カゲナシ*横町 - Lost and End
□ Lost and End 〜楽園の章〜 □


Mission:4  託されたもの

 クレーズと忍は、それぞれスカイバグルとドライドに跨り、居住区を出て見慣れた連絡通路を走っていた。スカイバグルに満載していた荷物は、ほとんどをリースの家に預けている。クレーズとクラはいつもどおりスカイバグルに乗り込んでいたが、忍の操るドライドの方には、普段は荷台となっている鉄板にクッションをくくりつけ、即席後部座席をつくったリースが腰掛けていた。

「次の十字路を右に曲がってください。その先にエレベータがあります」

 リースの家で待機していたコンバットマシンのうちの一体が、クレーズたちの頭上を飛翔しながら、胸部のスピーカーから指示を出した。リースの指示により、クレーズたちの案内役となっているのだ。
 彼らの向かう先は、メインコンピュータが設置されているセキュリティ・ルーム。そして、目標は『教授』。

「本当にいいんですかリースさん!? こんな緊急事態に俺たちみたいの連れてって」
「まあ、良いわけがないんですけれど……あなた方をあそこに残したままにしておくのも嫌なので」

 リースの言葉もまた、彼女が先ほどまで使っていたパネルではなく、頭上を飛ぶコンバットマシンのスピーカーから流される。

「でも、このままだとこのドームの心臓部に僕たちを案内しちゃうことになっちゃうんだよ? 「一応」客人で、半分「侵入者」なのに」
「それによる対策もしっかり立ててあるのでご心配なく。今も、皆さんのことは数十の警備レーザー砲が狙っていますし」
「「げぇっ!?」」

 忍と鉄の悲鳴がシンクロする。クレーズはちらりと通路の壁を眺めて、聴覚センサーからアンテナを引き出した。

「……反応あり。視認はできないが、確かに」
「あっはははー、絶対下手なことしない。うん、誓う誓う」

 ぶおんっ、とドライドのエンジンが震える。忍は小さく舌打ちをして、アクセルを一度踏み込んでから、ゆっくりと離していく。

「どうした」
「いんや……なんだろな。鉄?」
「燃料がちょっと少ないかもね。あとどのくらい?」
「もう目の前です」
「「「え」」」

 今度は三人の声がシンクロする。道なりに通路を曲がると、その通路の突き当たりに、居住区へと通じる手動ドアと同じような形をした両開きのスライドドアがあった。ただ、居住区への扉と比べると、数倍大きい。

「げえ、これもまさか手動って言わないよな?」
「半手動といったところでしょうか。今、ロックを解除します」

 ドライドとスカイバグルを通路の脇にとめ、リースを先頭に彼らは扉の境目部分へと近づいていった。
 通路の縦幅、横幅めいっぱいまであるそのスライドドアには、境目部分に何十個もの似たような形のくぼみがあった。中央部分が四角く残された正方形の溝。リースはそのうちの三つを、タッチパネルに入力するような軽さで触れた。

「……? 全然何も起きないじゃ」
「まだです」

 うずうずと貧乏揺すりを始める忍の方を見向きもせずに、リースは次の作業へと取りかかる。パネルなどを入れていたポーチから、今目の前にあるくぼみにちょうどはまりそうな、金色の四角い金属板を取り出した。その中央は、パッと見長方形とも言える大きさにくりぬかれている。
 それを、リースは一カ所のくぼみにぐいと押し込んだ。カチャンと連結音がして、並んだその他のくぼみが青白く点灯する。そして、通路の右側の壁から目立たないレバーが飛び出してきた。

「では、開けますね」
「……これはー、アナログ混じってるから、クレーズ突破難しいだろ?」
「ほぼ、九割六分で無理かと。自分のロック解除技能は、主にデータを操ることで行なわれるからして」

 やや悔しそうに、扉の仕掛けと飛び出してきたレバーを眺めるクレーズを見て、忍は面白いモノが見れたと心の中で吹き出す。

「開門」

 そうこうしているうちに、リースの指示を受けたコンバットマシンが、ガチャガチャと壁際のレバーを高速で動かし始めた。上下左右の溝を何往復もさせたり、その場に押し込んだりなど、およそ数十の操作を終えて、元通りにしまう。

 ガチャ ガチャガチャガチャガチャン ビィイイイイイイイ…………

 いくつものロックが解除される音がして、それが収まると、低いブザー音が鳴り響いた。と同時に、重々しい駆動音をたてながらスライドドアが開かれていく。

「さ、こちらへ。ここのドアは一度一定の場所まで開くと、すぐに閉まり出すように設定されています。まあ、セキュリティ・ルームの外で待っているというのでしたら、無理にとは言いませんが」
「行きます! レーザー砲怖いから!」
「部屋の中にないわけでも、ないのですけれど」

 苦笑を浮かべるリースの隣で、コンバットマシンからまた女性のものを模した合成音声が発された。そして、コンバットマシンはリースの身体を人の物よりも長く設計されているアームで抱え上げ、セキュリティ・ルームへと飛行しながら入っていく。クレーズたちは(若干一名慌てながら)その後を追った。
 セキュリティ・ルーム内部は、カツン、カツン、とブーツが床の鉄板とぶつかる高い音がよく響いた。

「なんだか、やっぱりセキュリティ・ルームってどこも雰囲気は似たり寄ったりなんだね〜」
「だ、な。ただ、こんなカプセルとかは無いけど」

 ゆっくりと前方を飛行している、リースを抱えたコンバットマシンを見失わないようにしながらも、忍はセキュリティ・ルーム内部の様子を観察していた。
 システム・エンジニアでもなければ、どこが操作パネルなのかも分からないような巨大コンピュータが幾つも立ち並ぶ中で、やけに広い一角に出たと思ったら、その一角の壁際には培養液で満たされた培養カプセルがびっしりと設置されていた。セキュリティ・ルームというより、ラボという雰囲気である。
 と、先ほどの忍のつぶやきが聞こえたのか、先導するコンバットマシンから音声が飛んできた。

「それらは教授の研究用装置です。教授は、自我メモリ本体が組み込まれているメインコンピュータから離れることができませんから、メインコンピュータのすぐそば……つまりこのセキュリティ・ルームでしか行動ができませんので」
「え、自我メモリだけになっても研究とかしてるんですか、その教授って」

 驚いて思わず大声を出してしまう忍に、リースはコンバットマシンへ待機命令を送って、振り返った。

「対話してみれば、わかります。人格コピーを行なうための装置やらメモリやらも、教授ご本人が設計した規格外ですので、生前の教授との人格誤差はほぼ数パーセント程度らしいですよ」
「……はあ」
「とか言っている間にも、ほら、あちらです」
「って早ぁっ!?」
「あれが」

 ラボのような一角を通り過ぎた先の小部屋……いや、今まで通ってきたどの場所よりも機材が詰め込まれているせいで、およそ五メートル四方ほどのスペースしか空いていない、メイン・コントロール・ルーム。
 その最奥に設置された、忍のドライドほどもありそうなディスプレイには、いくつもの深いシワが刻まれた無感動な老人の姿が、映し出されていた。



「準備は」
『俺のほうの心の準備なら、いつでも。テツ、お前のほうはどうだ?』
『僕はクロガネって言ってるでしょ! まったくもー。……うん、稼働率七十八パーセント、保護装置やリミッターも正常作動。忍、右腕動かして』
『はいよ』

 クレーズは、反重力装置によって空中に固定化されたアームチェアに、腰と胸部を押さえるベルトを装着して深く座っていた。頬杖をついたまま、左隣のディスプレイに映る忍の姿を眺める。彼もまた、何かのコックピットに収まっているようで、やや前傾姿勢になっているのをクレーズよりも多くある固定装置で押さえていた。

『右腕、左腕、作動確認完了。視覚センサーも上々だな。クレーズ、まだ通信切るんじゃねーぞ』
「分かり切ったことだが」

 ぼそりと答えて、クレーズもまた身を乗り出す。ベルトのせいで背もたれから身体を離すことはできないので、椅子ごと前のめりになる形になる。そのまま正面へ両手を伸ばし、クレーズはいつも着けているグローブとは異なる、複数のケーブルが接続された、コントローラーグローブを見つめた。

『クレーズさん、忍さん、本当にやってくださるんですか』

 と、右側のやや小ぶりなディスプレイのほうから、機械的な女性の声が聞こえてきた。リースの操作する疑似音声からの言葉である。

「この辺りで辺境基地といえば、確実に【ALT】の息もかかっているだろう。ヤツらがここに到着すれば、自分たちもただではすまない」

 だから排除する、と続けて、クレーズはディスプレイの目の前で指を動かした。空中に光線で描かれたパネルボードを、次々とタッチして操作を行なっていく。すると、正面のディスプレイに『接続可能』の文字が現れた。

「……接続を開始する。【ALT】No.一〇五七六、歩兵タイプ、個別名称クレーズ、機械生命体政府第五辺境基地管理、五十三番クラスタ・ドーム迎撃システムと接続」

 ぶつぶつと壊れたスピーカーのように、ほとんど息継ぎ無しで言いながら、クレーズはアームチェアの両肘掛けから吐き出された二本のプラグを引っ張り出し、それぞれ左右の聴覚センサー下部へ差し込んだ。直接彼の聴覚に繋がれたセンサーを介して、改造処理を施されたクレーズの脳とドームのメインコンピュータが繋がる。

「迎撃システムとリンクした。こちらの準備も完了した」

 そう言って口を閉ざし、また左側のディスプレイを見やる。
 クレーズがドームの迎撃システムとのリンクを完了させた頃、迎撃のおとり役を引き受けることとなった忍は、両手足に装着されたアーマータイプのコントローラーを見やる。肘まで覆うクリーム色の装甲に、自身の手より二回りも大きいグローブ。

「にしてもこのドーム、対マシン戦闘用っつっても、レアンダー(※人間が内部から操作する人型戦闘装甲マシン)まで待機させてるなんざ……【ALT】が騒ぐどころじゃねーな」

 反政府組織がこぞって狙いにくるぞ、と冗談にもならないようなことを言って、忍は両手をコックピット内の定位置へと戻し、真正面に見える自分を取り囲むようなパノラマスクリーン……よりも、さらに下方へ視線を向けた。一台の小さめな操作コンピュータの隙間に潜り込むようにして、鉄が接続されている。

「そうだね。しかも、かなり高度なところまで操縦者のアクションを反映するみたいだから、これは政府のほうも喉から手が出るほど欲しいだろうねぇ」

 レアンダーのメインシステムに接続し、忍のバックアップ準備を行なうため、システムの性能をスキャンした鉄は改めて、こんなものまで造り出した教授のでたらめさに無い舌を巻いた。

「……とりあえず、撃墜されないことが何より最優先だな」
「そーだね、これの欠片一つでも政府に持って行かれたら大変だし、それ以前に忍が死んじゃうなんて絶対嫌だからね!」

 スキャンを終了し、鉄は頭部だけをくるりと回転させて、忍のほうを向く。

「終わったよ。マニュアルも全部コピーしたから、忍一人で無理だと思ったら僕も動かすからねっ」
「頼むぜ。おい、クレーズ!」
『聞こえている。辺境基地からの装甲車が、ドームを砲撃範囲に入れるまで二十分をきった。そろそろ行動開始だ。カタパルトのほうも準備ができている。さっさと移動しろ』
「…………鉄、聞いたか。クレーズの台詞一文一文完結してたぞ。しかも最終的には命令形だ、なんつー進化」
「クレーズもますます人間らしくなってきたよね! というわけで、レアンダー・リグレ号発進!」

 鉄が言いながらコマンドを送信すると、ガコン、という音ともに、膝立ち状態のレアンダーが移送通路のレールへ載せられた。そのまま真っ直ぐ、射出カタパルトへ向けて送り出される。

「いや、でも、まさかこんな【ALT】と正面切ってドンパチやらかすことがあるとはなぁ」
「忍、なんか口調に緊張感が欠片も感じられないんだけど」
「なんか、前の戦闘に比べると、生身丸出しで突貫って感じじゃないから、妙に戦闘開始ってイメージが」
『阿呆が。現実を見せてやろうか』

 忍のぼやきがそのまま送信されていたらしく、若干不機嫌そうなクレーズの声が聞こえてきた。そのまま、パノラマスクリーンの右上部にウィンドウが開かれ、灰色の大地を映した映像が流れる。

「この手の映像ってどこから調達してるんだよ……」
『教授いわく、政府がぼこぼこと打ち上げている衛星やら、放棄された基地の生き残っている通信機材をジャックしていると』
「はいきたーこのドームほんと洒落にならねぇっ!? ここの存在一つで一国と戦争起こせんぞ! しないだろうけど」

 そこで、忍は映像の中心あたりに、灰色の土埃が数本舞っていることに気付いた。操作して映像を拡大する。斥候部隊と思しき、政府軍の印がペイントされた装甲車が六台。

「……とりあえず、目標はこいつらの撃破だな」
「後続もいるけど、えと、どれくらい時間稼げばいいんだっけ?」
「確か、十一分を俺が稼いで、残り四分でクレーズの迎撃と、地下への避難準備をするって……それが、教授のプランだったな」
「あ、そうそう! もー、僕もロボットなのに、どうして時々物忘れとかそんなのがあるかなぁ。今度またメモリの最適化しないと」
「そりゃお前のもとになった人格の人間が、ひっどい物忘れ体質だったからだっつーの。その名残だろ」

 けらけらと笑って、忍はうなり声をあげている鉄を見下ろす。と、スクリーンに『カタパルト 到着』の文字が表示された。

「出発地点へ到達、レアンダーを直立体勢へ変更、背面スラスター・エネルギーチャージ開始、カタパルト開きます!」
 ごん、ごん、ごん……

(父さん、母さん、俺ってば、夢物語のヒーローみたいになっちまってるぜ? レアンダーの操縦士なんて、笑っちまうよな)

 リグレ号の視界センサーとリンクしたパノラマスクリーンに、解放されて空の見える射出口と、それに向かって伸びるレールが映し出された。鉄のカウントが響き渡る。

「チャージ完了、射出先の座標を再計算……完了、オールクリア、射出五秒前、四、三、二、一」

「さあて、いっちょ一暴れしてくっか!」

 轟音とともに、ほとんど透明と思える青い炎がスラスターから吹き出し、忍と鉄を乗せたリグレ号は勢いよくカタパルトを飛び出した。



 時は、少しだけ遡る。
 ディスプレイに胸から上を映したその老人の姿を見て、忍はほとんど無意識のうちに、口からつぶやきをこぼれさせた。

「『教授』……?」
「いかにも、私が植物の繁殖に成功し、このドームを設計し、今もここでオリジナルが思考していた研究を引き継ぎ、開発を行なっている疑似人格、リグレ=ジョルシュラインだ」

 かなり長々しい台詞を、無表情のまま一息に言いきった教授は、形だけ視線をリースへ向けた。

「本来なら入力による意思伝達を行なうところだが、客人の前であるからして、音声での意思伝達に切り替えるぞ」
「はい、教授」

 コンバットマシンから身体を離し、リースはポーチからパネルを取り出して、そちらの疑似音声を使用した。と、教授の言葉に若干の疑問を抱いた忍が、気の抜けた様子で首をかしげながら問う。

「あれ、そちらさんじゃもう俺たち『客人』扱い……なんですか?」
「然り。君たちのことは、彼女が彼女本人の意志のもとドームへ招待した、と私は見なしている。それに、今までの観察結果から、君たちにこのドームへ危害を加える意志はないと判断させてもらったのだが……そんな余裕自体なさそうだしな、君たちの身の上では」
「あっはっは、そーですねー!」

 さすがは疑似人格と言ったところか、やたらと人間くさい同情のこもった視線を送られて、忍は投げやりに渇いた笑いを響かせながら答えた。その隣で、やはり教授と同じくらい淡々とした様子のままのクレーズが話し出す。

「先ほどの連絡は聞かせてもらったので。ここは近々砲撃を受けるだろうが、貴殿はどのような対策をとるつもりなのかと」
「……ドームの地表出現は、太陽光をエネルギーとして補給するために避けられない行動であり、最も危険な行動である。今まで出現を行ない、エネルギー補給中に近隣の基地に発見されなかったことは皆無」
「じゃ、今までにも何度かこういう事態があったってことなのか」

 忍の言葉に、ディスプレイの教授はゆっくりと頷く。そこで、クレーズたちのすぐそばから「ただ」とリースの言葉が聞こえた。

「今のままでは、退避するため地下へ潜行するのに、補充したエネルギーが足りないのです」
「へ?」

 リースは手元のパネルを操作し、近くにあった適当なディスプレイに、円グラフと何かの時間を表示させた。円グラフは、青く染まっている部分が半分を少し超えたくらいで、それ以外は灰色を示しており、時間は何かのリミットなのか少しずつ減少していた。

「グラフのほうは、このドームのエネルギー補充分を示しています。現在五十八パーセントまで補充は完了していますが、地下への退避、およびその後のドーム内での活動を行なうには、最低でも八十五パーセントは必要です。必要時間は、あと残り四十四分です……」
「そして、報告によれば辺境基地の戦闘車両が砲撃可能範囲へ到達するまで、残り三十三分しかない」
「……大ピンチじゃん」

 そうとだけ言って、忍は両手で頭を抱えた。別に、彼らは旅をすることが目的なのではなく、あくまでも『【ALT】からの逃走』が達成されればよいのである。それに関して言えば、むしろこのドームがこのまま地下へ潜ってしまうことには、いい隠れ蓑ができたと喜ぶところなのだが。

「そこで、一つ君たちに質問をする」

 この、クレーズと忍に対する質問というのは、かなり意外なものであった。

「君たちに、中規模および大規模な戦闘の経験はあるか。マシンやコンピュータシステムを使用した場合もあるならばよい」
「戦闘経験って……俺だったら、サシの戦闘とか、あと銃撃戦レベル……あ、この間クレーズに巻き込まれたヤツが一番でかいか?」
「あの程度の戦闘ならば、中規模レベルかと。自分は一通りの迎撃システムマニュアルを記憶しているが……まさか」

 そこまで言って、クレーズは後頭部に手を当て、かりかりとそこを掻いた。自分が途方に暮れたときに癖だ、と忍が気付くのと同時に、クレーズがまた口を開いた。

「自分たちに、それらの迎撃を?」
「私に残されたオリジナルのメモリに、戦闘に関するものはほとんど無い。そこにいるリースに至っては、すべて回避行動をとってきたために目の前での戦闘を見たことすらない。……これは、むしろ依頼というよりは脅迫だろうと私は考えるが」

 ため息をつく動作をした教授は、目をつむったまま、表情を動かさずに言葉を続けた。

「このまま、今までうやむやにしてきたドームの存在が辺境基地によって完全に確認されれば、およそこの地の記録から危険と判断され、もう一度殲滅(せんめつ)行動が行なわれるだろう。そうなれば、君たちにも未来はない。政府からの逃走を続けていると言うことは、生きたいと思う気持ちがあると、私はオリジナルの思考回路をロードし、推測する」

 教授はゆっくりと目を開くと、にやり、と腹黒そうな笑みを浮かべた。

「このまま君たちがこの地に骨を埋めるもよいが……ああ、良いかもしれない。何せ今までになく辺境基地の反応が早い。おそらく最初から警戒態勢を維持していたのだろうが、はて、一体何に対する警戒だったのだろうか……?」
「っ。だー! わかったよ! 俺たちのことが【ALT】経由でまわってるからこその警戒なんじゃねーのかって言いたいんだろ!? そのとばっちりでここが危ねぇっつーなら……クレーズ」
「何か」

 叫んで、教授を黙らせた忍は、勢いよく相棒を振り返る。クレーズはいつもと変わらない様子のまま、いっそ呑気だと言える態度で返答した。

「ここで死ぬんだったら、前の戦闘で生き残った意味がない。というわけで俺は迎撃するぞ。ああしてやるよ、何ができるかは分からんが、できることならなんだってしてやるさっ」
「……別に、完全に敵勢力を沈黙させる必要はない。要はエネルギー補充完了の時間を稼げば良いだけのこと」

 息巻く忍から距離をとりつつ、クレーズはモノクルの縁を撫でた。そこに埋もれるようにして存在していたスイッチに触れると、モノクルのレンズに照準器のような模様が浮かび上がった。

「お前がやるというならば、自分も参加するだろうと。……それに、このドームの設備次第では辺境基地を相手に前の戦闘での反省点を生かした攻撃が可能かと……」
「クレーズ、なに最後のほうボソボソとオソロシゲなことつぶやいとるか」

 テンションとは対照的に、ずいぶんとやる気満々な発言を聞いて、忍は教授に向き直った。教授はそんなやりとりをする彼らを、ただ眺めていた。

「それでは、君たちにはこのドームの迎撃システムおよび機材の解説を。生き残るため、それらを用いて辺境基地のものを迎撃して欲しい。ただし、君たちが私欲に走り、システムの乱用を考えた瞬間に、私がすべてを乗っ取らせてもらう。その上で、君たちには消えてもらう」
「…………依頼とか脅迫とかじゃなくて、これもう死刑宣告じゃねーの?」
「要は戦力を投入してやるから裏切るな、ということだろうが。まあ了解した。そして、どの程度時間を稼げば逃げられるのかと?」
「時間差からして、十分なエネルギーを補充できる分には十分ほど。さらに上乗せして五分。計十五分の撹乱戦闘を行えれば」

 教授はディスプレイ内の顔を、クレーズたちから見て左側へ向けた。すると、そこに積み重なっていた機材がゆっくりと移動し、奥へと繋がる通路が現れる。

「この先に、オリジナルがこのドームにおける戦闘を考慮して思案し、私が開発した迎撃システムのコントロール・ルーム、および接近戦を行なうためのレアンダーを一機配置している」
「え、レアンダーって、あの政府軍が反乱軍抑制のために製造ルートも何もかも秘匿にして厳重に管理してるっていう、ニュータイプ・コンバットの!? 人間が中から直接操作するから戦死の確率も格段に高まるけど、操作は操縦者のアクションを反映させる特殊なものだから、マシンに対して格闘戦ができるっていう」
「長い。そして、肯定の意志を示しておこう。この十数年で私がかき集め、さらに私独自のアイディアを詰め込んだ作品でもあり、シミュレートでの性能は折り紙付だ。……そちらの金髪のほうが使用すると良いだろう」

 教授の言葉に呆然としている忍は放っておいて、教授は次にクレーズへと目を向ける。

「君には、このドームの迎撃システムの使用を任せたい。廃棄された政府軍基地より集めたマニュアルもあることにはあるが、やはり新しい情報を持つものが使うにこしたことはない」
「……了解」
「リース、彼らの案内を」
「は、はい」

 指示を一通り出し終えると、教授の映し出されていたディスプレイから光が消えた。代わりに、コントロール・ルームに向かう通路の床に、ぼんやりと青い誘導灯が灯る。

「では、このままお二方に、このドームのことをお任せします。私には、ここから先へ案内することしかできませんけれど」
「リースさんは、こっちの隠し通路っぽいところに入ったことがあるんですか?」
「一度だけ、教授に見せていただいたことがあります。ただ、使用方法までは教わっていないので……本当に、お二人だけが頼りと言うことになりますね。まさかこんな事になるなんて、結果的に、あなたたちをドームへ入れて正解だったのでしょうか?」

 軽く首をかしげながら、誘導灯に沿って歩き始めるリース。彼女の後ろに続いた鉄が、ウィンと音と立てて両手を振り上げた。

「もしかしたら、僕たちが極悪人のクラスタ荒らしだったかもしれないんだよー? それに今だって、このドームの施設がすごかったら、あの教授の言うこと無視して乗っ取りをしないとも限らないし、正解とは言い難いんじゃない?」
「鉄、お前墓穴掘りたいのか、ん? どーしてそう余計な正論ばっか……!」
「わーっ、そう言うってことは忍も同意見だったんじゃないかー!」
「正論だからってなんでも口に出していいと思うなよ!? 特に今! この緊急事態に!」

 鉄のボディを持ち上げ、上下逆にひっくり返して揺さぶりながら、忍はちらりとリースのほうを伺った。くすくす、と笑っている気配が伝わってくる。

「ちゃんとこちらにも考えはありますから、そう警戒しすぎないでください、忍さん。もっとも、私は警戒を解くつもりはありませんが」 「お互い様じゃんか」
「ええ。……と、ここが、・システム・コントロール・ルームになりますね」

 誘導光が途切れ、クレーズたちは先ほど教授と面会したメイン・コントロール・ルームよりも数倍広い、円形の広場に到着した。床や壁、天井に至るまで、すべてが金属とは異なる質感をした漆黒の物質で構成されていて、広場の中央には一脚の、脚のないアームチェアが浮かんでおり、その両脇には腰の高さくらいまである台座が設置されていた。

「あれが操縦席、両脇の台座には、それぞれ右手と左手に装着するコントローラーグローブがあります。レアンダーの格納庫は、さらに奥です。クレーズさんはここで待機していて、忍さんと鉄さんは私と一緒に奥へ。クラさんは最終的に、私と一緒に居住区で待機していただきます」

 クレーズたちに向き直ったリースは、真剣な表情でパネルを操作した。

「後戻りは許しません。では、よろしくお願いいたします」
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素材提供 : 月の歯車