STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第六巻 儚き夢の答え - 第一章 1.破られた町
 すたん、と小さな足音を響かせて、黒い影が崩れた城壁の頂、町の外と内の戦場を一望できる場所に現れた。
 彼らは衣服、靴、手袋、顔を覆う布や頭巾、そのどれにいたるまですべて漆黒。《ゼト》の第一幹部たるヴィンス率いる《葬黒部隊(グラスタ)》。彼女の手足となり、彼女を阻むもの全てに殺意を向ける者達。
 一度互いの姿を確認し合って、彼らは霧のようにそこから姿を消した。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「力業、あんまり好きじゃあ、ないんだけど、ねっ!」

 スライスの風属性ではない、純粋な、何色にも染まらぬ自身の霊力を、肩から腕、剣の先まで覆わせるようにする。レイドはそれを両手で振りかぶり、いったん息を吸い込んでから、似合わぬ気合いの声と共に振り抜いた。

「『戦士よ その身朽ち果てるまで 称えよう その手に栄光掲げ』!」

 メルティナの口から、すでに何十と繰り返された歌詞が流れ出る。その歌にのせられた魔力は、レイドの放った一撃をさらに強化していく。
 ガガガガガッ! と地面を這うように、強化された衝撃波『クラッシュ』が目標へ向かう。だが、これも『また』届かない。

「同じ攻撃ばかりでつまらないのですわ〜。もうちょっとバリエーションというものを考えて欲しいものですの〜。ねぇ〜、つまらないですわよねお兄様〜?」
「はっはっはッ!! そうだね、僕たちが繰る、このデルデオの防御力の前では、いかに強化されたクラッシュとはいえ、馬の耳のそばを小バエが飛ぶ程度ッ!!」
「それはまた別の意味で危険ですわ〜お兄様〜。馬の耳に小バエが入り込んだら、馬の暴走はハンパないですわ〜よぉ〜?」
「ナニッ!? では実は彼らの攻撃もハンパないということかッ!! 僕としたことが、迂闊……ッ!!」
「ほんっとに、迂闊で助かるよっ!」

 言いながら、返す刀でもう一発。ふぃんっ、と今度は凝縮された霊力が、知覚できるほどになっていた。レイドはそれを、にこりと笑みをこぼして、

「ふ、っ飛べ」

 愛剣に乗せ、振り抜いた。メルティナの強化魔法はまだ解けていない。動きが緩慢なデルデオは、この連撃に対応できるとは思えなかった。
 が。

「デルデオ」

 一言、ファルスが命じた。
 瞬間、デルデオの痙攣していた、海藻のような両足が持ち上げられ、その犠牲と引き替えにレイドの渾身の一撃を防御する。デルデオが自身を守ったわけではなく、ただ、魔物使いの子供たちの盾として。

「……うそー。これも防御とか」
「しかし全く効いていないわけではありませんよ。もう一度、人生に何度あるか分からない貴方の本気ぶちかましなさい」
「簡単に言ってくれちゃうよね!? あれ一発撃ち込むのにどんだけ霊力必要だと思ってんのっ! 僕今からちょっとお茶でも飲んでこないと渇き死ぬ〜」
「鉄臭い水ならありますが」
「もしそれが水道水とかならギャグでメルティナ相手でも『あははこいつぅ〜』って言ってやれるけど、君の指先にあるのって血だからね? そりゃ鉄臭いさっ!?」

 肩で息をしながらもう一度剣を構え直すレイドを一瞥し、メルティナは全く表情を変えないまま、乱暴な手つきで手についた血のりを拭う。

「メル、もう一度イケる?」
「何度でもと言いたいところですが、そろそろ私の方も喉が嗄れてきました。むしろ貴方のようなめったに気合いすら発さない人間のためではなく、普段の鍛錬から全力投球な私にこそ、そういった水分補給が必要だと」
「うっわぁ、すごいメルティナが早口でしゃべってる……こりゃヤバいな、倒れる寸前だよね?」
「あらあらあら〜、この状況でやっとヤバイと認識されましたの〜? あんまりにもあんまりすぎるおめでたい《ガレアン》で〜すの〜、ねぇお兄様〜」
「はっはっはッ!! しかし、今まで《変人の町》というレッテルのおかげで他の称号が地味だったから我々も最近まで気付かなかったが、何気にこの地区へ迷い込んだ犯罪者たちの検挙率ほぼ百パーセントであった彼らに、ヤバイと言わしめしたのだぞッ!! 僕らの勝利は目前だッ!!」
「言いたい放題言ってくれるよねぇ……」

 傷つき、震えるデルデオの上で胸を張るファルスに向けて、呆れたようにため息をつきつつ、疲れた体にむち打って、レイドはさらなる大技を繰り出そうと準備を開始した。

「『さあさ 今宵と言わず今すぐに 歌い踊ろう その足折れるまで』」
「「ん?」」

 聞き慣れない詠唱……『自解詠唱(オリジン)』に、魔物使いの兄妹は警戒心を抱いた。これまで魔術師や神官たちのものならば幾つも耳にしてきたが、ナイトの自解詠唱など、初めて見る。

「『純白のレース 鉄臭い漆黒に染め上げ これは一体 なんでしょう?』」

 楽しげに、メロディーがこぼれだす。彼の足取りは疲弊しているとは思えないほどに軽く、まるで一人、ダンスを踊っているかのよう。

「『貴女を救う神の御手か 貴女を堕とす死神の鎌か』」

 途端。

「ふふっ」

 ニヤリと。
 冷たく熱く恐ろしく美しく醜く優しく、穏やかで静かで愚かで愉快な笑み。
 そんなぐちゃぐちゃな、笑みと呼べるかも分からない笑み。
 彼の、本当の『顔』。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 わー! きゃー! と外見の割に甲高い悲鳴を上げて逃げまどう《ガレアン》リーダー、フェラードは、ふと魔物たちに囲まれている、そのど真ん中で立ち止まった。

「あ」
「リーダーッ!? 死にます死にますからホント下がってぇええ!!!」
「あ、フェラードさんっちょ、洒落になりませんてぇっ!?」

 周囲で抗戦していた住民や隊員たちは、あっという間に魔物に詰め寄られ、攻撃の嵐を受け姿が見えなくなったリーダーの名を叫ぶ。あの気弱でヘタレなリーダーは、ああ、もうすでに……。

 グボガッ  ビャアアアアアッ
 ブシャッ    ぎぃいいいい!

 しかし、その光景を目の当たりにした、フェラードをよく知る者達は信じられないという表情を浮かべ硬直した。大量の鮮血と肉片をばらまきながら吹っ飛んでいったのは、人外の暴力に飲まれたかに見えた彼の人の物ではなく、その『暴力』の物。
 あまりの事態に、魔物たちですら攻撃の手を止める。絶好の隙だが、人間の方も動けない。
 あの魔物の群れを吹っ飛ばしたのであろう気弱なリーダーは、その爆心地の中心にしゃがみ込んでいた。かたかたと小刻みに震えながら魔物の血がついた両手で耳を押さえて、ぼろぼろと、ぽろぽろと、小さな目から涙をこぼす。

「れ、れ、レイド、レイドが、怒っちゃった……!」



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 ぐるん、と銀色の軌跡が描かれる。それほど素早く動かしているわけではないのにそう見えてしまうのは、高まりすぎた『力』のせい。

「『さあさ 今宵と言わず今すぐに ……舞踏会はおしまいです(ヴェスタ・ヴィスタ)』」
「お兄様、これってもしかして〜……」
「まさかの、神力行使か……ッ!?」

 自解詠唱の内容から、おそらくは魔力行使の術式だろうと予想していたファルスは、とっさに自身の乗っていたデルデオへ突撃命令を出した。そして、すぐさまフィリーナの乗っている方のデルデオへ飛び移る。

「魅力的な女性が相手じゃないのは残念きわまりないけど、逃がさないよ」

 さらに色の薄まったように見える、レイドの水色の双眸は、しっかと兄妹を捕らえて逃さない。その間に立ちふさがったデルデオにも、臆することなく。

(相手は手負い。このまま貫通させれば問題ない!)

 刀身に左手を添わせて、そっと指揮棒のように振り上げる。くるり、くるりとその場でレイドが旋回し始めると、刀身を包んでいた視認できるほどに濃い力の粒子が、剣先から零れるように周囲へばらまかれていく。
 神聖な白の光。けれど、そこに込められたのはあたたかな癒しではなく、冷たい殺意。

「じゃ、頼んだよ〜」

 最後のレイドの一言ともに、空中をたゆたっていた粒子は波打ち、目標へ向けて流れ出した。他の魔族も巻き込んで、粒子はデルデオの全身を呑み込んでしまう。そして。
 ……あとには、何も残らない。

「僕は……あー、いっか。俺はね、お前らみたいなガキがものすっごいキライでさ。ゴメンねー俺好きになってあげられなくって。ホント、許し難いほどムカツクんで消えて欲しいんだ」

 ぼそりと剣を兄妹に突きつけながら、それほど大きいとは言えない程度の声量で、レイドはつぶやく。その間にもデルデオを消し去った粒子は、次の獲物を求めて流れ出す。
 けれど、それは実にあっさりと打ち消されてしまった。

「…………ぇ?」
「本当に、キライだとはっきりがっつり言われてしまいましたわぁ〜お兄様〜。でもお兄様やお姉様に言われるならともかく、あんな妙ちきりんな猫かぶりに何を言われても、あたくしどうでもいいですの〜」
「はっはっはッ!! ぶっちゃけた話、僕も特に気にならないなッ!! むしろ嫌われて上等と言ったところかッ!!」

 粒子は彼らに届かない。
 レイドの殺意は彼らに届かない。
 それを、兄妹のそばに現れて阻んだものが、あまりに予想外で。

「……ステントラ?」

 ぼそりとつぶやくのは、応援にと駆けつけてきた住民の一人。なるほど、確かにそう見える、見えてしまう。
 白っぽい肌が除くのは、鼻の下から口元のみ。他はすべて、布や帽子、手袋、外套、靴まで漆黒。地に現れるはずの影が起き上がったかのように錯覚してしまう、その姿は、実に見覚えのあるものであった。
 そのステントラに酷似している姿の人間は、薄い灰色の霧を纏わせた両手で、レイドが渾身の力で放った自解詠唱術を無力化していく。これが、力任せな見よう見まねと、流れを知る本職の差か。

「違う、あれはステントラじゃ……」

 けれど、彼が自分たちに殺意を向けるはずがない。町を攻めてきた魔物使いを守るはずがない。そうレイドが心の中でつぶやくのと同時に、城壁付近から幾多の悲鳴が響いてきた。
 振り返ると、上空からやってきたエイルムが、こちらに向かって滑空しながら必死の形相で叫んできている。

「どうしたのさっ!?」
「レイド、退いて! なにか、ステントラみたいな黒ずくめがたくさん、町の方に……!」

 ふわりと、
 風が頬を切り裂いた。
 視界の端を、パッと、赤い色が通り過ぎる。
 自解詠唱の反動で硬直したままだった両腕が、震える。

「我等は、《葬黒部隊(グラスタ)》」
「《ゼト》第一幹部直属の戦闘集団ですの〜」
「さぁ、フィロット、破ったりッ!!」

 黒ずくめが厳かに、フィリーナが恭しく、ファルスが軽薄に口を開く。
 レイドの両脇には、いつの間にか他の黒ずくめが二人、棒立ちになっていた。彼らの手には同型の剣が握られており、暗殺用のそれは、光を反射しない闇色をしていた。
 数秒して、きぃんと澄んだ音を立てながら、銀色の刀身が地面に突き立つ。
 それは、半ばからへし折られた、レイドの剣。

「すでに、他の主力と思しき者は捕らえている。抵抗は無意味だと言っておこう」
「……あのさぁ、この状況で僕が言うのもなんだけど、どうしてここで切り捨てないわけ? そっちの方が断然楽だと思うんだけど」
「町の外で、実力者に無駄な血を流させるわけにはいかないのでな」

 右脇に立つ黒ずくめは、そう答えてニヤリと笑った。

「我等が望みのため、この町の人間には役立ってもらわねば」
「……へぇ、なーんか、やっぱりマトモじゃなさそうだ」

 レイドはそれを聞き、苦笑を浮かべて、折れた剣を手放した。

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