カゲナシ*横町 - 小紅便り
□ 小紅便り □


第三部  薄紅の夢

 ものすごく場違いだった。今は夏の初めを少し過ぎた頃。もうすぐ猛暑がやってくる……という季節だというのに。
 霊園の端っこで、薄桃色の花びらが舞っていた。

「うわー本当に咲いてる。信じられない!」
「なんか、できすぎじゃないか?」

 素直にうれしがっている栞流を眺めながら、ソラは苦笑を浮かべて木の幹に近づいた。細くもなく、太くもない。特にこの霊園を象徴するようなものでもないらしい。こんこんと幹を叩いて、ソラは首をかしげた。

「先代、とりあえず篤橋 栞流を連れてきましたよ。もしここで目的地があってるなら、なんか答えてくださいよ」

 冗談交じりに言うソラ自身の勘は「ここだ」と断言していた。栞流と会った並木を見たときと比べ、必死にはめ込もうとしたピースがまったく見当違いな場所にすとんと収まった、というような感覚だった。
 いつの間にか、栞流もソラの隣に立って、幹のその掌を当てていた。視線を木の根元に落とすが、夢の中のように、そこに祖母の墓はない。

『カンナ、カンナ』

 ふと、聞き覚えのある声が響いた。否、忘れることの出来ない、大好きな声。

「お、ばあちゃん……?」
「え」

 ソラと一緒に、振り返る。その先に、桜の舞う風景のなか立っていたのは、少しだけ栞流と面影の似通っている若い女性だった。

「えー、っと」

 栞流は今、目の前で起こっている事態に思考がついていきそうになかった。パニックになりながら、視線をあっちやこっちに彷徨わせる。

『栞流、私だよ。リツだ。お前の祖母で、間違いないんだ。なんで若い頃の姿なのかは……たぶん、あの人のせいだろうね』
「先代か」

 すかさずそう尋ねたソラに、リツは柔らかに笑って答えた。

『あんたが、あの人の跡を継いだ子かい。本当に、その髪と目の色は忘れようがないね』

 リツは、ふぅと小さく息を吐くと、ゆっくり二人に近づいていった。

『栞流、なにやら私とあの人との問題に、巻き込んでしまったようで、すまないねぇ』
「おばあちゃん、えっと、それって」
『お前があの人とした「約束」なら、そういうものをしたということだけ知っているよ。もっとも、お前は内容まですっかり忘れてるみたいだが』

 くすくすと笑って、リツは少し身をかがませた。目の前にいる若かりし頃の祖母の顔に、栞流は妙にどぎまぎしながら聞いた。この際、祖母がとうにこの世の人ではないということなどどうでもよかった。

「ねえおばあちゃん、あたし、あの人と何を約束したんだっけ。ソラに言われて一生懸命思い出そうとしたんだけど、本当に、そこだけ思い出せないの」
『そりゃあそうだ。「約束」は、もう果たされたも同然だからな』
「「へっ?」」

 そろって間抜けな声を出してしまい、栞流とソラは顔を見合わせた。その様子に、リツは声を上げて笑う。目元を拭って、視線を桜の木に向けた。

『ほら、あんたもさっさと出てきておやり。私たちの時間は、もう流れ始めているんだから』
『ああ、そうだな』

 そこで二人はまた仰天した。先ほどまで二人が触れていた木の幹から、するりと人影が抜け出してきたのだ。
 最初は白いもやにしか見えなかったその人影は、徐々にはっきりとした形を取り始め、色づいていった。まず始めに見えたのは、ソラと同じ空色の長い髪に、続いて金色の瞳。
 音もなく地面に立ったその男は、顔立ちこそ異なっているが、髪や目の色、服装から備品の細部に至るまでソラとまったく同じであった。ソラも先ほどの栞流と同じように、異例すぎる事態に呆然とした。

「あなたが、先代ですか」
『ああ、けど、けっこう遅かったな? 嬢ちゃんの年齢的に、もう十年は経ってるんじゃ』
「あんなリストの奥の方にあったら、そう簡単に掘り起こせませんよ」

 からからと笑う先代に、ソラは渋い表情を向けた。

『さて、それじゃあリツさんの言うとおり、時間もあんまりないことだから、さっさと用件を済ませちまおう』
『その前に、ちょっとは経緯を話してあげた方がいいんじゃない? 栞流も当代も、何も知らないまま私たちに振り回されて終わり、なんて、可哀想だわ』

 リツは若い娘の口調で先代に言って、栞流とソラの前にしゃがみ込んだ。

『さて、どこから話そうか』
「いや、俺は別にこの依頼が片付けば、それで……」
「ちょっとソラ黙ってて。『約束』ももちろん気になるけど、大体、おばあちゃんなんで普通に暮らしてたら会うこともできなさそうな『配達人』の人と、そんなに仲良さそうなの? ただ、配達する人と受け取る人って感じじゃないし」
『そりゃそうさ。私はそこの人に惚れてたからね』

 さらりと返された答えに、栞流は思わず目を点にした。ソラも同じように、ぽかんとした表情を浮かべて口を大きく開いている。

「マジで?」
『そうさ。あの人と最初にあったのは、私の親友が死んだときだった。その親友が死に際に、彼に依頼をしたのさ。その依頼相手が私。彼にあって、私は一目惚れしてしまったのさ』

 楽しげに話すリツの向かいで、先代はやりづらそうに頬をかきながら、眉根を寄せてそっぽを向いている。

『それからは、人ならざる彼と会うためなんでもやったさ。胡散臭い祈祷師や占術師、魔法に呪術、陰陽道……西洋も東洋も、とにかく人ならざるものが関わることには躊躇わず手を出した。そして、彼にまた会えたんだよ』
『俺が依頼をこなした相手が、ずいぶん妙なことをしていると同業者に聞いたものでね。どうにも俺を捜しているらしいって言われて、興味本位で訪ねてみたんだ。本当なら、厳罰ものの行動だけどな』
「厳罰?」

 栞流は眉をひそめて、ソラと先代を見比べた。ソラは肩をすくめながら、簡単に答えた。

「人の世、それも表の側になるべく関わりを持つな、っていうのが『配達人』のルールなんだよ」
『そう、だから、私がようやく出逢えた彼に思いを告げたとき、彼はそう言って断った。表の世の人間と、人ならざる自分はどんなことであれ、仕事以外の関係を持ってはいけない、とね』

 じろ、と先代を睨んで、リツは僅かに頬を膨らませた。その表情は先ほど栞流がオープンカフェで浮かべていたものと酷く似ていて、ソラは思わずリツと栞流を見比べた。

『それでも私は、諦めたくなくて。彼に私のことを忘れて欲しくないと思って、ロケットを押しつけたんだ。私自身の肖像を入れたものをね』
「おばあちゃん、すごい……」

 栞流はその祖母の強気な行動に、小さく息を吐いて感嘆した。リツは孫の言葉ににっこりと笑って、続きを話した。

『それでも、彼は最初それを受け取ってくれようとしなかった……いや、受け取れなかった。人と関わることも必要最低限にとどめろというルールのなかで、さらに物を受け取るという行為は厳禁だったらしいからね』
『けど、あんまりしつこいんで、俺はそのロケットを無理矢理依頼という形にして受け取った。過去から未来へ……何十年か後に、またリツさんに届けるという依頼でね』

 ゆっくりと近づいてきた先代は、温かさのにじみ出る笑顔を浮かべて、栞流の頭を撫でた。けれど、栞流にその感触はほとんど伝わらず、まるでそよ風を受けているようだった。

『私はそれを、五十年後にして頼んだんだよ。当時の私は、二十歳だったから、七十歳のばあさんになったとき、また会いに来てと。それまでに、彼が私と一緒にならなかったことを後悔してしまうほど、私は自分だけの手で幸せになってやる、とも言ってね』
「なんで、あんたが自分の手で幸せになったら、先代が後悔するんだ?」
「ひょっとして、先代さん……」

 栞流の視線を受けて、先代は勢いよく空を見上げた。そのあからさまな態度に、リツは苦笑を漏らす。

『あんただって、私のこと、そうそうまんざらでもなかったんだろう』
『あ、あのなぁ……まぁ、確かにそうなんだが』

 だからロケットも受け取ったんだよ、と頬をしきりにかきながら、先代は視線を彷徨わせてつぶやいた。そこで、栞流は少しだけ、リツの考えが分かったような気がした。

「ようするに、おばあちゃんのことよりも『配達人』のルールを優先させたことを、後悔させてやるーって息巻いてたの?」
『ま、はっきり言ってしまえば、そういうことさ』
「そりゃ、ちょっと酷だぞ……」

 ソラはからからと笑っているリツを見て、複雑そうな表情を浮かべた。
『配達人』にとって、ルールは絶対的なものである。秩序を守らなければ、安定した状態で依頼をこなすことができなくなってしまう。『配達人』とただの人間が駆け落ちしたり、添い遂げようとしようものなら、どうなることか……。

『で、私は結局他の男と結婚した。そこの人も当然忘れてはいなかったけど、私並みにしつこい男でね。子供も産んで、孫も出来て、万々歳の人生だったよ。最後の最後で、失敗してしまったがね』

 そこで、栞流は思い出した。二十歳の祖母が、先代『配達人』と交わした依頼の予定日は五十年後……祖母が七十歳になったとき。そのとき、祖母は。

『私は、依頼を果たすほんの数日前にぽっくり逝ってしまったのさ。おまけに旦那は先立ち、娘夫婦は事故で死んでしまっていたけど、小さな孫を一人残してね』
『俺は依頼通り、ロケットをリツさんのところに配達しようとして、彼女が亡くなっていたことを知った。そして、嬢ちゃんに会ったんだよ。この桜の木の下でね』
「あの、それは覚えてるっていうか……あたし、そのときのこと今日夢で見たんです。でも、あの夢じゃこの木の根元に、おばあちゃんの墓があって」
『あの夢は、私たちの仕業だよ』

 また、軽い調子で答えられて、栞流は言葉を失った。リツはあ然としてる孫の顔をのぞき込みながら、続ける。

『そこの男が、私を現世に引き戻したのさ。そして、栞流に「約束」のことを思い出してもらうため、二人総出でお前の夢に入り込んだ。ちょいとばかし現実と違っているのは、当然さ。私たちが作った夢なんだからね』

 リツの視線の先で、先代は素知らぬ顔をして下手な口笛を吹いていた。ソラは思わず彼の腹部を、どんと殴りつける。

『あのとき、死んだはずなのに、悔いも、栞流のことに関しては三川さんたちに預けられただろうから、ないはずなのに、私はいつの間にかこの姿で、この桜の下に立っていたんだ。そして、そこの男と会ったんだよ……』


◆  ◇  ◆


『リツさん、俺は、あんたの依頼を達成していない。けど、それも全部引き継いだヤツが、こっちに来るみたいだ』

 ひょっこり木の幹から現れたその男は、記憶の中のものと寸分変わらぬ格好をしていた。やや呆然と彼を見返していると、彼は苦笑を浮かべてふわりと漂う。

『無理に呼び返して、スマン。けど、あの子とちょっと「約束」があるからな』
『「約束」ですって?』
『あんたの孫と、ちょっとな』

 『配達人』の言葉に、リツはあ然とした。この男が、孫と一体何を『約束』したのだろう。それに続き、むらむらと胸の内から黒ずんだ感情が沸いてくる。あの愛しくてたまらなかった孫相手に、わずかながら嫉妬している。
 甦って早々自己嫌悪に陥っているリツの姿に、『配達人』はばつが悪そうな表情を浮かべた。けれど、彼女を呼ばなければ『約束』を果たすことができない。

『協力して欲しい。俺ももう生きてはいないから、この仕事さえ終われば完全に現世とおさらばだ』
『え』

 リツはふわりと浮かび上がり―――そんな自然と宙に浮いてしまった自身の体にまず驚いた―――『配達人』の目の前で静止した。その髪や頬、肩を順繰りに触っていって、理解する。確かに彼も、自分と同じだ。

『どうして。あんたたちは、死なないんじゃ』
『依頼をこなせなければ、それが俺たちにとっての「死」となるんだ。まぁ、そんなドジ踏むヤツ滅多にいないけど。大抵は自分から時代の「配達人」に仕事を受け渡して、ゆっくり生を終えるんだが』
『……私が、死んだからなの』
『まぁ、普通なら依頼主や取引相手が死んだ後でも、俺たちの依頼は続行されるんだけどな。俺とリツさんの依頼の場合、「生きて相まみえること」が第一条件だったから』

 くしゃりと歪んだリツの顔を、『配達人』は苦笑混じりに見上げた。そっとその頬を撫でようとして、ぴしゃりとはね除けられる。

『私の男は、あんたじゃないわ。残念だったわね』
『ああ、そうだな』

 そう答えて、『配達人』はリツに向けて右手を差し出した。リツはしばらく悩むような仕草をしていたが、スッとその手に自身の右手を重ねる。

『協力するのは、これっきりよ。さて、あんたは一体私の孫娘と、どんな「約束」をしたっていうの』


◆  ◇  ◆


 から、と軽い音を立てて、赤い郵便マークがプリントされている革鞄から、小さな木箱が取り出された。ソラは木箱を一瞥し、もう片方の手に持っていた業務用ボードと見比べる。

「今から六十年前の日付で……旧姓武田 リツ。確かに先代の特殊依頼に分類されてるな。それじゃあ、どうぞ」

 そう言って、ソラは木箱をリツに手渡した。リツはそっと木箱の角を指先で撫でて、じれったいほどゆっくりと、蓋を開けた。

『……ああ、懐かしいなぁ』

 先代ともども表情をほころばせて、木箱の中を見つめている。ソラと栞流も興味津々といった様子で、二人の間から木箱の中を見た。
 純白の柔らかな綿に包まれて、シンプルな銀色の円形ロケットが収められていた。小さな野花と蔓の模様が浮き彫りにされていて、とても上品な美しさをまとっている。

「綺麗……」
『中身も綺麗だが?』
『余計なこと言うんじゃないのっ!』

 にやりと笑ってロケットをつまみ出そうとした先代の手を、リツはぺしりとはたいて慌てた様子で木箱を遠ざけた。

『さて、私の思い残し……というか、逝ってから思い出したようなもんだが、それも済んだ。あとはあんたと、栞流との「約束」だよ』

 リツは栞流と先代を見比べて、一歩身を引いた。
 栞流は隣に立つ先代を見上げ、困った表情で眉を寄せた。今、ここまでやってきても、栞流は一向に『約束』の内容を思い出せずにいた。
 次第におろおろと落ち着きを無くしていく栞流の頭に、先代はぽんと手を置いた。わしわしと髪をなで回して、そっと彼女の耳元に口を寄せる。
 途端。

「……っっっああああああそうだああああああ!!?」

「ぅわったぁ!? な、なんだいきなりー!?」

 こっそり耳をそばだてていたソラは、栞流の突然の絶叫に耳をキーンとさせ、涙目になっていた。リツもまた、同じように片耳を押さえて顔をしかめている。

「どうしたんだい、栞流」
「そうよ、あたしはっ!」

 栞流はずんずんとリツに歩み寄り、戸惑い気味の彼女の目の前でぴたりと立ち止まった。色素の薄い細腕を掴み、視線を合わせて。
 まったく、ここまできても思い出さない自分が馬鹿らしい。

「あの時、ぎゃんぎゃん泣いてて、おばあちゃんが死んじゃったから悲しいって思ってた。確かに、あの時はその思いが一番強かった。けど!」

 リツが自宅で静かに亡くなった、あの日。

「あたしは、ちゃんとお別れがしたかったの!」

『可哀想に……』
『友達と、おつかいに行っている間に?』
『ああ、けど、なんだか計ったみたいだったなあ』

 ざあ、と風が巻き起こる。突風が四人の髪と、服と、桜の花を、空へ向けてなびかせる。一面、桜色。

『俺が、彼女の旅路を見送る手伝いをしてやる。隣に立って、見届けてやる』

「おばあちゃん」

 呆然としているリツに、栞流はボロボロと涙をこぼしながら告げた。

「いってらっしゃい」

 絶対に、さようならなんて言うもんか。
 栞流は背に手を回され、ぎゅっときつく抱きしめられた。すぐ目の前で、髪の色が変わっていく。背も、少し低くなって。いつも見ていた、藤色の着物。

『栞流……ありがとう。ごめんねぇ』

 栞流の記憶にしっかりと刻まれていたとおりの姿の、リツがいた。しわの寄った顔をさらに歪ませて、それでも涙をこぼすまいと必死に堪えて、栞流の頭を撫でた。

『栞流、お前に、これをあげるよ』

 そう言って、リツは木箱を栞流の手に包ませた。大したものを残せなかったからねぇ、と笑って、彼女はゆっくりと視線をあげた。桜の花びらが次々と消えていく中、その幹を背景に、少しずつ姿を薄れさせていく男。
 『配達人』は、とても満足そうな笑みを浮かべていた。

『依頼も無事完了。よくやってくれた、当代「空」殿よ』
「別に? 先代の遺したものも、全部片付けていくのが俺たち後に任されたヤツらの仕事なんだからな」
 ソラは腰に両手を当てて、つんとそっぽを向いた。そのあからさまに子どもっぽい様子に、先代はやれやれとため息をつく。

『じゃあ、さすがにもう限界だから、逝くな……』
『私も、あんたに叩き起こされたせいで、もうくたくたなんだよ。まぁ、こんなに大きくなった栞流に会えたのは、最高に嬉しかったけど』

 二人の笑い声が、重なった。

「「わぁっ!?」」

 ソラと栞流の小さな悲鳴が響く。先ほどのものより、ずっと強い突風がその場を吹き抜けていった。ごおぉ……と音が遠のいていったところで、恐る恐る目を開く。

「あ」

 そこに、二人の姿はなかった。あれほど視界を鮮やかに彩っていた、薄桃色の花びらも、一枚だって残ってはいなかった。ただ変わらないのは、背後にそびえ立つ、桜の木。花は無く、深緑の葉がおおい茂っている。
 どうやら、この場所に来て何時間も経ってしまっていたらしい。桜の木も、霊園も、二人の体も夕暮れの橙色に染まっていた。

「夢……」

 目元を拭った栞流はそこで、だらりと下げていた右手が、何かをしっかりと掴んでいるのに気付いた。否、思い出した。祖母に手渡された、小さな木箱。
 大切な、銀色のロケット。

「さて、これで俺もようやく別の依頼に取りかかれるわけだ。っだー疲れた。マジで面倒くさかったな、たく……。まぁ、あんたの学校生活一日ぶっ壊しちまったのは、あやま」

 ソラは耳元をかきながら、栞流の方ではなく夕暮れの方を眺めて、そうつぶやいていた。が、妙な感覚に思考が止まる。
数秒後、彼の頬に親愛と御礼の意味を込めて口づけした栞流は、へらりと笑って手を振った。

「うん、学校のことはどうとでもするから。あんたとはコレっきりかもしれないけど、一応……またね、ソラ」
「うっ、あ、お、おおおうじゃあなっ!!?」

 これでもか、というほどソラは顔を真っ赤にして、じたばたと意味不明な動きをくり返していた。ばちばちと両頬を叩いて、地面を蹴る。その小柄な体躯が、宙に浮かんで、そのまま空に消えていった。
 あっという間に見えなくなったソラの姿を、栞流は不思議そうに見つめていた。なにも、ほっぺにチューくらいであそこまで動転しなくてもいいと思う。十四才と十才程度なんだし……。

「……あれ、見た目と、実年齢違うんだっけ?」

 まぁいいか、とつぶやいて、栞流はその場でのびをした。一息ついて、おもむろに木箱の蓋を開けてみる。
 しばらく中のロケットを見つめていたが、綿をより分けて、ゆっくりとした動作で取り出した。しゃらり、と細い鎖が音を立てて、栞流はロケットの留め具を開けた。中には、すました顔で描かれている祖母の姿。

「ん、今日はホントに、いろいろあった!」

 木箱を地面に置き、頭からするっと鎖を通した。胸よりも少し下の位置でロケットが揺れているのを見て、栞流はにこりと笑う。

(桜色と、空色の、不思議な思い出)

 彼女の胸で、ロケットがきらりと輝いた。

<< Back      Next >>





素材提供: 空色地図Komachi