カゲナシ*横町 - Lost and End
□ Lost and End 〜楽園の章〜 □


Mission:5  戦場 -イクサバ-

 灰色の空。灰色の大地。どこもかしこも灰色だらけの世界の中で、忍が見下ろす先には漆黒のドーム……自分がつい数秒前に飛び出してきた場所があった。そのカタパルトの射出口も、リグレ号が無事飛翔を続けているのを確認したからか、すぐに閉じられる。
 両腕を広げ、また閉じる。肩と首周りを覆うように装着した、スラスター用のコントローラーをどうにか操って、高度の変更が可能かを試す。灰色の世界で、クリーム色の巨大な人影が舞っていた。

「ん、なんとかなるな。スラスターのほうはどうやって動かせばいいのか分かんなかったけど、これ脚と連動させるのな……」
「もしうまく高度が安定させられなかったらすぐに言ってね。僕のほうから装置を動かすから」
「頼むな。ってわけで、時間もないし特攻開始だ!」

 両手それぞれのコントローラーを操作すると、リグレ号の肘から下の装甲が変形した。右腕は三砲門の熱線レーザー銃、左腕はリグレ号の足ほどもあるブレードへと。

「……にしてもこの装備、教授絶対コレ趣味じゃねぇとできねーんじゃねぇか?」
「あははー、かもしれないねぇ」

 そして、そのまま一気に加速する。空気が圧縮され、リグレ号の周囲の風景が歪む。従来、政府軍で開発されているレアンダーには、こんなふうに戦闘機よりも高速で移動ができる機能などついてはいない。
 またひとしきり感動して、振動やスクリーンの映像に酔っていないことを確認した忍は、目標地点へ到達後、敵勢力の装甲車を発見した。

「鉄、このままだったらあっちのレーダーに引っかかる。即行でやるぞ」
「うん、エネルギーの割り振りは任せて」

 ひゅっと短く息を吸い込み、忍はリグレ号を急降下させた。スクリーンに点ぐらいの大きさで映し出されていた装甲車が、米粒大になり、小指大になり、親指大になって。

「発射ぁ!!」

 右手のレーザー砲を構え、打ち出した。光の槍が、狙い通りに装甲車三台を貫き、爆発炎上させる。残りはあと三台。
 攻撃に気付いた後続の二台が、いち早く、空からの襲撃者へ向けて砲撃を放った。リグレ号のものと比べて、エネルギー装填時間は同程度なのに威力が倍以上格上のレーザー砲が、四度。

「あぶ、あぶ、あぶっ!?」

 それらの軌道を鉄にすべて予測させ、ほぼオートで回避行動を取る。すると、鉄が向こう側の通信回線へジャックに成功したらしく、コックピット内に僅かなノイズと、混乱する隊員たちの罵声が響いた。

『どういうことだ、あのレアンダーはどこの所属だ!?』
『識別番号不明です、あんな装甲見たことも……』
『まさか反乱軍が、開発に成功しただとっ』
『今はそんなことどうでもいい、とにかく応援要請を繰り返して、その間になんとかヤツを撃ち落とせっ!』
「落とされてたまるかっつーの!」

 くるりと反転、スラスターを全開にして、一気に地表ギリギリまで降下する。そして、そのまま方向転換して地面の上を滑空し、向こうの砲台がこちらに高度の照準を合わせる前に、左腕のブレードで装甲車を一台撃破する。爆破の衝撃にあわせて後退し、一度地に足をつける。

「もう一回飛ばせ!」
「無茶するなぁ!」

 膝を曲げて、地面を陥没させながら大きくジャンプ。そのままスラスターの出力を上げて、リグレ号は再度空へと戻った。途端、前方に残っていた一台が砲口をこちらに向けて、三発の圧縮空気を打ち出してきた。

「やっべ」

 空気砲に当たらなくても、周囲の気流に乱れが生じれば、それがそのままリグレ号の隙へと繋がる。忍は慌てて空気砲の軌道から離脱しようとして、

「こっちからも来る!」
「ぐえ」

 後続で残った一台の装甲車から、また二発分のレーザーが飛んできた。当たれば直接的なダメージが大きいレーザーを優先して回避するが、そのせいで、うち一つの空気砲の軌道がリグレ号のスラスターにかすめる。ぐらり、とリグレ号のボディが傾いだ。

「うわうわうわ、鉄っ」
「反重力装置の出力を、五十パーセントから七十パーセントへ! リグレ号左腕を中心に斥力フィールドを発生させます! ほらレーザーまた来るよ、逸らして!」

 ぐっと持ち直したリグレ号の正面に、今度は空気砲を撃ってきた装甲車からレーザーが撃ち出される。二射のうち一つは回転しながら避け、もう一方は鉄が言ったとおりに左腕のブレードを近づけ、反重力の盾で軌道を無理矢理曲げた。緩くカーブを描いて、レーザーは地表へと向かっていく。

「うっし、あとはこっちからもレーザー砲ぶっ飛ばして……」
「あー、ごめん忍。今、装置の出力上げちゃったからレーザーに回すエネルギーの装填が完了できなくって、あと十五秒待って」
「この状況でえぇ!?」
「ほら来たぁああっ!」

 仕方なく、忍はブレードに斥力フィールドを発生させたまま、後続装甲車へ突っ込んだ。斥力フィールドの範囲内に砲塔が届き、弾かれたかのような勢いであらぬ方向に回転する。

『しまっ……』
「じゃーな」

 ジャックした回線から聞こえる、隊員の絶望に染まった叫び。コックピットではっきりとそれを耳にしながら、忍は表情を変えず、斥力フィールドを消したブレードで一閃した。その後の離脱動作を、鉄に任せる。一拍おいて、五台目の装甲車が爆発した。

『ち、くしょ、ちくしょう、チクショウチクショウがぁああああっっっ!!』

 残った最後の装甲車から、回線を通じて隊員の絶叫が響き渡る。忍はうるさそうに眉をひそめ、ジャックを終了するよう鉄に指示を出した。

「ま、もう緊急連絡くらいは、後続部隊に届いてるよね〜。あとは聞いててもしょうがないかな。クレーズがいたら、通信回線をそのまんま狂わせられたんだけど」
「あいつはあいつで頑張って……る、よな? なあ、あいつが頑張る姿って想像できないんだけど」

 そんな軽口を叩きながら、忍はエネルギー装填が完了したレーザー砲を向けた。向こうの装甲車は、レーザー砲を撃つことはできない。
 ばかん

「っ!?」
「この時代にミサイル装備ぃ!? 斥力フィールド全開にするよ忍! 爆破の余波だけでも防ぐっ」

 鉄の声に、忍は慌てて両手足を折りたたんだ。細長い槍のような形の影が、こちらにめがけて飛んでくるのがスクリーンに映し出され、

「逆算、爆破時間は……今!」

 カッ  ―――ッ

「あ、ぐぅっ!?」

 斥力フィールドが通じない熱波が、リグレ号の内部にまで届く。全身を襲う激痛に忍が制御を失うと、リグレ号が大きく振動し、はじき飛ばされ、落下へ転じた。熱波の影響と激しく回転している状況で、目も開けられない忍を見て、鉄は代わってリグレ号の操作を引き受ける。

「えと、スラスターを再起動させて、レーザー一発分のエネルギーをこっちに回して、着地体勢を……!」

 ボールのように丸くなっていたリグレ号は、地面に激突する寸前にスラスターを動かし、半回転して着地した。ミサイルを発射した戦車のほうでも、何かしらのフィールドを張ることができたようで、あの爆発の中ほとんど無傷に近い状態だった。

「普通あんな至近距離で爆破なんて、安全装置が働くせいでできないはずなんだけど……向こうも防御壁持ってたってことかー? でも」

 さすがに酔ったらしい忍を見て、引き続き鉄がリグレ号を操作する。躊躇いもなくレーザー砲を装甲車に向け、反撃を受ける前に時間差をつけて二発撃ち出す。一発目のレーザーは装甲車周辺に展開されていたフィールドに弾かれたが、そこへすかさず二発目が衝突、弱まったフィールドを破って装甲車へ叩き込まれた。
 爆音、火柱。斥候部隊の全滅を確認した鉄は、そこでスクリーン下部に固定されたタイマーを見やる。ここまでやっと四分。残り六分、単身で警戒を高めている後続部隊へと突っ込むのは危険すぎると鉄は思考し。

「ん、悪い……代わってくれてサンキュ、鉄。じゃー次行くぞ、次」
「まったく、しょうがないなぁ」

 ……彼と一緒ならば、大丈夫。根拠もないまま、マシンらしくなくそう結論づけた。



 忍から斥候部隊の殲滅を完了した、と報告を受けてから、クレーズはただじっとコントロール・ルームで待っていた。タイマーが残り四分に突入する、その時を。その時まで忍が辺境基地の部隊を押さえ込んでいるだろうと、なにも疑わず。すでにこちらの準備は整っている。あとは、ドームのエネルギーが目標値まで補充されるのを待つだけ。
 ……そして、その時は来た。

『クレーズさん、エネルギー八十五パーセント補充完了しました。潜行分はすでに確保しています。あとはあなたの迎撃にあわせるだけです』
「了解。忍、鉄、任務完了、帰還せよ」

 ザガザガザガッ、とすさまじいノイズが混じったかと思うと、一拍間をおいて、左側のディスプレイにレアンダー内のコックピットが映し出された。どこかに頭を打ったのか、そこに収まっている忍の額から一筋、血が流れていた。

「その頭以外の負傷は?」
『全身軽くやけど、あと打撲……うぉわっ!? で、なんなんだよ一体!』
「目標時間が経過した。エネルギーの補充が完了、およびそちらの任務が達成されたことを報告すると」
『え、もう時間経って、てギャアアやばいやばいやばいっ!!! 分かったちょっと全力で逃げる!!! おいこれ辺境基地ってこんなに装備充実してるもんなのか!?』
「【ALT】系列の基地には、他の基地と比べても二つほどかけられている資金のケタが違うのだが。とにかく、そちらが帰還行動を開始すると同時に、こちらもプランを実行する」
『了解っと!』

 忍との通信を切ったクレーズは、目の前に新しいウィンドウを開いた。そこには、ドーム周辺の簡易化された地図と、ドームを示す記号に近づく赤い点……レアンダー・リグレ号が映されていた。ドームからだいぶん離れたところでうろうろしていたリグレ号は、しばらくすると、敵の包囲から抜け出せたのか、一気にドームへ向けて移動し始めた。

「過去のプログラムを分析……システム『ホログラム』をセッティング……エネルギー補充、終了済み……反映」

 音もなく、グローブを装着した手を動かして、複数のパネルを操作する。およそ人の脳で処理できる量を超えている演算が幾つもあったが、クレーズは改造を施された部分の脳、純粋に『コンピュータ』と呼べる場所を起動し、それに対応した。

「『ホログラム』の起動を確認。……ああ、二番ゲートを解放、レアンダー・リグレ号の帰還を確認」
『おま、ちょ……忘れてただろ、俺たちのこと忘れてたからゲート開いてなかったんだろ!?』
「単なる防犯だと。被害妄想が強すぎるのでは」

 通信を繋げてきたと思えば、いきなりの忍の怒声にクレーズは顔をしかめた。そして「あ、こら」とまだ何か言いたげな忍を無視して、強引に通信を遮断、リグレ号を格納庫へ移動させつつ、その損傷具合をスキャンした。

「……全体のダメージ、三十八パーセント。左腕ブレードを破壊、右腕レーザー砲が二台使用不能。内部システム……」
 ずいぶんな乱戦だったようだと推定し、クレーズは心の中で時間稼ぎをしてくれた忍と鉄に礼を言う。そのまま、リースへ通信を繋ぎ、格納庫から別の経路を通って、忍たちを居住区で休ませてやってほしいと伝えた。リースは了承し、すぐに格納庫へ向かうと通信を切った。

「……さて」

 もう一度、周辺の簡易地図を眺める。今度はリグレ号の赤い点ではなく、敵陣営を示す青い点が、わらわらと群れを成してドームに向けて迫ってきていた。彼らがここへ到達するであろう時間まで、十分もない。

「太陽塔、およびドーム本体の三分の一の潜行を開始する。実行後、迎撃システムNo.1を作動」

 最後のパネルに触れて、クレーズは自分でも気付かぬうちに、小さな笑みを口元に浮かべていた。



 【ALT】の重要機密に関わるであろう指名手配犯がこちらの地区周辺で目撃されたとの情報を受けてから、別地域での目撃情報が入るまで厳戒態勢をとっていた機械生命体政府第五辺境基地の面々は、改めてレーダーで確認した『それ』に言葉を失った。
 こんな巨大なものが、この廃墟にあったとは。

「あの地域の過去のデータを洗ってみました。数十年前まで、あそこには中規模のクラスタが建設されていたらしいのですが、どうやら、反政府の動きを見せ始め、攻撃準備を整えていたとして殲滅されたらしいです」
「そんなところに、なぜあんなドームがあるんだ。あそこにあんなものがあるなど、私はこの基地に赴任してきて一度も見たことがなかったぞ」

 ちょっとした二階建ての家ほどもある移動要塞の内部で、辺境基地の上官たちは頭を寄せてその画像を見つめていた。地上斥候部隊とともに送り出していた偵察機が、空から撮影したもので、灰色の荒野のど真ん中に、確かに漆黒のドームが存在していた。さらにその周囲に、ドームを中心として放射線状に、同じく黒い建造物が建ち並んでいる。
 その異様としか思えない光景と、先ほどから立て続けに舞い込む情報に、彼ら辺境基地隊員の精神は確実にすり減らされていた。

「報告します、偵察機帰還しました。しかし、地上斥候部隊から応援要請が繰り返されています。レアンダーの襲撃を受けていると……」
「報告します、地上斥候部隊との通信が途絶えました。おそらく敵勢力に殲滅されたものと思われます」
「報告します、こちら後続一番部隊、所属不明の(アンノウン)レアンダーから襲撃を受けました! 認証コードもスキャンできません、迎撃中です!」
「報告します、アンノウン・レアンダーが攻撃を停止、退避します! 方向は正体不明のドームです!」

「一体、なんだ、レアンダーなんぞどこから! あれは【ALT】の完全管理下にあるんじゃなかったのか!」

 誰に向けたものでもない怒声を発して、上官の一人が拳をテーブルに叩きつけた。叩きつけられた拳の震えは、彼の内心の不安と恐怖を表わしているほか無かった。

「長官、ドームが肉眼で確認できるところまで来ました、レアンダーの姿は見えません。どうぞ、確認を」

 そこで、部屋のドアが開き、補佐官が新たな報告を知らせに来た。ドームが肉眼で確認できると聞いて、その場にいた上官たちが皆一斉に腰を上げる。
 補佐官に連れられて、移動要塞の展望室にやってきた上官たちは、それぞれ要塞上部に取り付けられたカメラからの映像を投影するパノラマスクリーンを見て、灰色の世界にポツンと飛び出している黒い物体を見つける。一番大きなものはお椀を伏せたような半円形をしていて、その脇の地平線上にも高さに差はあれど、例の放射線状に立ち並ぶ建造物もあった。

「あ、あれが例のドームなのか!」
「はい、計算しましたところによると、規模はおよそ我が基地の三倍ほどもあると……」

 そこまで言って、案内をしてきた補佐官は、上官たちが食い入るようにスクリーンの一部を見つめていることに気付いた。一体どうしたのか、と隊員も彼らが見つめる先を確認し、さっと顔色を無くす。慌てて持っていた通信機器から、外部の隊員へ緊急要請を送る。

「ぼ、防護の準備を! 対レーザー砲レベルのフィールドの準備を!」
『了解しました!』

 ドームの下部から、等間隔で光の球らしきものが構成されたかと思うと、それらは同じタイミングで、ドームの頂点まで滑るように移動、一つに合体した。さらに合体した光球は、ドームの表面を移動して、ぴたりとこの辺境基地の後続部隊に向けられる。

(まずい、あれは間に合わな―――)

 音のないスクリーンの中で、ドームから『ぽん』と軽く撃ち出されたかのように見えた光球は、やはりこちらの陣営へ向けて飛んできており、適当なところまで近づいてきて、そして。
 光の花が、灰色の空を彩り、辺境基地陣営へと降り注いだ。

「っぐあ!?」

 ドゴンガゴン! と揺れに揺れる移動要塞のなかで、バランスを崩した補佐官や上官たちがそろって転倒する。カメラに光球の欠片が接触したのか、右反面のパノラマスクリーンが真っ黒になってしまった。

「つ、つ……が、外部の状況は?」

 誰よりも早く立ち上がり、上官たちを適当に助け起こしてから、補佐官は残ったカメラを、ドームの方角から後続部隊のほうへ向ける。そして、絶句した。
 装甲車がそこら中でひっくり返り、炎上している。地面はさまざまな大きさのクレーターだらけで、外を駆け回っている隊員たちは明らかに混乱していた。

「長官、まずは隊員たちの混乱を抑えねば」
「あ、ああ……れ、連絡経路の確保を」
『きっ緊急連絡をさせふぇっいただきます失礼します!』

 唐突に、展望室のスピーカーから噛み噛みの通信兵の声が聞こえてきた。向こうから一方的に回線を繋がれているので、長官たちには返答のしようがなかった。なので、通信兵がその連絡を口にするまで沈黙を保つ。

『ど、ど、ど、ドームが、周囲の建造物ともども消失いたしました! レーダーによる音波反応も感知できません!』
「嘘でしょう」

 補佐官は再度カメラを操作し、ドームのほうを映し出させる。
 その地平線には、通信兵が言ったとおり先ほどまであったはずのドームが、影も形もなくなっていた。



「『ホログラム』解除。地表および地中の全シェルターを閉鎖確認、ドームが百パーセント潜行したことを確認、これより追跡を回避するためジャミングを開始する」

 ふう、と一息ついたクレーズは、アームチェアの高度を下げた。コントローラーグローブをそれぞれ格納する台座と同じくらいの高さまで下がってきたところで、最後の操作を行なう。『接続解除』。

「……接続を解除する。【ALT】No.一〇五七六、歩兵タイプ、個別名称クレーズ、機械生命体政府第五辺境基地管理、五十三番クラスタ・ドーム迎撃システムとの接続を解除」

 素早く指先を動かして、聴覚センサーに繋いでいたプラグを取り外す。しゅるりと肘掛けの中へプラグが戻ったことを確認して、クレーズは長いため息をつきながら、背もたれに寄りかかった。

「あとは、このジャミングがどれほどの力なのかというところなのだが。本当に【ALT】の探査機能も欺けるのか……?」
『それに関しては、教授がどうにでもなさるので心配には及びません』

 クレーズがぼそりと不安要素を口にしたところで、アームチェアと同じように降下していた右側のディスプレイから、リースの言葉が答えた。ドームの迎撃システムといいレアンダーといい、まったく無茶苦茶だ、と口に出さずに思う。

「では、事後処理に関してはそちらに任せるとして。自分も居住区へ帰還する」
『分かりました。クラさんを道案内に送りますね。お疲れ様でした』

 その言葉を聞きながら、クレーズは順番にグローブを取り外す。左手のグローブを外すと、空中に浮かんでいたディスプレイが一斉に消えた。部屋の壁や床、天井に至るまでを埋め尽くしていた演算式も消えて、ごく普通の照明が代わりに点灯する。ベルトを外して、クレーズは立ち上がった。
 ドームは地表に出ていたときと全く変わらず、今も潜行を続けているとは思えないほど静かだった。しばらくシステム・コントロール・ルームのど真ん中に突っ立っていたクレーズは、この部屋に来たときとは異なる通路から現れたクラに向けて、ほとんど無意識に手招きをする。これは、鉄を呼ぶ忍の仕草がうつってしまったものだ。

「では」

 クレーズが一言声をかけると、迎撃中はずっとリースのところで待機していたクラは、嬉しそうにくるりと回った。二本の長い触手を揺らして、クレーズの頭に軽く乗せる。どうやら、こちらも忍がクレーズや鉄の頭を撫でるのを真似しているらしい。

「ずいぶん、彼らから影響を受けたものだな」

 クラの案内でコントロール・ルームを出たクレーズは、微苦笑を浮かべながら感慨深げにつぶやいた。
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