第五部 閉幕のち開幕ベル 「頭打った人間おぶって、このはずれの医務室まで走ってきただぁ? ふざけてんじゃねーぞ素人がぁっ! 脳震盪(のうしんとう)起こしてるんなら、打ち付けた箇所冷やして安静にしとけっつーんだよ! こっちに連絡して担架の手配でもすりゃーよかったろうがよ!」 息を切らして医務室のドアを開くと、ずいぶんと横柄な態度の男と出くわした。この日の医務室の当番医であった彼は、とりあえず軽率だと言って、杉坂とフクロウにゲンコツをかまし、部長をさっさとベッドに寝かしつけた。 「頭打ったとき、コイツどんな感じだった。受け身はとってたか?」 「いえ、そういう風には見えませんでした・・・・。あ、頭からというよりは、腰とかから落ちたみたいで」 「なんにしろ、嫌な打ち方したもんだな。血は出てないが・・・・意識が完全にない。チッ」 その後、男に邪魔だと言われ、杉坂とフクロウは医務室の外へ追い出された。近くにあったパイプ椅子に座り、二人は言葉を交わすこともなく・・・・。 「・・・・笹野」 「は?」 「彼の本名は、笹野(ささの) 輝(あきら)といいます。数年前から家族やごく一部の人間以外と交流することもないまま過ごして、この大学に入るなり『仮面クラブ』を設立させました。・・・・なぜ極端に交流が少なかったかは、わかりますね」 淡々と、ただ『音』を発するフクロウの横顔を見つめていた杉坂は、唐突に問われて、けれどうろたえることなく答えた。 「あの顔の傷か」 「高校の頃、事故で。もう日常生活は無理だろうとまで言われていました。高校を中退した後、しばらく家に引きこもっていたのですが、突然近所の大学へ行くといって、顔を隠しながら受験、合格後はずっとあんな調子でした」 「なんでそんなこと、突然」 「・・・・さぁ、なんででしょう。私にもよく分かりません。けれど、杉坂さんには話したくなって」 フクロウはそこでようやく、杉坂と目を合わせた。杉坂はあまりにもまっすぐな彼女の目に、少々気圧されながら、仮面を被っていた方がよかったかも・・・・と思いつつ、聞いた。 「なぁ、あんたは一体?」 無視されるかとも思ったが、フクロウは意外にあっさり答えてくれた。 「山瀬(やませ) 美千留(みちる)。輝の、生まれたときからの幼なじみです」 フクロウ・・・・山瀬は、ふっと儚げな笑みを浮かべて、杉坂から視線を外した。 「あなたと会ったとき、私と輝は本当に驚きました。あのあと、あなたを閉じこめている間、私達二人でずっと、『笹野家の捨てられた双子の片割れ』話を展開していたんですよ」 「そのやたら悲劇的なタイトルやめてください。それに、いろいろおかしいから。俺にもちゃんと家族がいるし・・・・あ」 『えっと、あなたに、ご兄弟はいらっしゃいますか?』 ミュージカルの練習中、山瀬に問われたこと。あの時は何をいきなりと思っていたけれど。 「本気で疑ってたんですか? 他人のそら似って説は全否定?」 「全否定していたわけではありませんが、そら似にしては似すぎていましたから。半分好奇心で、探りをいれてみようかと」 「好奇心から人のプライバシー探ろうとすんなよ・・・・」 ぶすっとした表情で頬杖をつく杉坂だったが、その耳に、どたばたと騒がしい音が聞こえてきた。 「・・・・い、医務室ってどっち!? つーかそんなもんこの大学にあったっけ?」 「ある! なんでもあの癒し系柳田先生は毎日そこで茶をすすっているとか」 「柳田元教授なんかもうおじーちゃんな非常勤講師で、完璧にボケはいっちゃってるでしょ!?」 「うーむ、なら医務室っつーのは柳田先生の現役時代に存在した、今はもう時の流れに忘れ去れし・・・・」 「のんきに歌ってんじゃないのっ!」 「皆さん、ここですよ。どうかお静かに」 山瀬の声が廊下に響き、数秒後どかどかと『仮面クラブ』のメンバーがやってきた。皆仮面を外し、不安のあまり泣き出しそうな顔をさらして。 「部長は? 部長大丈夫なんスか!?」 「今診てもらってるから、落ち着いて。ね? 片付けはどうなりました?」 「木箱の欠片、残さず回収して・・・・。あれ、なんで崩れちゃったんだろう・・・・」 「古かったの使い回したのが、いけなかったんだよな。きっと」 「ぎゃーっそれじゃ言い出しっぺのあたしが全部悪いんじゃんっ!」 「いや、強度の確認しなかった俺だって」 「っるせーぞてめぇらっ! ちったぁおとなしくしてやがれぇっ」 それぞれ自分を責め始めたメンバーたちだったが、飛ぶような勢いで医務室の扉が開かれた瞬間、黙り込んだ。そこからは、当番医のガミガミ説教タイム。 「さっきからぐだぐだぐだぐだ自分が悪いだのいや自分だだの、お前らそんなんきりがねーんだよ! いいかぁ・・・・」 杉坂は当番医の横をすりぬけて、医務室の中へと入っていった。柔らかな日の光に照らされるベッドの上で、いつの間にか部長、笹野は目を開けていた。 「・・・・やぁ、そっくりさん」 「よ、笹野 輝部長」 笹野は右目だけをスッと細くして、杉坂を見た。 「フクロウに、美千留に聞いたのか」 「ああ、なんだか、俺には話しておきたい、とか・・・・訳分かんねぇこと言ってた」 杉坂が言い終えると、二人の間に沈黙が流れた。破ったのは、笹野の方。 「あのミュージカル・・・・僕が、『仮面クラブ』を設立したときに書いたものなんだ。自分そっくりの青年を主人公に、夢みたいな、愛のハッピーエンド。この間メンバーに見つかって、おもしろそうだ、って言われて公演することになったけど」 憧れていた、とため息にのせてつぶやく。 「この傷のせいで、近所の人たちでも、美千留以外は私に嫌悪感を抱くようになった。自分で見ても気味が悪い。どんどん自分が嫌になっていった」 「なのに、あんたはこの大学に来たんだってな。わざわざ人の多いところに」 「そう、『自分』じゃなくなれるところを探していたんだ。こんな傷のことを忘れて、たくさんの人の中から仲間を見つけて、集まって・・・・ま、傷の舐め合いってところだね」 自嘲気味に笑って、笹野は杉坂へ手を伸ばした。 「でも、結局『自分』を押し込んだところで、さらに息苦しくなるのは分かってた。けど、そんなこんなで時間も流れて・・・・。伊東たちが君を連れてきたとき、久しぶりに美千留と馬鹿みたいな空想話、してたよ」 「『笹野家の捨てられた双子の片割れ』ってか? ありえないっつの」 「はは、そうだねぇ。・・・・最初、あんまりそっくりなんで、押し込めた『自分』がどこからか実体化してきたんじゃないかとも思ってたんだけど」 「いやいやいや、ここは現代日本ですって」 パタパタと手を振りながら冷静につっこむ杉坂。そんな彼に、笹野はこういった。 「いいなぁ、って思った」 「・・・・は?」 笹野は、ずっと穏やかな顔をしていた。 「顔はそっくりだけど、中身は全然違うから、そこでやっと馬鹿な考えを捨ててさ。別の人間って思うと、なんか・・・・いいなって」 「・・・・あの、あやふやすぎてイマイチ分からんのですが? 俺のどこが?」 「まっすぐだし、僕たちのことすぐ受け入れてくれたし、なにより、僕らみたいに表裏をつくったりしてないだろ? ちょっと話してみれば、僕らみたいなのは分かる。君は、いつでも『自分』のまま。それが、いいなって思えたんだ。羨ましいっていうのにも、少し似てるかな?」 ゆっくりと眠たげにまばたきをして、それでも笹野は笑っていた。当番医の怒鳴り声の代わりに、メンバーたちが中に入るか入らないかで迷っているのが聞こえてくる。 「杉坂 実鶴くん。僕らにつきあってくれてありがとう。ミュージカル、こんなになっちゃって最後までできなかったけど、楽しかった」 それを聞いて、杉坂はぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回すと、そっぽを向いてこうつぶやいた。 「ま、俺もそこそこ楽しかったよ」 杉坂は夕暮れ時の住宅街を、至って普通のペースで歩いていた。あのミュージカルからはすでに三週間が経ち、杉坂も以前の生活リズムを、すっかり取り戻していた。 「・・・・あ、また電源、つけ忘れてた」 ぼんやりとつぶやきながら、杉坂はポケットから携帯をとりだし、電源を入れる。しばらくして、待ち受け画面を見た瞬間、杉坂の歩みが止まった。 「・・・・・・・・」 『 メール受信件数 二十件 』 激しくデジャヴ。冷や汗を垂らしながら、素早くメールを確認する。 『 おめでとうございます! あなたは見事二百八十万円当選いたしました・・・・ 』 「おい、嘘だろ。しかも二百八十万・・・・って」 この数字は覚えがある。確か、あのサークルの人数は・・・・。 と、杉坂はそこで、メールに続きがあるのに気がついた。首をかしげながらスクロールしていき、最後まで目を通した瞬間、どはぁ、と大きなため息をついた。 『 追伸 また主役、よろしくね! 』 |
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