カゲナシ*横町 - クリスマス企画『チャペル・ナイト』
□ チャペル・ナイト □


(2)

若草色の髪をした少年、ガイルは、とうとう町外れの教会にまで来ていた。
頭やら肩やらに積もった雪を、乱暴に払い落として、教会の中に入り込む。先ほど扉の取っ手に力をこめたら、木枠ごと外れてしまったりしたが、とくに気にしない。
教会の中は、なかなかいい感じに朽ちていて、すきま風がぴゅうぴゅうと吹き込んでいた。ガイルは慎重に教会の中を見回して、祭壇の前まで来たところで深いため息をつく。

「ここにもいない、か。ステンのやつ、酒のツケそこかしこにちりばめていった挙げ句行方くらますとはな・・・・」

語尾に若干憎悪のような感情が滲んだように聞こえたが、気のせい・・・・とは、言い切れない。むしろ正真正銘の殺気が込められているともとれた。
八つ当たり気味に、近くの長いすを蹴りつけてから、ガイルは祭壇の上にどかりと座り込んだ。ふと気付いて両手を見てみると、真っ赤にしもやけていて、指先が震えている。試しに息を吐きかけてみると、じんわりとしびれるような温かさが伝わってきた。

「夕方から歩き通しだからな。そりゃ、こうもなるか」

特に痛がったり、かゆがったりする様子を見せずに、ガイルはぱんぱんと手を叩き、こすり合わせ始めた。彼は、こういった寒さや痛みに慣れていた。
しばらく教会で休憩をしたあと、ガイルはまた人を探すため、億劫そうに立ち上がった。
その瞬間。

「な」

ぐにゃりと視界が歪んだ。


◆   ◇   ◆


日本人にしては少々茶色に近い髪の少年、大葉 隼人は、妹の未来へのプレゼントを用意するため、今までほとんど使うことの無かった自分のおこづかい、すべてを小さながま口財布に入れて、町を走っていた。

(えーっと、入れ物はプラスチックの透明ゴミ箱で、葉っぱとかはお花屋さんにでも聞こう。にんじんは一番小さいヤツに、あ、子供用のチビバケツも)

着々と欲しい物を手に入れていき、とりあえず必要なものを買い終えた隼人は、満足げな表情を浮かべて、悠々と自分の家へ向かっていた。
と、あと自分の家まで曲がり角二つというところで、大きな木造の門が視界のすみにうつった。

「あ、優ちゃんの家・・・・」

幼なじみの優香の家である桃宮家は、ずいぶんと古風な、それでいて巨大なお屋敷だった。何度も何度もおじゃましてはいるが、未だに優香の案内がなければ道に迷ってしまう。
そこで、隼人はしばらく考えこみ、たかたかと門に駆け寄ってチャイム(ここはしっかり現代)を押した。リリーン、と風鈴に似たチャイム音のあと、使いの女の人の声が聞こえてくる。

『はい、どちら様でしょう?』
「こんばんは。大葉 隼人です。あの、優ちゃんに会いたいんですけど」
『まぁ、隼人くん・・・・そうね、今なら大丈夫かしら。門は自分で開けられる? そばの、小さな木戸が使えると思うけれど。そうしたら、まっすぐ玄関まで来て』
「わかりました」

そこで声は途切れ、隼人は言われたとおり、門のすみの方に目立たなく作ってある、小さな正方形の木戸をくぐって、石の敷かれた道に沿って歩いていった。

(優ちゃんに、元気になるお守りもらおうっと)

時折、優香は綺麗な紐と布で作られた小さな袋を『お守り』として隼人にくれた。優香と、同じく幼なじみの賢造が言うには、持っていると悪い霊が寄りつかなくなって、健康にもなるという。実際、そのお守りを貰い始めてから隼人は一度も病にかかっていない。
なので、隼人は未来のためにお守りを貰いに来てみた。少々帰る時間が遅れてしまうが、まだ間に合うだろう。
からころ・・・・

「ん?」

と、隼人は玄関まであともう少し、というところで、奇妙な音を聞いた。夏祭りでよくきく、下駄の音に似ているが、この雪の積もった夜にそんなものを履いている人間が、この時代いるとは思えない。
からころ・・・・
また聞こえてきて、隼人は好奇心に負けて、音を追いかけていった。からころ、からころ、と音は近づいたと思えばまた遠のいてしまう。 やっと音に追いついた、と息を切らしてたどり着いたその場所は、桃宮家の敷地の中でも外れた場所にある、小さな祠の前だった。

「?」

なんの警戒心も抱かずに、隼人は祠に近づいた。いつの間にか、あの音もしない。
そして、隼人が祠の正面に立った瞬間、隼人の視界がぐにゃりと歪んだ。


◆   ◇   ◆


ぱちっと目を覚ましたガイルは、先ほどの教会とはまったく違う、真っ白なタイルの敷き詰められた建物の中に倒れていた。

(どこだ、ここ)

そう思って眉をひそめ、ぐるりと辺りを見回してみる。すると、近くにもう一人人間が倒れているのが見えた。思いっきり眉間のしわを深めて、用心深く近づいてみると、自分よりも三、四歳年下に見える茶髪の少年だった。
ガイルはしばらく迷った様子で、それでも小さくため息をつくと、少年の肩を小さく揺らしてみた。数秒して、少年の瞼が震える。僅かに身をよじって少年、隼人は目を覚ました。

「あれ? ここどこ?」
「知るか。ていうか、お前誰だ」
「ん・・・・わぁ」

天井は硝子張りなので、青白い月明かりが二人の少年をはっきりと照らし出していた。お互いその場にしっかりと立ってから、自己紹介を始める。

「僕は隼人。ねぇ、言葉通じてる? 君は日本人じゃないよね、絶対」
「ニホン人・・・・じゃない。俺はガイルだ。言葉も通じてる。で・・・・さっき寝起きになに言いかけた」
「え? いや、起きたらすっごく綺麗な目と髪が見えたから、びっくりしちゃって」

へらへらっと笑って言う隼人に、ガイルは盛大なため息をついて「まぁいい」と返した。

「とりあえず、ここがどこなのか・・・・それが知りたいな。あんなところに、空間転移魔法(チェルフロア)が設置されてたとも思えないし」
「ちぇ、ちぇる・・・・なあに、それ?」
「知らないのか。別の場所へ移動するための、中級魔術師が使う魔法だ」
「魔法・・・・魔法!?」

隼人のそのひどく驚いた表情に、ガイルの方も驚かされた。

「あ、ああ、なんだよ、お前魔法がそんなに珍しいのか?」
「珍しいどころじゃなくて、僕の住んでたところにそんなものないよ。先生とか、夢物語の産物って言ってた」
「夢物語、だと? この世界にきちんと魔法は存在す・・・・ちょっと待て」

そこで、何かに気付いた様子のガイルが、困惑の色を瞳に浮かべて隼人と向き合った。

「お前、魔法の存在は、お前の住む場所じゃ認められてないっていうのか」
「うん」
「神族は、魔族は? あと天界種族とか・・・・あとなんか魔物の存在とか」
「そんなのみんなファンタジーのでしょ? 小説の中にしか出てこない・・・・」
「あるっつーのっ!!」
「・・・・本当に?」

ここで、隼人のこの一言が疑念に満ちた声色だったら、ガイルもむきになって反論しただろう。だが、今の言葉は疑念どころか期待に満ちあふれており、思わずガイルも後ずさってしまうほどの力が込められていた。

「俺の世界では、常識だ。・・・・てことは、お前、並行世界の住人か? あれこそ夢物語じゃ・・・・」
「へーこう世界、って?」
「別次元、異世界ってことだよ。なんてことだまったく、俺たち、世界の狭間にでも飛ばされてきたのか」
「へぇ〜、僕、自分が元いた世界と、別のところにいるんだ」
「・・・・お前な、もうちょっと危機感を持て」
「え、なんで? 僕、今すっごく楽しいよ!」

満面の笑みで切り替えされ、ガイルは頭痛のひどくなってきた側頭部を押さえた。
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