STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ すべては生きるために・・・・ - 5)赤、黒、紅
目が覚めたとき、ガイルとリールは隣り合わせで寝かされていた。
テントの中、砂利だらけの地面に一枚だけ布をしいたテントの中の寝心地は最悪だったが 久しぶりに深い眠りにつけたとガイルはホッとした。
耳を澄ませば、テントの外ではがちゃがちゃと金属のぶつかり合う音が聞こえる。
ガイルは無言のまま、隣のリールを揺り起こした。

「・・・・う、あ、・・・・ん? ガイル、おはよ」
「・・・・ああ」

昨夜ボロボロと泣いていたのが嘘だったかのように、リールは満面の笑みを浮かべて挨拶をしてきた。 それに若干とまどいつつ、ガイルは一言だけ返す。
テントの中に置かれていた自分たちの剣を腰に佩き、外に出る。
周りのテントは、相変わらず痛々しい姿で、 しかしだいぶ雰囲気の和らいだ様子の孤児兵士たちが、はずれの兵士たちとともに撤去していた。
と、やっと起きてきた二人に豪快な声がかけられる。

「おうよ! お前らもこれ食っておけ!」

ヘリウスは二人の分の朝食・・・・といっても昨日の非常食と全く同じものを渡すと、 二人の寝ていたテントの撤去を始めた。
留め具を手早く外し、布を引いて骨組みだけの状態にする。

「あ、ヘリウスさん、僕も・・・・」
「いいんだよ、まずお前らは食え! それから行動だ」

リールの申し出をあっさり突っぱねて、ヘリウスは適当に地面に刺してあった鉄棒を引き抜いていく。 と、最後の一本はヘリウスではなく、ガイルが引き抜いた。

「お?」
「・・・・飯なら食った。どこにやればいい」
「あ〜あっちの荷車に積んでおけ。ここに置いていく」

ヘリウスに示された荷車にガラン、と鉄棒を放り込む。
出立の用意はできた。

「さ、て・・・・行くか。戦場へ」

太陽は、顔を見せない。
不吉な黒い雲ばかりが、空を覆っている。



はずれの兵士と孤児兵士の連合兵団は、必要最低限の荷物をそれぞれが持って、山向こうへ歩き出した。
馬はない。 そんなもの、首都でふんぞり返っているリレイア五世やその側近、将軍どもは 彼らには無用の長物だ、と言い放っただろう。
荷車も置いてきた、人がそれに乗れば確かに乗っている人は楽だが、またそれを引くのも人である。
ただひたすらに歩き続ける。 足を止めずに、ときおり乾パンの欠片やわずかな飲み水を互いに分け合う。
しかし、戦場にたどり着く前に、疲れ果てた孤児兵士や 数日前の戦いでケガをしたはずれの兵士は次々と倒れ、道ばたに寄せられた。
一人倒れるごとに、みなが止まって黙祷を捧げる。 ここで倒れれば、もはや助からない。
薬も、治癒の魔法も、ここにはない。
歩かなければならない。
ガイルとリールは、その間、ずっと沈黙を守っていた。 互いに顔には出さないが、ここで口を開けば、くじけてしまいそうだったから。
そして二人のすぐ前を歩くヘリウスは、ときおり二人を気遣って荷物を持ってくれたりした。
分厚い雲に覆われたままの空は、太陽の動きを分からなくさせ、結果時間の流れをあいまいにさせた。

「・・・・だいたい、今が昼か?」

うっすらと浮かぶ汗をボロ布でぬぐいながら、ヘリウスはつぶやいた。
空腹は感じない。 本当に、腹ではなく体全体が悲鳴を上げたときにしか、ものを口にしないようになってしまっていた。
ぼんやりと歩いていたヘリウスだったが、勢いよく後ろからシャツをつかまれて我に返る。 今まさに、彼は崖下へ最後の一歩を踏み出そうとしていた。

「・・・・・・・・」
「大丈夫、ですか? やっぱり僕、自分の荷物は自分で持ちますよ」

リールは疲労と、今のヘリウスの行動から顔色を失っていた。
ガイルは無言のままにヘリウスの抱えていたリールの荷物をひっぺがす。

「あ、ああ・・・・わりぃな」

ヘリウスは肩を落としながら、今度はしっかりと二人の前を歩き出す。
無心のままにガイルたちは歩き続け、そしてたどり着いた。

「・・・・あれ、か」

リア山脈の向こう側、ボルガル共和国との国境。 『荒れ地』という呼び名そのものの風景が、そこに広がっていた。
そして、そこにはすでに、何千というボルガル軍の兵士たちが。

「・・・・は、おい、おい・・・・冗談キツイって・・・・」

兵士の一人が、気の抜けた声でつぶやく。
こちらの戦力はほんの二百人程度・・・・しかも、大抵がまともな訓練を受けていない者たちである。

『我が国、我が勝利のために、行け』

「はぁ、当たって砕けろ、てか」
「ヘリウスさん、それなんですか?」

ヘリウスのつぶやきに、リールが問いかける。

「ん? ああ、俺の村のちょっとした言葉でね。  『どうなるかは分からないが、とにかく全力で行動しろ』って意味なんだよ」
「全力、ねぇ」

ガイルは歩きながら言う。
生きたいと。
その思いがまた、蘇り始める。
絶対に死ねない。
もう一度、彼らに会うまで・・・・。

「さぁ・・・・相手は万全みたいだぞ」

数少ない盾を持った、ヘリウスと同じくらいがっしりした体格の男が、よく通る声で言う。 彼に続いて、盾を持った者たちは最前線へ並ぶ。
山のふもとまでもう少しというところで、ボルガル軍は野営地をひらいていた。
まだ、こちらには気づいていない。

「行くぞ」

そして、連合兵団は声なき雄叫びを上げて、野営地へ突っ込んでいった。



それからは、ガイルもどう動いていったのか、詳しくは分からない。
突如現れたミットビア兵に、ボルガル軍は慌てて弓兵たちで対抗する。 鈍色の雨が、ふもとから山めがけて降り注ぐ。
先頭に立つ者の盾がそれを弾くが、耐えきれず盾を下ろした者はあっという間に串刺しになり、絶命した。 そうなったら、すぐ後ろの者が盾を拾い上げ、みなを守る。
そして、ミットビア兵はあっという間にボルガル軍の野営地へ踏み込んでいった。
怒号と、剣戟けんげきの嵐。
しばらくして火の手もあがった。
火は一瞬で辺りに燃え広がり、ミットビア兵もボルガル軍も区別なく飲み込まれていった。
怒号に混じり、悲鳴、絶叫。
ボルガル軍では逃げる者も出たが、ミットビア兵は背中など向けなかった。 ミットビア兵の残りは、あっという間に半数以下になる。
どれほどのボルガル兵を道連れにしたのかも、分からない、分かりはしない。

「ちぃっ!」

ガイルは人を斬りすぎて使い物にならなくなって剣を、子供と油断して剣を振り上げた目の前の兵士に突き立てる。 そして兵士が崩れる前に、その剣を奪い取った。
リールも、ヘリウスもどこにいるのか、生きているのか死んでいるのかすら分からない。
目の前に現れる敵兵を、斬り伏せていく。

と。



(・・・・ル)



「っ!」

一瞬、すべての音が聞こえなくなった。
ガイルの足が、手が、硬直する。
その隙を、敵は見逃さなかった。

「・・・・この、クソガキがぁああっ!」
「・・・・・・・・あ」

目に映ったのは、右腕を半ばから切り落とされ、脇腹から血を噴出させている兵士。 その左腕は、まっすぐにガイルを指していた。
血走った目を見開き、血を吐きながら、兵士は狂笑する。

「シネ」

そして、絶命した。

「・・・・・・・・」

ガイルは、その場にへたり込み、自分の腹を見る。
自分も手に持っている、ボルガル軍の剣。
それが、ガイルの体を貫いていた。
どくん、と。
心臓が跳ねるのと同時に、ブ、ブ、と血が吹き出てくる。

「・・・・・・・・あ、ぁぁ」

声を出すと、腹に自然と力が入り、血がより強く溢れてくる。

だが。
ガイルはそんなことを考えず。

ただ。
死んでいく自分の体を。

受け入れられず。

「あああああああああぁぁぁぁあああぁぁぁああああああっっっっっ!!」

絶叫し、剣を勢いよく引き抜いてしまった。
ブシャッ! と、一気に体の血が抜けていく。
口から、一筋の血が流れた。

「あぁああああぁぁ・・・・ぁ・・・・・・・・ぁぁ・・・・・・・・・・・・」

徐々に小さくなっていく声。
意識は、ほとんど消えかけていた。
だが、ガイルはその状態で立ち上がった。 ボタボタと、鮮血が地面を赤く染める。
そしてガイルは歩き出した。
いつの間にか、なんの音も無くなっている。

人という人が折り重なり、死んでいる。
剣に、槍に、弓に、斧に、その体を貫かれ。
誰が誰なのかも、分からない。
あれほど人の数で差があったというのに、もう、ボルガル兵の姿もそれに混じってしまっている。
ひょっとすればリールかもしれない、ヘリウスかもしれない、・・・・気づかずにいた、あの少年かもしれない。

しかし、ガイルは歩く。 温もりの無くなっていく体を引きずって。

荒れ地へ向かう。
紅く染まった体は、暗く、黒いその大地では異質に思えた。

ほんのわずかに、首をかしげて後ろを見る。
死体が、燃えさかる炎に飲み込まれ、灰となっていく。

「・・・・・・・・ぁ」

小さくつぶやき、ガイルは自分の腹から引き抜いた剣を、投げた。
次に、地面に座り込んだ。
仰向けに寝ころび、両手を広げた。
体は、もう、一欠片の温もりも宿してはいなかった。

ガイルは、うっすらと目を開いたまま
意識を失った。
息が、止まった。