□ 第二巻 弱者と騙し、そして強者 - 1.交流試合の誘い 軽やかなベルの音を聞き、客席の掃除をしていたガイルは振り返った。「いらっしゃいませ」と無表情のまま声をかけると、入店してきた三人の男たち……一様に黒い制服を着た《ガレアン》隊員の彼らは、珍しげに見返してきた。 「ガイルさんがこっちでバイトしてるなんて、レアだなー」 「……ここは、廃棄寸前とはいえ食い物がもらえるからな……」 「あー、また、食費大変なんですね」 席に着いた隊員たちの分の水を持ってきたガイルは、慣れた様子で注文をとる。その際、妙に隊員たちが浮かれているように見えて、思わず訪ねてしまう。 「なあ、何かあるのか? 嬉しそうじゃねえか」 「あっ、そうだガイルさんも聞いて下さいよ!」 ガイルの問いかけに、先ほどからにやにやしっぱなしだった中年の隊員が、少年のように瞳をきらめかせて身を乗り出した。 「三日後からしばらく、リーダーも副リーダーも町を出るんです!!!」 「……はあ?」 「食いつきが意外と良くない!」 熱を込めて叫んだ隊員を、ぼーっとしたまなざしで眺めながらガイルは適当に相づちを返す。そのあまりに淡泊な反応に、他の隊員も思わずコケる。 「いや、てか、なんでまた? あいつらそろって外に出るって……すぐ帰る、みたいでもねえし」 「一週間ですよ一週間! 首都で腕試し大会があるんで、そっちに全員で行くって言ってたんですよ」 「……《ガレアン》に腕試し大会とかあるのかよ」 「そうなんです!!」 伝票で顔を仰ぎだした、店員にあるまじき態度を取るガイルとは裏腹に、隊員はぐっと拳を握りしめ、目を潤ませて天を仰ぐ。 「まあフィロット支部は本部から煙たがられてますから、昨年はいろんな理由つけて首都来るなって通達されてたんですよね……その前も、そのさらに前もすんごい良い成績出したからって」 「良い成績でなんで煙たがられるんだよ」 「……ここ数年、出場者はリーダーと副リーダー二名、メルティナさんに、あと一人あの人たちが将来有望だと思った一般隊員を引き連れて攻め込んでるんですよ。良い成績といっても、あの人たちの本気はやばいですからね!」 「ああ理解した。首都でもこっちでやるみたいにむちゃくちゃやらかしたんだな」 《変人の町》と名高いフィロットの人間は、暮らす人間も移住する人間も相当な能力と『アレ』な性格を持つものばかり。そんななかで、さらに《ガレアン》に入って戦闘訓練を受けようものなら、末端の隊員とはいえいらん能力まで底上げされること間違いなしである。 「ちなみに、よその支部は副リーダーを筆頭に有望株を数名引き連れての参加、というのが一般的なので、リーダーが出張る時点でうちの支部はおかしいんですよね」 「レイドさん曰く『ガチで勝ちに行かないとやる意味ないじゃん』とのことでしたが、どう考えてもあの人たちが息抜きしにいきたいだけですよね!」 「普通はリーダー格が揃ってそんなもんに出たら、支部の方が回らなくなるわ」 「けどまあ、こっちはカッティオさんからいろいろマニュアルも受け取ってますし、リーダーはもともといないようなもんですし!」 「お前らも大概良い性格してるよな……」 やっほう気楽に仕事ができるぜー! とはしゃぐ隊員たちを見て、ガイルはこっそりため息をついた。ぱっと見、上司がいないうちにだらけようとする下っ端のように見えるが、実は逆で作業効率が上がるという不思議である。まあ、原因の八割方が上司たちの方にあるためだが。 明後日からは、支部から悲鳴もしばらく聞こえなくなるのか、なんて考えながら、ハイになっている隊員たちをあとにガイルは注文を伝えに戻っていった。 一方、《ガレアン》フィロット支部の中では。 「とっととと届いちゃったよ来ちゃったよぉおおおお!!! また大会出ろってえええ!!!」 「やったじゃないフェラード! これで腹立つ首都の頭でっかち連中に一泡吹かせる口実ができあがったよ!」 本部の印が押された書簡を手に、がくがくと震えながら滝のように涙を流しているリーダー、フェラードの肩を、満面の笑みを浮かべたレイドが軽く叩く。はっきりと唇は孤を描いているのに、その奥の瞳はまったく笑っていない彼の表情を見て、フェラードがさらに飛び上がる。 「れっレイドぉおお怖いよぉおおお!! そ、そ、そんなに、ヴィンスさんの処分について、ま、丸投げされたの、ねね根に持ってるのぉ!?」 「当たり前じゃんあんなメンドクセェの、《変人の町》なんだから変人はそっちで処理しろとか馬鹿でしょ、こっちは変人処理場じゃねぇっつの」 「レイド、素が出てるぞ」 「おっといけない」 ぺろりと舌を出して、今度は綺麗に感情を隠した笑みを浮かべる。鮮やかな変わりように、デスクに向かっていたカッティオは、頭痛をこらえるような表情を浮かべて、額をペンの軸でつついた。 「三十路前の男がやる仕草じゃない……」 「えー、似合ってるからよくない?」 「自分で似合うだのなんだの勝手に判断するな気色悪い」 「ええ、体感温度が五度ほど下がりました。鳥肌が止まらないので作り笑いもさっさと崩してもらえませんか」 「……アイカワラズ辛辣デスネ」 今度ははっきりと苦笑を浮かべて、レイドは書類をまとめていたメルティナを振り返る。彼女は軽く中をチェックすると、扉の前で突っ立っていた男の方を向いた。 「ドロス=マクファーレン、でいいですね? 歳は二十三、生まれも育ちもフィロットで、剣術よりも棒術に長ける」 「は、はあ……それで、あの、なんで自分、呼び出されたんでしょう?」 「え、君も今度の交流試合に連れてくから」 「はっ!?」 レイドがあっさり答えると、ドロスは目を点にして、数秒後わたわたと焦り始めた。 「ちょ、そういうのってこう、なんやかんやで審査とかして実力見て決めるものじゃないんですか!?」 「えー、だって普段の仕事見てればだいたい分かるし、そんなこと。二度手間って嫌じゃん。それに」 ぴっと人差し指をドロスに向けたレイドは、先ほどとはまた違う……底意地悪そうな、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。 「君、こないだの《ゼト》幹部襲撃のとき、崩壊した門から無事生還したでしょ。通達が来て、あー誰か一人選ばなくちゃなーと思ったとき、そのこと思い出したんだよね」 「前回自分が名前出しされたのは、このためのフラグですか!? どうにも結局あのあと一般隊員の方に混ざってしまったせいで、もう自分忘れられてると思いますよ!?」 「メタな発言はいいから、とっとと諦めてそこに署名しろ。あとはお前の名前だけなんだからな」 錯乱するドロスに向けて、カッティオは無情にも一枚の紙を突き出す。それは、『交流試合参加者名』とタイトルのついた参加用紙だった。 「…………あ、やっぱり今年も皆さん出るんですね……」 「あったり前でしょ! みんなに任せてもいいけどさ、久々に首都にも行ってみたいし」 そっちが主な理由だろうなと思いつつ、レイドの言葉を流したドロスは、あきらめ顔で用紙に署名をした。 これで、参加者は確定した。 |