Mission:2 ファーストコンタクト 昼間。雲間からぼんやりと地上を照らす、くすんだ黄色い陽光の下、何もない荒野を一台のスカイバグルが疾走していた。後部の荷物置き場には、必要最低限の遠征用物資に少なすぎる食料が無造作に積まれており、運転手は十代半ばほどの少年だった。 ばさばさと激しく揺れる黒髪を気に留めることもなく、たまにずれる左目の片眼鏡の位置を直しながら、少年……クレーズはハンドルの中央部に組み込まれているレーダーを見下ろした。 「…………」 黒っぽいレーダーの画面には、クレーズの現在地を示す赤い点に、廃墟や通行不能な地域を示す淡い緑のラインが記されていた。このまま進行方向を変えなければ、進入禁止区域に指定されている廃墟へ突っ込んでしまうことを確認して、進路の変更を行なう。 ついでに、ぼそぼそと小さな声で今回遂行した任務の内容、および結果を反芻(はんすう)した。 「地区五十三―旧クラスタ・フェルデル跡にてコンバットマシンの暴動発生。個体数、十三。装備はすべて標準モデルの熱光銃とウェイブブレード。反マシン処理部隊・生体改造モデルサードタイプ・No.一〇五七六・名称『クレーズ』が対処。敵十三機をすべて無力化。これより本部へ帰還……」 それと同じ内容を三周繰り返し、四周目に入ろうとしたところで、レーダーから小さな警告音が発された。スカイバグルのスピードを緩めて、クレーズはレーダーに目をやる。どうやら、進行方向上にあった進入禁止区域で、異常事態が起こっているらしい。 「……地区四十八―旧クラスタ・カルテローデ跡にて生体反応感知。これより偵察に向かう」 大きく進入禁止区域を迂回するルートをとろうとしていたクレーズは、もう一度スカイバグルの進路を変更、進入禁止区域に向けてアクセルを踏み込んだ。 ……やがて、進入禁止区域に到達したクレーズは、左腿に固定されたホルスターから熱光銃を取り出すと、スカイバグルを物陰に隠してゆっくりと歩を進めた。 途中、進入者に対する警告として発せられた、体内チップへの妨害信号に表情を僅かばかり歪めつつ、片手間でそれを解除していく。数分して、地面に地上走行車のタイヤの跡を発見した。 「深さ、幅からいって、重量系の予想が有力か」 ぼそぼそと無感動な瞳で跡を見つめつつ、クレーズは熱光銃の安全装置に手をかけた。その動作は、意識して行なっているようには見えないほど自然なものだった。 クレーズは、この時点で進入者を排除することしか考えてはいなかった。政府に指定された進入禁止区域にて、無許可で活動を行なっている生命体、もしくはマシンは、彼にとってインプットされた『敵』でしかないのだから。……向こうに敵意や戦意や殺意が、あろうとなかろうと。 足音を殺しながら、クレーズはさらに廃墟を奥へ奥へと進んでいく。そして、ぱちりと何かが弾けるような音を彼の聴覚補助センサーが捕らえた。 「…………」 工具の類にしては、音が軽すぎる。クレーズは内心首をかしげつつ、音源に向けてにじりよった。崩れた壁に身を隠しつつ、そっと音源を確認した。 赤々と燃える炎の光が、クレーズの網膜を焼いた。思わず目をつむってしまい、小さく息を吐く。もう一度ゆっくりと確認を行なうと、この時代珍しい赤々と燃える炎の光に慣れた目が、周囲の状況を捉え始めた。 少し掘り下げられた地面に積み重なった枯れ枝が、先ほどのような弾ける音を響かせて炎を上げており、そのすぐ横で、何者かが寝袋にくるまって爆睡していた。近いところに、クレーズの予想通り灰色の大型バイクも止めてある。無防備な、と心の中でつぶやいて、クレーズは熱光銃を構えつつ物陰から飛び出した。 「起きろ、この区域は、機械生命体政府によって指定された進入禁止区域である」 感情の起伏が乏しい……というか、そんなものどこか遠くに置いてきてしまったかのような、単調な警告。しかし、今までたき火の爆ぜる音ぐらいしか無かった廃墟の中では、そんな声でもよく響いた。 「……ん、ぐぅ? ふぉあーぁああ…………あれ?」 そして、人の声に反応したのか、のそのそとした動作で寝袋にくるまったまま起き上がったその人物は、しばらく寝ぼけ眼で周囲を見回した。そして、クレーズの存在を確認、彼の手に握られている銃が自分に向けられていることも理解して。 「はいスミマセンデシタ」 寝袋を脱ぎ捨てた瞬間にホールドアップ。クレーズよりも四、五歳年上に見えるその青年は、引きつった笑みを浮かべてその場に座り直した。 「ええーホントすみません、マジすみませんこの辺りの進入禁止区域ならそうそう政府関係の人間も見回りになんて来ないだろーなーなんて甘っちょろい考えで入り込んで野宿してましたっ!!!」 「……退去を。速やかに行なわなければ、発砲する」 「そりゃもう喜んで!」 ぎこちない動きで立ち上がり、たき火を消し、道具をバイクの後部座席に縛りつけていく青年の後ろ姿を睨みつけたまま、クレーズは小さくため息をついた。いつも通り、スキャニングによる進入者の生体メモリの身元検査を問答無用で行なって、背後関係もある程度把握したら殺害という流れになるはずだったのだが、初期段階からなぜかつまずいた。 (生体メモリの反応が無い、と。まさか、違法改造生体モデル?) 機械生命体が政府を立ち上げるところまで発展してからは、ほとんど常識とまでなった、生まれ落ちた瞬間に体内へ仕込まれる遺伝子データ等その人物のバックアップデータともいえる生体メモリ。だが、青年の体のどこをスキャンしてもその反応がない。こんな事態には遭遇したことがないクレーズは、マニュアル通りの行動が取れないまま、ただ銃を構えて青年が退去の準備を整えるのを見ていることしかできなかった。 一方で、銃を突きつけられながらもなんとか荷物をまとめ終わり、バイクにまたがってクレーズを振り返った青年は、引きつり笑いを引っ込めて、実に不思議そうな表情を浮かべた。 「なあ、あの、……なんで撃たないんだ?」 「……反応、が」 どれだけスキャニングを繰り返しても、メモリの反応が返ってくることはない。クレーズは無表情のまま、口調だけひどく戸惑ったようにそう答えた。 ぼそぼそと呟かれるクレーズの台詞に、青年は一瞬眉根を寄せ、しかしすぐに納得した様子で苦笑を浮かべた。 「ああ、それな、生体メモリのスキャンだっけ……政府軍の奴らが使う身元調査の一番楽な方法」 「…………」 「あーうん、無駄だから。なんつーか、俺もちょっと特殊な育ちをしててね。生体メモリ埋め込んでねーんだ。ま、だから妨害とかも受けずに、この区域入ってこれたりしたんだけど」 青年の答えに、クレーズはおそらく人生で初めて、驚愕するという感情を抱いた。表情にはやはり全く表れないが、彼の固定観念の一つがあっさりと崩れ去ったのだ。 それは青年、忍と出会ったことで起こった、クレーズの最初の変化であった。 結局、クレーズは口頭での訊問しかできず、はっきりとした判断を下せないまま忍と共に廃墟の中を歩いていた。 「名称とナンバーは」 「忍。んで、ナンバーは口頭ナンバーのみのNo.〇〇〇〇〇―Q8、だ。〇〇〇〇〇(ファーストナンバー)なのは、政府から承認されてないから」 「所属は」 「んー、特には無いかな。レジスタンスにもあんまり顔出したりしてねーし」 「確認を。生体モデルとしては、未改造自然出産タイプ……つまりは『ノーマル』と」 「まあ、そんな名称もあったっけなぁ」 腰の真ん中、ちょうど背骨との境目辺りに熱光銃を突きつけられた状態でも、忍はからからと気軽な様子でクレーズの訊問に律儀に答え続けた。機械生命対政府のエリートと、政府の要観察対象とも言えるノーマル。はたから見て、なんとも不思議な組み合わせだった。 と、そこであまりにも緊張感のない忍を叱咤するように、忍が手で押しているバイクのタンク部分から、高めの少年のような人工音声が聞こえてきた。 「もう忍ったら! なんでそんなにいらないことまでベラベラベラベラしゃべっちゃうかなあ!」 「って馬鹿ぁお前のことはきちんと黙ってたっつーのに、なんで今更になってしゃべんだよ!?」 「え? あ、ああっ!」 「……自立型マシン、か」 クレーズの無感動な視線が、ぎょろりとタンクの方へ向けられる。 座席のすぐ前、ちょうど運転手の膝の間辺りに取り付けられているタンクは、よくよく見ると妙な凹凸があった。突然訪れた気まずい沈黙をも無視して、クレーズは銃を忍に突きつけたまま、ためらいもなくバイクに近づいて妙な凹凸部分をつかんだ。 「わーわーわーごめんなさいゴメンナサイ! センサーはもぎとらないでぇええっ!!」 「……本当に、そうなのか」 「え、あー、うん」 「なぜ」 「それ、俺たちに対してか、それとも自分に対してか?」 逆に忍に問い返されて、クレーズは無意識のうちにつばを飲み込んだ。クレーズが自分自身に対して抱いた、疑問とは? ああ、こんなこと。 「……双方に」 「オッケ。まずはバレちまったならざっくり紹介。俺の旅の相棒、自立型マシンの鉄だ。タンクに偽装してたっていうより、そこがちょうど収まりがよかったんで突っ込んでただけだ」 「あ、あははー、よろしく? クレーズ」 キュイン、と頭部を半回転させて視覚センサーをクレーズに向けた鉄は、人間くさい様子でぎこちなく挨拶をしてきた。 「んで、もう一方は……多分、どうして鉄に対して、破壊衝動が湧いてこないかってことだろ」 「ああ」 その通り。 クレーズだけに限ったことではなく、【ALT(アルト)】……正式名称『機械生命体政府軍・第三機関』に所属する反マシン処理部隊の面々は、政府が承認した製造工場以外で作られたマシンを判定し、排除する機能を備えている。承認された工場で作られたマシンには、彼らの検閲対象外だと証明する刻印(コア)が埋め込まれているのだ。 クレーズはすみずみまで鉄のボディを眺める。まるで数世代前の愛玩用ロボットのような、丸みを帯びた可愛らしいそのデザインは、おそらく……いや確実に政府承認工場で製作などされてはいないだろう。 「……刻印を埋め込んだ違法改造マシン、か」 「ちょちょちょストップ! ぶっちゃけその刻印とやらがどこまで重要か、俺にはイマイチ分かんねーんだけど、鉄は別にぶっ壊さなくても大丈夫だって! こんな見た目だから戦闘なんてできねーし、ほら、スキャンしてみ! 爆発物もナシナシ」 「…………」 忍に促され、クレーズは無言で鉄をスキャニングする。頭部のパーツから格納されている指先に至るまで、すべてをじっくりと観察して、 「……確かに、危険物の保持は確認されなかった」 「「ふぅー」」 「だが、違法改造マシンであることに変わりはない」 「そこ融通ちったぁきかせろよ!?」 ぎゃあぎゃあと騒ぐ忍に熱光銃を押しつけて、クレーズはとっとと歩けと無言で威圧する。しばらくは、ただ土を踏みしめる音だけが世界に響いているようだった。 「……完了」 ふ、と。忍は腰の辺りに当てられていた圧迫感が消え去ったことに、安堵よりも早く不安を感じた。のろのろとした動作で振り返ってみると、熱光銃に安全装置を戻し、ホルスターに収めるクレーズの姿があった。 このまま撃ち殺されるか、どこかの施設へ運び込まれるかと思っていた忍は、まるでここでおしまい、とでも言うかのような少年の態度に拍子抜けしてしまう。 「え、あの、ちょいと?」 「ここからは、すでに進入禁止区域外だと。確定されていない地域の移動は、それほど厳しく制限されているわけでもなく」 どうやら、ここで解放してくれるらしい。クレーズの言葉からそういう結論に至った忍は、のろのろとした動作でみょーんと自分の頬をつねった。 「えぇ? うっそだぁ。【ALT】がこんなお優しいわけないじゃん、ってどぇええええマジでぇえええ!?」 「……やかましいかと。そちらの素性がほとんど状況証拠しかないままで、自分は動くことができないと」 「ああ、まあ、そっか」 どこまでもマシンのように、命じられたことに忠実で、それでいてまったく疑問に思っていないクレーズの様子に、忍は苦いものを覚えた。これで本当に、クラスタでも見てきた培養人間と同じだというのだろうか。 機械に一から十まで支配された人間とは、彼ら自身すらこうも機械くさくなってしまうのか。 「じゃあ、俺出発していい、ってことか」 「一応は。先ほど検索したが、犯罪者リストの顔写真名簿にも、そちらの情報が載せられていることはなかったので」 クレーズに改めて確認した忍は、ふぅん、とつぶやいて、バイクにまたがった。顔を上げていた鉄を再度タンクに押し込んで、アクセルを入れる前にちらりと後ろに立っているクレーズに視線を送ったが、すぐに視線を前に戻して発進する。 控えめなエンジン音と共に、土埃をあげて遠ざかっていくバイクを見送りながら、クレーズは耳元のセンサーに手を当てた。脳内で通信コードを入力し、自分が最後に立ち寄った基地の上官へ確認の連絡を取る。 『……なんだ、No.一〇五七六。任務はどうした』 「地区五十三―旧クラスタ・フェルデル跡における任務は無事遂行しました。が、帰還途中に地区四十八―旧クラスタ・カルテローデ跡にて生命体反応を感知、発見、接触しました」 『カルテローデだと!? おい、確か四十二から四十九区までは進入禁止区域に指定されていたはずだぞ。そのまま息の根を止めたのだろうな』 上官の言葉に、クレーズは思わず首をかしげつつ、無表情のまま応答した。 「スキャニングの結果、犯罪者リストにも近辺のクラスタ名簿にも名を連ねておらず、生体メモリを埋め込んですらいない『ノーマル』ということが判明し……」 『待て』 上官の言葉が震えた。彼の言葉通り、クレーズは次の発言をそのままの体勢で待つ。 『「ノーマル」だと? この時代に、培養液にも浸からず、改造を受けていない生命体が、家畜以外に存在するというのか!?』 「……口頭No.〇〇〇〇〇―Q8、通称『シノブ』。重量系一般車両であるバイクを使用し、一体の自立型マシンと共に行動」 そこまで報告したところで、クレーズの耳では上手く聞き取れないほど不明瞭な罵倒が、これでもかとセンサーに吹き込まれた。 『捕らえろ! なんとしても捕獲しろっ! シノブだと……はは、ちょうどいい。そろそろ中央に対する手駒が尽きてきたところだ。「ノーマル」を手に入れてそのすべてを研究しつくしてやれば、あの鉄の塊共を蹴散らせる発見ができるはずだぁ! 見失うな、見失えば貴様もスクラップだ!!!』 「了解しました」 ぶつっ、と通信が切断されたところで、クレーズは最早影も形も見えなくなったバイクの後ろ姿を思い浮かべつつ、今度はスカイバグルに向けて遠隔操作の信号を送信した。 一方、クレーズから解放されたものの、妙にしっくりこない心境の忍は。 「うーん……なあ鉄」 「なあに、忍?」 「あのクレーズってヤツ、クラスタの人間と比べたら、ずっとつまらなさそうなヤツだったけどさ。……多分、イイ奴だよな」 「うん、そうだね〜。本当に【ALT】なのかなって思っちゃったよ」 タンク部分に完全にボディを組み込んだまま、鉄の声だけが返ってくる。 さらに会話を続行しようとした忍だったが、自分でアレンジして搭載したレーダーに反応があることに気づき、表情を改める。素早くそれを鉄が分析し、「あーあ」と声を上げた。 「この速度と、確実に僕らを追いかけてくるルートといい……これ明らかにあのクレーズって人だと思うよ」 「おおかた、上の連中と連絡とって俺のこと報告したんだろうが、なぁ。いろいろと反応鈍いんじゃねぇ? それとも十年経ったら、末端の奴らは『ノーマル』のことなんざ忘れちまうってか」 「【ALT】が末端って言いきる忍の度胸もさすがなもんだよね」 表面上はのんびりと会話を続けながら、しかし内心慌てに慌てていた忍は、一気にアクセル全開、急加速した。 「し、忍、下手に加速したら向こうの存在に気付いたってことに気付かれちゃうんだよぉ!? なに考えてんのさ! 今ので絶対向こうも本気になったよ!?」 「しぃまったぁあああ!!! やらかした、俺やらかした! 真っ正面から【ALT】とぶつかってやり合える自信はありません、というわけで逃げ込めっ!」 そのまま速度を保って、忍はちらりとレーダーを見やる。鉄が言ったとおり、レーダーに映る反応もまたとんでもない速度でこちらに迫ってきていた。 歯ぎしりをしつつ、目の前に見えてきた次の廃墟を睨む。こうなれば障害物の多い場所に飛込んで、相手を撹乱するまでさぁ!と心の内で叫んだのだが。 「忍、忍ってばそこは回避ぜぇええったい回避してぇええ!!!」 「はぁ!? ってかもう入っちまったよチクショウ! なんだって……」 「隣の廃墟が進入禁止区域だったんだよ!? ここだって絶対」 ドチュンッ 鉄の悲鳴じみた訴えは、明らかに自分たちを狙って飛来してきた謎の攻撃音によって途切れた。音がしてきたであろう場所に視線を向けてみれば、流れていく風景の中で、どろりと溶けた大岩が。 「……あれ? もうハイッチャッタヨ」 「しっ、忍のバカァアアアアアッ!!!」 No.〇〇〇〇〇―Q8・忍。本日二度目の、進入禁止区域正面突破。 土埃を上げて逃走するバイクをスコープ越しに確認した(肉眼であれば砂粒サイズ)クレーズは、スカイバグルのハンドル下部に取り付けられた操作パネルに手を伸ばす。 「……サポートマシン、起動。代理運転を指示する」 クレーズはそう呟いてパネルをいじると、左手だけで支えていたハンドルから両手を離してしまった。しかし、スカイバグルはバランスを崩すこともなく、安定した走りを見せている。 両手を自由にしたクレーズは、ホルスターから先ほどは出番の無かった熱光銃を取り出し、両手を添えて前方に構える。複数の視覚補助マシンとスコープのおかげで、忍の無防備な背中が目の前に見えているようだった。だが、クレーズは格好の的である彼の背中ではなく、彼の進行方向場にある大岩に照準を合わせた。そして、引き金を引く。 銃口から放たれたものは弾丸ではなく、それどころかまともな『形』を持ったものでもなかった。やや黄色みを帯びた光の線が、言葉通り目にも止まらぬ速さで大岩に向かう。直撃した光は、一瞬で大岩を貫通し表面をどろどろに溶かしてしまった。 「……進入を確認、追跡続行」 忍たちが次の進入禁止区域にそのまま進んでいってしまったのを見て、クレーズは軽くため息をつく。しかし表情は変えないままで、熱光銃をホルスターに収めるとハンドルを握りしめた。 進入禁止区域の入り口付近で、クレーズはスカイバグルから飛び降り、走行時と同じ速度で宙を舞った。だが、地面に激突すると思われた瞬間に体勢を立て直し、しっかりと両足の裏を下に向けた。ガガガガガッ、とすさまじい音を立てて、ブーツのかかとが地面をえぐる。十メートルほど吹っ飛んだところで、クレーズの身体は静止した。 「……追跡続行」 それだけをくり返し、クレーズは熱光銃の他に、飛び降りる際スカイバグルの荷台から取り出していた武器を装備する。それは、彼自身の手よりも三倍は大きい金属製のグローブであった。 注意深く周囲を見回しつつ、既に起動させていたレーダーをメインに索敵を開始する。と、そこで忍と鉄以外のものの反応を捕らえてしまった。 「…………」 ガシャン、ガシャンと重々しい音を立てて姿を現わしたのは、錆び始めたボディを無理矢理操作し、不気味な紅いレーザーを視覚センサーから放っている旧型迎撃マシン……それも五機、であった。 進入禁止区域の入り口付近にて、ぼろぼろな石壁の向こうに身を潜めていた忍と鉄は息を呑んだ。 「……あれって、前に俺らも戦ったよな……」 「う、うん。錆びてるけど……ものすっごい硬い上に、やたらとレーザー乱発してくるヤツだよねぇ」 以前、万全の状態であるあの迎撃マシンと全く同じ型をした一機と相対し、ギリギリの、本当にギリギリの勝利をつかんだことを思い出す。勝利と言っても、ほぼ相手の自爆に助けられたような、そんな幸運(ラッキー)な結果。 と、そんなことを思い出して二人が遠い目をしている間に、迎撃マシンが動き出すよりも先に、クレーズが大地を蹴った。 「へ?」「えぇ?」 まさかの特攻に、忍と鉄はあ然とする。だが、次に目の前で繰り広げられた光景に、さらに言葉を失った。 ドウッ、という先ほど忍たちの近くに直撃した攻撃音よりも、低く短い音が響く。だが、その音の余韻が消えていく頃には、先頭にいた迎撃マシンはただの鉄の塊と化していた。 「……っ!」 忍は、息を止める。 さらに他の迎撃マシンに急接近したクレーズは、右手にはめたグローブを突き出した。ただ、それだけだった。しかし一体どんな細工が成されたグローブなのか、グローブの攻撃を受けたマシンはぴたりと動きを止め、騒音を立てながら崩れ落ちていく。 最後に二機、残っていた迎撃マシンは、それぞれ両サイドからクレーズにお得意のレーザーを浴びせようとした。あのグローブは完璧に接近戦仕様であるからして、やや離れた位置から互いにレーザーを放てば、どちらか一方が破壊されたとしても残った方のレーザーが彼の身体を射抜く。 クレーズが、左手にも熱光銃を持ってさえいなければ。 ドウンッ ドチュンッ 右手のグローブ、左手の熱光銃で同時に二機の迎撃マシンを仕留めたクレーズは、破壊したマシンたちの方など見向きもせず、瞬きすらしないでブツブツと状況確認の言葉を呟いた。 「……地区四十七―旧クラスタ・デイモンド跡にて、旧型迎撃マシン五機と戦闘、撃破完了。第一任務(ミッション・1)を続行……探知」 これが、【ALT】。 思わずその場で尻もちをついてしまった忍は、隣で鉄が何事か叫んでいても反応を返すことができなかった。そうこうしているうちに、目の前に突然現れた人影が、茫然自失としている様の忍に手を伸ばす。 手が忍の首筋に触れ、パチリと音を立てると共に、忍は一瞬で意識を失ってしまった。 「捕獲、第一任務完了(ミッションコンプリート)」 |
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