カゲナシ*横町 - クリスマス企画『アデレーナの頼み事』
□ アデレーナの頼み事 □


(2)

そして、トールの森。

「・・・・また、この森か」
「前はさんざんな目に遭いましたからねぇ。でも、なんかネーリッヒさん優しくなかったですか?」
「一番怖いのはそれだ」

ガイルとティルーナは家の中に埋もれていた防寒グッズをこれでもかと身にまとい、ネーリッヒを尋ね事情を話した。
すると、意外なことにネーリッヒは

「・・・・ああ、それか。うん。わかったよ、これを持っていきな。メーベラに反応するように設定してあるから」

と言って、ティルーナに小さなガラスのペンダントを手渡した。
そして、ガイルを見

「ま、がんばんなよ」

応援の言葉までかけてくれたのである。
確実に(自分は)吹っ飛ばされると思っていたガイルは、思わぬ展開にあ然とした。

「にしても、よくまぁそんな都合よくメーベラ探知宝具なんてあったな」
「ですね〜。メーベラが近くにあったら、これもオレンジ色になるって」

ティルーナは胸元に下げたペンダントを、手袋をした手で軽くつつく。

「でも、なんでいきなりメーベラとヴィキの葉なんでしょう?」
「知るか。風邪薬の代わりにでもするんじゃないのか」

メーベラはジャムにして食するのが一般的だが、ヴィキの葉とともにすりつぶし汁をしぼれば、最高の栄養ドリンクになる。
この寒さ、ひょっとすればすでに風邪をひいてしまった人物がアデレーナの近くにいるのかもしれない。

「ま、万年風邪っぴきのやつもいるがな」

ガイルは一人頷きながら、身体の弱いウィザードを思い浮かべる。

「エイルムさん、生きてますかね〜」
「さぁな。おい、ペンダントばっかじゃなくってたまには自分の周りも見てみろよ」
「えー、だって見てないと、通り過ぎちゃったらたいへ・・・・」

そこまで言って、ティルーナの言葉がとぎれた。

「?」

先を歩いていたガイルは、ティルーナが立ち止まっていることに気づき眉をひそめ振り返る。

「なんだ、あったか?」
「ガイルさん、これこれ」

ティルーナは右手でペンダントを指さし、左手でガイルを手招きした。
少々慌てているようで、動作がやけに大振りになっている。
ガイルはザクザクと雪をかき分け、ペンダントをのぞき込んだ。
ガラスの中央がほんのりと肌色に染まっていた。

「肌色、か・・・・こりゃ遠いな」
「でも、あるってことですよね! どっちなんだろ・・・・」

言いつつ、ティルーナはペンダントを首からはずし、あちこちに振り回してみた。
それをのんびり見ていたガイルは、ぽつりとつぶやく。

「お前から見て左だ。一瞬色が強くなった」
「それじゃいきましょう〜」

ティルーナはガイルの言った方向にペンダントを向け、さくさくと歩き始めた。
秋、ステントラと三人で歩いた獣道をはずれ、二人は木々の間を縫うように歩いていく。

さくさく ザクザク さくさく ザクザク

「・・・・あ、色がちょっと薄く・・・・」
「振れ」

言われたとおり、ティルーナはペンダントを振る。
そして、ずば抜けた動体視力でガイルがペンダントの変化を教える。
それを何度か繰り返すうち、ペンダントはオレンジどころか真っ赤に染まった。
赤く染まったペンダントが、メーベラの存在を知らせるその場所は・・・・。

「・・・・」「ここみたいです、ね・・・・」

太陽が南へ昇りきり西へと傾きはじめた頃に、二人は一本の木の前へたどり着いた。
木の根元には、雪をかぶりながらもそこだけ春を感じさせる、みずみずしい緑の葉が。
そして、木の枝・・・・それも相当な高さの場所に、小さな赤い煌めきがあった。

「ヴィキの葉はいいとして・・・・ガイルさん」
「わかったよ、俺が登ればいいんだろ登れば! ほれさっさと葉っぱとってくれよ」
「お願いしますね」

ティルーナはぷちぷちっとヴィキの葉を摘み取り、場所を空けた。
ガイルは重装備(重ね着の上にコート、マフラー、手袋)のまま、木のわずかな溝に手足を引っかけ、登っていく。

「く、そ・・・・枝、枝まで〜」
「ガイルさん左、左!」

ティルーナの言うとおり左に手を伸ばせば、手頃な太さの枝にぶつかった。
生え際をつかみ、そのまま体を引き上げる。
そうして一歩一歩、着実に登り詰めていき、ガイルはなんとかメーベラのなっている枝の場所までたどり着いた。

「・・・・つ、かれた・・・・」

ガイルはため息を一つこぼすと、枝を握って強さを確かめる。
細めの枝で、軽く力を込めただけでぐらぐらと揺れた。

「面倒だな。けど、もうちょっとだし・・・・」

ガイルは腹をくくり、その枝に右手を添え一気に重心を移動させる。
と、みしっとイヤな音。
すぐに右手から力を抜き、メーベラのすぐ下の太い枝に両足を引っかける。
細い枝を手すりのようにして、しゃがんだ体勢のまま左手をメーベラに伸ばす。

「よし」

手袋の先が、オレンジ色の実に触れた。


そして、お約束。

バキャッ

「っど」
「あ」

メーベラのなった枝が、ガイルの握っていた場所からぽっきりばっきり折れてしまった。

「嘘だろー!?」

慌てて立ち上がろうとするが、ずるりと滑って背中側から倒れ込む。
ひゅっと耳元で風が鳴った。

ガザガザガザガザッ  ボスっ
  ドザザザ ―――ッ

「が、ガイルさん!?」

柔らかい雪の上へ落ちたガイルの上へ、枝に積もっていた雪が追い打ちをかける。
それを見てティルーナは慌てて駆け寄った。
そして、彼が生き埋めになってしまった雪山を必死にかき分けはじめた。

「うう〜、こんなんで窒息死しちゃったらホント洒落になりませんよぉ〜」

時々緑色のかけらが見え、慌てて引っ張ってみたりもしたが

「・・・・またとげとげの葉っぱ」

針葉樹特有のつんつんした葉がついた枝ばかり。
こりゃホントに・・・・と諦めかけたティルーナだったが。

もぞ

「あっ」

雪山の中で、わずかにうごめく部分があった。
そこめがけて必死に穴を掘る、掘る・・・・すると。

「・・・・ぐえ」
「わーガイルさんー!」
「も、もっと掘ってくれ・・・・寒、い!」

ガイルはがくがくと雪山の中でふるえながら、メーベラの枝で周りを突き崩していった。
十分後。

「し、死ぬ、死ぬかと・・・・っくしゅ!」
「髪の毛もべちゃべちゃですね〜。でも、よく木の実守れましたね?」
「コレつぶしたら元も子もないだろ」

メーベラの実を大事そうに抱え、ガイルはまたふるえだした。

「うう、さ、さっさと帰るぞ! こんなんだったら本当に死ぬ」
ガイルが言って、振り返った先に。

さく

「え」「はい?」「・・・・」

長い白髪、黒い布地に金色のボタンをつけた冬用マント、その胸元には砂時計のエンブレム。
そして、手には薬用、食用の植物が満載されたかご・・・・ひょっこり草の間からのぞくキノコは目をつむって。

「「カッティオ(さん)ー!?」」

二人は寒さを忘れ、目の前に立つ青年カッティオを指さした。
カッティオは表情をほとんど変えぬまま、しかし声はやや困惑したような調子で言った。

「・・・・お前たち、何してるんだ?」
「「それはこっちの台詞だって」」

またもガイルとティルーナの台詞がハモる。
カッティオはぽりぽりと頭をかき、どうでもよさそうに答えた。

「俺は、ミリルに森の奥からいくつか、枯れかけでもいいから薬草を採ってきて欲しいって頼まれて」
「じゃ、そこから飛び出てるキノコの類はなんだ。つかそんなもんどこに生えてたんだよ!?」
「・・・・秘密の場所。誰がお前たちなんかに教えるか」
「うわ、なんかカッティオさんがすごく子供っぽいですよ。ていうか態度が完璧子供です」

ティルーナがあきれ果てた様子で言い、カッティオは不満そうに眉を寄せる。

「じゃあ、お前たちはどうしてこんなところにいるんだ」

そうカッティオに問われて、ガイルはティルーナと目を合わせ「こっちもよくわからんが」と前置きして話し始めた。
話を聞き終わって、カッティオは首をかしげる。

「・・・・よく、メーベラなんぞ見つけられたな?」
「あ、これのおかげなんですよ〜」

そういって、ティルーナは手に持っていたペンダントを見せる。
それを見て、カッティオは驚いたように少しだけ目を見開いた。

「ネーリッヒに借りたのか」
「そうなん・・・・って、なんでわかるんだ?」
「俺も、薬草を探すための探知宝具を借りたからな」

カッティオは制服の胸ポケットから、ティルーナの持つペンダントによく似た意匠のものを取り出した。

「それに、夜七時に『アクセント』へ、というのも同じだ」
「それ、ミリルから言われたのか? 俺たちはアデレーナから直接だったが」
「一体何するんでしょうかね〜」
「さぁな、けど、まだ五時間近くあるぞ」

三人はしばし黙り込む。

「え、と、五時間って、じゃあ今」
「二時、なのか?」
「? そうだが」

瞬間、ガイルとティルーナの腹が盛大に鳴り、二人はふらふらとへたりこむ。
カッティオはそんな二人を見て、はぁとため息をつきながら言った。

「とにかく、ここでぼんやりしていてもしょうがない。それぞれ任されたことは終わったんだろう。ならさっさと帰るぞ」
「あー、そうだな・・・・っぐしゅん」
「ガイルさんも、風邪引きそうですしね〜。私は、餓死しそうですぅ・・・・」
「一食抜いたくらいで人間は死なない。ほら立て」

三人は自分たちのつけた足跡をたどり、とぼとぼと森の出口へ向かった。



「ね、ねぇ・・・・中に、入れてくれないのかな?」
「あー、たぶん、ダメなんじゃね?」
「・・・・もう、僕死ぬんじゃないかな」
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素材提供 :fuzzy