまうだろう。 「………………自然、すげぇ」 ぽかーんとその様子を眺めていた忍は、思った通りのことを口にする。クレーズもまた、小さく頷いて「同感だ」とつぶやいた。 道は微妙に曲がりくねりながら続いており、今まで通ってきた通路の正確さなど微塵も感じられなかった。だが、最初は戸惑っていた二人も、むしろこの微妙な歪みが楽しく思えてきた。 「なんてーか、さ。すげぇところだよな」 「先ほどから、そんなことばかり言っているが」 「んだよ、じゃあクレーズは一回「すげー」って思って終わりかよ?」 「……いいや」 やがて、彼らは一番手前に見えていた民家の目の前にまでやってきた。民家近くとなると、土むき出しの道ではなく、灰色のレンガを地面に埋めた石畳が現れた。 「おぉお〜、これ、ぜってぇ滑らねぇぞ! 足の裏ぼこぼこしてるし……うわっ楽しい!」 「忍、落ち着け。……一旦家の中も見てみるか」 「お、民家探索か。でも俺こんな感じの建造物は見たことあるぞ。てか、俺がガキの頃はこんなとこに住んでた。なあ鉄?」 「ほう」 興味深そうに忍と鉄へ視線を向けるクレーズ。忍の問いかけに、鉄は無邪気に両手を振り回しながら答えた。 「うん! でも、やっぱりベースは鉄筋とかだったんだよねぇ。旧時代の家って、柱が大概木製なんだもの」 「木とかもうどこにも無いって思ってたしなぁ。枯れ木くらいしか。あと室内栽培の野菜園のちっさい葉っぱとか、あれの塊を『木』だって思ってた頃もあった」 民家に近づき、クレーズが扉へと近づく。だが、木製で表面に細かい装飾の成された扉は、いくら目の前で待っていても開く気配がない。 「?」 「ああ、ここの扉も手動なんだな」 戸惑うクレーズを押しのけて、忍は取っ手部分を確認、捻って回転させ、雄か引くかするタイプだと理解して、実行する。扉は引くことで開かれた。 「……開かない、扉?」 「ああ、ほら、ここんとこにさ、取っ手の動きと連動して、引っ込んだり飛び出たりする突起があるだろ。そっちの枠の方には、この突起が引っかかるための溝もあるし……うぅわ、これどこぞの機関とか政府に見つかったらヤバすぎる」 民家の中はかなり殺風景なものだった。僅かに残されている家具は、さすがに鉄を使っているものも多く、部屋の中央には鉄製のテーブルに、四つの椅子がひっくり返して載せられていた。 「人、どっかに住んでんのかなぁ」 ぼそりとつぶやいて、忍は民家の扉を閉める。そのままクレーズを後ろに石畳の道へ戻っていくと、先ほどクレーズが集音した川の音とも違う、ぱしゃぱしゃという水道の水音のようなものが聞こえてきた。 「クレーズ、分かるか?」 「……正体までは分からない。ただ、距離としては、そこの隣の家を左に曲がったところだ」 「すげぇ近いのな」 クレーズの言ったとおりに、そろそろと進んでいく。すると、曲がり角の向こうには、それこそ忍が子どもの頃に見た本の中のブツが、ででんとそびえ建っていた。 噴水、というものが。 しかも。 (初・ドーム内で遭遇した人類!?) 噴水の縁にボーッと腰掛けている一人の女性。左耳に小さなインカムを取り付けてはいるが、それ以外は長袖のシャツに薄手のベスト、ヒラヒラとしたロングスカートという、他のクラスタに住む女性にはほとんど見られない格好である。 クレーズと忍がどうしようかと顔を見合わせた瞬間、女性はハッとしたように二人の方へ視線を向けた。 「ねぇ忍、クレーズ、あの人こっち見てるよ?」 ガシャガシャとやかましく石畳の上を移動する鉄に指摘され、二人もまた勢いよく女性と向かい合う。互いの間の空気に、ちりちりとした緊張感が漂う。 しかし、そんな空気が大の苦手な忍は、ちらっとクレーズを見、「ああダメだコイツの警戒心半端ねぇ」と察知、自分から働きかけることに決めた。 「あ、あのー、こんちわッス。俺たち、なんか、このドームのまわりを調べてたら突然コンバットマシンに連れてこられたんですけど……」 無言。 「えっと、こんなすごいところに、最初は運び込まれた感じだったけどズカズカ上がり込んでスイマセンでした、超不法侵入者ですネ」 無言。 「あぁああのものすごく差し出がましいようなんですが、俺たちちょっと訳ありで、ちょっとした保存食とか、ドライドとかスカイバグルの燃料とか、このサブマシンのリペアとかさせて貰えるとすごい助かっ、た、り……」 無言。 忍はもう泣きたくなった。 これ以上何を言えばいいのか、と途方に暮れかけたとき、今まで女性のことを睨みつけていたクレーズがボソリと言った。 「……あの女性は、単にしゃべれないだけのようだが」 女性は手招きをして、噴水からさほど離れていないところにあるベンチに二人を案内した。そして、お互い無言のまま向かい合うと、腰に下げていたポーチから細長いペンと、ノートほどのサイズのパネルを取り出した。 『申し訳ありません、生まれつき声が出ないので、筆談という方法をとらせていただきます』 さらさらと丁寧に書かれた文字は、この近辺の国共通のもの。それと、書かれた文の調子から、あまり悪感情は抱かれていないかな? と淡い希望を胸に、忍はなるべく穏やかに返答する。 「いや、意思疎通ができるならもうなんだって……さっきは一人でベラベラとしゃべりまくってスイマセンでした」 『大丈夫です。それに、あなた方が何を望んでこのドームにいらしたか、詳しく分かりましたから』 淡々とパネルにペンを滑らせていく女性。その顔に、およそ表情と呼べるものはない。いつも仏頂面のクレーズと一緒にいるため、彼女の無表情の類を忍はすぐに思い当たった。 (あ、ヤベ。滅茶苦茶警戒されてんじゃん) 思わず、がっくりと肩を落とす。隣から、クレーズに軽くぽんぽんと肩を叩かれた。 「……えーっと、俺たちがこのドームん中で見たところは、外側の通路と、この居住区までの道と、あっちの扉からここまで、そのうち一件だけ家の中見させてもらったぐらいです。もしこれ以上見られたくない知られたくないって場合、もう即行で出ていきま」 『すでにこの居住区を見られた以上、簡単に帰すわけにはいきません。いえ、このドームの存在を知られたからこそ、あなたたちを捕獲したのですよ』 「ほら来たー!!!」 最早絶望状態の忍。そんな彼を面倒くさそうに押しのけて、淡々とクレーズが会話を代わる。 「帰すわけにはいかない、ということは、自分たちはずっとここに住まわなければならないのか、それとも抹殺か」 『私やこの場所の安全を考えるならば後者かと』 「いぃやだーここまで逃げてきた努力はなんだったんだー」 「忍黙れ。……貴方の警戒を強めているのは、やはり自分や忍の素性が怪しいからでもあるか。まあ、こんなときにどこのクラスタにも所属せず、あちこち彷徨っているというのは酔狂のすることでしかないが」 『放浪ですか。むしろ、貴方の肩書きと、忍さんの立場を見るに「脱走」という状態の方がしっくりくるような気がするのですが』 「……やはり、あのスキャンで大体のことは調べがついているようだな」 『当然です』 ここで初めて、女性の顔にニヤリとした笑みが浮かんだ。狡猾さよりも、どこか幼子の浮かべるいたずらが成功したような、そんな笑み。 『正直驚きました。【ALT】の隊員に「ノーマル」。どちらも、この地域を統治している機械生命体政府にとっては手放すならば殺した方がいい、といいそうな存在ではありませんか』 「ああー……お姉さん、どんぴしゃすぎる……」 あっという間に自分たちを取り巻く状況を看破されてしまい、忍はさらに頭を抱え、クレーズは小さくため息をついた。 『私の推論を、そんなにあっさりと認めてよろしいのですか?』 「いや、事実ですし。それにお姉さんの感じとか、ここの設備とかから、そうそう俺たちのこと、外に漏れないでしょう?」 むしろ俺たち自身ここで一生終えそう……とさらに暗い顔で笑う忍だが、ゴン、とグローブをはめたクレーズの左手が、彼の後頭部を捕らえる。 「さっきからツッコミが暴力的だな、クレーズ」 「もし、自分たちをこのドームの存在を知った外部の人間として」 「うわっ、スルー?」 「どうして、自分たちをあの場でコンバットマシンに殺させなかった?」 端的に、クレーズが問いかける。女性はそれに対して、ゆらりと視線を宙にさまよわせた。 『その場で排除しなかったのは、あなたたちの持つメモリから有力な情報を読み出すためです。ええ、そうですよ?』 「それこそ、中に連れ込まずに外で殺してから身体を回収すれば済む話では」 沈黙。 物珍しい噴水の近くで、クラと鉄が遊んでいるが、防水加工は万全なので問題ない。 「…………気まぐれ?」 軽く希望と呆れを込めた忍の言葉に、女性の肩がびくっと震えた。 『そ なわけ いじゃないでーすか』 「パネルとペンが震えてて一部しか解読できませんよ」 いやいや、と忍が素早くツッコミをいれると、クレーズは淡々と女性の表情から何かを読み取る。 「つまりは、自分たちが軍関係者であるかも知れないと思ったから、ドーム出現後、コンバットマシンに偵察をさせ身元を調べつくし、行き着いてみれば自分やこの施設同様訳ありらしいので、殺す殺さないのコマンドを設定するのを先送りにし、とりあえずこのドームの中へ放り込んだというところか」 今度は、女性はずいぶんと引きつった笑みを浮かべた。忍もその隣で、クレーズのことを気味悪げに眺める。 「なんだ」 「……いや、あの人間の心理に対して無関心だったお前が、そこまで推理できるほどになっていたとは思わなくて」 「学べばその分伸びる」 「お前の場合伸びすぎだわっ!」 どつきあいを始めた少年たちに、女性は小さくため息をついて、ペンを持った手を額に当てる。すると、どこからともなく、先ほどクレーズたちを運んでいたコンバットマシンと同じデザインのものが飛来してきた。 「うぉうっスイマセン何か癇に障るようなことをしましたでしょうかっ」 『違います。貴方たちの処理は』 そこまで書いて、女性はまた、視線をふらっとどこか宙へ向け、数秒そうしてからパネルへ戻した。 『やめます。はい。認めます。こんな怪しいスキャン結果が出る人間に興味がありましたし、これが本当ならこのドームのことを発表できるような状況ではないだろうと言うことで。はっきりいうと私の好奇心です』 「うわ、さらっと認めたこの人」 『ついでにいうと、ドームへ貴方たちを放り込んだ理由でもう一つ、もし何かダミー情報が流されていた場合、このドーム内で処理をするためで』 「やめてー。それ以上言わないでー」 耳を塞いでそっぽを向く忍を押しのけて、クレーズはさらに問う。 「それで、自分たちがここに来たことによって、貴女の興味や好奇心というものは満たされたのか」 『マシン以外で生きている人間と話せた、というだけでもう十分かと。でも、まだ話したいような気もします』 「へ? このドーム、お姉さん以外に人いないわけ?」 ばっと勢いよく振り向いた忍の言葉に、女性はこくりと小さく頷く。 『私が五歳の頃に、この居住区で生活していた人間は、私を除いて全員死亡しました。ここにいて自我というものを持つ存在は、私と、メインコンピュータ内部にある教授のメモリだけです』 「教授?」 聞き返して、忍はしまった、という表情を浮かべた。ぱしんと再度自分の耳を両手で塞ぎ、目をつむって、情報ノーサンキューと早口でつぶやく。 『耳を塞いでも特に意味は無いのですが』 「そのパネルに発声機能は」 「一応ありますよ」 「ああああああよくクラスタ放送案内でかかる女の声がー!! ていうかそのパネル疑似発声装置ついてんのかいっ!」 『大概マシンとの通話は指示を入力するだけですので、あまり使ったことのない機能なのですが』 女性が浮かべた次の笑みは、今までの笑みよりもずっと女性らしい柔らかなものだった。と、そこでガショガショとボディをびしょ濡れにしてきた鉄が近づいてくる。 「忍ー、濡れたよー」 「げえ、バカ、タオルなんて持ってねぇぞ。荷物の方探そうにも……」 『では、こちらへ』 そう書いたパネルをクレーズたちに見せて、女性は立ち上がった。うろたえる忍に、彼女は笑ったまま、 『貴方たちを、侵入者から客人へと認識を変えます。危害を加えるつもりなら、もうとっくにしてしまっているでしょうし、何より、面白いですから』 「あの、それは警戒心がなさ過ぎ」 『コンバットマシンもきちんと待機させていますし』 「オーケイ十分準備万端だな」 「…………忍」 女性につられて立ち上がった忍の背中に、クレーズの暗い声がかけられる。ん? と首をかしげつつ振り返ると、いつもの無表情に影を背負ったような表情のクレーズがいた。 「おい、どうした?」 「……今は、ワクチンが効いているが」 「あ、なるほど」 忍はポンと手を打って、移動を始めようとしない二人を訝しんでいた女性に声をかけた。 「あの、お姉さん。こいつが【ALT】の懐刀的存在なのは、もうスキャンしてわかってるんですよね」 『そうですが』 「なら、これも理解しておいてください。こいつは、【ALT】の製造許可が下りていないマシンなら、サブマシンでもメインコンピュータでも、稼動しているところを見ると、破壊衝動が発動するように改造されてます。ぶっちゃけ、今このドームの中で暴れてないのは、以前急ごしらえで造ったワクチンの効果なんですよ」 『ああ、特殊認識チップ、第二人格(マシン・パーソナリティ)ですか。ご忠告ありがとうございます』 「…………まさか、正式名称言われるとは思わなかったぜ」 こうなったら、どこまで政府やら組織やらの裏情報を、こんな閉鎖空間で仕入れているのか聞きまくってやろうか、と自棄な考えを持ち始めた忍だった。 |
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