カゲナシ*横町 - 青き夏よ、永遠であれ!
□ 青き夏よ、永遠であれ! □


第四部  澄

 ざざん……と波の音がよく響く岩場にて。

「え、と。澄さん、あんたと、あの子ども、って、結局?」
「ん、長い長ーい付き合いの敵って感じ!?」
「全然真面目に答えてるように見えねー……」

 林田のつぶやきに、澄は困ったように頭を掻いた。

「うーん、いや、男の子の方は鬼に皮を奪われて利用されてただけで、あんまり僕と関係ないんだけど」
「ていうか、あんた、鬼退治なんて僕らに手伝わせやがって……」

 洞窟を脱出してから項垂れっぱなし、膝抱えっぱなしの青海の背を、れみがゆっくりとさする。
 澄の話を一から聞くと、なんでも、あの少年と彼との出会いは相当昔、三桁は超えるだろうということだった。
 もともと、生前の澄はそういった魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)を退治、浄化することを生業としていた。そんな中で、ある村から妖怪退治の依頼を受ける。人を食らう鬼を、どうか退けて欲しいと。
 そうして出かけたは、あの洞窟。奥へ奥へと進んでいき、見つけたのは、無邪気で可愛らしい一人の少年。ただ、澄はそれがすでに亡者であることに、会った瞬間から気付いていた。それがまた鬼であると言うことにも気付いていたのに……結果は相打ち。澄は洞窟の中で死に、鬼の方も完全に浄化することが叶わず、なんとかこの土地から追いやることがせいぜいだった。
 それからまた何年も何十年も経った後、自分が死んだ後に感謝の心を込めて村人達が作ってくれた祠を守りながら、地縛霊のようになってその場に留まっていた澄は、突然舞い戻ってきた鬼にまた洞窟を奪われた。死後の彼には、生前ほどの力もなく、せめて鬼が洞窟の奥から出てくることがないようにと、入り口近くで見張ることが精一杯で……。

「そこで一体何年経ったか、聞こえてきたのが君たちの百物語。あんなにダダ漏れなヤツ初めてだったなあ〜。でも特に霊感ある子もいなかったし、それほど被害大きくならないだろうなーってほっとこうと思ったんだけど」

 意外や意外、人食い鬼に引き寄せられてきた怨霊悪霊その他諸々の霊が、かっこうの獲物と飛び込んでいくではないか。この土地の守り神のようなものである澄にとって、其れは少々放っておけない事態。

「で、俺たちの所にやってきて、忠告して、去っていったと」
「まさか聞こえてるとは思わなかったけどね。なんか、霊が集まりすぎて霊感持ってない人でも見えちゃうようになってたみたいなんだけど」

 ふあぁ、と大きくあくびをして、澄はへにゃりと笑みを浮かべた。

「ついでにそこに集まってきていたうっとうしい霊も捕まえて、捕まえた後にちょっと思ったわけ。『こいつら使ってあの鬼どうにかできないかなー?』って」
「待てぃ、それならばなんぜに俺たちがあんなスリリングな体験を」
「リクくん、しーっ!」

 長谷の手で口を塞がれ、リクは渋々岩の上に座り直す。

「ん、いや、霊と言っても怨霊悪霊、扱うのもなかなか難しくってさ。その間の時間稼ぎが欲しくって」
「「「「じ、時間稼ぎ……」」」」

 今度は長谷以外がそろって項垂れる。一人きゃらきゃらと笑っている長谷に同じく笑みを返し、澄は大きく伸びをした。

「ま、とにかく、今回でようやっとアレにとどめを刺すことも出来たし、目出度し目出度しって感じかなー! 君たちもほら、あれ、ちょっとリアルな肝試しだと、一夏の思い出だと思ってさ!」
「ああああんなの思い出じゃなくて完璧にトラウマだいっ! こちとら、に、人間の顔ずる剥けるのみちゃ、見ちゃったし!!!」
「……。どんまいっ」
「誤魔化すなぼやかすな曖昧にすなーっ!!!」

 完璧に緊張の糸がブッ千切れてしまった青海は、えぐえぐとしゃくり上げながら泣き続けている。必死に其れを慰めるれみに、林田も加え、そこから少し離れたところではリクと長谷の二人の空間ができてしまっている。

「……。にしても、幽霊って不思議だね? ねぇ青海くん」
「うっうううえ?」
「よく、未練が無くなったら自然にいなくなるものと言うけど、本当にそうみたい」

 空を流れる雲の間から、うっすらと太陽の光が漏れて出してくる。それらは海岸を、岩場を、アーチを照らし出し。

「……澄?」
『当然って感じかな? こんな夏真っ昼間から、幽霊が出ていちゃおかしいんだよね』

 あのとき、洞窟の中を照らし出す光となるために消えたときとは違う。足先から、手先から、溶けるようにして、澄が『この世からいなくなっていく』。

「お、おい……」
『うん、最後の最後には、もう僕がしゃべっても怯えたりしなくなったね。これで多少は怖い話とか大丈夫になるよーきっと! あれ以上のトラウマはないはずだっ』
「うぉいっ!!? 今認めたな、認めたなトラウマだとぉおおお!!!」

『巻き込んですまなかった。ありがとう』

 ふ、と潮風が五人の間を通り過ぎていった。それと同時に、目の前でへらへらと笑っていたはずの澄の姿も、跡形もなく。

「……なんだか、今日一日で、ものすごーく長い冒険してきたみたいだね」

 ぽつりと、長谷がつぶやいた。彼女の頭を包み込むように、リクがそっと抱きしめる。そんな兄を尻目に、れみもぼーっと口を開けたまま突っ立っている青海の手へ自分の手を滑り込ませる。
 波の音。うみねこの泣き声。かすかに響く、人の声。

「あー、おじさん達、探してるッスね。俺らのこと」

 ぷっと吹き出して、林田はその場に背を向け、岩場を飛び移っていく。それに続くように、リクと長谷もまた、砂浜へ。

「あの、先輩?」

 口を閉じて隣を見れば、それほど兄と似ているように見えない、気弱そうなれみの顔。青海は一つため息をついた。

「……ん。まあ、とりあえず、あれは夢じゃなくて、現実だった、ということで」

あとしばらくは、まともな夏を過ごさせてくれないかな……。


◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 かくして、賑やかで非現実的でしっかりと幾重にもトラウマを刻み込んでくれた砂浜での夏が終わり、次の季節へと移り変わろうとしたとき。

「な、んで……? どうして?」

 どさっ、とおにぎりやら菓子パンやらでいっぱいなレジ袋が、地面に落ちる。ガクガクと、全身を細かく震わせて、青海は鼻からずり落ちた眼鏡を元の位置にまで引き上げだ。

「なんで、どうして。確かにこの状況には的確すぎてもう答えるのも面倒な質問の代名詞っ! あれ、自分で言ってて意味が分からなくなってきた予感っ!」
「とにかく消え去れ―――――ッッッ!!!?」

 喚く青海に、その隣で同じく茫然自失といった様子の、制服姿のれみが立っていて。
 その正面には「未練が無くなったっぽい」と言って消え去ったはずの白装束現代風幽霊がはっきりと存在していて。いや、幽霊相手に『存在している』というのも、どこかおかしな表現ではあるだろうが。

「いや、地縛霊としては、僕はちゃんとお役目果たして、成仏というか昇天というか、ちゃんとしたよ? でもねぇ」

 困ったように、楽しむように、海藻のようなボサボサもじゃもじゃな髪をさらにかき回して、澄は続けた。

「今度は、君の守護霊に抜擢されちゃったみたいだよ? 僕」

 はてさて、さて?
 彼らの夏は、終わらない。
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