STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 深窓?お嬢様の暴走 - 2)副リーダーの昔話
 大きく丘を迂回し、カッティオが町へと戻ってきた頃には、もうすっかり夜のとばりが降りきった頃だった。彼は悩みに悩んだ末、とある家のドアを叩く。

「はい……って、カッティむぐ」
「名前を呼ぶな匿ってくれ」
「んむぅ?」

 彼が次に選んだのは、流れ者のウィザードであったエイルム=ハイドのもとである。カッティオの表情になにやら鬼気迫る者を感じたエイルムは、眉をひそめながらも彼を自宅へ招き入れる。

「一体どうしたっていうのさ。顔色悪いし……」
「悪夢が来る。俺の家や、支部には戻れない。戻ったら最後、俺は終わりだ」
「……厄介ごとだよね」

 カッティオのつぶやきに、表情を引きつらせるエイルム。彼はため息をつくかわりに、手早く沈静効果のあるハーブティーを淹れた。それを自分とカッティオの前に置いて、机を軽く叩きながら、一つずつ尋ねていく。

「ほら、それを飲んで少し落ち着いて。悪夢って、人なの? それとも魔物?」
「魔物のような人間だ」
「……うん、で、その人にカッティオは何をされたの」
「食べ物という食べ物に、トラウマを植え付けられた。そしてヤツは、その自覚が無いまま俺につきまとって来た」
「あー……あれの原因か。それはまた、フィロットとしても対処に困りそうな人が来たね」
「この町の人間にも張り合えるぞ、アレは」

 ハーブティーをすすりながらも、幾分落ち着いた様子で、カッティオはぽろりとこぼす。

「……今まで、この町の人間には言ったことがない。だが、そろそろ吐き出すときみたいだし……しょうもない昔話だが、聞いてくれるか?」
「僕で良ければ。口外することもしないよ」

 その答えを聞いて、カッティオはもう一度ハーブティーをすすり、口を開いた。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 ディオール=フェル=ザン=グレストロ。それが、元々の名前だった。
 立派な名前に反して片田舎の地方領主というのが、父親の立場。しかし、父親は適度に権力をほしがり、そして長年の努力あってか、自分たちの家柄よりもいくらか上の階級の人間を、自身の息子の許嫁にすることが出来た。
 わずか三歳の時に出来た許嫁。彼の息子と彼女は同い年で、昔はよく、互いの家を行き来しながら、仲良く遊んだこともあったという。
 しかし、ある出来事をきっかけに、二人の距離は変化する。
 ……彼女が、料理の楽しさに目覚めたのだ。
 彼女は、自身の手で作られていく料理を、この上ない芸術品だと自画自賛し、そしてそれを他人に褒めてもらいたがった。そしてそれは主に、許嫁たる息子の役割となっていったのだ。
 だがここで一つ問題が。
 彼女の持論では、芸術品を作り上げるのに教師はいらず、自身の感性のみでそれを行うべきだというものがある。となれば、彼女の料理というものは、指導する調理師もいなければ、手本となるレシピもない。
 そんな料理を、許嫁となった息子は……十年間、口にし続けることになる。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「何度も倒れた。何度も吐いた。何度も拒絶した……だがヤツはやってくる。そして、ヤツと俺との婚約が破棄されるのを恐れた俺の家の人間は、誰一人として俺を助けてはくれなかった。むしろ叩きだしやがった。おかげで性格は改変されるし、髪までおかしくなるし……」
「………………」

 カッティオが『カッティオ=クレイグ』になる前。
 なにやら壮絶そうな幼少期を聞いて、さしものエイルムも下手な相づちすら打てなくなる。

「……えと、そのあと、どうして改名を?」
「改名する前に、一人で家を飛び出した。幸い、もともとが神官や騎士を輩出する家系だったから、技術は教えられていたし……人間生死が関わってくれば、どうとでもなる。料理のおかげで見た目も変わったしな」

 見た目も変わるほどの料理とはこれいかに。

「家を飛び出して……それでも箱入りの坊ちゃんだったことは確かだから、外の世界のことなんて本でしか知らなかったし、まだ子供だったし、ひょっとしたらあいつの料理を食べた方がマシなんじゃないだろうかっていうぐらい酷い目にもあった。だが、なんとか生き延びて、適当な町で名を変えて生きているうち、安定した仕事を探して……」
「で、《ガレアン》の人員募集に参加したってわけ」
「ああ。そのあと研修が終わり、本部で一年ほど過ごしてすぐにここへ飛ばされたがな」

 カッティオは引きつった笑みを浮かべると、ばたん、と机の上に倒れ伏した。洗いざらい吐き出して本当に気力が尽きてしまったのか、そのまま復活する気配もない。

「……とりあえず、ソファに移さなくちゃなぁ」

 エイルムは、初めて彼を同年代の青年なのだと実感しつつ、魔法でゆっくりと身体を浮かび上がらせた。そのままソファに横たえて、毛布を掛け、一応家の周りに結界を張ってから自身も休むことにする。
 そして、翌日。

「ん?」

 なにやら外が騒がしいのに気付き、エイルムはむくりと起き上がった。寝ぼけ眼をこすりながら、手元の水差しから洗顔用の深皿へ水を注ぎ入れる。それを鏡に見立てて、外の風景を投影させると、なにやら自分の家の周りに人だかりと豪奢な馬車が見えた。よくよく見てみると、レイドやメルティナ、ガイル、ステントラにラセレクトン兄弟、アデレーナとそうそうたる顔ぶれがそろっている。そして、彼らの中央に陣取っているのは、今だこのフィロットで見たことのない女性―――。

『ディオール様!!! こちらにいらっしゃることはすでに承知しておりますわ!!! さっさとでていらっしゃい!』
『すげー、エイルムの簡易結界だよこれ。簡易っつっても、生半可な術じゃぜってぇ壊せねーけど』
『ちょっとー、カッティオー、エイルムー、とりあえず話だけでもさせてくれない〜?』
「うっわ」

 水面の映像を消し、手早く身支度を調えると、エイルムはリビングへと向かった。昨夜ソファに寝せておいたカッティオは、すっかり外の騒動にも気付いているようで、毛布を被ったままガタガタと震え続けている。

(…………あれに声はかけられないかな)

 エイルムが声をかけようにも、なにやら毛布の中から怨念めいた低い声が絶えず漏れてくるのを聞いて、なにもする気が起きなくなってしまった。こりゃだめだ、とため息をつきつつ、結界を保持したまま家の屋根へと転移する。

「や、おはようみんな」
「エイルム! おはよーっと……騒がしくてスマン」
「あはは、ホントごめんね?」

 ステントラやレイドが口々に謝る中、屋根の上に立ったままのエイルムを、ふわりとした上品なドレスを纏った女性が、きっと睨みつけた。

「あなたですか、ディオール様を監禁している魔術師というのは!! ディオール様を解放なさい!!」
「……ガイル、メルティナ、これはどういうこと?」
「見ての通りだ。あと、何を言ってもこの女には通じないぞ。自分の思いたいようにしか解釈しない。カッティオのことを町ぐるみで隠そうとしてる、それがこの女の脳内だ」
「いくら冷静にことを運ぼうとしても、見下す、ののしる、カッティオを出せの三つしか対応しないので……なまじ身分があるせいで、こちらも乱暴な応対ができなくて大変困っております」
「メルティナ、普通『乱暴な応対』なんてしちゃいけないんだからね? それさらっと公的職務の人間が言っていい台詞じゃないから」

 エイルムはもう一度盛大なため息をつくと、ちょっと待ってと言いつつ、家の中へ転移しなおした。そして、震えているカッティオに近寄ると、風の魔法でもって毛布をはぎとってしまう。

「ほら、カッティオ。怯えてるままじゃどうにもならないよ。あの人、君が出てくるまでずっと待つつもりみたいだし」
「俺は死ぬ俺は死ぬ俺は死ぬ俺は死ぬ…………っ」
「いい加減にしてよもう」

 ごつん、といささか乱暴に杖でカッティオの後頭部をぶったたき、彼が失神しかけたところで転移を施す。すると、エイルムとカッティオの二人は玄関前へと転移し、集まっていた人々の前へ姿を現した。

「ディオール様……!!」

 女性はカッティオを見ると、感極まった様子で彼に駆け寄り、腕を伸ばして―――。

「ふっ……」

 ―――抱きとめる前に、神力で身体力向上の法を施したカッティオが跳ね起き、一気に彼女と距離を取った。思わず感動の再会か、と思っていた人々は、カッティオの反応に思わずずっこける。

「って、カッティオ!? そんな美女の抱擁を拒否するなんて君男じゃないね!?」
「やかましい黙れ常春っ!!!」

 カッティオはもう一度跳躍すると、女性の頭上を飛び越えてレイドの隣に着地し、遠慮なく彼の頭を殴りつけた。近くで見てみてると寝起きのため髪はぼさぼさだし、制服もワイシャツもしわだらけで酷い有様である。

「ディオール様、未だにお許し下さらないのですか……もう、あれから何年、経ったと」
「もうすぐ二十年といったところか。ちっ、永遠に縁は途絶えたものと思っていたが」
「このシェリールア、ディオール様がいなくなってからというもの、ずっとずっと貴方だけを想い、探していましたわ」
「他にも婚約者候補はいただろうに」
「そう……そしてとうとうこの日がやってきた……ディオール様、ああ、すっかり立派な紳士になられて」
「……ねぇガイル、あの二人の会話、なーんかかみ合ってなくない?」
「カッティオならうまく行くんじゃないかと思ったが、あの女、誰に対してもあのスタンスか。厄介だな」

 カッティオが黒いオーラを振りまき、シェリールアがきらきらとした演出(※付き人たちによるもの)の中涙しているのを見つつ、ガイルとウィリンは顔を近づけてやりとりする。と、シェリールアが顔をうつむかせ、両手でその表情を隠してしまった。

「やっとお会いできました、やっと、やっと……」
「「「……っ」」」

 付き人たちが素早く離れていくのを見ていながらも、フィロットの住人たちは思わず彼女に釘付けになる。長年この町で暮らしてきた勘が告げる。ここから先はヤバイと。だが、好奇心も勝ったその身体は言うことを一瞬拒否し……。

「待ち焦がれていた、『芸術的独創的過激フルコース・シェリールアオリジナル』を召し上がっていただくことができますわ!!」
「ちっ!?」

 俳優さながらに両腕を大きく広げその場で回るシェリールア。すると、彼女の両手は瞬く間に光を集め、弾け、カッティオや周囲にいた住民たちへと襲いかかってきた。

「って、わ、わあああっとエイルムこれ何!?」
「神法……浄化魔法グロリアだろうね。でも、これはちょっと密度がおかしい。普通神法は人の身に影響ないはずだけど、これは当たったら痛いじゃすまないよ!」
「撤退、撤退!!! 全員カッティオから離れろあいつが標的だ!!!」
「そういうことを言うならヒュゼン、徹底的にお前の逃げる方へ逃げてやる……!」
「っちょ、目、目が本気すぎますコワイよぉおおおおおおっっっ!?」

 乱れ飛ぶ神法の光をかわしながらちりぢりになっていく住民たちの中から、シェリールアは正確にカッティオの逃げる方向を察知すると馬車へ飛び乗った。

「追いかけなさい! なんとしてもお連れするのですわぁ!」
「は、はあ……」

 主人のテンションに引きつつも、付き人たちは慌ただしく馬車を走らせ始める。

「……おい、あの暴走女町の中に引き込んだの一体誰だ」
「け、検問の時は問題なかったんですよ!!! 単に人を探しに来ただけだとしか言わなくて!!!」

 ガイルに胸ぐらを掴みあげられ、青い顔で必死に弁明するフランツはじたばたと暴れる。域一つ見出さない様子でそれを眺めていたネファンは、ふと何かに気付いてガイルの肩に手を置く。

「あ? ネファン、どうし」
「こっち来るみたいだよあの女……!」

 そう言って、アデレーナは素早くエイルムの家の中へ飛び込んでいく。エイルムはとっくに転移で姿を消しているし、残っているのは《ガレアン》メンバーやその他の住人たちだけである。
 甲高く響き渡るいななきを耳にした瞬間、一斉に身を翻した住人たちだが、それよりもはやくコーナーを曲がって姿を見せたのはカッティオ、ヒュゼン、ケゼンの三人。そして、その後ろからはシェリールアが半身を乗り出している馬車が続く。

「しつっこいいいいいいいいいい!!!? カッティオあれお前ホントどうにかできないの!!!?」
「できるならとうにしているわっ!!!!」

 ガラガラガラッ!! と石畳と車輪がぶつかり合う音に混ざって、怒鳴り声を上げながら逃げ惑う人々。

「ディオール様いい加減になさいましぃいいいいいい!!!!」
「しつこいのはお前だ行き遅れっっっっっ!!!!!!!」

 ぷつん。
 全員が、察した。

「あ、地雷踏んだ」

 エイルムの家の屋根に隠れていたレイドは、カッティオの渾身の叫びを耳にした瞬間十字を切った。彼の部下や住民たちも以下同文。

「……ふ、うふふ、それならなおさらディオール様責任とってわたくしを嫁になさいましそれですべては解決しますってんでしょうがああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「化けの皮はげたぁあああああああああああああ!!!!!!!!? あの姉ちゃんぜってぇこえぇカカア天下なんて言葉ですまされねぇぞ!!!?」
「事実を指摘して何が悪い!? ったく……!!!」

 ラセレクトン兄弟とともに走りながら、カッティオは馬車をまこうと必死に走る。だが、そもそも人間の足と馬車とで競走しようものなら、結果は一目瞭然。
 まず、最初に体力的にも精神的にも限界がきたヒュゼンがこけた。このまま行けば暴走馬車にひかれてジ・エンドのコースまっしぐらであったが、機転を利かせた御者は素早く詠唱し、馬たちを跳ね上がらせた。結果、魔術で浮き上がった馬車はヒュゼンも前方を走っていたケゼン、カッティオも飛び越えてくるりと半回転。……つまり彼らと向き合う形で着地した。

「うっそだあぁああああああああああああああああああ」
「舌噛んで死んでないかなあのアマ」
「カッティオさんのキャラがちげぇ……」

 真っ青な顔でその場に立ちすくむケゼンの隣で、カッティオが無表情のまま吐き捨てる。とたん、馬車の窓から閃光がほとばしった。ヒュゼンはあえなく吹っ飛ばされ、ケゼンは持ち前の精神力で耐え、カッティオはそんなケゼンの後ろに回っていた。
 二度の殺傷能力付きグロリアを放ち、走り回っている間も叫びまくっていたシェリールアは、さすがに疲れたのか荒い息で馬車から降りてきた。ちなみに付き人たちは至近距離でいきなり食らった二度目のグロリアで吹っ飛んでいる。
 石畳に膝をつくシェリールアを見て、ほっとする野次馬変人どもだったが、この事件を一番さっくり解決してくれるであろう人物も同じように力尽きて倒れ込んでいるのを見て目を覆う。カッティオもまた、馬車相手に本気の逃走劇を繰り広げ、限界に達していた。

「でぃ、おーる様……さっさと……投降してくださいませ……」
「言ってる……ことが、なんか……変わってるぞ……はぁ」
「でぃ、ディオール、様、だって……!」

 ぜいぜいと苦しげにあえぎながら、とうとうシェリールアは女の最終兵器を解放した。これすなわち。

 ほろり。

「だって、だってディオール様じゃないといやだったんですものぉおおお!!!」

 決壊した堤防のごとく、わんわんと泣き出した。これにはさすがのカッティオも言葉を失い、目を見開いている。明らかに放心している体な彼のそばへこっそり忍び寄ったレイドは、ぼそぼそと耳打ちした。

「すごい典型的なだだっ子の涙みたいな感じだけど、なに、キミ彼女泣いたの見たことないの?」
「……ない。俺が知る限り、見たことない」

 あのレイドにあっさり暴露するあたり、本当に頭が回っていないらしい。住民たちが困惑顔をしながらゆっくりと近づいてくるなかで、シェリールアはひたすら泣き叫ぶ。

「ち、小さい頃から知ってる中で一番ディオール様がかっこよかったしっ、ほかはデブだし不細工だしウザイしっ、ひっく、わ、わたくしが馬鹿をやっても笑ってくれたし、お、お料理食べてくれたし、ずっとずっとずっと一緒にいるなら、ディオール様がよかったんですもの―――――!!!」

 だから探した。だから追いかけた。
 一緒にいたい。
 子供の頃と変わらぬまっすぐで純真すぎるその叫びに、カッティオの脳は思い切り揺さぶられた。

「……カッティオー、ここでなんか言わないでいたら、なんか危ないと思うよ」
「……は」

 見れば、住民のなかでも女性たちが、じとーっとした視線をカッティオに向け始めている。中にはシェリールアの叫びに感化されてか、涙ぐんでいる者までいる始末。
 住民の思いは一つだった。

 腹くくれ。

 ……このとき、カッティオは《変人の町》と自分が敵対したかのような錯覚に囚われた。
 ふらふらと頼りなく立ち上がり、これ以上なく沈みきった表情で、しゃくりあげるシェリールアへ近づいていく。

「……お前がだだをこねて騒ぐのはさんざん見てきたが、そこまで泣くのは本当に、初めて見たな」

 正面にいる彼女にだけ聞こえるような大きさで、カッティオはつぶやく。シェリールアは真っ赤に充血した目をカッティオに向けるが、ふっと彼の顔が頭上から消えた。あれ、と首を傾げれば、座り込んでいる自分の正面にあぐらをかいている。
 しばし無言で、お互いの酷い有様になっている顔を見つめ合う。

「俺はもうディオールじゃない」

 カッティオの静かな言葉に、シェリールアはびくりと肩をふるわせる。

「どうせ実家も俺のことなぞ忘れてやりくりしているだろうし……実際そうなっていると、《ガレアン》入隊時に調べたしな。お前は本当に『何でもないただの偏食男』を追っかけてきたわけだが」
「あ、偏食なのはホント素直に認めるんだね」
「レイドちょっとてめぇ黙ってろ」

 沈黙、一拍。

「お前が一緒にいたいのは『ディオール』とやらだが、俺は今『カッティオ=クレイグ』だ。だから……」
(((あいつここまで来て断る流れ作るつもりだ!!!)))

 住民たちが殺気立ち(約一名壮絶な過去を直接聞いたため敵になりきれない者も存在)、こうなりゃもう無理にでもくっつけてやろうかと思った矢先。
 ふわっ、と。カッティオの鼻先を金色のものがかすめた。

「え」
「「「あ」」」
「……じゃあ、じゃあ、わたくし、『カッティオ』様のおそばにいたいですわ!!!」

 ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。

 たっぷりと、これ以上ないほど重苦しく長ったらしい沈黙が続いた。
 やがて、沈黙はため息と代わり、住民たちはぞろぞろと撤退していく。

「なんていうか、あとはがんばって話つけろよ。俺らもうしらね」
「砂糖を吐くような展開は、お知り合い相手で野次馬するもんじゃありませんよねー」
「メルー、今日はちょっとがんばるよ。山三つくらい片せばいい?」
「まああなたの処理能力でしたらそれぐらいが限度ですか」
「兄貴ー、疲れた家まで運べぇ〜」
「俺も疲れてんだけどなぁ、ういしょっと」

「……え、あ、ちょっと、お前たち……」

 すんすんと鼻を鳴らすシェリールアにしがみつかれたまま、ふらふらと両手をさまよわせていたカッティオだったが、周りの靴音がほとんど消えなくなるのと同時に「カッティオさまー」と舌足らずに名前を呼んでくる腕の中のそれに、一気に最後の気力も引き抜かれる。

「……ああもう、どうしろと」

 ため息をつき、彼女の肩に思わず顔をうずめ……行き場のない手を、とりあえず、そっと彼女の背にまわしてやった。