カゲナシ*横町 - ペルソナ・マジック
□ ペルソナ・マジック □


第三部  仮面の真実

「め、メアリよ、私はーいつも、あなたの、こと、を、考えて・・・・♪」
「はぁい全っっっっっ然ダメぇっ!? もっと大きな声で、浮ついた感じじゃなくて、真剣に!」
スッパァン! と見事に丸めた台本で後頭部を殴られた杉坂は、ぷるぷると全身を震わせながら、殴りつけた人物に顔を向けた。
「こ、の女狐ぇっ! 次の台詞とんだじゃねぇかっ! というか台詞恥ずかしすぎるんだよ! ずっとこんな調子じゃ」
「ふん、これは愛がテーマだから仕方ないわよ。それと、ただ言われたとおりダラダラ歌えばいいってもんじゃないの。素人とはいえ、感情をこめられなくちゃダメ! これはミュージカルよ? 身振り手振りもたくさんあるんだから」
つんとそっぽを向くのは、やけにリアルなキツネの仮面を付けた女性・・・・こちらも、フクロウと同じように口元だけが見えるようにされている。
杉坂とキツネの二人は、仮面クラブの活動場所である、今現在使われていない倉庫の中で、ミュージカルの練習に励んでいた。・・・・歌声と怒鳴り声がよく入り交じっている。
「だいたい、何で俺が主役なんか! あのあとさっさと台本押しつけられて奥の物置にぶち込まれるし、うんと言わなけりゃここから出さないとか言ってカギかけて、本当に日が変わるまで出さねぇし!」
「どーしても主役にぴったりって人がいなかったのよ。部長が自分でやればいいじゃないってみんなで言ったんだけど、ここだけは譲らなくて・・・・」
キツネはどうでもよさそうなため息をつき、台本の角で顎をとんとんと叩きながら、ぼんやりと続けた。
「でも、ソフィアと雅が台本読んでたとき、どっかの主人公の台詞を見つけて、あんたのこと話し始めたのよ。あいつなら言いそうだ〜って」
「・・・・それはどこのどんな台詞だ」
「確か・・・・あ、ここ。主人公がこっちの根暗と対峙したとき」
「根暗・・・・って。双子の弟だろ。ていうか、なんでコイツら名前ないんだよ。分かりづらい・・・・」
杉下はキツネが指し示した青年の・・・・自分の台詞の部分を流し読みし、数秒後、思わずふいた。
『私はもう、この醜い傷を理由に逃げることなどしない。あの人に会いにいく』
ラスト寸前の場面、事故で顔に負ってしまった醜い傷を、愛する人に見られたくないあまり、家に閉じこもっていた青年が根暗・・・・悪役である双子の弟との会話の中で言った台詞である。
「く、クサい・・・・俺は、こんなことを言うキャラに見えるっつーのかよ!?」
「うーん、さすがにあたしも違うだろって思うけど。あたしはむしろ、杉坂くんはこっちのメアリ役の方が適任そう・・・・」
「おいキツネ、マジで言ってんならぶっとばすぞ」
ゴキゴキと指を鳴らしながら、本気ですごむ杉坂にやや怖じ気づきながらも、キツネは続けた。
「だ、だって杉坂くん順応能力高いし!?」
「繋がりがわっかんねぇよテメェ! 順応能力ってなんに対するだぁっ!?」
「あたしたち『仮面クラブ』に対する、よ」
さらりと言われ、杉坂は眉をひそめる。拳を引っ込める杉坂を見て、キツネは安堵のため息をついた。
「この台本見てるとね、なんだかこのクラブのこと言ってるような気がするの。この、醜い傷を負ってしまった青年は私達、この根暗は・・・・世間、とでもいえばいいのかな。で、このヒロイン、メアリ嬢は杉坂くん! ぴったしじゃん」
「どーしてそこで俺とヒロインが繋がるかね? そこんとこ聞かせてくれよキツネさーん?」
「う、こ、怖いから、怖いから近づかないでって! ・・・・だって杉坂くん、最初こそ驚いてたけど、その、次の日にはさ、もうなんか・・・・仮面被ったあたしたちに対しても、普通の友達みたく、接してくれたし?」
「? それが?」
きょとんとする杉坂に、だんだんと熱を帯びてきた口調で、キツネが問う。
「だって、自分で言うのもなんだけど、ここって周り仮面被った人ばっかじゃない? 普通、私達のこと『おかしい』って拒絶しない? 自分と違うって、壁、作っちゃわない?」
「あー・・・・うん、まぁ」
「・・・・そこ、肯定するんだ」
「だって、人間自分と違うものにぶち当たると、それが何かもあんまり確かめないまま反射的に『いやだ』って思っちまうものだろ。受け入れるよりも、自分守るために拒否した方が、楽だし」
「う、ん・・・・」
急速に冷めていくキツネの言葉を少し気にかけつつ、杉坂は「それに」と続けた。
「人間で、最初から全部受け入れられる人なんか一握りだろ。あとは一度拒否っても、ゆっくり少しずつ受け入れていくか。頑なに拒んで、拒み続けるかの二通りくらい。俺はなるべく、前者の方を選んで・・・・ん、あーっと、その・・・・」
杉坂は上を向いて髪を乱暴にかき回しながら、しばらくうなり続けていた。隣に座るキツネは、そんな杉坂をじっと見つめる。
「・・・・まぁ、とにかくだ! 俺はお前ら、仮面クラブの連中のこと、もう変なヤツとか思ってねぇっ! いや、思考はちょっとずれてっかなーって思うけど、別に人間じゃないワケじゃないってことで〜、あー・・・・俺もう何が言いたいんだよ、ていうか何言ってんだよ」
「・・・・ぷ、ふふ、分かったよ。うん、分かった。杉坂くんの言いたいこと、なんとなくだけどね」
(・・・・あと雅と瑤子が言ってたことも。無自覚に軽くクサい)
恥ずかしいのか、顔を赤くさせて立ち上がる杉坂に対して、キツネはクスクスと笑いながら答える。顔を赤らめたまま、また台本に目を通し始めた杉坂だったが、ふと顔を上げる。
「・・・・待て、そういえばなんでこんな話の流れになったんだっけ?」
「もう忘れたの? だからー、杉坂くんって、この青年役よりヒロインの方が向いてんじゃないかーって」
「っだああああそうだ! それが一体なんでかって話だったはずなのに、どこをどう脱線したぁ!?」
「まぁまぁ、落ち着いてって」
「落ち着いてじゃねーよ! ていうかまだその答え聞いて」
「今、自分で言ってたじゃないの・・・・本当に物忘れ激しいのね」
あからさまにがっかりした口調でキツネに言われ、杉坂もまた指鳴らしを始めた。さぁ怒鳴ろうと大きく息を吸い込んだ瞬間、視界を台本のあるページに遮られる。
「青年はメアリと再会し、醜い傷をさらし、それでも愛を告白する。メアリはそんな彼を受け入れ、ハッピーエンド。・・・・あたしたちのこと受け入れてくれた、杉坂くんみたいじゃない」
「それぐらいで・・・・」
そこまで言いかけて、数日前、『本当の自分』をあらわにしたときに星見が言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。

『―――仮面クラブっていうのはね、普段大学生活で自己を押さえている人たちが、自分の本当にやりたいことを、人の目を気にせずにできるようにっていう方針から作られたサークルなの―――』

そして、ついさっきキツネが不安げに言っていた言葉。

『―――私達のこと「おかしい」って拒絶しない? 自分と違うって、壁、作っちゃわない?―――』

「・・・・今更口に出すのも、どうかと思うんだけど。お前らってやっぱりさ、周りの人間に・・・・否定、され続けてきたのか」
杉坂には、そう言われてキツネが仮面の奥で、苦笑しているように見えた。
「度合いは、それぞれ違うけどね。あたしはまだいい方」
キツネは無理矢理明るく言うと、杉坂の隣に立ち、大きくのびをした。
「なーんか、ちょっと暗い感じになっちゃったねぇ。今日はもう止めて、ラストシーンの練習はまた今度にしよっか」
「あ、ああ」
じゃあねとあっさり別れの挨拶をし、キツネは奥の仮面部屋・・・・サークルの人間が仮面を保存するところへ向かっていった。杉坂は彼女の背を見、次に足元を見て、思う。
(言わない方が、よかっただろうか)
「別に。あの子は傷ついたわけじゃないですから。だけど、これからクラブの人たちに会う度、同情するようなことはやめてください」
背後から唐突に聞こえてきた声に、杉坂は素で飛び上がった。バクンバクンとハイスピードで働く心臓を押さえつつ、ゆっくりと振り返る。
「ふ、フクロウさん? あんたいつの間に入ってきたんですか。ていうかどーやって俺の思考を読み取ったぁ!?」
「声が少々裏返っていますよ。あと、私は部長の替えのマントを置きにきただけです。あっちで腹を抱えているのは、よく分かりませんが」
フクロウは右手に黒い布の固まりを持ち、左手である方向を指さしていた。そちらに目を向けると、部屋の隅でくの字になりながらヒーヒー言っている伊東の姿が。
「・・・・てめぇ」
「い、今さ? ほんと、素で、ビョンって飛んだよね? ぶ、ぶはははは! は、初めて見た俺驚いて飛び上がる人!」
なんだと黙れお前はいつからいたぁ!? と叫びながら、杉坂は伊東のもとへ突進、ボカスカバカグシャドゴー! とパワーは高校生レベル、内容は小学生レベルのバトルを繰り広げ始めた。
仮面部屋にマントをおいてきたフクロウは、戻ってきたあともまだバトルを続けている二人を見て、ため息をつきつつ・・・・止めようとしなかった。
二人のバトルが終了したのは、それから十分後。勝者は・・・・。
「ふっ、引きこもりに負けるか」
「ぐ、ぐほぉっ。卑怯だぞ、お前・・・・午後十一時二十五分から萌え系アニメが連載されるとかなんとか、ボソボソ言いやがって」
「俺がそんなくだらんこと覚えてると思うか? そこで動きを止めたお前の完敗」
・・・・低レベルすぎる。口の中でそうつぶやき、フクロウはつかつかと杉坂のそばに近づいた。
「あの、杉坂さん? 一つ聞いてもいいでしょうか」
「ん、なんですか?」
杉坂はフクロウと向かい合って、フクロウの言葉を待つ。しばらくフクロウの頭が右へ左へ、わずかに揺れた後、問われた。
「えっと、あなたに、ご兄弟はいらっしゃいますか?」
「はぁ? ・・・・高校生の弟が一人。それが?」
「・・・・いえ、なんでもありません。お気になさらず。なんだかんだで主役を押しつけてすみません。練習がんばってください」
「ちょっと、今何気に押しつけって認めましたよねあんた?」
「では失礼します。雅、あなたはどうしますか」
「お、俺も帰る〜。んじゃぁな」
「シカトかい!」
杉坂のツッコミもスルーして、フクロウは仮面部屋へ向かった。雅は『外』と変わらない格好なので、そのまま正面から出ていく。
杉坂は一人、倉庫の中で台本を握りしめ、立っていた。
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