Mission:4 ずっと待ってた シュヴァルツは、ひどく不機嫌だった。 『ノーマル』の身柄の輸送先である他の研究所と連絡を取り合っている間に、当の『ノーマル』が脱走、それに次いで施設内部で原因不明の同時爆破、マシンたちの暴走が発生したのだ。おまけに監視カメラやレーダーなども命令を受け付けなくなり、それがさらに『ノーマル』の現在位置を把握させづらくさせていた。 マシンの暴走は隊員や【ALT】の戦闘員によって、ほとんど時間をかけずに沈静化させることができたのだが……肝心の、『ノーマル』の身柄確保にはずいぶんと手間取っていた。 「『なるべく』生きたまま……って発令したのが悪かったのかな? ねえ、そういえば【ALT】って対人戦術とかどうなってるんだい」 「対人もなにも、奴らは対マシンとして調整された個体ですので……」 「あっそ、あぁもう、これで追い回しすぎて『ノーマル』が死んだら、予定してた実験が七割方できなくなっちゃうじゃないか」 ぶつぶつと文句を垂れ流していたシュヴァルツだったが、ふと思い出したように補佐官を振り返る。 「そういえば、『ノーマル』の見張りにつけておいたあの【ALT】、あれはどうなったわけ? 一応全個体ってくくりで発令したから、あれも命令通り動いてるんだろうけど……もとはと言えば、あれが『ノーマル』を逃がさなければこういう事態にもならなかったわけだし。処分は決定だね」 「……それが、どうにも。二階の調合室に至るまでは、あれの信号も把握できていたのですが、なぜかそこから一気に一階へ移動し、今ではどこにいるのか把握ができません」 「………………えぇ?」 補佐官の言葉を聞いたシュヴァルツの表情が、にぃい、と崩れた。 その笑みとも呼べない表情に、補佐官の息が止まる。 「把握ができない、階下へ移動? それは、それは……サイッアク、としか言えないんだけど」 「シュ、ヴァルツ、殿?」 補佐官が震える声で、上司の名をつぶやいた瞬間。 施設全体に、誰も聞いたことがなかった……聞くことなどあり得ないと思っていた緊急避難警報が鳴り響いた。 通気口を落ちて、鉄が導いた場所。そこは、膨大な量の鉄くずが山と積まれている大部屋だった。……もともとは、マシンであったもの。 「マシンの廃棄場、ね」 「モトモト、ボクモ、ホントウ、ナラ、ココニオトサレテ、イタハズ、ナンダケド。ナントカ、ニゲダシ、テ。ラク、ダッタケド。アノヒト、タチ、ボクノコトコワレタ、ッテ、オモッテタ、カラ」 「で、こっからどうするって……」 そこで、どうにも左半身がぬるぬるするなぁ、と呑気なことを思った忍は、ふと自分の左手を見て「あ」と声を上げる。 「……まずは、今あるモンで応急手当だなぁ」 「ソレサイユウセン」 しばらくの間連続して降ってくるマシン(十中八九鉄が暴走させたマシンたちだろう)の被害を受けないよう、なるべく壁際に寄っていった忍は、まず鉄をゆっくりと横たえた。ざっと彼のボディを確認して、ため息をつく。 「こりゃ、新しいボディ作り直した方が早いな。左腕ももげそうだろ」 「ジツハ、ソウ。ギリギリ、コード、ガ、キレテナイ、カラ、ウゴカセル、ンダケド」 それよりも自分の怪我をどうにかしろ、と鉄にせっつかれて、忍はとりあえず自分の来ていたベストを脱いだ。明るい水色で、デザインもシンプルだったため結構気に入っていたそれは、左半分は血みどろだし、背中はところどころ焦げて穴が開いているし、で散々な有様だった。忍はそれを右手と口を使って器用に裂き、簡易止血帯として肩の傷、ふとももに傷に巻き付ける。太ももの方は風穴が開く、というレベルではなくて、熱光線に肉そのものを持っていかれている状態なので、これだけでは非常に心許ないのだが。 「…………さらばだ、最後の一粒。俺の、最後の命綱(多分)」 そうつぶやいて、忍はベストの胸ポケットからあるものを取り出した。親指の爪ほどの大きさで、綺麗な円を描いており、どこかぷっくりしている。その妙な物体を、忍は真剣な目で見つめてから、意を決して無理矢理傷口に押し込んだ。 「ぐおっつぉおおおおいでぇええええええええええ……っ!!!」 「タブレット、ジカデ、イレタノ!?」 「いいいやお前注射するセットのほうは没収されたみたいだからな! ぐぉうわ直接突っ込むのってやっぱり無茶苦茶いてぇええええ!!!」 「ソリャソウダヨ! ……マア、コウカハバツグン、ナンダケド」 『タブレット』はこの世界でもメジャーな応急キットの一種で、普段は固体だが血液と反応させることでそれと同化、強制的に血液ごと凝固し、一時的にとはいえかなりな量の出血を抑えることができるものである。 だが、本来は専用の注射液に溶かし、それを傷口の周囲に注入するのが正しい使用法で、忍のように使用するのは問題が多すぎる。衛生的にもそうなのだが、出血量が多い場合には反応したタブレットが異常なまでに膨張し、むしろ傷口を広げてしまうという最悪の欠点がある。 「っぐぅう〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! うっし立てる! 血も止まった、俺は生きてるぞぉおお!!!」 ボロボロと大粒の涙をこぼしながらも、忍はさらに太ももに簡易止血帯を巻き付ける。恥も外聞もあったものではない。泣けるときに泣いて、喚けるときに喚かねば、耐えられない。 「っくぞ、鉄!! 次はどこだ、まさかここが到着地点なんていわねーよな!?」 「ウン、コノサキ、ニ、トビラガアル、ハズ。ソレヲトオッテ、マッスグ、ススンデ」 「うっしゃ!」 血だらけの右手で鉄を担ぎ、同じく血だらけの左手で涙を拭う。歯を食いしばりながらその場から立ち上がった忍は、ふと残骸だらけのこの部屋の中で、妙なものが視界に入ってくるのに気づいた。 「……あれ、あのマシン、動いてる? ていうかマシンか、あれ」 「ン、タシカ、ニ……エキタイミタイ、ダケド、ハンジュウリョクソウチ、ノオウヨウ、ミタイ?」 忍たちの前にふわりと現れたのは、なんというか、半透明のクラゲのような形状をしたマシンだった。ぱっと見不気味な外見をしているそれは、くるくると複数の触手を回転させながら、ゆっくりと忍の方へ近づいてくる。 よもやこんな所で監視マシンと遭遇か!? と内心悲鳴を上げていた二人だったが、クラゲ型マシンは忍の目の前で止まると、触手の中でも先端が丸くふくれている『手』のような二本を、鉄の胸部パネルに向けて伸ばしてきた。 「な、なんだ、コイツ?」 「マッテ、シノブ」 どうやらこのマシンの入出力端末であるらしい触手にパネルをいじられながら、鉄は次第に無機質なはずのつぶやきに、明らかに驚きの感情を交えていった。 「―――エ―――、コンナ、エエ―――? ダッテ、アリエルノ……?」 「どうしたんだよ、鉄!」 「……シノブ、コノ、マシンモツレテ、イコウ。カレノチカラ、ヲ、カリレバ、タブン……イヤ、ゼッタイニ、トンデモナイコトガ、デキル」 「はぁ?」 「トニカク、ススンデ!」 「わ、わかったよ!」 鉄に急かされ、忍は訳が分からないまま、クラゲ型マシンを供に廃棄場を抜け出した。 鉄が言っていたとおり、マシンの残骸に埋もれかけていた小さな扉―――おそらくはこの施設に不備があった場合に、別のマシンや人間がここへやってくるためのもの―――をくぐり、何の変哲もない小道を歩く中で、我慢の限界を迎えた忍が鉄に尋ねる。 「なあ鉄、こいつ一体何なんだ? なんでこいつも一緒に連れて行かなきゃならないんだ」 「アノネ、カレハネ、モトモトハコノシセツニ、【ALT】センヨウノ、ケンキュウイントシテツレテ、コラレタヒトノ、サポートマシン、ダッタンダッテ」 「……?」 まだ話がうまく飲み込めない忍は、眉をひそめて首をかしげた。クラゲ型マシンと接続された一瞬においてやりとりされた情報を、より分かりやすくまとめあげながら、忍は続ける。 「モウ、カレノサポートスベキ、ケンキュウシャハ、イナインダケド……ズイブント、『ニンゲンラシイ』ケンキュウシャ、ダッタミタイ。ダカラ、マア、ショブンサレタ、トモイエル、ケド」 「お、い」 「ア、シノブ、ソコノツウキコウ、アケラレル? ソコヲヌケレバ、トウチャク」 鉄の言葉に不穏なものを感じた忍だったが、彼に指示された場所を眺めて、思わず頬を引きつらせる。 「………………またあのエセジェットコースター体験しろと? ていうか、今の俺に枠外せる器用さはねーぞ」 「コンカイノハ、オチルンジャナインダケド……ネエ、アノワク、ハズシテクレル?」 後半の言葉は、ふわふわと中を漂っていたクラゲ型マシンに向けられたものだった。クラゲ型マシンは何も言わないまま、いくつもの触手を操ってあっという間に枠を取り外してしまう。 「おおっ、すげぇ早ぇ……!」 「ジャア、シノブ、ココヲヌケタラ、ツヅキ、オシエルネ」 「あ、こら!」 忍はあっという間に上昇してきたクラゲ型マシンに鉄を奪われた。クラゲ型マシンはそのまま、鉄を器用に触手で支えて通気口の中へと姿を消す。 「……いや、ちょっとマジでこの図体のでかさで、通気口二度目とか辛すぎるんですがね」 ため息をつきつつも、忍は腹ばいになって通気口の中へと潜り込んだ。体を無理に縮めようとして、左肩と左太ももに絶えず激痛が走る。 それでも、鉄の言っていたとおり落下は無く、どちらかというと螺旋状に上昇していくような、それはそれで移動しづらい通気口であった。 やがて、鉄とクラゲ型マシンが到達したであろう、枠の外された長方形の出入り口を見つけて、忍は息も絶え絶えの状態でその縁を掴む。 「ったく、ここは、一体―――?」 ぐい、と通気口から頭を突き出したところで、忍はぽかんとした表情を浮かべた。周囲を何度も見渡すが、そんなことで目の前の光景が変わるはずもなく。 「くろ、がね、ここって」 「ウン、ナントカ、ツイタネ……マザー・コンピュータ・ルーム、ダヨ」 クラゲ型マシンに持ち上げられながら、鉄はどこか得意げにそう答えた。 ―――とある回想―――。 意識、とよべそうなものが発現したのは、薄緑色の培養液の中であって……それに伴い記憶の蓄積が可能になった。 最初の記憶は、気弱そうな男が自分をのぞき込んでいるというもの。 「生体改造モデルサードタイプ・No.一〇五七六……あと二週間くらいで培養液から卒業かな。うん、君の名前、頑張って考えるからね」 気弱そうな男は、へにゃりと締まりのない笑みを浮かべて、自分の肉体が収められているガラス管をそっと撫でた。 ……後日、おおよそ男が予想していた通りの時期に、自分は培養液から取り出され、様々な改造を施された。その中で、自分は同時期に取り出された他の個体よりもずっと早く、共通言語を習得していた。 おそらくは、担当があの気弱そうな男であったから、であろう。 「頭痛の方は大丈夫かい? 言葉にしてみてくれる?」 「……問題ない、かと。メモリも、脳内コンピュータも、正常に、作動しています」 気弱そうな男は、機材を用いてスキャニングすれば分かることでも、いちいち自分に口頭での回答を求めてきた。彼自身が自分に指示を出すときも、脳内コンピュータに直接入力する他の担当者と違い、わざわざ口を使い、言葉にして。 「うん、順調、だね……そう、順調だよ」 手元の端末に自分のデータを数値化したものを入力しながら、男はそう繰り返す度に表情をひどく歪めていた。他の担当者たちには、それと同じ反応はこれっぽっちも見られなかった。 「クラ、このデータも保存して……バックアップも当然……」 男はいつも、傍らに奇妙な形状をしたマシンを置いていた。彼の作業のサポートをしているそのマシンとは、彼の実験テストを受ける度に顔を合わせた(?)。 しばらくして、すべての工程を終えた自分は、政府軍より正式な身分と所属を知らせられた。 【ALT】。対マシン破壊戦闘員。 政府の意に沿わないマシンを徹底的に排除する。 「ごめん、ごめんね、お前たちをこんなふうにして……。 ごめんよ、クレーズ」 気弱そうな男は、自分を作り出した男は、彼が作り出してきた者たち一人一人を見つめながら、ぼろぼろと、ぼろぼろと涙をこぼしていた。 自分には、全く理解ができない。自分は、そこでそのような作業をするために作り出された、替えのきくものなのだから。 ……自分を作り出した男が調整をした個体は、自分を含め、どこの部署でも高評価を得ていた。そして、男の肩書きは増えていく。どんどん増えて、そして―――。 最後には、男を押し潰してしまった。 ジャケットと頬についた血を気にするふうでもなく、忍たちが逃げていった通気口に飛び込み、地下へと到達したクレーズは、淡々と目標の影を探した。忍が放った一撃は、双方の予想以上にクレーズの体にダメージを与えており、しばらくは彼もあの部屋の中で身動きがとれなかったのだが。 「……追跡開始」 熱光銃のグリップを握り直し、クレーズは忍の血がべったりとこびりついた道を辿っていく。 マシンの廃棄場にまでやってきたところで、クレーズは通信回路に妙なノイズが混じっていることに気づいた。波長をいくら調整し直しても、ノイズが消えることはない。 「?」 しばらく通信機器の出力をいじっていたクレーズだったが、ノイズの方に害はないと判断し、追跡を再開した。一部で大量の血痕を発見したが、その地点から極端に血の量が減っている。おそらく、ここで何らかの処置をしたのだろう。 「……追跡続行」 だが、それでも血のしみ込んだ靴の足跡までは消えはしない。それを辿っていくと、小さな扉に行き着いた。迷わず扉の向こうへ進んでいき、枠の外された通気口を発見する。血痕を見ても、ここへ飛込んでいったのは間違いなさそうであった。脳内コンピュータから施設内地図を呼び出し、この近辺の通気口に落下ポイントが無いことを確認して、クレーズは頭から通気口へ潜り込んでいく。 血のなすりつけられた通気口内を抜けて、広々とした空間に到着したクレーズは、血痕がどこに続いているか周囲を見渡して 『クレーズ』 ぎしり。 全身が、脳が、感覚の全てが軋む……そんな音が聞こえた気がした。 音源は、彼の正面にあるスピーカー。そして、そのさらに後方にあるディスプレイには、とても見覚えのある気弱そうな男の顔が写し出されていた。 『ファイ、ミレン、ナイゼル、フローリヒ、セラフ、グランド、デルタ、マイルズ、オフェン……ああ、覚えている限りでも、全員の名前を呼ぶ時間がないのが、もどかしい』 その男は、やはりあの時のように、ぼろぼろと涙をこぼしていた。 『生きていてほしい。只人のように生きてほしい。私の願いはそれだけで、そんな子どもが欲しかったから、この道の研究をしていたのに、私は全て間違えた。どうか、私のことは許さないで欲しい。ああ、お前たちにこの言葉の意味が伝わることが一体いつになってしまうのか―――』 ざりっ、とディスプレイの映像が乱れる。……いや。 乱れたのは、クレーズの視界、そのもの。 『愛している。ただそれだけを伝えたかった、理解してほしかった。だから……こんなものを作ったんだ』 次の瞬間、今度は本当にディスプレイの方の映像が乱れた。ザリザリザリッ! とすさまじいノイズが、部屋の中に木霊する。 「今の、なんだっ!?」 クレーズの右手の方向から、追跡していた目標の怒鳴り声が聞こえてきた。だが、クレーズはそれに反応することができない。彼の意識はすべて、ノイズに支配されたディスプレイに向けられていたから。 「ドウシヨウモナイ、ヘンナケンキュウシャ、ガ、ジブンノ、コドモニムケタ、メッセージ、ダヨ。ソシテ、ボクラノタスケニナルカモ、シレナイモノ」 「助けになるかも、って……」 ザザ。 ザザ、ザザザザザザザザッ。 (この、映像は危ケンただ、ちに視界をシャ断せせせセヨよよでなけれければ) だから、ごめん。私には、こうやってお前たちを救うことしかできない。 おやすみ―――……。 そんな言葉を耳にして、ブツン、とクレーズの意識は闇に飲まれた。 研究者然とした男が写し出されていたディスプレイが、突然ノイズに支配されて思わず大声を上げてしまった忍は、突然その場に倒れ込んだクレーズを見て首をかしげる。 「く、鉄、クレーズのヤツどうしちまったんだ?」 「ノウナイコンピュータ、ニ、ドクジノシンゴウデ、イッキニジョウホウ、ヲ、ナガシコマレタ、ンダ。ショリソクドヲ、コエテシマッタ、カラ、キョウセイテキニ、シャットダウンサセ、ラレタンダ」 「処理速度越えって、おい、それってやばいんじゃ!?」 「カレノ、セイメイカツドウ、ニ、エイキョウハナイ、ヨ。ソノアタリ、ハ、カレガゼンブ、ハアクシテ、ル」 鉄が視線で示す先には、クラゲ型マシンが自身の端末とディスプレイとの接続を解除している姿があった。 「……で、結局あのあと通気口を辿ってクレーズが俺たちに追いつくだろうから、説明は一旦全部飛ばしてアイツを待ちかまえるって作戦は成功したようだが……肝心の、今の映像のこととか、そこのマシンのこととか……簡単にで良いからそろそろ続きを教えてくれよ」 「ウン」 鉄が左腕を揺らすと、その動きにつられるようにしてクラゲ型マシンが近づいてきた。その触手のうち一本が、再度鉄の胸部パネルに接続される。 「……カレハ、クラ。トアル、【ALT】ショゾクケンキュウシャ、ノ、サポートマシン、ソシテ、カレノケンキュウノスベテ、ノ、バックアップデータノ、カタマリ」 「はあ」 「クラハ、ケンキュウシャトイッショ、ニ、コノシセツニ、キタケレド、ケンキュウシャノホウ、ハ、ナンラカノトラブル、デ、ショブンサレタ、ミタイ。トウゼン、クラモショブン、サレルハズダッタ。ケレド、カレハハイキジョウ、デ、ズットカツドウヲ、ツヅケテイタ、ンダッテ」 忍は目の前に浮かぶ、奇妙なボディを持つマシンをまじまじと見つめた。あの燃料も何もが腐っていそうな廃棄場で、よくまあ一年でも活動停止しなかったものだ、と感心する。 「ソレデ、サッキ、クラガミセタ、エイゾウ。アレハ、クラノマスター、デ、アル、ケンキュウシャノメッセージデモアル、ケド、ホンシツハ……【ALT】の対マシン破壊戦闘員を無力化する、ワクチンデータ」 「鉄っ?」 「あ、ナノマシンのセルフリペアが間に合ったみたい。これで少しはまともに会話できるよ」 「いや、それも今少し驚いたけど……ワクチンデータぁ!?」 再度上げられた忍の大声に反応したのか、倒れ伏すクレーズの指先がぴくりと動く。それを見てしまった忍は、大袈裟なほどの肩を震わせた。鉄はヤレヤレと言ったように首を振ると。 「忍、僕さっき言ったよね? クレーズは今大量のデータを頭の中に放り込まれて、それを処理するために意識を落としているって」 「ああ、まあ、そんな感じになるのか?」 「そうそう。で、今クレーズが処理してるだろうデータなんだけどね? ……一時的に上層部からの命令をすべてキャンセルするっていうのと、刻印反応が無いマシンに対する無差別な破壊を禁ずるっていう内容なんだってさ」 その言葉に、震えが止まる。 そういう意味での『助け』、そして『ワクチン』。 忍は鉄をクラに任せて、自分は機材の影から飛び出し、クレーズのもとへと駆け寄った。小刻みに痙攣を繰り返している彼の体を無理矢理抱き上げて、べしべしと遠慮無く頬を叩く。 「おおーいクレーズっ! 生きてるかー目を醒ました瞬間にこっちに銃突きつけたりしませんようにっ!!」 「…………やかましい、かと」 うっすらと、クレーズが目を開いた。どこか虚ろな瞳が宙をさまようが、そこに忍を追跡していたときの不気味さは、最早感じられない。力が入らない様子で、自身の腕を持ち上げようとしては床の上を僅かに移動させるだけ、というのを繰り返している。 「コマンドがすべてキャンセルされている。行動も不能。……どういうことだ?」 「ちょいとだけ自由になった、ってことじゃねーの」 忍の言葉に、クレーズは意味が分からない、とでもいう風にため息をついた。とりあえず、今のクレーズに自分たちを攻撃する意志も気力もなさそうだ、とほっとした忍は、ぺちぺちと頬に冷たいものを当てられて背筋を震わせる。 「どわっ!? って、なんだクラじゃん。その触手でいきなり肌つつくのヤメロ」 「……クラ」 クレーズの呼び声に引き寄せられるかのように、クラはふわりと降下し、クレーズの肩の辺りで停止した。 「まさか、こんなところで会うことになるとは」 ぴょこり、とクラの触手が揺れる。そのままぺしぺしぺしっと素早く額をはたかれ、クレーズは表情を変えないまま抗議する。 「不意打ちは卑怯かと」 「お前が言うことかい」 忍はクレーズの体をもう一度床に下ろすと、頼りない足取りで鉄の方へ戻っていった。 「なあ、これまたすげぇ偶然だろうけど……ひょっとして、クレーズを作ったのって」 「あの研究者、なのかなぁ。まあ、その辺りは今僕達に必要な情報じゃないから、置いておくとして……」 鉄は横たわったままで、ざっと周囲を見渡す。 「それじゃあ、施設を掌握してるコンピュータにワクチンデータがそろったところで、完全制圧レッツらゴー!」 「ノリ軽っ!?」 ただ、延々とノイズが流れ続けるディスプレイを見上げながら、シュヴァルツはくつくつと嗤った。 「……処分は、したはずだったのですけどね? まさか残滓だけとはいえ、これだけの威力のものが残されていたとは。しかもそれを、みすみす介抱させてしまうなんて」 彼の様子だけを見れば、別段普段と変わらない……ただ少しディスプレイの調子が悪い日なのだろうと思えてしまう。だが、他のディスプレイも大なり小なり関係なく同じようなノイズを写し出しており、彼の補佐官や部下たちが互いを怒鳴りつけながら慌ただしく移動していれば、それは最早『異常』。 「長官っ! 格納庫の一部が爆破された模様です!」 そこへ、一切の操作を受け付けなくなった機材の復旧を諦め、施設内外の情報収集を行なっていた部下の一人が、そう報告した。 「格納庫、ねぇ」 「た、ただいま衛星から拡大映像を受信し……」 「そんなことしなくても、大体予想はつくでしょう?」 椅子から立ち上がったシュヴァルツは、自身で独自のネットワークを張り巡らせているシステムの端末をいじり、その画面上にとある小部屋の様子を写し出す。 忍が拘束されていた場所よりも、なお狭いその部屋には、この施設に待機していた【ALT】の戦闘員たち全員が押し込められていた。誰も彼もが、このノイズの影響で意識を失い、行動不能となっている。戦闘用のマシンはどれもこれも暴走を起こした際に彼らに破壊されており、走行車も最初の爆破によって大半が使い物にならない。 彼らは、見事に政府軍の手の内をすり抜けていってしまった。 「まあ、何度でも捕まえなおすだけ、なんだけれどもね」 シュヴァルツはそう呟いて、手近な場所にいた部下に幾つかの指示を出した。 |
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