STRANGEU - カゲナシ*横町



S T R A N G E U




□ 第二巻 弱者と騙し、そして強者 - 2.ぶらり車内で昔話
 交流試合参加者を確定する用紙を、わざわざ転送魔法で本部に直接送った、その次の日。

「あ、ほんとはねー参加者についてはこんなぎりぎりじゃなくて、最低二週間前には送ってるはずなんだよね。でもまあこっちもあのバカ女のことでごたごたしてたし、何より『うちだから』って理由でこんなぎりぎりになったんだよねえ」
「……あえてぎりぎりまで先延ばしにしておいたのはお前だろうが」
「あの書類が本当の意味で上層部に届くのは、多分本当に開幕直前でしょうね。向こうもまあ、ここ数年のことで誰が来るのかは察していると思いますが」
「そういえば、リーダーたちってずいぶん前からいらっしゃいますよね? 代替わりとかの通達って来ないんですか?」

 フィロットを朝一で馬車に乗って出た一行は、シェンズの町から車に乗り換えて首都へ向かう途中だった。シェンズ支部の《ガレアン》からは「なぜ車ぐらい持ってないんだ」というような視線を受けたが、レイド曰く「滅多に使わないし、町も入り組んでるから持ってても意味がない」とのこと。
 そんなレイドが運転する車内で、ドロスの小さな疑問は一笑されて終わった。

「いやさ、ドロスはこの町出身だからわかりにくいかもしれないけど、外部からこっちに送られてくる人間で、残ったヤツってどのくらいいるか知ってる?」
「……あーと、毎年十五人くらい振られてきますよね。今年の分で、自分が実際に知ってるのは二人ですけど」
「全体の中から二人残ればいい。三人残れば上々だ。ちなみに去年は一人だった」
「え」
「現在フィロット支部は、七割方が町の出身者で構成されています。先代リーダーもフィロットから首都へ試験を受けに行って、そのまま突っ返されてきた人材と聞いています」
「すっごい面白いおっちゃんだったよねえ。副リーダーたちは泡吹いてたけど」
「俺たちに対しても、まずは拳で語ってきたからな。フェラードと互角だったからまだなんとかなったが、当時の俺とレイド二人ではろくなことにならなかった」

 軽く聞いてみただけだったのに、続々と出てくる赴任前の話にドロスは「あー」とうめき声を上げる。そういえば、彼らが来る前、自分が子供だった頃のフィロット支部も、大概だった。

「確か、三十年近くいらしたんですっけ……リーダー・バルドルは。副リーダーはちょこちょこ変わりましたが、最後八年くらいはこちら出身の方が一人務めてたような」
「俺たちが来たとたんにひっこんだけどねえ。しかも脱隊理由が「机にかじりつくのはもう飽きたからちょっと世界回ってくる」ってことで」
「一昨年あたりに手紙が来ていたぞ。バドーラ大陸にいるらしいが」
「もう移動してらっしゃるでしょうね。それと」

 そこで、メルティナがドロスの方を向く。未だにこの何を考えているのか分からない新緑の瞳で見つめられると、背筋が震えてしまうドロスだが。

「今の会話で察しましたか」
「…………えと、よっぽどのことがないと、あの町の《ガレアン》は代替わりしない、というかできないんですか」
「よっぽどの人材かな? あそこの住人と渡り合えるだけの知力、体力、あと性格じゃないとねえ。ちなみに先代以前は一年もたずって感じで、くるくるリーダーが変わってたらしいよ?」
「そこに先代がすっぽり収まってしまったので、わざわざ変人たちの餌食になりたがる人間もいなかったですし、そんなこんなで異例の三十年勤務になってしまったそうですが」
「本来なら、リーダーは四年、副リーダーは二年単位で辞令がくるんだがな……俺たちは赴任四年目だが、音沙汰なしだ」
「完璧に押しつけられてるんですね……」

 ということは、最悪跡を継げるだけの人材がいなければ自分がいる間は上司が一切替わらないということだと気づいたドロスは、一生自分たち下っ端は彼らに使われるんだろうなあと覚悟もしてしまった。
 そんな他愛ない会話で盛り上がった車内だったが、やがて日も暮れて光源が車に備え付けのライトのみになると、さすがのレイドも停車させた。

「シェンズとつないである街道だから、もうちょっと進めるかと思ったんだけどな。多分明日の午前中には着くだろうけど」

 エンジンを止めて車を降りたレイドは、ぐるりと辺りを見回す。空は半分が雲で覆われていて、星空はうっすらとしかうかがえない。

「あの、野宿でもするんですか?」
「お前も車に乗るのは初めてだったか。これの座席は後ろに倒せるからな、こうしてから毛布を被って横になれば、少しは楽だろう」
「へえ! こういうのって基本、機械都市のあたりに行かなきゃないんだろうなーって思ってましたけど、意外と近くにあるものですね」
「機械都市はもっとすごいらしいよ? こんな車輪のついた乗り物なんて、もう時代遅れなんだってさ。浮遊魔法も使わないで宙に浮かぶ車が多いんだって」

 眠るのはそれでいいとして、さすがに食事をすべて車内で済ませることは出来なかったので、ドロスとメルティナが食事の支度を始める。近くに落ちている小枝と固形燃料を使ってたき火を作ると、定番のシチューを作ろうと材料を取りにトランクへ回ったドロスだったが、何かの気配を感じて半身を右へずらす。そこへ。
 スコンッ
 軽い音を立てて、何かがトランクに突き立てられた。それが矢だと判断したドロスは、素早く振り返って攻撃方向を確認する。

「敵襲! 弓兵あり!」

 ひゅんひゅんとたき火めがけて飛んでくる矢をかわしながら警告すると、傍らを誰かが通り抜けていった。二人。

「どっ!?」「があっ!」「くそっ!?」「うぼへっ」
「ひーふーみーの、そっち何人?」
「三人だな」
「こっちも三人。引き分けかー」
「勝ち負けがあるものか」

 聞き慣れない男たちのうめき声が響いたかと思うと、副リーダーたちのまるで緊張感のない会話が聞こえてくる。

「あれ、でも弓がいないな」
「えっ」
「……こちらに二人います。まず先に遠距離攻撃の手をつぶしてください」

 レイドの台詞に焦りを覚え、とっさに周囲を警戒したドロスだったが、背後から響いたメルティナの声に振り返る。その細い体のどこにそんな力があるのかと問いただしたくなるが、彼女は両手に一人ずつ、小汚い服装をした男の首根っこを捕まえて引きずってきているところだった。

「…………一体、いつの間に。というか、飛んできた方と逆方向なんですけど」
「少しずつ矢の飛んでくる方向が変わってきていたでしょう。それぐらい気づきなさい」

 顔色一つ変えずに言い切ったメルティナは、気絶している男たちをレイドたちのいる方へ投げ捨て、自身は調理作業へと戻っていった。幹部たちがあっさり撃退した野盗を手際よく縛り上げ、武器を回収し山にする。

「これ、どうするんです? 引っ張っていくわけにもいかないでしょう」
「ていうか、《ガレアン》の車って書いてるのにわざわざ狙ってきたところからして、完璧に舐められてるよねぇ。とりあえず、積んである無線で本部に連絡しとこーっと。適当に拾って処理してくれるでしょ」

そう言うなり、レイドはごそごそと車内に潜り込み、運転席そばの機械をいじりはじめた。フィロットで使っている伝達用手帳とは全く違うその手段に、ドロスは軽く首をかしげる。

「あの、本部とか機械都市ってみんなこんな感じなんですか?」
「……まあ、どちらかといえば機械よりの文化ではあるな。それもこれも、機械都市がほど近くにあるがゆえだろうが、わざわざ魔法具を連絡手段にしているところは、このあたりじゃ少ない。……まあ、あの手帳も、魔法が主体の文化圏から見れば時代遅れなんだろうが」
「え、そうなんですか? お互いの手帳に内容が残って、通信後も内容を思い出しやすいなって重宝してるんですけれど」
「進んでいるところは、水晶体を通じて直接通話できるらしいぞ。もちろん、通信記録も残る」

 案外フィロットは、機械も魔法も伝わっていないのだということを知ったドロスは、それも仕方ないかと一人頷く。もともと奇怪な噂のせいで、人が寄りつかない場所なのだ。そこにわざわざやってきて文化を広めようという人物も、また奇特である。

「……あなたたち、立ち話をしている暇があるのなら、さっさと調理を手伝いなさい」

 数秒後、材料を詰めた鍋を抱えたメルティナに無表情で迫られ、ドロスとカッティオは慌てて食事の用意を手伝い始めるのだった。