カゲナシ*横町 - Lost and End
□ Lost and End 〜楽園の章〜 □


Mission:3  エマージェンシー

 リースと名乗った女性に連れられて、クレーズたちが案内された先にあったのは、先ほど見た住宅よりもやや小さめの、だがしっかりとしたレンガ造りの一軒家だった。

『私の家です』
「は、はあ」

 なにやら、リースはクレーズたちのことで考えるのをやめ、開き直ってしまったらしい。コンバットマシンを準備させていると言っていたとはいえ、あまりにも無防備だった。

(まず会って間もない男二人を自宅……本拠地に招くってところがなぁ)

 無論、どちらも彼女をどうこうするつもりはないが、思わず心配をしてしまう。そう彼らが考えていることなど知らぬまま、リースは家の中へ入っていく。クレーズと忍は互いに目配せをして、クラや鉄がいることを確認、開かれた玄関扉をくぐると。
 ぬっ

「おっおぉうっ!?」
「……コンバットマシン」
『いるって言ったじゃないですか』

 彼女の警戒心はまだまだ健在だった。玄関からすぐの居間に、例のコンバットマシンと同じタイプのものが二体、壁際にどーんと立ち並んでいた。

「……いえ、なんかむしろ堂々としてて安心したというか、なんで俺警戒されて安心してんだろ?」
「知るか」

 二人はリースに勧められ、木を切り削り、組み上げたという素朴な椅子に腰掛けた。忍は自身のひざの上に鉄を乗せ、すとんと腰を下ろしたが、恐る恐るといった様子のクレーズに、リースは笑って『崩れたりしませんよ』と書いたパネルを向けた。
 しばらく、ぎしぎしと軋む音を立てる椅子に夢中になり、熱が冷めてきた頃、クレーズと忍はリースの話を聞くことにした。

「リースさんの話って、ひょっとしなくてもこのドームのこととかですよね?」
「まあ、そうですね。それしか話せませんし」

 発声機能をオンにして、パネルに書いた文字を即座に反映させるリース。

「てことは、余計なことを俺たちが知って、そのまま即処分!って流れになる場合は」
「あり得なくもないですけれど、私が自分で話したのですから、それは私が責任をとります。それに、貴方たちになら、たとえ話をしてもその話を伝えるような人がいなさそうですから」
「指名手配犯……」
「そこー、ボソッと言うなボソッと」
「クラスタとかに寄るときも、ほとんど人に顔見られないようにしてるしね。会話なんて買い出し先のお店の人とくらい?」

 バタバタと腕を振りながら、鉄は忍に確認を取るように問いかける。忍は少し、自分たちの今までの行動を思い出して、頷いた。

「では、少し付き合ってくださいね。退屈されないといいのですが……」

 本当に、楽しくて仕方がないとでもいうように、リースはくすりと笑って、自分の知る『面白い話』をし始めた。



 もともと、私の先々代の住人は、他のクラスタなどと同じように地上に居住区を造り、サブマシンと協力して、様々な作業を行ないながら生活していたと言います。ただ、そのクラスタには他とは違う場所がありました。人工的にとはいえ、植物栽培専用ドームの外に植物を持ち出し、繁殖させることができたのです。それを可能としたのが、当時そのクラスタをまとめていたという『教授』です。
 教授は、とても聡明で、時折突拍子もないことを考えて、すぐさまそれを実行にうつすという典型的な研究者体質でした。そんな彼の発明品は失敗も多かったけれど、成功した発明は、クラスタでの生活をどんどん快適にしていったと言います。
 話を戻しますね。教授は栽培ドーム外で繁殖できる植物を、住民と手分けをして、丁寧に栽培していきました。けれど、繁殖できたのは教授が質をいじった肥料土の場所だけで……。それでも、教授は自身の暮らすクラスタを、過去にこの星に緑がたくさんあったようにしたいという想いを捨てずに、発明した植物を絶やさないように、その植物が繁殖できるような質の土を作り始めました。
 ……はっきり言って、今の私もですけれど、当時のクラスタに住んでいた人々も、彼がどうしてそこまでその植物に執着するのか、分からなかったと思います。だって、栽培ドームの中で、必要な植物や野菜はほとんど作られるんですよ? ドームの外で、特に食用にも観賞用にもならなさそうなただの植物が栽培できたとして、それがどうした、って感じだったんです。
 また数年かけて、教授はクラスタの外にいくらでもある、あの汚染された灰色の土を、植物が繁殖できる土に浄化する装置を作りました。そして、言ったんです。この土をクラスタ中の地面に敷き詰めてみたい、そうすれば、いろいろなところに植物が繁殖して、緑でいっぱいになるだろうって。いきなりの提案に、さすがの住民たちも反発して、結局最初は教授の住む地区周辺のみとなったんですけれど。
 ……効果は、素晴らしかったと聞きます。過去の資料や、汚染された大地にわずかにでも残された植物や古文明の手がかりをもとに、教授はどんどんクラスタの中へ、『自然』を生みだしていったんです。何年も、何年も費やして。やがて、雑草の中から偶然『花』という植物が生まれて、それには教授はもちろん、その美しさに感動した住民たちも、やっと、今教授がやっていることは素晴らしいことなのだと気付いたといいます。その頃には、教授は枯れ果てた樹木から遺伝子データをなんとか取り出して、その栽培を行なおうとしていたところでした。
 最終的にはクラスタの住民が全員、教授の手足となって、クラスタ中に自然を植え付けることを楽しんでいました。植物の浄化作用のおかげで、マシンの排ガスに苦しんでいた身体の弱い住民はもちろん、普通に暮らしていた住民の寿命までが延び始めました。今の時代、普通のレベルのクラスタで生活する人間の寿命は五十年前後ですが、当時は七十歳まで、補助マシン無しで生きている人間もいたという話です。
 ……そして、今まで住んでいたクラスタの大部分に自然を植え付けた住民たちは、さらに地域を拡大しようと、クラスタの増築を始めました。しかし、それのせいで、そのクラスタに住まう人々の運命は大きく変わりました。
 ええ、そうです。政府に目を付けられてしまったのです。
 教授は、そうなることが予想できていたようでした。政府の者達は、植物の復元という偉業を為した教授を讃えつつ、彼をそのまま政府へ取り込み、彼の頭脳と発明をもってして、領土を拡大させるつもりだったらしいです。そうすれば、クラスタの増築も見逃してやるし、植物研究も並行して、今まで以上の環境でさせてやる、と。
 教授は、この政府の提案を断ったそうです。人の身で政府に協力するとなると、いつかはその身を滅ぼすことになると思ったからだそうです。すると、クラスタを増築しようとしたところで、所属していた政府に『反乱分子のアジト』というレッテルを貼られてしまいました。すぐに、彼は住民たちに言いました。

『このままでは、私たちが造りあげてきた自然は、政府によって痕跡の一つも残さずに抹消されるだろう。だが、これは決して、人が失って良いものではない。自然は、人に必要不可欠なものだ。
 よって、私は提案する。政府軍が動く前に、このクラスタを、住民全員とともに地下シェルターへ隠してしまおうと思う。ただのシェルターではない。私が、植物の繁殖に成功してから、様々な研究と並行して開発したものだ。エネルギーの問題も解決済みだ。あとは最終設定を行ない、地下へ潜り、ダミークラスタを地上に設置するのみだ。
 さあ、君たちはどうする?』

 ……いじわるですよね。教授の提案を断って、ダミークラスタに残っていれば、そのまま政府軍に壊滅させられるのですから。しかも、クラスタから逃げだしても、浄化された空気に慣れてきていた彼らの身体では、政府軍から逃げきる前に倒れてしまうでしょう。
 彼らは、一も二もなく、教授の提案に従いました。
 教授は政府軍がクラスタへ到着する寸前に、地下シェルターを発動させ、ダミークラスタと位置を入れ替えました。本物のクラスタは、シェルタードームに守られて、深い深い地中へと避難しました。ダミークラスタは、本当にあっという間に、政府軍に蹂躙され、居住区などは徹底的に更地になるまで攻撃されました。
 ええ、そうです。
 貴方たちがやってきたあの廃墟。あそここそ、私の先々代などが暮らしていたクラスタのあった場所なんです。



「……クラスタの隠蔽、ね。植物の繁殖っていうのも信じがたかったけど、ホント、途方もねぇ話だ」

 リースが話に一区切りを入れたところで、忍はそっとため息をついた。そして、窓の外から見える居住区の風景を眺める。どうやら外の時間帯と会わせているようで、天井部分は青から赤へと徐々に色彩を変化させていた。

「なぜ、空が赤くなるのか」
「あ? あー、クレーズは知らないのか。今は汚染物質とか雲とかで、空の大半が隠れてるから滅多に見れないけど、昔は夕方ぐらいになると、地平線に沈む太陽が赤く輝いていたんだと。それから暗くなって、星が見える……らしい。俺も本に書いてあったことしか知らん」
「忍は、昔のことをよく知っているのですね」

 リースが感心したように、彼のことを見つめた。忍は、いやいやと片手を顔の前で振って答える。

「よくは知らないですよ。単に、俺のところの両親が……ていうか両親って言う存在自体結構特殊だよな。まあ、そんな感じで」
「両親というのは、遺伝子情報の提供者である男女のことでしょう? もしくは、ヒトの培養を行ない、ヒトを造り出す研究者」
「それが今は一般的なんですけどねー。俺の両親は……なんつーか、変な人で、培養装置一切使わずに俺をつくったらしんですよね。あの、女性の腹の中で育つってヤツ」
「嘘」
「……確かに、嘘くさいが、実際こいつには培養液、培養音波、メモリ、どれの反応も見られない。口頭ナンバーしか持っていないのだったか」
「そうそう。スキャンしてもメモリなんて身体に埋め込んでないから、遺伝子データとそのナンバーで識別するしか無くってなぁ……って話がずれてるぞ」

 こほん、と咳払いをした忍は、ゆらゆらとあてもなく視線を彷徨わせたかと思うと、若干肩から力を抜いて言った。

「で、まあ、そのリースさんの話にある時代から、こう、今のこの状態に至るってことですか?」
「ええ、そうですね。地下に沈んだドームに、太陽光からエネルギーを補給する太陽塔を連結させて、この居住区で自給自足の生活を送っていました。教授はその後まもなく亡くなってしまいましたが、彼はいつまでも私たちのことを助けてくれていますし」
「ストップ、えーと、教授は亡くなったって今言ったのに、どうして死んだ人間が」
「忍、話を聞く前の、彼女の言葉を忘れたか」

 隣で、話が一段落してからも微動だにしなかったクレーズが、ぎろりと眼球だけを動かして、忍を睨む。次いで、小さくため息。

「このドームのメインコンピュータ内部に、『教授』なる自我メモリがあると」
「よく覚えていましたね。ええと……現在ドームの中で、自我の存在が確認できるものについて、ぽろっと口からこぼしましたか」

 さらさらとパネルに文字を書きつつ、リースはそっとパネルのスピーカー部分を半分、手で隠した。少しこもった、無機質な女性の声が響く。

「ああ、そういえば。ん? ていうか、そうだそうだ。このドームで生きている人間はリースさんだけって言ってたような気もするけど、どうしてですか。こんないい環境での生活なのに」
「それゆえの、心因性のものです。地上でのクラスタ生活に慣れてきっていて、マシンに管理される生活が当たり前だった人々に、自身の頭で考え、行動するドームでの生活は、新鮮さを失っていくと、代わりに心身への負担となっていったのです」

 ドームの天井モニタに映し出される夕焼けを眺めながら問いかけた忍に、リースは一言で答えた。振り返った彼と、最初からリースの姿を見続けているクレーズに、寂しげな微笑みを見せて、彼女はパネルの上でペンを滑らせる。

「私はこのドームができてから、三番目に生まれた子供です。このドームも、もともとは一般クラスタに植物が繁殖した施設なのですから、当然ヒトの人工培養の部屋もありましたが、……太陽塔から、定期的に地上に現れて取り入れるエネルギーでは、一度にたった一人しか赤ん坊が培養できませんでした。他の施設にエネルギーを回すだけで、ここはいっぱいいっぱいだったんです。しかも、培養がなかなかうまくいかないまま、一人目と二人目は、培養液から取り出されて数時間後に死亡してしまったと聞きます。私が育たなければ、このドームでヒトを培養するのは諦めようと言われていたらしいですね。
 自分たちで行動をしなければいけない。子どもも作れない。鮮やかすぎる色彩が恐ろしい。そういって、最初こそ教授の計画に賛同し、感動していた人々は、自らその命をこのドームの中で絶っていったのです。ドームが地上に出る日に、そのままドームを飛び出していった人もいます。彼らがどんな末路を辿ったかは、火を見るよりも明らかですね……」

 そこまで語って、リースはペンをポシェットにしまい込んだ。今度はパネルの表面を直接指で叩く。すると、数十秒して五十センチ四方の正方形をした、キャタピラ付きのロボットが室内へと入ってきた。テーブルの脇に止まったロボットは、ぴぴっという短い電子音のあとに、するすると下部から銀色の棒状の足を出して、本体をテーブルの高さと合わせる。ぱか、と側面部分が開き、中から湯気の出ているカップが三つ押し出された。

「すみません。確か、本来ならお話しをする前に出すべきものなのでしたね。ヒトへの対応は、一応、一通りレクチャーしてもらっていたのですが……お茶をどうぞ」
「あ、あー、どうも。それでごめんなさい、ちょっと失礼します」

 忍はひどく申し訳なさそうに、自分の方へ差し出されたカップを受け取ると、ひざの上でじっとしていた鉄の視覚センサーの前へカップを移動させた。隣でも、クレーズが同じようにカップをクラに近づけている。
 数秒後、ぴー、という気の抜けた音とともに、鉄が肩関節のモーターを響かせて答えた。

「薬品反応は検出されず! 普通のお茶だよ。ていうかむしろ高級そうだよ!」
「そうとなればマジで喉渇いてたのでいただきます!」

 鉄のお墨付きがでるやいなや、忍はその薄茶色のお茶をずずっとすすった。やや酸味があるが、しばらくして甘い果実の香りが漂ってくる。今までどこのクラスタで手に入れた、量産品の乾燥茶なんぞ、そこらの枯れ葉の煮汁に思えてくる美味しさだった。

「……染みる。何コレ、最高……」
「おいしい、といえばよいのか。確かに、保存スープとは全く異なる風味だが」
「このお茶とあんな泥水比べんなっ!? はああ幸せ! しかもこんな美味しいお茶に毒要素ないなんてスバラシイ!」
「お気に召していただけたようで」

 自分も同じお茶をすすりながら、リースは忍の大袈裟すぎる反応に、肩を震わせて笑っていた。薬品解析などに対する嫌悪の感情は全く見られない。むしろ、このタイミングで飲食物を提供されれば、誰だってそういった警戒を抱くだろうと、彼らの対応に納得してさえいた。

「本当に、貴方たちを殺さずに招いてよかったと、今では思います。こんなに面白い『会話』ができるなんて、今まで思ってもみませんでした。一番の話し相手たり得る教授とでも、ここまで話題は弾みませんし。なにせ、そろってひきこもりですから」
「いや、ひきこもりったらひきこもりだけど……、ひょっとして、クレーズから読み取った【ALT】の機密とかも、もともとはその教授とかが調べ上げてたものだったりするんですか」

 この質問はアウトかな、と思いつつ、美味しいお茶で頭がぼうっとしている忍は、のんびりとした口調で問いかけた。リースの手が一瞬止まり、クレーズも、残りのお茶を一気に飲み干して、カップをテーブルの上へ戻す。

「……あ、いや、全くスルーでも気にしません。ホントちょっと余計なこと言っちゃいましたスイマセンでしたっ」
「間抜け、というのはこういう場合に使う言葉か」
「確かに頭のネジ何本か抜けてた……このお茶、威力半端ないわ」
「茶のせいにするな」
「はい」

 しゅんとその長身を縮こまらせる忍に、リースはハッと我に返って、カップを持っていない方の手を軽く横に振った。

「いえ、それもあるのですが―――」

 そのとき。

 ゥゥゥゥゥウウウウウウ―――――ンン…………

 最初は低く、次第に高音になっていく、聞いた者の原始的な不安感を煽らせるサイレンの音。それが居住区一帯に響き始めるのと同時に、リースの家の窓辺に設置されていたランプが点灯し、待機していたコンバットマシンの胸部モニタに、赤いマークが表示された。

『警告・コマンダーへ連絡・警告・最新情報を転送』

 瞬間、リースの表情から感情が抜け落ちた。そっとインカムに手を添えて、そこからもたらされる緊急の情報に、一心に耳を傾けている。
 何が起こったのだと目を白黒させる忍だったが、隣でリースと同じように、ヘッドセットの聴覚センサーに手を添えているクレーズを見て、渋い表情を浮かべる。

「お前、また回線ジャックする気か」
「……待て、これは……」

 ドーム外でノイズを拾ったときのように、うまいことリースたちの回線へ侵入できたらしいクレーズは、そのコードを忍の方へ転送する前に、もたらされた情報に目を見開く。

「なんだってんだ、オイ!?」
「……繰り返されている。口頭よりこちらで聞いた方がいいだろう」

 言って、クレーズはカチカチと聴覚センサー下部のスイッチをいじった。ドームの外にいたときから、本体が受信モードに設定されっぱなしだったので、忍はそのままイヤホンを耳に取り付ける。

『……○五・太陽塔エネルギー値・現在五十二パーセント・フルモードまで最低六十八分かかります』
「? これのどこが緊急」

 なんだ、と言いかけて、忍は次に耳に飛び込んできた言葉に、声を失った。


『北北西・機械生命体政府第五辺境基地より突撃命令発令中・現在ドームへ戦闘車両接近中・演算結果・車両側のドームへの砲撃可能範囲特定・到達まで四十三分三秒・太陽塔収納・地下シェルターへの避難を推奨します……』
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素材提供 : 月の歯車