□ 第五巻 輝きし宝の夢 - プロローグ ゾクゾクと。目の前からゆっくりその圧力を増しながら迫ってくる殺気と……僅かに混じった呆れに、女性は震えながらどこか恍惚とした表情を浮かべていた。 「……何か、言い残すことは?」 「強いて申し上げるのでしたなら、せめて最後のあがきの際にはぜひペルソナ様のおみ足で顔面でも後頭部でも背でも手足でもどこでもお踏みに」 「黙れもういいそれ以上口を動かすな」 とろけるような満面の笑みを浮かべて願う彼女は、本気でそれを望んでいたらしい。ペルソナはおののくことこそなかった。が、未だかつて彼女のような性癖の持ち主と接点を持ったことがなかったので、どのように処罰を下そうか……と本気で悩んでいた。 女性は「黙れ」と命じられた手前、何も言わないまま頭を垂れていたが、鞭でも焼きごてでもロープでも何でもきてくださーい! と内心叫びまくっているのがビンビン伝わってくる。ペルソナはため息をつきながら、さらに深い『闇』へ潜った。 「送り込んだ魔術師と、ブラックスミスは敗れたという。責任を取る、というお前の言葉に、嘘はなかったようだが」 「当然ですいいえ誰にもこの機会を奪わせるものですか、ペルソナ様直々に私へ懲罰が下され」 「黙れ」 すでに何度黙れと命じただろうか、とペルソナはちょっと遠い目をした。一番手っ取り早いのは、この女性の首を跳ね飛ばすことで、それぐらいなら一秒とかからず事は済む。だが……それすらも、この女は喜びそうで。 対象が喜ぶことは、罰とは言えない。 「お前は、今回のことも含めて、あの町をどう思った」 「うっ、最早懲罰スルーの段階ですか……ええ、まぁ計算外といえば、計算外でしょうか。筆頭魔術師の方には、ペルソナ様から賜っていた術式を暗示で植え込んでおいたので、多少は道連れにできるかと思ったのですけど」 「あれをただの魔術師に植え込んだだと? ふん、まったくお前の思考も常軌を逸しているな……ヴィンス」 「いやーんペルソナ様に言われてしまうなんて私天にも昇る気持ちで……あと一発、ペルソナ様からナイフの一本でもこの脳天にいただければ」 「お前はまだここで死んでもらっては困るからな。だが」 ドッ。と。 鈍い音を立てて、ヴィンスの右の二の腕に、まさに三日月のような形をしたナイフが深々と突き刺さった。 「まずは、それだ」 「ふ、ふふ、うふふふふやっとペルソナ様も本気になってくださいましたねうふふふ」 「今後は」 「はい、私直属の子たちを送りましょう。ペルソナ様も見ましたでしょう? あの兄妹を」 「ずいぶん、高く買っているな。あの町を」 「だって、最初の雑魚たちはともかく、《ゼト》の筆頭二人……その気になれば、問答無用で首都を廃墟に変えられる者たちがやられたんですよ? それぐらい評価はしてあげましょう。そして、今度こそ叩きつぶしますわ」 ドクドクと血が伝い落ちる右手を挙げ、指先にまで流れていた自身の血をぺろっと舐めながら、ヴィンスは嗤う。 「そういえば懲罰はまだあるのでしょうか?」 「ああ」 「でしたら、次で一気に。私を至福のど真ん中へ突き飛ばしてください。今回は」 魔を秘める、狂気に揺れる赤い、紅い瞳。 「私も出ますので」 「……大盤振る舞い、といったところか」 「私の後任は、補佐に任せておいていますけれど、よろしいでしょうか」 「構わん」 投げやりに答えて、今度こそペルソナの体が完全に『闇』へとけた。 瞬間、ヴィンスの腕で鈍い輝きを放つナイフと全く同じものが飛来し、嬌声……狂声をあげるヴィンスの残りの手足に突き刺さった。 『……ヴィンス』 「あ、はぁ……な、んでしょう、ペルソナ様あ?」 歓喜にうちふるえているとしか思えない声色で、悶絶しながらヴィンスは聞き返した。最早何も言うことはないと感情を完璧に排したのか、ペルソナから続けられる言葉は硬い。 いや。 『我自身の手の者に、あの町を調べさせた』 「ペルソナ様直属……ちょ、直属ぅ!!?」 途端、両手足から血を噴出させながらヴィンスは起き上がった。がく然、というのがぴったりな表情で、『闇』の向こうにいるであろう主を見つめる。 (なんてことよぉ、ペルソナ様直属、ちょくぞく、あああきっと毎日がなじられ脅され傷つけられの贅沢三昧虐待天国……っ) 『百面相をやめろ』 空気が凍った。 『《聖鋼石》は、彼の町にあるという』 身をくねらせていたヴィンスの顔から、表情という表情が消えた。ゆらり、と紅い軌跡を宙に描きながら、立ち上がる。 「ペルソナ様、では、もう全くもって手加減なんてする必要欠片もありませんね?」 『どこに秘められているかまでは、分からない。だから戦力をすべてつぎ込むのをよしとしなかったまでだ』 「町を壊さなければ、いいんでしょう? 中身の方は、どうとでも」 『好きにしろ』 《聖鋼石》。そう、これを待っていた。《ゼト》のものたちは、誰もが。 宙に浮かぶロウソクから発せられる橙色の光に照らされ、彼女の唇が、にぃっと弧を描いた。 |