STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ すべては生きるために・・・・ - 6)『風』
(・・・・・・・・ィル)

意識が、闇の中をたゆたう。

(・・・・てくれ・・・・・・・・イル)

そっと、頬や髪に何かが触れていく。

(・・・・たの・・・・・・・・起きてくれ、ガイルっ)

悲痛な叫び、それは届いた。

(・・・・これ、は)

まぶしげに、ガイルは目を覚ます。
晴れ渡った青空、緑の木々、小鳥のさえずり。
本当に、懐かしい。
そして。

「ガイル!」

とても変わった格好なのに、なぜだか自然の風景になじんでいる黒ずくめの青年。

「・・・・ステントラ」

その名をつぶやくと、ガイルの顔に自然と笑みが浮かんだ。
どうして、リールに会うまで忘れていたんだろう。
やっと会えた、自分に名をくれた人。

「ガ、イル・・・・」

ステントラは、唇を噛みながら、ガイルの頭に置いていた手を離した。
本当に。
『また』置いていかれるのかと思った。

「っ。この、やろっ・・・・マジで、死んだんじゃって・・・・思っちまっただろーが!」
「・・・・・・・・」

怒ったように怒鳴るが、ガイルはそんなステントラがまったく怖くなかった。
とても、心配して、とても、安心しているのが分かったから。
一度顔をあわせただけの孤児に、どうしてそこまで感情を高ぶらせるのかが、分からないけれど。

「ああ、悪い」

そう言って、ガイルは目をつむり、すぅ・・・・と息を吸い込む。
ゆっくりと右手を動かして、貫かれた腹部の傷を確かめた。 重ねた薄っぺらな服は斬られたまま、乾いた血で固まっている。
しかしその下に、傷はなかった。

「・・・・あんたが、治してくれたの、か?」

ステントラは一瞬、答えに詰まったようで、しかし隠すように首を横に振った。

「じゃあ、誰が・・・・」
「誰か、だろ。俺は知らない」

ステントラが無理矢理、話題をそこからそらせた。
しばらく、沈黙が続く。
そして、小鳥のさえずりの中、ステントラの方が口を開いた。

「ごめん」
「・・・・どうして、あんたが謝る」
「俺がさっさと、お前を連れて行けば」
「・・・・そんなの、もう四年も、前じゃ」
「っ・・・・」

過去は過去。
過去を悔いたところで、今が変わるはずもない。

「け、ど」
「なぁ、ここは、どこだ?」

ガイルの問いに、ステントラが機械的に答える。

「リア山脈の、・・・・ボルガル国領内で、北西の辺りだ」
「ああ・・・・」

だとすれば、戦場からはそう離れた場所ではない。
ガイルは、痛みこそ無いが、あちこち悲鳴を上げきしむ体を、なんとか起こす。

「お前なにっ・・・・」
「ステントラ、俺以外で、生き残ったヤツは?」

だいぶはっきりした口調で、ガイルはなおも問う。 それに対しステントラは、全く調子を変えずに言った。

「お前以外には分からない。あそこは、灰と、焼けた死体だけだった」
「・・・・そう、か」

みな、燃えてしまったか・・・・。
そう思った矢先、ステントラが続けた。

「けど、俺がこっちにお前を運ぶとき、数人の男たちが見えたぞ。  ・・・・鎧もなにも、布の服一枚だったから、あまり気にかけなかったけど」
「その中に・・・・俺くらいの子供はいたか?」
「そこまで見てねぇよ。ていうか、お前以外に子供が?」
「・・・・いや、いいんだ」

ガイルは無表情のまま言って、足に力が入ることを確認、ステントラの制止を無視しそのまま立ち上がった。

「ステントラ、あんたの口ぶりじゃ、まだあまり時間は・・・・」
「俺が死にかけのお前を運んだのは、昨日の夜だ・・・・荒れ地の方で、血の海のなか気絶してた」
「・・・・一日、か」

ガイルはしばらく考えて、ステントラをそっと見上げた。

「なぁ、ステントラ。あんたは昔、俺を捜してたって言ってたな。どうしてだ?」

ステントラはガイルの視線を受け止め、はっきりと答えた。

「ナイショ」
「・・・・はぁ?」
「ふっふっふっ、そこらへんは、俺も詳しい事情を知らなくてね。ただ・・・・」

ステントラは怪しげな笑いを引っ込めると、真剣な顔で続けた。

「お前が『また』死しんじまったり、殺されたりするのはまっぴらだったんでね。血眼で探してたんだよ」
「またって・・・・どういう意味だよ。俺は別に二回も死んだわけじゃないぞ」

むきになって言い返すガイルに、ステントラはニヤリと笑った。

「ああ、悪いな。いろいろ混ざっちまう・・・・」
「は?」
「いやこっちの話。さて、これからどうする? もうミットビア国はダメだ。 それに、ボルガル共和国もミットビア程じゃあないが、狂ってるのに変わりはない。・・・・ッチ」

(最初の関門が『コレ』かよ・・・・。あいつら今度会ったらぶん殴ってやる)

密かに、この世界の全てを統べる者を思い浮かべ毒づいたステントラは まだ訝しげな表情で自分を見上げているガイルと目があった。

「・・・・国外、か?」
「このココレア戦争の影響が少ない、といったら、プラス別の大陸っていうのも。  そうだな、まずはいろいろ混乱に乗じて、エアリアス共和国へ向かうかね」
「って、ここからか? どれだけ距離があると・・・・」
「まぁまぁ、ちょっと友達からもらったものがあってね。チェルフロアのスクロールだ」

そう言って、ステントラはジャケットのポケットから丸められた羊皮紙を取り出した。
チェルフロアとは一瞬で空間を移動する魔法のことである。
上位の魔法使いや僧侶、そして吟遊詩人などが習得できるもので、複数の人間を同時に移動させることもできる。

「それの行き先は?」
「とりあえず、マーセン国のはずれにある村だな・・・・ミットビアとの国境とも距離があるし、いいだろ?」
「それから先は、馬でも調達するのか」
「ま、先のことはイロイロとな・・・・それに、お前の体だって医者に見せなきゃ。いくぞ」

ガイルはステントラがスクロールを読み上げ、地面に浮かび上がる魔法陣を見て思った。

(・・・・リール、ヘリウス・・・・ああ、あいつは、名前を聞いてなかった、な・・・・)

様々な人に会い、別れ、また別の場所へ自分は旅立つ。
隣に立つステントラを見ると、ゴーグルで隠れた目が、にこりと優しげに笑ったように思えた。
チェルフロアが発動する。 魔法陣の光に包まれた二人は、一瞬でそこから遠く離れたマーセン国へ、飛ばされた。



シャンッ!
耳障りな、カーテンの金具がレールを滑る音が聞こえる。
その直後に、ガイルは太陽の光を浴びて目を覚ました。

「ガイルさんー! あっさでっすよー! 珍しいですね〜、私たちの方が早く起きるなんて」
「おっそよぅガイル〜。なんだぁ、やけにおとなしいな」
「・・・・るさい、寝目覚め悪いんだよ」

ガイルはいつもより数倍鋭くなった目(=目が開かない)で、二人をにらみつけた。 ステントラとティルーナは、おお怖いと言いながらさっさと部屋を出ていった。

「ったく・・・・」

ガイルはベッドから身を起こし、このやけに腫れぼったい顔をどうにかしようと水差しに手を伸ばす。 水桶に入れ替えて、ふと顔を上げてみると、鏡に映った自分の顔は・・・・。

「なんだこれ、泣いたあとみたいじゃないか」

どうりで顔が熱く、腫れているように感じるわけである。 おそらくこのひどい顔を見て、出ていった二人は大笑いだったろう。

(ちくしょう)

ばしゃばしゃと服が濡れるのも気にせず、ガイルは顔に水をぶっかける。 おかげで床まで水浸しになった。

「・・・・・・・・」

・・・・本当は、なぜこんな顔なのかというのもわかっていた。
夢。
本当に、昔の夢。
久しぶりだった、あそこまで鮮明に見るのは。

「・・・・くそ」

水のしたたる髪を放っておいて、ガイルはこん、と鏡に頭を当てる。
と、そこへ。

「ガ・イ・ル〜? なぁに鏡の前に突っ立っちゃってぇ、ナルシーになってんですか〜?」

ことさら間抜けな口調でステントラが現れた。

「・・・・・・・・」

ガイルは無言のまま、必殺裏拳をおみまいする。 が、あっさりとかわされた。
そこでステントラは、憎たらしい笑顔をするりと別のものに入れ替えて

「ガイル、気にすんなよ?」

わしわしと、ステントラはガイルの頭をなでた。 小さくため息をつきながら、ガイルは鏡から頭を離し、ステントラと向き合う。
あれからさらに六年・・・・、自分はさらに成長し、身長もステントラとすっかり並ぶほどになった。
しかし、ステントラは全く、六年・・・・、 いや、初めて会った十年前から、その容姿が変わることがない。 黒い髪も、やけに白いその肌も、若々しさを保ったまま・・・・彼からは『老い』というものが感じられなかった。
だが、それもガイルにとってはどうでもいいこと。

「・・・・・・・・ステントラ・・・・」
「おう、なんだ」

明るく問い返してくるステントラ。
すべて、変わらない、その態度すら。 ガイルの頭に乗せている、その手の温かさも・・・・。

「・・・・」

ガイルはうつむいたまま、ゆらりと左側に体を傾ける。 ん? とステントラが笑ったまま顔を逆方向に傾け
ドバンッ!

「ごはっ!?」

思い切り正面から決められた拳の衝撃がみぞおちから全身を伝わり、 ステントラは思わず体をくの字に折って悶絶した。

「・・・・・・・・おい、ガキじゃあるまいしなにしやがんだ」
「ごふっ! い、いや暗いから慰めよーとねぇ」
「慰め・・・・」
「いいいいいいやあががガイルくんちょその剣! 拳はまだいいけど剣! ちょ、タンマ・・・・ッギャー!」

ステントラの絶叫が、フィロット中に響き渡った。
彼の運命が今まさに決定されそうな中で、ティルーナはガイル宅の一階にてのんびりとお茶をすすっていた。

「ふぅ、まったく賑やかな人たちですね〜」

そう言って、決して二階の騒動に関わろうとはしなかった。
ドッタンバッタンとすさまじい音を立てて暴れる二人。
だから、気づかなかった。 誰一人として、それを普通に感じていたから。
フィロットの中を駆け抜ける『風』。
それはガイルたちの家の前で止まり、ゆっくりと、家を一周した。 祝福と祈りが終わり、風はそのままトールの森へと向かう。
森の奥深くで、風はふわりと制止すると・・・・。
ゆっくりと、渦状に空へ向かって流れていった。

『ガイルよ、ガイルよ、『風の子』よ。その運命に、我が祝福を・・・・』

小さく、小さく、一言だけを残して。