カゲナシ*横町 - アカツキ流転
□ アカツキ流転 □


第六部  偽リノ占者

『打たれ弱いなコイツ……男装して朝廷に潜り込むぐらいだから、結構な根性あると思ったんだが』
『あんたのことを知ったら、怒濤の勢いで反論してくるぞ』
『ははっ、そりゃ面白い、楽しみにしていよう。最近なかなか相手にならんからな、お前は』
『もう疲れた』
(なんだ? これは、呂迅と……誰?)

 頭上でかわされる、気の置けない雰囲気の会話に興味を引かれ、蓮火はうっすらと目を開いた。ひとまず周囲の状況でも伺おうと思ったのだが、「お、気がついた」と聞き慣れない方の男の声と共に、視界が陰る。
 狸寝入りは無駄か、と小さくため息をついて、何度か瞬きをした後、しっかりと目を見開く。すると、視界が陰ったのは、横になっている自分の顔を、誰かが真上からのぞき込んでいるせいだと気づき。

「ぎゃあ!?」
「ぎゃあ、とはご挨拶……うわ、俺ちょっと傷ついたかも」
「嘘つけ、一食メシを抜いただけでも傷ついたとか抜かすくせに」
「脆い心の持ち主なんだよ、俺は」
「砕けた瞬間に再生する不屈のな。いや、ひねくれてるか。屈しないというか、もともと屈折してるから」
「それ以上言ったらさすがに怒るけど」

 蓮火は両手をついて起き上がり、きょろきょろと辺りを見回した。こぢんまりとした庵のようで、調度品の類はほとんど無いが、見たこともない奇妙な形の鉄や草花、劣化した書物の束などが無造作に放っておかれている。
 意識がはっきりしてきたところで、視線を庵の中から会話をしている二人の男に向ける。戸口に背を預けている片方は、妙な布の外套をすっぽりと被っている怪しい占者呂迅で、あぐらをかいているもう片方は、着崩した官服の上に薄茶色の衣をはおり、肩の辺りまで伸ばした黒髪を小粒の玉を通した麻紐で括っている、妙に派手な男。

「おはよう、秦蓮火。というかもうお昼過ぎてるけど」
「おはようございます。……で、ここは一体どこなのでしょうか。見たところ、それは上位官服……」
「ああ、気にしないで。これそこらの山賊からかっぱらったのを繕ったヤツだから」
「はっ……!?」
「あははっ、驚いてる驚いてる! いやあ、ここまで予想通りのトコで驚かれると楽しくってしょうがないねホント!」
「……呂迅、こんのア、方は?」
「阿呆と言いかけたろう。むしろそれで呼び続けても構わないが。隠者、英高(エイコウ)。不老不死の秘術を知る者」

 途端、男、英高を見る蓮火の視線に、怪訝さと入れ替わり胡散臭さが混じった。しかし、それを英高が指摘する前にすぐ目を伏せ、膝を抱える。

「はぁ、もう不老不死とか、聞きたくない……」
「おや、珍しい人だね? 呂迅が直々にここへ連れてくるっていうのもなかなかないことだけど、ここまで食いついてこないって、本当に不老不死とかに興味ないんだ。ねぇねぇ、若いままで、ずーっと好きなコトして生きていけるんだよ? そう簡単に死にもしないし」
「だからこそ、生きているというありがたみが無くなる」

 今まで寝かされていた布団から完全に足も出し、顔を上げきちんと正座をする蓮火の瞳に、迷いはない。

「私は、自分が異質なモノになってまでしたいことなどないし、したいことがあっても、私が生きていられる有限の時の中で、できるだけで構わない。不老の力も、気味悪がられて一つ所にいられなくなるのがオチだろう。放浪なんてまっぴら御免だ。のたれ死ぬこともできないなんて拷問だろう」
「……すごいね、いや、これは褒めるべきじゃあない。当然のこと、異質を拒絶する絶対の言葉。うぅーん、これはねえ」
「な、なんだ」

 ずいっと近づいてきた英高に戸惑いながら、蓮火は身をのけぞらせる。視界いっぱいに、英高のにっこりした爽やかな笑顔がうつされる。

「いや、呂迅が気に入ったのもなんかちょっと分かったかも。うん、それじゃ俺もちゃんと協力しようかな」
「そうか」

 どこかホッとしたような顔つきで、呂迅は英高から目をそらし、蓮火に近づいた。まだにじりよっている英高の肩を掴み、引きはがすと、蓮火の隣にあぐらをかく。

「じゃあ、事情の方は呂迅から聞いておいたから、とりあえずその耄碌ジジイ……もとい、この国の王様を満足させるだけの真っ赤な偽物作りといきましょうか! その後に写し身作りかな〜。あ、ここのところ蓮火にも協力してもらうから」
「え、いや、ちょっと待て。一体何をどうするって、不老不死の偽物なんかできるのか?」

 うろたえながら尋ねる蓮火に、英高はやはり爽やかな笑顔で答える。ずいぶんと朝日の似合う顔だが、妙に陰湿なものが見えるところで、彼の性格の底が伺える。

「うん、できるできる。本物知ってれば偽物くらい幾らでもできるよ。でも、それにしたって時間架かるから……歩けそうだったら外出てもいいし〜。あ、呂迅、昔話でもしてあげてたら? 蓮火もそんなふうにしっかりした考え持ってるなら、大丈夫だろうし」
「は?」

 ここですとんと、呂迅の穏やかな表情が抜け落ちた。蓮火と王都を出て、森の中にいたときに始終浮かべていた面倒くさそうなものでもない、ただ、『無表情』。

「たとえば、ほら」

 蓮火の頭の片隅で、警鐘が鳴る。
 英高は何か、分かっていながら、呂迅の地雷を踏もうとしている。

「『国語り』とか?」
「黙れ」

 言って、ざくざくと火鉢の中に棒を突っ込み、呂迅は灰と埃を大量にすくい上げて英高に投げつけた。からからと笑いながら、英高は庵を飛び出していく。気まずい空気の中、蓮火と呂迅だけが庵の中に取り残されて。

「……ええと、別に、話したくないのなら聞かない。けど国語りなんて、そんなに嫌なもの、だったか? 当たり障りのない普通の物語だった気がするが」
「あんたが聞いたのは、どんなだった?」

 呂迅に問われ、蓮火は顎に右手をやり、遠くを見るように目を細める。やがて少しずつ、思い出されてゆく言葉たち。

「遠い、遠い昔のこと。薄暗闇のこの大地を、唐突に、一筋の光が照らし出した。そして大地に住まう一人の若者が、光の中から一つの珠を授かった。
 神聖にして静謐な光。その不可思議な珠は、若者に先見の力を与えた。力を得た若者は人々を先導し、 新たなる大地を拓き、国を築いた。賢王と崇められし若者の治世は、人々に安寧をもたらした。
 しかし、若者が治世の後の王となりし者……その誰もが、珠の力に魅入られ、利用し、暴君と化した。
 荒廃してゆく国を守ろうと、立ち上がりしは一人の占者。占者は妖魔を祓う力を宿していた。彼の者はその力でもって、珠を砕き、国の四方へ封じた。
 砕かれた珠は、それでも尚、国を守る力を失ってはいなかった。彼の占者は珠の力に頼ることのない 新しい国、『暁国』をここに建てた……うん、確かこんな感じだ。誰に教えてもらったかは覚えていないが」
 数度瞬き、呂迅に目をやった蓮火は首をかしげた。あぐらをかいた両膝に肘をつき、背を丸め、両手で顔面を強く押さえながら、彼はひたすらうめき続けていた。苦しんでいるというよりは、もだえているといった方が正しいか、どちらも似たり寄ったりだが。
「どうした、大丈夫か?」
「……いや、その語りがな……全く、こんな偶然がよくあるものだ」

 顔を上げた呂迅の目をのぞき込んで、蓮火は息を呑む。とても、穏やかなその表情。

「いくつか、教えてやろうか。その国語りの偽りを」
「いっ、偽り!? え、どこがどこが、一体どこが!? 学舎(マナビヤ)の者や他の官吏たちも、国語りの流れはほとんどこんな感じだったぞ!?」

 慌てふためく蓮火の様子に、呂迅はくっくと低く笑って、話し始めた。

「最初の部分は、正しい歴史。不可思議な珠を手に入れた一人の青年が、その珠の力でもって国を作ったというところ。そして彼の没後、跡を継いだ者が次々と悪政をしたというのも正しい。問題は、このあとだな」
「……英雄の、占者?」
「ああ、言っておくが、そいつ英雄でも何でもないただの外道だからな」
「はぁあああっ!!?」

 呂迅の言葉尻と蓮火の絶叫が被る。呂迅は遠い目をしながら、さらに続けた。

「その占者は、確かに、当時この国土を徘徊していた妖魔たちを祓うことを生業としていた。いっそ霊師にでもなればよかったものの、なぜか占者という形にこだわってな。まあそいつの家が、代々優秀な占者を輩出してきたところだったというのもあるんだろうが……そいつには、妖魔を退ける力はあっても、先見や過去見の力は、全くと言っていいほど無かった。星を読む技能も、焼け跡から探る技能も、なにも」
「ずいぶんと、詳しいな? ……自分のことみたいに」

 そういえばお前不老不死だったっけ、と蓮火が続ける前に、俺じゃないと呂迅が口を挟んだ。

「自分は先見ができると言っただろう。星読みはできないが、一番得意なのは木片を使った焼き跡占い」
「ああ、そうか、じゃあなんで?」
「……。そいつは、国の王が受け継ぐ珠に、先見の力もあるということを聞いて、どうしても手に入れたくなった。妖魔を祓う力は、人相手に応用して使えば呪術となる。それでまぁ、ぎったんばったん王宮に乗り込み、わりかしあっさり珠を手に入れたんだが」

 呂迅はちらりと戸口を見る。英高が戻ってくる気配は、まだない。

「手にした途端、珠は砕けてしまった。粉々とまではいかないものの、指先ほどの大きさにまで」
「どうして?」

 まるで幼子のように問いを発して、蓮火は顔を赤らめた。呂迅はそんな彼女の顔を見下ろし、にやりと笑う。

「そいつの妖魔を祓う力に、あてられてしまったのさ。国に繁栄をもたらした後、人々の欲望の対象となったその珠もまた、妖魔だったから」
「え……」

 全く、違う物語。ねじ曲げられた、占者の記録。

「珠も砕け、王もいなくなった国に未来は無かった。このままでは、民たちも立ちゆかなくなると、占者は考えた。欲に走り、何百という命を奪った己に、王の技量などあるはずもない。誰か、私を導いてくれ、と。そして、それに応えた者がいた」

 その手を、全身を血に染めてまで手に入れたかったものが、自身の唯一誇れる力によって失われた瞬間、占者は、自分の足では立てなくなっていた。

「応えた者は、まず砕けた珠を各地に封ずることにした。初代国王の治世が終わってから、珠を狙っての戦、珠を利用する戦は数多くあったから、彼は知っていた。珠はそこにあるだけで、強固な結界を生みだすことを」

 国に安息が訪れる、その時まで。

「珠の欠片を国のあちこちに封じて、その者は最後、珠の核となる部分をとある場所に隠した。そして、占者と共に新しい国を建て、王を選定し、新たな名をつけた」
「ちょっと待て、その話を信じるとして、新しい国……暁国に変わったとき、初代国王となったのはその占者……じゃないとしても応えた者じゃないのか?」
「占者も応えた者も、王としての素質はなかった。代わりに、二人は王に約束した。砕かれた珠の妖魔が、またこの新しい世に現れないよう、番人の役を務めようと」
「……そこで、終わりか?」
「ああ、終わりだ。あとは普通に、あんたも官吏になるときに叩き込まれただろう普通の歴史が続いているだけだ」

 呂迅の言葉を聞いて数秒後、蓮火はドハァー、と大きく息を吐き出した。頭を左右に振って、ぱんぱんと軽く叩く。

「いや、まあ、ものすごく細かくてそれっぽくて思わずのまれそうになったが、あれだ、違うだろう? 妖魔なんて、架空の生物で、夜眠らない子どもを脅かして寝かしつけるのに使われるのがせいぜいで、」
「じゃあ、自分は一体、なんだ? 自分はまず、あんたの目の前で首を切られたが、すぐに治って立ち上がった。……あれは夢ではないが」

 言って、ぐいと外套の首元を引っ張る。今まで目立たないよう隠されていた、赤黒い、鮮血の跡が見えた。それも呂迅の首のまわりをぐるりと囲むように、である。蓮火は知らず、身を引いた。

「信じろ、というのか? 今の、お前がいうところの真実の歴史を。大体、その……結構のめり込んで聞いてたけど、信じて何かあるっていうのか?」
「ああ、のめり込んでる自覚はあったんだな」

 むすっとした表情でそっぽを向いた蓮火の後ろで、またくつくつと呂迅が笑う。どうにも、そんな穏やかすぎる彼の態度に疑問を抱いて、蓮火は振り返らないまま尋ねた。

「なんで、そんなに機嫌がいいんだ?」
「は?」
「いや、だって、町とか森にいたときはニコリともしなかったくせに、今は笑いっぱなしだし」
「……ああ、そういえばな。気が、ゆるんでるんだろ」

 言葉と共に、ばさりと布を広げる音が聞こえた。ちらりと伺えば、うっとうしい占者の外套を脱いだ呂迅の姿が見える。藍色の布の裏地は、純白だった。

「なあ、あとその布! それも一体どうやったら染められるんだ? 重なってるわけでもないし」
「いや、自分もこれは英高にもらったものだからな。原材料とか製法とかは知らん」
「ああ、いい、あの男が関わってるならもう聞かない」
「賢明なことで」

 肩を軽くすくめて、呂迅は素早く外套を折りたたんだ。下に着ていたのは、農民たちのものよりも多少小綺麗な平服で、襟から除く胸元のあたりは、きつくさらしが巻かれている。

「男のくせに、なんで胸にまでさらしを巻く必要がある……」
「見られたくない傷があるからな。ここまで巻かないと、変な拍子に見えちまう」

 そう言って、呂迅は立ち上がった。スッと自然な動作で蓮火にも手を伸ばし、手を差し出された蓮火は戸惑ったように視線を泳がせる。

「な、なんだ?」
「別に、病み上がりでもなんでもないんだから、起きられるんなら外に出た方がいい。英高なら、もうだいぶ離れたところにいるだろう……鉢合わせとか、多分ない」
「……ありがとう、起きて一刻もしないうちに苦手な人間ができるとは思わなかったが」
「あいつと馬が合うのは、よほどの奇人か被虐趣味なヤツだ。苦手と思うヤツが正常だから気にするな」
「じゃ、そんな変人と気楽に話していた、呂迅、お前はどうだ?」

 衣を直し、彼の手を取って立ち上がった蓮火は、にやりと笑ってそう聞いてみた。

「どことっても奇人じゃねぇか?」

 と、即答。
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素材提供 : 花うさぎ