カゲナシ*横町 - ペルソナ・マジック
□ ペルソナ・マジック □


第四部  仮面の舞踏会

ミュージカル公演当日。衣装を着込み、それぞれの役の仮面をつけて、仮面クラブのメンバーは広場の死角で待機していた。
「というか、なんで俺だけ顔さらしなんだよ!? それとマジで許可無しにこんなこと・・・・」
「いやいや、本気本気〜。教授とか止めに入っても無視ね無視。ガンガン歌ってれば向こうから諦めるからっ」
「そのグーッと立てた親指をへし折ってもいいか」
「って言いつつすでに握ってんじゃん!? ちょっと待て待てそっちに指そらせたらッギャー!?」
「うるさいわね。そろそろ部長出るわよ!」
星見に頭をはたかれ、黙り込む杉坂と伊東(親指痙攣中)。そんな彼らの視線の先、仮面クラブ部長は、悪役双子の弟の衣装と仮面(彼だけ頭まで覆うマスク仕様)をつけた姿で、広場を横切っていった。
それを見た人々の反応はどれも似たり寄ったりで、見かけた瞬間に顔を引きつらせ、道を譲っていく。部長は堂々と、その開けた空間を歩き続け、ある一点・・・・ちょうど広場のど真ん中で立ち止まった。
「皆さん、こんにちは! 私はサークル『仮面クラブ』の部長です。これよりこの広場で、あるミュージカルをご披露したいと思います・・・・」
大仰に両手を広げながら、部長は良く通る声で、ゆっくりと話す。あれほどざわめいていた広場は、しん、と静かで、学生たちは彼の言葉を待っている。

とある町に、双子の青年がおりました。
外見はそっくり、性格は正反対・・・・天真爛漫な兄に、嫉妬深い弟の双子です。
その双子の兄は、ある日、町の祭りで、一人の少女に出会いました。
一瞬で心を奪われた、青年の恋の行方は・・・・?

そこまで言って、部長はじれったいほどゆっくりと、頭を下げた。
かちりと音がして、すでに死角に運び込まれていたスピーカーから、明るいパレードのBGMが流れてくる。杉坂たちはそれと同時に、土台やその他の小道具を抱えて、広場の中心へと駆ける。
ミュージカルのはじまり、はじまり。


杉坂は必死だった。出だしの方こそ、一人素顔で演じるなんて、間違えたらどうしよう、と心配ごとばかりが、頭の中をぐるぐる巡っていたが、クラブのメンバーが堂々と歌っているのを聞き、共に演じているうちに、なんだか『楽しく』なってきた。
「ああ、弟に、こんな醜い傷をつけられて、私はもう、こんな顔でメアリには会えない・・・・♪」
(く、クサいけど、まだ歌ならいける)
どうしても、歌詞に対する気恥ずかしさはぬぐえなかったが。
・・・・どんちゃん騒ぎの祭りのシーンから始まったミュージカルは、通りがかった教授や警備員などものともせず、順調に進んでいった。というか、止めに入った者たちは、観客によって粛清(しゅくせい)されていった。
杉坂にとって唯一のアクシデントと言えば、開演直後、宮川が踊っていたときに高く上げた足が、腹部へ直撃したことぐらい・・・・。観客の笑いを誘えたが、当人たちはショックでセリフがいくつかとんだ。
そんなやりとりからすでに二十分。じわじわと浮かび始めていた汗は玉になり、額から頬へ滑り落ちていく。素顔をさらしている杉坂でさえこうなのだから、仮面をつけている面々は・・・・と思ったが、なぜかやたら元気だった。
(あいつらなんであんなに、体動くんだよ!? 俺だって体育会系とはいえねーけど、うわぁなんかショックだ!)
「・・・・杉坂、集中して集中」
青年の友人役として、ここではきっちり人顔の仮面をつけている伊東が、ぼーっとしていた杉坂の脇腹を肘で小突いた。はっと我に返り、杉坂は一歩前に出る。ここは絶望しているシーンなので、無理に笑顔を作らなくてもいいのが救いだった。なぜなら。
「私は、一生・・・・この仮面で、顔を覆い続けよう。メアリにも、他の誰にも、この傷を見られぬように♪」
そこでカパ、と、杉坂も縦半分に割られた仮面を装着。半分とはいえ、さらに暑苦しさが増す。
「仮面で隠したからといって、どうなるわけでもないだろう? お前は、この先、ずっと逃げ続けていろ〜♪」
ここからは部長・・・・双子の弟のソロパートだった。今まで疎ましく思っていた兄の邪魔をすることができて、うれしくてたまらない弟。そんな彼は、メアリの心まで引き裂いてしまおうと、兄そっくりの格好、態度で彼女に会いにいく・・・・。
(ったく、台本読めば読むほど、むかつくやつだよなぁ、この弟。でも)
サークルメンバーの誰よりも役になりきり、なめらかな声で歌い上げる部長を見上げ、杉坂はにやりと笑いながら思う。
(この人がやると、きっと、どんな人物も魅力的になるんだろうな)
ソロパートの終盤、部長はさりげなく小物係が用意した木箱にのぼり、最後のフレーズを歌い終えた。さぁ、メアリのもとへ。
そして、勢いよく片足で木箱を蹴りつける。

バンッ・・・・!

「え?」
次の場面のため、少しずつ死角の方へ向かっていた杉坂だったが、誰よりも近く、その光景を見ていた。
部長が蹴りつけた木箱は、途端にばきりと嫌な音を立てて、崩れた。高さは一メートル程度。普通なら簡単に飛び降りられる高さだが・・・・。
「部長っ!」
唐突に宙へ投げ出された後、部長は意味もなく腕をばたつかせて、杉坂が二度まばたきをしていた間に、地面に叩きつけられた。広場は騒然となった。
「あ、」
あまりの出来事に思考が停止してしまっていた杉坂は、自身の口から漏れた声で我に返った。ぴくりとも動かない部長のそばへ駆け寄り、抱き起こし、必死に呼びかけた。
「部長、部長! だーもう、この仮面じゃ窒息しちまう・・・・っ」
「杉坂さん、だめっ」
部長の仮面に手をかけたとき、背後から制止の声が聞こえてきた。だが、そんなものはお構いなしに、杉坂は部長の仮面をはぎ取った。そして、また絶句。
「・・・・な、に?」
そっくりだった。髪の長さ、肌の色は微妙に違ったが、部長の素顔は杉坂のそれとそっくりだった。しかし、杉坂が驚いた点はもう一つある。
顔の左半分が、焼けただれたような傷跡で覆われていたのだ。ここだけは皮膚が赤く、硬くなっていて・・・・。
「どいてください、お願いします」
 いつの間にか、正面に真っ白な肌をしたショートカットの女性が座っていた。彼女は今にも泣き出しそうで、そっと杉坂の手に自分の手を重ねている。その顔に見覚えはなかったが。
「あんた、フクロウ、さん?」
「早く。この人を医務室へ。頭を打っているはずですから」
「あ、ああ」
杉坂は慎重に部長を背負って、フクロウと共に医務室へと走った。広場にはざわめきが戻りつつある。他のメンバーたちも、杉坂たちをちらちらと見ながら、大急ぎで小道具の片付けを行っていた。
(一体、なんなんだよ)
医務室へと走りながら、杉坂はずっと唇を噛んでいた。
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