カゲナシ*横町 - アカツキ流転
□ アカツキ流転 □


第八部  旅路

「そ、そ、それで、その品々がっ!?」

 その部屋にいるのは、吹けば飛びそうな老人、この国の官吏をまとめ王に次ぐ地位を持つ宰相が二人、左軍右軍の大将軍、そしてつい先ほど任務から帰還したという官吏が一人。今にも眼窩から飛び出しそうな、血走った眼球が差し出されたものを食い入るように見つめるその老人に向けて、淡々と官吏は答えた。

「は、各地より蒐集いたしました、不老不死に関する薬、術具にございます」
「すぐに……すぐに試せ! どれでもいい、儂はもう、このままでは……っ!」
「それでは、こちらの霊薬を」

 少年といっても差し支えない容貌の官吏が差し出した平皿と水の入った吸い飲みを受け取り、宰相たちは今にも玉座から転がり落ちそうな主君の元へ向かう。
 さらさらした黒い粉末(霊薬)、いくつもの楕円の鈴が結びつけられた巨大な飾り紐(延命の鈴)、細やかな彫り物で覆われた掌ほどの鉄棒(体の衰えを止める宝具)など、官吏が持ち込んだものを、老人は、暁国国王旺弥は狂ったように試し続ける。
 やがて品は尽き、旺弥は息も荒いまま、しかし満足げに高笑いを響かせた。

「は、はは、はははははっ!? 素晴らしい、素晴らしいぞ、秦蓮火よ! まだ、まださほど時間が経っていないというのに、すでに体の奥底から力が湧いてくるようだ! ふふ、しわくちゃのままではあるが、若返ったようだぞ……」

 そう言って、旺弥は官吏、蓮火に向けて嫌らしい笑みを浮かべる。かぱりと開かれた口の中に、歯はほとんど生えていなかった。

「おお、そうだ、任務遂行の暁には、褒美を取らせると言ったなぁ?」
「は、ありがたく……」
「やれ」

 旺弥が鋭く右手を一閃すると同時に、大将軍が両名とも、我先にと蓮火に向かって飛び出した。そしてそれぞれの獲物を、迷い無く彼女の体に叩き込む。ものの数瞬で、彼女が跪いていた場所には赤黒い肉塊が落ちているのみとなってしまった。

「は、は、確かに、不老不死はありがたく利用させてもらおう……。だが、儂は、この場に女がいるなど……朝廷に女が紛れ込んでいたなど、考えたくもないでなぁ。安心せ、蒼珠宮の後任には適任者を配置しようぞ。未練無く、逝け。ふ、はは、はぁははははははっ!!」

 再度高笑いをする旺弥の目の前で、蓮火であった肉塊は、ぼろりとさらにその形を崩した。


◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ぐったりと全体重を預けてくる蓮火の顔をのぞき込み、呂迅は顔をしかめた。

「無事か」
「……う、ああ、なんとか……。あのクソジジイ、私が女だと気付いていたのか。全く、なんとなく予想していたとはいえ、まさか一度死ぬことになるとはな」

 目元を手で押さえ、目眩が収まるのを待つ。しっかりと自分の足で地面に立っている感覚を思い出しながら、蓮火は耳元から零れてきた自身の髪を払い、むすっとした表情になる。

「もう、写し身は勘弁だな。あんなもの、そう何度も体験したくない」
「これから先、もう写し身に頼ることなどないだろう。英高は、庵を移すと言うし……」

 王都を高みから一望できる丘の上で、二人は寄り添うように立っていた。頭上を旋回していく鳥を見上げて、蓮火は一つ、大きく伸びをする。

「んっ。なあ、呂迅。とりあえずお前にしばらくついていくという方向で私の今後は決定したが、本当に、よかったのか?」
「何を今更」

 蓮火の言葉を鼻で笑い、呂迅は少し乱暴に、彼女の体を抱き寄せた。そのまま唇を重ね合わせ、至近距離から続ける。

「これが答えだと、何度も言っただろう」
「だ、だが! 一体どこにどうして、なんでまた私に、ほ、惚れる要素が!?」
「さあ。気に入ったんだからしょうがない」
「しょうがないで済ますな!」
「強いて言えば、からかえば反応がでかくて楽しみがいがあるところか」
「それはとても失礼な言葉だと思うのだがな私は」

 下から睨みつけてくる蓮火の視線をかわして、呂迅は王都を背に、さらに丘を登っていく。


『―――……と、これがこの暁国ができるまでの、簡単な語りか。ずいぶんと、ねじ曲がっているが』
『おじちゃん、なんでそんな、なきそーなのぉ?』
『ああ、泣きそうに見えるか。そうだな、お嬢ちゃんには言ってもいいか……自分は、他人と違うこと、それで他人に拒絶されることが、死にたくなるぐらい嫌なんだ。いつも、そのことばかり考えているから、暗い顔って言われるんだろうな』
『じゃあね、じゃあね、わたし、おじちゃんのことすきになるね。おともだちでも、きょーだいでも、ふーふでも、おじちゃんがなかないなら、なんにでもなるよ!』
『そりゃ、ありがとな。じゃ、自分はもう、行くな……』
『えぇ、うん、またおはなししてね。おじちゃん……ばいばい……』


(あの国語りを聞いた瞬間に、確信したものだが。全く、人とは変わるものだ)

 遅れて丘を駆け上がってくる蓮火を見つめながら、呂迅は知らず自身の胸を押さえ、しみじみと感じていた。彼の視線に気付いた蓮火は、対抗するように睨み返してくる。

「とにかく、しばらく王都周辺は厳禁だからな! それ以外で行き先を決めるぞ」
「ああ、というか、王都周辺に自分の目的地は一切無いから、そのへんは安心しろ。……向かうのは、国境付近だからな」
「国境?」

 目を丸くさせて聞き返してくる蓮火に、呂迅は小さく笑いながら答えた。

「他に封じられた珠の欠片を、確認しなければならない。それが、自分の放浪する理由なのだから」
「ふぅん、まあ、私の体力のことも考えて、行程を組んでくれよ。あまり早いと、倒れる」
「これから鍛えればどうにかなるだろう。……行くぞ」

 ばさりと外套を翻して、二人は丘の向こうへ姿を消した。


◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 これより数年後、不老不死の力を得たと噂された老王は暴虐、放埒、悪政に悪政を重ね、ついには噂などに惑わされぬ強い想いを胸にした者達に打ち倒された。
 そして、暁国は……アカツキの国は、新たな光を手にする。
 人の営みが続く限り、国の生命もまた、続いてゆくのだ。
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素材提供 : 花うさぎ