カゲナシ*横町 - アカツキ流転
□ アカツキ流転 □


第四部  不老不死ノ手ガカリ

 次に蓮火が目を覚ましたとき、彼女は自分が妙な体勢をとらされていることに顔をしかめた。
 両手足はそれぞれ荒縄でしばられ、わらの敷かれた土の上に膝立ち、両手はさらに別の縄によって頭上に見える梁と繋げられている。膝の皿の下に小石の感覚があって、それが地味に痛い。さらにつり下げられている肩も負担が大きく、蓮火はなんとか、もう少し背中を伸ばすことで楽になることができた。

(十中八九、あの生き残りがさらってきたのか。あのまま狂ってとんずらしてくれてもよかったのだけど、どうやら私のことをどこかの良家の坊ちゃんだと思っていたみたいだし)

 蓮火はあの森の中でのことを思い出し、最後の最後、意識を失う直前に聞こえた『あの音』を思い出し、震え上がった。野盗たちが目の前で切り裂かれるのより、よほど、応えた。

(あいつ、死んだの、かな)

 まだ、行動を共にして一日も経ってはいなかった。それなのに、なぜかやたらとあの占者のことが気になってしょうがない。朝廷の高官の地位を、三十も生きていないうちに手に入れた『女』。両親や幼い頃から心を許した近隣の住民たち以外で、恐らく初めて、そんな風に見なかった人間。目的も結局なんだったのか分からずじまいだし……。

「って、本当にどうしたんだ私は。とにかく、今は縄を解いてこの小屋から出なければ……」
「へぇえ、出られるってぇのかい、嬢ちゃん」

 ぎくりと蓮火の肩がはねる。やかましい音と共に、小屋の扉が開かれ、どかどかと汗臭く泥臭く血生臭い男たちが入ってきた。彼らの手にあったロウソクの暖かな橙色の光が、月明かりを打ち消していく。
 数は四人。うち一人はあの時生き残った野盗で、残り二人はそれと同じような格好に、同じような表情。ただ一人、頭に汚らしい手ぬぐいを巻いている、二振りの剣を佩刀している男は、誰よりも下卑たにやにや笑いを浮かべ蓮火に近づいてきた。
 垢まみれで異臭のする手が顎にかけられ、力を込められる。蓮火は顔をしかめ、とりあえずすっとぼけてみた。

「なに言ってんだ。僕が女? 確かに今までさんざん言われてきたけど、こんなところでも間違われるなんて」
「じゃあ、そのはだけまくった衣から見えるのはなんだろぉねぇ」

 男の手が顎から離れ、ぐいと衣の裾を掴む。だいぶゆるめられたそこから見えるのは、胸板ではなく、僅かな膨みにサラシが巻かれた……。

「触るなっ!」
「なあ、トクのやつらがヤラれたっつーのは、この女の傭兵のせいってことなんだよな? で、一気に力使い果たしやがった傭兵の背骨粉々にして、金になりそうなこの女連れてきたんだよな?」
「は、はいぃ、ちょ、ちょっとすす、スキができたんでさ! だだだから、あ、あっちゅー間に」
「嘘だな」
「へい……は?」

 瞬間、ひゅぱん、と妙な音がして、脂汗を垂らしながら報告をしていた生き残りの野盗が『崩れた』。
 ぐずぐずの、赤黒くて、桃色で、黄色で、ちらほら白いものが見える肉の塊になってしまった。

「あっちゃー俺嘘つきやがるヤツ嫌いだって言ったろーがよぉ。もーちょいマシな嘘つけってんだって。あ、殺っちまったらホントのこと聞けねーじゃん? 頭悪ぃな俺」

 目の前で起こった凶行。蓮火は呆然と、それを見つめることしかできなかった。漂ってくるのは血の匂いと、なぜか、腐臭。

「っげ、がぁ!」

 躊躇わず、蓮火は胃の中のものをすべてぶちまけた。いくら顔を背けても、匂いまでは、脳裏に焼き付いた野盗の末路は離れない。

「じょーちゃーん、そうだな、てめぇに聞きゃいーんだよな。ということで、それとっとと教えろ。聞いて嘘じゃねぇって俺が思ったら、まー手付かずのまんま叩き売ってやるよ。嘘ついたらーそーだなー。……てめぇら好きに遊んでいいぞ」

 頭らしい男の一言に、壁際で震えていた野盗たちが歓声を上げた。
 冗談じゃない! と蓮火は歯がみし、力んだため梁と繋がっていた縄がぎしりと音を立てた。

「そーら、話してみ? それともなんだぁ、いじってやった方が口まわるかい」
「……なんでそんなに、真実を知りたがる」

 蓮火の低い声での問いかけに、頭はますます笑みを深めた。

「いつもならこんな面倒なこたしねぇよ。だがな、そこのグズグズがてめぇを連れてきた後、こーっそりてめぇを捕まえてきたところ見物しにいってよぉ……おもしれぇもん、俺にとっちゃ、おもしろくてたまんねぇもん見つけたんだよ」

 頭が取り出したのは、掌ほどの大きさに破れた布。半分は血に染まっており、もう半分は、蓮火が気を失うまで嫌と言うほど目にしてきた色をしていた。
 目を皿のように見開く蓮火の前で、頭はさらに布をひっくり返して見せた。半分が血で染まっているのは表と同じ。だが……?

「なん、だ、それは?」
「こんな布、なかなか無ぇよなぁ。俺も、こいつを衣に仕立ててるヤツぁ、世に一人しか知らねぇ」

 ロウソクのせいで、それは薄い橙色のように見えた。別々の色の布を縫い合わせているわけでもない。たった一枚の布が、表と裏で、こうまではっきりと染め分けされるのだろうか?

「呂迅……なぁ、てめぇヤツといたんだろ? そうだろ? あのクソ占者と一緒だったんだろぉ? 会わせろ」

 蓮火は、顎のすぐ下の首に、違和感を覚えた。とても細い糸に、くるりくるりと何周も巻き付かれている。十は巻かれた糸は、そのままピンと張って、ゆっくりゆっくり、蓮火の喉と頸動脈を締め付け始めた。

「し、らない。確かに、私は呂迅と、いたがっ。今、あんたがぐずぐ、ずにした、ヤツに、投げられ、て……気を失って、それから、しら、ない!」
「そーか、まぁ当然か。まぁそうだよな。いいぞてめぇら」

 ぷつりと、首に巻き付いていた糸と、蓮火の体をつり下げていた縄が同時に切れた。頭は倒れ込む蓮火になど、最早興味の欠片も失った様子で背を向け、小屋を出て行ってしまった。
 残された野盗は嬉々として、蓮火の体に手を伸ばす。どちらが先か、どのようにするか、生々しい会話が頭上で飛び交う。蓮火は腰帯から護身用の小刀を取り出そうとして、両手の縄がまだ解かれていないままだったことを思い出す。
 野盗たちが甲高く笑いながら手を伸ばし、為す術無く両目を強く閉じ、全身を強張らせた蓮火のもとへ。
 光線が降り注いだ。

「ぎぁっ!?」
「ま、まぶ、まぶっ!!」
「!?」

 目元を押さえて七転八倒している野盗たちを尻目に、強くつむっていたおかげで目をやられなかった蓮火は、呆然と開け放たれた扉を見た。
 薄暗い森と僅かな月夜を背景に、逆光で黒い影としか見えないが……。

「ろ、しん?」
「間に合ったか」

 ふぅ、と小さく安堵のため息をついて、影、呂迅はまた何かを室内に投げつけた。ぼひゅん、と間の抜けた音がして、もくもくと室内に白い煙が充満し始める。

「う、げほ、げほっ」
「んだ、こりゃああ……っ! 目ぇ痛ぇし、喉も!」

 野盗たちの呻く声が頭上から聞こえてくる。蓮火は地べたに転がったまま、必死にその煙を吸わないよう息を止めていたが。

「んむっ」
「……安心しろ、この煙、お前みたいに転がってりゃほとんど吸い込む心配ないから。自分の手、見えるか」

 そう耳元で声がして、目の前でひらひらと掌が振られる。小さく「ああ」と答えるや否や、呂迅は軽々と蓮火を横抱きにし、閉まりかけていた戸口を蹴り開けて外へ飛び出した。その際、一瞬片手を離し、黒い筒のようなものをさらに小屋へ投げ入れる。すぐさま呂迅の外套で蓮火は顔を守られたが、彼の背中越しに鋭い光が見え、先ほど呂迅が乗り込んできたときの閃光の正体にも気付いた。

「閃光弾……お前、こんなものまで」
「知り合いに、こういうのがお得意の変態がいてな。餞別にとイロイロもらっている」

 言って、呂迅はさらに掌にすっぽり収まるほどの大きさの玉を握り、小屋を振り返った。まだ野盗たちのうめき声が聞こえるが、先ほどよりもさらに弱々しい。若干視力が戻ったところ、またあの閃光の直撃を受けでもしたのだろう。
 と、蓮火の見ている前で、呂迅はためらいなくその玉を小屋の屋根へと投げつけた。ちりりっ、とモノの焦げるような音がして、屋根にぶつかった瞬間。
 ぼごん
 人の頭ほどの火の玉が現れた。

(ば、爆薬……なんてヤツだ、こいつ)

 蓮火が息を呑む中、小屋の屋根から壁にまで火の手はまわり、小屋の周囲は夕焼けに照らし出されているかのように赤く染まった。
 呆然と燃え上がる小屋を見ている蓮火を見下ろしていた呂迅は、ふと人差し指の長さほどの刃渡りしかない鉄片を取り出し、器用に両手足を拘束していた荒縄を切り捨ててしまった。こすれて赤くなった部分を無意識のうちにさすりながら、小屋から目を離し、蓮火は目の前の占者を睨みつける。

「ずいぶん、いい時に助けに入ったな?」
「占者だからな」
「ほーう? ……今の発言墓穴を掘ったと思わないのか」

 眉をひそめる呂迅の顔を見て、蓮火はさらに額に青筋を浮かべて言った。

「ひょっとしなくてもお前、こうなると最初から先見で知ってただろ」
「なんのことだかな」

 呂迅はくるっと蓮火に背を向けた。少し彼に寄りかかる形となっていた蓮火は、思わず倒れそうになる。

「っ、おい気をつけろ! 全く、私も迂闊だ、迂闊すぎる。こんな森の中、あんなところででかい火を使いながら長時間煮炊きをしていれば、野盗に襲ってくださいと言わんばかりじゃないか。いや、その前にこんなよく知りもしないヤツに同行を許してしまった時点で……というかなんで先見結果だけでついてこようなんざ」

 地面にツバを吐くことこそしなかったが、蓮火はよろよろと必死に両足で踏ん張りながら表情をさらに険しくさせる。

「それに奴ら、あんたの背骨を砕いたとか言ってたぞ、それなのに。……あんた、ホント、何なんだ」
「あー、わかった答える。背骨云々はちょいと込み入るが、野盗の方なら説明してやる。まあまずは、そうだな。しらばっくれんのもやめとこう。確かにあそこでじゃんじゃんたき火してりゃあコイツらが襲ってくるっつーことは先見で知っていた。どうだ?」
「とうとう開き直ったかっ! この役立たずっ!」
「役立たずとはご挨拶だな、ぇえおい?」
「普通そうだろう、悪い結果が分かっていて、しかも対処法がすぐに見つかりそうなもんなのに放置して! 野盗とか回避できるんなら回避しろよ! あとこの期に及んでまだコトをぼかしてんじゃ……」
「俺がー答えてやろうかい? 嬢ちゃん」

 ぞくりと、その声を聞いて、蓮火の背筋に寒気が走る。気配を察した呂迅も、再度蓮火に向き直りその体を抱き寄せる。
 ゆらり、と燃えさかる小屋の影の向こうで影が揺らめき、呂迅は蓮火を抱えて飛び退いた。
 ドゴッ!
 彼らが今の今まで立っていたところを、鋭く何かが一閃する。同時に、地面がずいぶん深くまで抉られ、埋まっていた石までが砕けた。

「ちっ」

 ことさら面倒くさそうに、呂迅は舌打ちをした。がらり、と燃え崩れた小屋の向こうに、漆黒の人影が浮かび上がる。その形に覚えのありすぎる蓮火は、ぎくりと身を縮こまらせた。

「よぉー呂迅、久しぶりだなぁ?」
「苑染(オンゼン)……ま、お前の姿が見えたから、この未来を取ったようなもんだが。蓮火、遅れたが詫びておく。自分も好きでこの変態に会いたかったわけじゃない」
「変態、て」

 さらに強く抱きしめられたまま、蓮火は困惑の表情を浮かべる。彼女をかばうように、野盗の頭と対峙している呂迅は、ただの占者とは言えぬ空気を纏っていた。

「なーに、お前俺に会いたかったワケ? 嬉しいねぇー。俺も会いたくて会いたくて会いたくてしょ―――がなかったぜ」
「ふざけるな。お前がとっととくたばればいい、ただそれだけだ。……ったく、これだから不老不死なんぞに関わろうとする人間は」
「不老不死……お、おい、そいつもそれを探して? 本気でか? 正気か、おい!」
「何喚いてるんだ嬢ちゃん、嬢ちゃんもやっぱり、不老不死関係でそいつに会ったんだろう? つーか、本気とか正気とか、呂迅の前でよく言えるねぇ。つか、え、知らねーの? 呂迅、そこの嬢ちゃんなーんにも」
「知らん。こいつ自身が不老不死を求めているわけじゃあないからな」
「はーっ! じゃあさらっと言ってやれよ、お前自身が不老不死の存在だってよ!」
「……お前が言ってどうするよ」

 あまりの展開に、蓮火はぽかんと口を開いて突っ立っていることしかできなかった。

(呂迅自身が、不老不死? んなアホな。馬鹿な、そんなもの―――存在されてたまるか)

 だが、目の前では男が二人、蓮火が最初から諦め丸投げしようとしていたものについて、どんどん話を進めていってしまう。

「呂迅、最初にお前に会った五年前から、またいつ会えるものかと思ってたんだが。さて、さてさて、もう野盗なんぞどうでもいい、とっとと不老不死の秘術を教えやがれ」
「却下、お前ごときに安売りできるようなもんじゃねぇ」
「じゃあ力ずくで」

 言うが早いか、苑染は大刀を構えて突っ込んできた。どんっ、と突然蓮火は突き飛ばされ、地面に転がる一瞬前、大気を切り裂く音と共に、呂迅の体が軽々と吹っ飛ばされるのが目に焼き付く。赤い、紅い雫をまき散らしながら。
 どさっ

「呂迅っ!」
「……見てな、嬢ちゃん」

 にまにまと嫌な笑みを一層深めながら、苑染は大刀を肩に引っかけ、呂迅を見下ろした。蓮火も思わず、まじまじと倒れ伏す呂迅に目をやる。
 変化は一瞬で終わった。

「……わざわざ頸動脈狙いやがって」
「のわりにしっかりかわして別なところ斬らせてんじゃん。あー、でもそれって制限ついてんだっけ。可哀想になぁ。せっかく不老不死でも、そんな制約ついてんじゃ」
「黙れ」

 首元と両手、胸を鮮血で染めた呂迅は、軽く喉に手をやって咳き込んだ。口腔内の血液が飛び散り、地面に新しいまだら模様を描く。蓮火は、目を皿のように見開き、呂迅の血にまみれた首元を見つめる。苑染に斬りつけられたと思しき傷は、一切見当たらない。

「なぁ、嬢ちゃん、見ただろう? これが不老不死、これが、誰もが羨む永遠の正体……」
「何詩人気取ってんだ。似合わねぇ」
「そうかい、で、しゃべる気には」
「なるかボケ。そもそも、自分はお前にそんなことを伝えに来たんじゃない。お前を……不老不死を知り求める愚か者を排除するために来たんだ」

 ぴくん、と蓮火の肩が震えた。彼女の視線が周囲を巡り、手頃なものを見つけて、その手をゆっくりと伸ばしてゆく。手だけでは届かない。呂迅と苑染は互いのことでいっぱいらしい。ならば、となるべく足音を立てずに、移動する。
 一方、そんな怪しい動きをする蓮火のことなど全く気にしていない様子の苑染は、苦笑を浮かべて、再度大刀を構えた。刀身を濡らす赤黒い血が、ぽたりと地に落ちる。

「それじゃあ、もう一発でも」
「今度は、こっちもただでは済まさない」

 丸腰の占者へ向けて、苑染は地を蹴る。複雑で不規則な動きを繰り返し、呂迅の背後を取る。
 不老不死、いくら傷つけようとも、いくら殺そうとも死なないモノ。そんなモノ相手に剣一本で立ち向かうなど、無駄としか言いようが無く思えるが、呂迅の様子では、そうそう不老不死といえど万能ではないらしい。

(斬りつければ痛みに顔をしかめるし、あの出血で頭にまで血がまだまわってねぇようだ。今度こそ!)

 しかし、完璧に決めたと思った一撃は、意外な人物に防がれた。

「!!!」
「蓮火?」
「……っ」

 おそらく野盗たちのものであろう、近くの草むらに落ちていた錆びた鉄の棒を振り上げて、蓮火はそのまま呂迅と苑染の間に割って入った。右手、左手で両端を押さえ、苑染の大刀を十字に止める形となる。

「ほぉー、嬢ちゃんなかなか力があるねぇ」
「そっりゃ、どーっ、もっ!」
「だが、このままぶった切るのは簡単―――」

 言いかけ、苑染は真顔になって剣を引こうとした。
 そう、あんまり目の前の女が予想外で、面白くて、忘れていた。
 制限があるとはいえ、一時でも、自分より遙かに『強者』となるモノの存在を。

「苑染、お前らしからぬ最後だな?」

 蓮火の体を左手で後方へ……つまり自分の胸に預ける形にし、右手は蓮火のそれに添えられる。鉄の棒はそのまま蓮火の手を離れ、呂迅によって操られる。目の前で繰り広げられたはずなのに、蓮火には、全く持って詳細が分からなかった。気付けば、目の前には胸に鋭く三本の筋をつけられた苑染が、虫の息で倒れ込んでいる。

「おっ、と」

 ぽろっと呂迅の手から棒が取り落とされた。棒のくせに人体を切り裂いたそれは、地面に落ちるとそのまま砕け、呂迅自身も蓮火ともどもどさりとその場に腰を下ろす。彼の左腕はまだ蓮火の腰を捕らえたままで、すっぽりと、彼の体に彼女が包み込まれているような状況になる。

「え、あ、へ!?」

 ほんのり全身が熱を持ち始める。蓮火はそれや呂迅の顔の近さに戸惑いながら、必死にその場を逃れようともがいた。すると、呂迅は蓮火を安心させるように軽く頭頂部を叩き、彼女の肩を支えにしながらゆっくりと立ち上がった。
 まだ燃えている小屋の残骸を見、ぴくりとも動かない苑染の姿を見、最後にまた目の前でよろけながら立っている呂迅を見上げて、蓮火は表情を険しくさせた。
「……別に、あんたを襲う気はないが。というか、警戒するならなんで助けに入った」
「まだ聞きたいことがいろいろあるからだ。まあ、お前の口からしっかり聞いていたが……不老不死、その秘術に首突っ込もうとか考えてる輩は排除、だったな」

 苑染襲撃前にした質問の答えを口にして、蓮火はゆっくりと立ち上がる。
 殺気やら闘気やら憤怒やら、とりあえず目に見えてきそうな気迫を纏わせはじめるのを眺めて、呂迅はボサボサの頭をかき回しながら、面倒くさそうに言った。

「ああ、確かに自分は、そういった任を負っている。だがな、何も見境無く『不老不死ってどんなんだろうな』とか考えてる奴ら殺してまわってるわけじゃない。大抵は……」

 すい、と呂迅の右手が、倒れている苑染を示す。

「ああいうのを排除対象にしている。あんたは、そもそも自分の意志で不老不死を求めているわけでもないだろう。むしろ関わり合いになりたくないとも」
「う、ま、まあそうだな。そんなん、なにを持っていったってどーせ偽物ってオチで、私が国王直々に処罰されて終わりか〜なんで私がそんなことを、みたいに思っている」

 かなり投げやりな調子で言い切った蓮火に、呂迅がため息をつきながら同意した。

「投げやりな発言ありがとう。まあ、そんなけったいなモンに手を出そうとする耄碌した王なんざ、確かに知ったこっちゃあないがな」
「だが、どうにかしなければ、私だけの命で済むようなものでもないしな。全く、誰だ、私にこんな任を押しつけやがった馬鹿官吏は!」
「身に覚えは?」
「ありまくりだ。なんなら各種叩き売れるよう揃えられるぐらい見事に逆恨みばかり」
「まあ、その歳で蒼珠宮仕えだしな」

 言って、呂迅はぐきぐきと首を鳴らし、ゆっくりと息を吐き出した。だらんと両手を下げ、背中も若干丸める。完全に脱力している姿に、むっとした蓮火が文句を言おうとすると。

「蓮火」
「な、なんだ?」
「お前、とにかく不老不死はどうでもいいが、不老不死っぽいものを国王に叩きつけて自分の身や自分の家が無事であれば構わないんだな?」
「いや、私の家はぶっちゃけどうでもいい。むしろ巻き込まれろとすら思っている。いい思い出無いしな。心配なのは、私の世話をしてくれた町の者達だ。あの耄碌ジジイ、宰相ともどもそういうところは抜け目ないからな」
「ふむ、それならちょいと……完全に保証はできないな。だが、それでもあんたの身の保証は確実になる方法があるが、どうする?」
「どうする、って」

 きょとんとした表情で聞き返す蓮火に業を煮やしてか、呂迅はろくに返事も聞かず、舌打ち一つを漏らして彼女の体を抱え上げた。当然、蓮火は暴れ出す。

「ちょ、ちょっと何を!?」
「口を閉じていろ、舌噛むぞ。―――飛ぶ」
「へっ!?」

 言うが早いか。
 ドッ! と先ほど閃光弾が炸裂したときのような音が腹の底に響いて、空を切り裂く音を耳にしながら、蓮火は目を回し、また気絶してしまった。
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素材提供 : 花うさぎ