カゲナシ*横町 - Lost and End
□ Lost and End 〜楽園の章〜 □


Mission:6  再出発、逃走開始

 その後しばらく、クレーズたちはドームでの生活を余儀なくされた。ドームが完全に潜行し、何層か重ねて造られているシェルターが完全に閉じられた後、政府軍本部から中規模部隊が送り込まれてきたのだ。幾度か彼らの通信回線をジャックして確認してみたところ、うまいこと辺境部隊はホログラムに翻弄されてくれたらしく、気がついたらドームが消えていた、という認識をしていた。しかも、その後のジャミングのおかげで、辺境部隊の調査では別段ドームがあった土地に問題があるようには思われていなかった。おかげで、本部軍もドームがもともと蜃気楼の類だったか、それとも何かしらの技術で地下に潜ったのか、と曖昧な判断しかできておらず、いい時間稼ぎとなっていた。
 だが、最終的にはやはり地下が怪しいと、彼らが地下への採掘を開始し始めた時には焦らされた。この灰色の大地はもともとそう簡単に掘り返せるような土質ではないが、それでもシェルターとは比べるべくもない。一層目のシェルターが見つかればそれまでだ、どうするのか、と教授を問いただしてみると。

「最初に潜行したときから、こういった場合も想定して、この地域を移動するための巨大地下通路を建設している。今はまだ完成予想状態の四割ほどしかできていないが……この際、仕方あるまい」
「やっぱり無茶苦茶だなアンタ! てことは何か、俺たちが今まで通ってきたところとかも、このドームが通れるような地下通路があったかもしれんと!?」
「ああ、可能性はなくもないな」
「……でたらめすぎるかと」
「では、このまま向こうがシェルターを掘り進めていくのを待つか? シェルターの間にも、とりあえず足止め程度の仕掛けは施しているが、本部軍相手にはそう効果はないだろう」
「いえ、もうよろしくお願いします。……あー、俺たち一体いつ外に出られるんだよ?」

 ……そして、本部軍が一層目のシェルターを発見、完全に破壊し、二層目のシェルターを発見したところで、ドームは複数の通路の中から、一番整備されているものへと進んでいった。通路はその地層の地質にあわせてカムフラージュを施された扉で覆われており、さらにここで辺境部隊を惑わせたジャミングも最大出力で発生させることと相まって、本部軍がシェルターを全て破壊し最下層まで到達してきたところで、完全に追跡を振り切ることができてしまった。
最終的に残された、何層もの厳重なシェルターで覆われた『謎の空洞』。これは後々まで、機械生命体政府軍のお偉方を悩ませることとなった。



 政府軍や研究班などが次々とシェルター内部を調査し、首をかしげたりしている頃。そこから三百キロほど離れた土地に、地表の一部が割れて、それがポツンと現れた。
 およそ三階建てぐらいの四角い建物で、表面はどこも太陽光を吸収して電力に変える装置で覆われており、それをさらに透明度の高い強化ガラスで保護している……エネルギー補充装置たる太陽塔であった。本来ならただの箱でしかないはずの太陽塔だが、これには強化ガラスの一部に、切り取られたような長方形の線が刻まれていた。しばらくして、そこがシュン、という音ともに内側へ引っ込んでいき、左へスライドして入り口が現れる。

「おーおーおー、ひっさしぶりの外だー! 灰色の空、灰色の大地、灰色げんなり……」
「相変わらずテンションの差が激しいよね。あれだけ外に出たいーって言ってたのに、改めて見て、居住区が恋しくなった?」
「う、まあそうなんだけど……なんか、中にいる間に目的も定まっちまったみたいだしなぁ」

 そう言って、太陽塔から飛び出した忍は、まだ入り口付近に立ったままのクレーズを振り返る。クレーズは肩にクラを乗せ、ゆっくりとスカイバグルを押しながら外へ出てきた。

「ドライドを放置しておくつもりかと」
「そんなわきゃねーだろ。ただ、早く外の居心地わるーい空気に触れてみたかっただけだ」

 忍は苦笑を浮かべて、クレーズが外に出るのと入れ替わりに、再度太陽塔の中へ入っていった。そして、逃亡時のように荷物を満載したドライドを押しながら、太陽塔を出てくる。

『皆さん、全員出られましたね? 周囲に目視できる危険はありませんか? スキャンしたところ、政府軍も特にこちらへ向けての行動は起こしていないようですが』

 と、忍が出ても入り口の閉じない太陽塔の内部から、リースの言葉を反映する疑似音声が聞こえてきた。太陽塔にはカメラの機能を追加することができず、こうして通信スピーカーを設置するのが精一杯だったので、彼女からこちらの様子をうかがうことはできない。

「あー、大丈夫です。じゃ、このまま話し合ったルート通りに向かいますから」
『はい。……このドームを守ってくれる、そんな人、見つかるでしょうか』
「それは俺とクレーズの観察眼を信じてください〜って、俺そんなに人を観察したことないからなー。クレーズは言わずもがなだし……うん、鉄任せた」
「ええー!? そりゃないよ忍っ! 忍ならできるって、クレーズも!」

 彼らがわざわざ、政府軍に見つかるかもしれないというリスクを冒してまで地表に再度現れたのには、逃亡とは異なる目的ができたからであった。
 現在、あの素晴らしい自然と機械技術の融合した存在であるドームには、自我を持つといえばリースと教授、生命活動を行なっている存在と言えばリースしかいない。ドーム内での作業は大半がマシンに任せられているが、やはり自然栽培での自給自足ができており食糧問題のないドームでは、人間による作業のほうが効率のよい場合もあるのだという。居住区の整備などはその典型だ。
 よって、このドームに移住してくれそうな人材を捜す、というのが当面のクレーズたちの目標となったのだ。もちろん政府軍から逃亡しながら、という前提だが、今の時代、政府に目をつけられて指名手配された人間や自律マシンなどはごまんといる。賞金稼ぎや政府関連の施設等に気をつけて、反政府組織などに潜り込めば、ひょっとしたら、このドームのことについて話せるような信頼できる人物に会えるかもしれない。

「それじゃーそろそろ行きますかい?」
「もとより、準備のほうは」
「メンテナンスも全部やってもらったからね! クラも調子いいってさ。いつでも行けるよ! ていうか行こうよ?」

 忍と鉄はドライドに、クレーズとクラはスカイバグルにそれぞれ乗り込み、後輪側を太陽塔に向ける。

「それじゃ、また、リースさん」
「ええ、いつかまたお会いしましょう、忍さん、クレーズさん、鉄さん、クラさん。お互い、ヤツらに捕まらないように……」

 開いたときと同じような滑らかさで入り口が閉まり、ごうん、と低い音を立てながら、太陽塔は地下へと潜っていった。シェルターが閉じられ、ただの灰色の地面が続くのみとなったのを見届けてから、忍はドライドのエンジンを吹かせる。スロットルレバーに手をかけて、クレーズのほうを見た。

「んじゃ行こうぜ。地図通りだと、このまま真っ直ぐだったよな」
「南へ三百八十キロほど離れた地点に、身を隠すのにちょうど良い廃墟があると。とりあえず、今日の目標地点はそこだと」
「うっしゃ!」

 消音器である程度抑えられたドライドの爆音が辺りに響き渡り、その隣でスカイバグルが静かに浮遊する。そして、両者はほぼ同時に発進した。

 大地の底に眠る、楽園で過ごしたひとときを胸に。



To be continue...?
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素材提供 : 月の歯車