□ 深窓?お嬢様の暴走 - 1)副リーダーのご乱心 それは、一本の電話から始まった。 昼食時も過ぎ、思わず眠気に負けた者があくびをこぼしたりするのどかな時間帯。《ガレアン》フィロット支部の通信部に、それは訪れた。 「はい、こちら《ガレアン》フィロット支部です。ご要望がありましたら、お名前と住所をどうぞ」 『わたくしはフィロットに住んでいる者ではありません。ただ、そちらに努めている人間について、極簡単にお聞きしたいのですが』 「ええと、申し訳ありません。組織に関わるすべてのことは、こちらから口外することを禁じられておりますので……」 『では伝言を。そのくらいなら構わないでしょう?』 「……はあ、一体、どなたへ?」 通信係は受話器を持ったまま、思わず首をかしげる。この言葉遣いと雰囲気からして、明らかに上流階級の娘である。そんな人間が、この片田舎に何の用があるというのだろうか。 そう思っていた彼は、次に彼女が言った『伝言』を受け取り、呆然とする。 『わたくしのディオール様……もとい、《ガレアン》フィロット支部副リーダーのカッティオ=クレイグ様へ、「捕まえましたわ」とだけお伝えくださいな。それでは』 がちゃり、と通話が切れる。 通信係はそのまま、たっぷり五分は受話器を持ったまま硬直して、交代しに来た同僚に肩を叩かれるまでその状態だったという。 ……その一言から、フィロット中を巻き込む大騒動に発展すると……まあまずこの通信係はなんとなく察した。 「はああ、お休みもっと欲しいよね。ていうか巡回をもっと増やしてこういう書類書きするような項目を減らせばいいと思わない?」 「巡回をすればその巡回報告の書類が待っているぞ。要望書とどっこいの量だろう。手を動かせ、ひたすら、何も言わず」 「ひっどー」 広々とした上官室に置かれたデスクをそれぞれ二つ独占しながら、書類の山と闘っている二人の人間がいた。片や、肩より少し下まで伸ばした真っ直ぐな白髪の男。肩や、癖の強い黒と見まごう藍色の髪の男。 前者は副リーダーとして《ガレアン》フィロット支部をまとめるカッティオ=クレイグ。後者は同じく副リーダーのレイド=デュアーである。 二人は目の前に詰まれた書類を眺め、指示を出すなりサインをするなりとひたすら地味―な事務仕事をしているところなのだが、カッティオとレイドではそのスピードが段違いである。カッティオは黙々と滑るように処理していくのに対し、レイドは机に半ば突っ伏しながら、だらだらとペンを紙に走らせている。それでも二人の机の書類量が変わらなく見えるのは、各々の仕事量に見合った書類を、有能な部下が配分して回してくるからだ。 「……カッティオ、こちらのほう、割り込みで申し訳ないと下から謝罪の言葉とともに優先して欲しいと。私もこれは早急な指示が必要だと思いましたので」 「わかった、……ん、これとこれは練り直し。そちらの三つには許可を出す」 「はい。ではこちらは順次処理していただいて構わないものです。そしてそこの泥男レイド、私が先ほどここを出てから、紙の山がほとんど変わっていないようですが」 「あ、メルティナもひどいなぁ。ほら、処理は一応してるよ?」 そう言ってレイドがけだるげにペン先を向けたのは、処理済みの書類を入れるケースの中である。確かに書類があるにはあるが、ケースの厚さの十分の一にもなっていない。……ちなみにカッティオは同じ形のケースを二つ使って、メルティナが様々な部署を往復している間に必ず一つ満タンにしてしまう。 メルティナは相変わらず事務処理が嫌いだと言い続けている上司を、絶対零度の視線で眺めながら、無情にもさらに書類を追加していく。 「ちなみに、今日中にこちらの三つの山は片付けてください。でなければ帰宅は許されません」 「人はそれを残業と呼ぶ! もしくは軟禁!?」 「では、終業時刻まできりきり働け」 視線は手元の書類に落としたまま、ぼそりとカッティオがつぶやく。テンションの低い同僚二人を眺めながら、レイドはへらへらした笑みを浮かべて両手を振り上げた。そのまま椅子の背もたれによりかかって、のびをする。 「あーあ、なんっか面白いことないかな〜!」 言った、瞬間だった。 こんこん、と軽く上官室のドアがノックされる。 「入れ」 「はっ」 カッティオが短く許可を出し、入室してきたのは一般隊員の男性だった。通信部の腕章をつけており、なにやら緊迫した表情を浮かべている。 「直接来るとは、何があった」 「は、その……外部の方から伝言を預かりまして……その、内容がどうにも。他の人間に伝えるより、いっそ自分が言ったほうがいいような、その」 「はっきりしゃべろ。で、その伝言とは俺たちの中の誰かか?」 「はい」 通信係は一つ、息を吸い込むと、ぴたりとその人物を見据えて、口を開く。 「それでは、聞いたとおりお伝えします。『わたくしのディオール様……もとい、《ガレアン》フィロット支部副リーダーのカッティオ=クレイグ様へ、「捕まえましたわ」と』……」 通信係の言葉は、ズガンッ!!! と部屋中に響いた轟音にかき消された。 思わず息をのんだ通信兵の前で、無表情のまま自身の剣を抜き放ち、今まで処理していた書類の山も気にせず机に叩きつけたカッティオは、全身を震わせてつぶやいた。 「お、おい……」 声までばっちり震えている。よく見れば、普段通りの無表情かと思ったその顔も、眉間にしわが寄ったり口が引きつったり、白くなったり蒼くなったり大忙しである。 「ディ、オール……と、そう言ったのか。女か」 「え、ええ、言葉遣いからして上流階級の女性かと」 「今日が俺の命日かぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」 そう叫び、カッティオは書類を吹っ飛ばしながら部屋を飛び出していった……窓から。ちなみに上官室は支部の二階にある。そのまま飛び出せばまず足の骨やなんやらを痛めそうだが、カッティオは神法で肉体強化を施すと、軽やかに着地し、そのまま全力疾走で消えてしまった。 後には、暴風雨が吹き荒れたかのような室内に呆然と佇む三人の人影が。 「…………え、あれ、誰?」 「……か、カッティオさん、ですよね?」 「……彼が、あんな大声を出したところ、初めて見ました」 ここより、騒動の波紋は広がった。 「匿え」 「寝ぼけてんのか……ていうか、なんでお前……」 夕暮れ時、本日のバイトから帰宅したガイルを出迎えたのは、どこで手に入れたか分からないお菓子をぽりぽりと口にしているティルーナと、ダイニングテーブルの下で抜き身の剣を抱えたまま震えているカッティオだった。 「おい、お前そこにいられると非常に邪魔だうっとうしい。ホントどうしたんだ、え?」 とりあえず嫌がるカッティオを無理やり引きずり出したガイルは、そのまま彼を律儀に椅子に座らせ、夕食の用意をしようとキッチンへ向かう。 下ごしらえを済ませてリビングへ戻ってみると、困惑した表情を浮かべるティルーナに、テーブルに突っ伏したまま頭をなでてもらっているカッティオ、という光景が繰り広げられており、さすがのガイルも言葉を失う。 「…………え、なに、そこにいんのカッティオか?」 「うーん、誰かが入れ替わっちゃったような気もしますけどねー、実際昔、ウィリンさんの薬でやらかしたことのある事例らしーですけど……でも、言ってる内容は大体カッティオさんっぽかったですよ〜?」 「なんつってた」 「『今日が俺の命日になる』『俺は髪だけでなく目も白くなる』『俺はカッティオ=クレイグだ』と……ネガティブオンパレードです!」 「待て、お前その台詞のどこにカッティオらしさを感じたっつーんだ!!!」 たたんだエプロンでとりあえず軽くティルーナの頭を叩きながら、ガイルも神妙な面持ちで椅子に座る。とんとんと指でテーブルを叩きつつ、カッティオに問いかけた。 「おい、お前どうしたんだ? レイドのバカに付き合えなくなったのか、メルティナの精神攻撃にプライド泥まみれにされたのか、フェラードのフォローに疲れ果てたか……やべぇな心当たりが多すぎる」 「……いや」 そこで、カッティオは軽く頭を浮かせると、暗い影を背負ったままぽつり、ぽつりと答えた。 「昔の、俺を知ってる人間が、ここにくる」 「昔のカッティオさんですか〜?」 「……より正確に言うなら、俺が『カッティオ=クレイグ』になる前を知っている人間が」 「……ん? 待て、なんだ、お前改名でもしてたのか」 「そうだ。あいつに身も心もボロくずにされる前に、昔の俺を捨ててきた……はずなのに……!!!」 だん、と強くテーブルを握り拳で叩きながら、カッティオは再度突っ伏す。 「……聞いていいもんかどうか知らないが、具体的にそいつに何やられたんだ、お前」 「…………あれの原因だ」 「あれって、なんですか〜?」 「…………俺が、炭水化物やキノコ以外の食物を摂取できなくなるほどのトラウマを植え付けやがった人間だ」 「「………………」」 カッティオの言葉に、ガイルとティルーナは顔を見合わせた。 そして。 「ふざけんな変人事情に巻き込むんじゃねぇよっていうかなんで俺らの家に避難してくんだよぉおおおおおおおっっっ!!!!!?」 「とっさに思い浮かんだ『比較的常識もあり戦闘力も高い人間』といったらお前しか分からなかったんだ!!! もう一つの選択肢としてチェンバースのところも考えたが、彼らを巻き込むよりお前たちのほうが罪悪感薄い」 「ぼそっと罪悪感とか言いました!!! 巻き込む気満々ですよ〜!?」 ティルーナが悲鳴じみた声を上げるのと、ガイルが実力行使でカッティオを家からたたき出そうとしたのは同時だった。 と、そこへ最後の住人が帰宅する。 「あぁ〜……つっかれた……よおただいっま〜ん、てかあれ、カッティオじゃん。なにこのバイオレンスな光景」 互いに真剣を構え、殺気まで振りまいて室内で相対しているガイルとカッティオ、そして壁際でうろうろしているティルーナという状況に、猫背で玄関をくぐってきたステントラが引きつった笑みを浮かべる。 「ちょちょちょガイルくん落ち着こうか! なんかカッティオ錯乱してるぞ目の色おかしいもん! ほーら何があった〜?」 「まさかお前に一番まともな対応をしてもらえるとは思わなかった……」 「よーしカッティオ蜂の巣になりたいというリクエスト受け取りましたぁ!」 「撤回! 撤回する! マシンガンを構えるな!!!」 言いながら、カッティオはテーブルの脚にしがみつくと、動くまいとしっかり座り込んでしまう。それを見たガイルとステントラは、眉根を寄せながら各々の得物を仕舞いこむ。 「……えーっと、ガイル分かる? カッティオに何が起こってるか」 「なんでも、あいつのトラウマを植え付けた本人がここに来るらしい。んで、そいつから匿って欲しいから常識人かつ戦闘力を持つ人間のところに逃げ込んだと」 「変人の町から見た常識人って言葉ほどあやふやなランク付けないよなぁ。まあ、うん、そっかー。人間関係ね……」 そう言って、ステントラはあごに手を当てつつ、ゆっくりと首をかしげていく。うーん、とうなっていたりと、なにやら含みのある様子にガイルは半眼を向ける。 「……おい、お前なんか巻き込まれたのか」 「…………アハッ☆」 ちろっと舌を出して、顔の横にピースを作り目元にあてるというブリッ子典型のポージングを決めたステントラを見て、ガイルは迷わず鞘であごを打ち上げた。 「づっだっがっ舌、っが、舌噛むっ……!!!」 「うぜぇ」 「っとぉおおおおおおさらに打ち下ろしぃいいいい!?」 「ステントラさんさすがに私も寒気が止まらないですぅ〜」 「ルーちゃんがいつになく真顔だあああああああああああ!!!」 ひとしきり叫びわめいたところで、ステントラは二人を呼び寄せると、肩を組み、軽くかがんでつぶやいた。 「フランツから聞いたんだが、妙に豪華な馬車が一時間くらい前にここに入ってきたんだと。で、俺も実際それを見て、やってきた人間も見た。んで、話しかけられた」 「……ほ〜?」 「それで?」 「『あなたが銃器マニアのド変態と名高いステンレスさんですね真っ黒マントにゴーグルですものおほほほほ』とか言われたから目の前で銃乱射して『ばっきゃろーぃ!』と叫んで逃げてきた」 一拍の沈黙。 次いで、ステントラの頭上に星が三つ飛んだ。大中小それぞれの大きさで、殴った彼らもこぶしを構えたまま地に沈むステントラを無表情に見下ろしている。 「「「馬鹿」」ですか」 「カッティオいつのまに復活したの……ぐふぅ」 ぷるぷると震えているステントラを眺めていたカッティオだったが、はたと思いついたことを口にする。 「……まさか、報復のために後をつけられたりしていないだろうな」 「「「…………」」」 今度は、ながぁああい沈黙が訪れた。 どこからともなく、馬のいななきが聞こえてくる気が、しないでもない。 そして、それはなんだかこちらに近づいている気が、しないでも……。 パリーンッ! カッティオは何も言わず、裏手の窓へ突進した。はめ込み式の硝子窓を割り砕くと、その勢いで外へ飛び出し、あっという間に暗闇に紛れてしまう。ガイルが怒り心頭といった様子で窓へ近づくと、ひらりと舞い落ちる一枚の紙切れ。 『硝子は弁償する 後日支部を訪問されたし カッティオ=クレイグ』 「……いつの間に書いたんだ、あの書類処理機」 「そのあだ名がすべてを表しているように思います〜。で、あちら様はどうしますかぁ?」 ティルーナが手で示す先には、今度こそ明らかに近づいてくる馬車の音。 ガイルはこれ以上ないほど深いため息をつくと、剣を装備したまま、けだるい表情で玄関へと向かうのだった。 |