□ 第一巻 守るための誓い - 1.後日談 フィロットの中でも町外れにある丘の上。そこには、まだ一年もこの町に住んでいないにも関わらず、有名人となっている三人がいる……はずだった。 「……」 「……」 静かな朝。キッチンでは若草色の長髪を束ねた青年がせっせと手を動かし、大量の朝食を作っている。そしてリビングにあるダイニングテーブルでは、フォークとスプーンを両手に持って、足をぶらぶらと揺らしている橙色の髪を垂らした、目の細い少女が待っていた。 「できたぞ」 「はーい」 青年が一言言うと、少女は銀器をテーブルに置き、彼が料理を運ぶのを手伝いに行く。テーブルいっぱいに料理が並ぶと、二人は無言でそれを食べ始めた。 成人男性の平均的な食事量を青年が食べ終わり、残った料理の全てを少女が食べ尽くしたところで、また無音の時間がやってくる。 「……アデレーナさんのところ、行ってきますね」 「ああ」 少女は小さく、ごちそうさまでした〜とつぶやくと、駆け足で家を飛び出していった。残された青年は、しばらく目元を押さえていたが、やがて無表情なまま食器を片付けていく。 ため息一つ。そして、視線はいつも、空席へ。 「いったい、どこ行ってやがる」 最後の同居人は、未だ帰らないまま。 「……エイルム、また徹夜した?」 背後から響いてきた靴音を感じ取って、真紅の長髪を頭頂部で束ねている青年、エイルムはゆっくりと振り返る。そこには、自分を心配してきただろう教会を管理する双子の姉弟、ミリルとティルトがそろっていた。 「無理したらダメよ。また倒れてしまうわ」 「でも、まだ見つからないんだ」 「休んでよエイルム。ガイルやティルーナにその顔見られたら、どうするつもりさ?」 言葉に詰まったところで、エイルムは二人に両腕をとられ、今まで集中していた魔法陣の中から連れ出されてしまった。そのままベッドまで運ばれてしまい、思わず苦笑する。 「ソファでもよかったのに」 「自分の顔を見てみなさい」 濡らした手ぬぐいと鏡を差し出してくるミリルの真剣な表情に気圧されて、エイルムはまず鏡のほうをのぞき込む。普段よりも血色の悪い、目の下にうっすら隈を作った自分の顔が映し出されていた。 「わ、ひどい」 「わかったら、顔を拭いて……今ティルトがスープ温めてるから、それを飲んで今すぐ寝てちょうだい」 「はいはい」 世話焼きな双子の姉弟にすっかり主導権を握られてしまい、エイルムは諦めて休むことに決める。彼らは教会に戻らず、しばらく彼の家にいる様子なので、隙を見て魔法陣へ戻ることもできないだろう。 「……どこに、行っちゃったのかな。ステントラは」 ぽつりとつぶやく。 二ヶ月前の騒動が終わった後、ただ一人、死体もなく存在そのものがどこかへ消えてしまった。 「今までにも一週間から一ヶ月くらい、ふらっといなくなることはあったけれど、ガイルとティルーナにはちゃんと行き先とかを伝えていたものね」 その二人も、彼の行方は分からないという。最後の正体不明の敵と戦闘をしている間に、姿が見えなくなってしまったのだと。 それから、二人の様子は一変した。 「だいぶ落ち着いたの?」 「ええ、表面上は。ティルーナちゃんはアデレーナさんのところでのお仕事、再開したみたいだし。ガイルさんはまたバイトをやっているようだけど……どちらかというと、ガイルさんのほうが危ういってみんな言うわ」 『心ここにあらず、ってのが、まさにって状態だよな』 ステントラがいなくなってからの二人と接してきたケゼンの言葉を思い返すミリル。彼女も、ごっそりと欠けてしまった何かを感じていた。そして、そこまで大きかった彼の存在感にも。 「まだそれほど、この町に来る前のことを聞いたことはないけれど……三人でずっと、旅をしていたのよね?」 「そうだと僕も聞いてるよ。ただ、全員の生活を支えていたのはガイルみたいだけど、旅の準備とか、段取りとか……流れを作っていたのは、ステントラだったって」 「え?」 ミリルの手が止まる。すると、ちょうどティルトが湯気の立ち上る深皿を手に、部屋へと入ってきた。そこで、話題は途切れる。 彼らの詳しい過去は、未だ語られぬまま。 がりっ、とペン先が歪むのを見て、《ガレアン》の制服を着た水色の瞳の青年、レイドは眉をひそめた。 「もう予備のペンはありません。何度目ですか、大して書類業務もこなさないのに、余計な仕事を増やして」 「悪かったね、あーむしゃくしゃする」 レイドは目の前で書類の振り分けを行っている女性、メルティナを睨みつけると、ため息とともに使えなくなったペンをごみ箱に向けて投げた。綺麗な放物線を描いたそれは、音を立ててごみ箱へ入る。 「で、あの騒動関連の書類はこれで片付いたわけ?」 「一応そうなりますね。あとはカッティオが持っている分だけでしょう」 「じゃ、僕休憩入るよ。別にいいでしょ?」 「……どうぞ。ただ、鍛錬上で部下に八つ当たりするのは止めて下さい。事後処理が面倒です」 先手を打たれたレイドは、あからさまに舌打ちをすると部屋を出て行った。残された二人の人間、メルティナと、きっちり肩より下のあたりで切りそろえられた白髪が印象的な青年、カッティオはそろって息を吐く。 「あの襲撃から、妙に苛立っていますね」 「とかげのしっぽ切り状態だからな。敵の構成員もほとんど死亡、捕らえた者もいつの間にか自害しているし……あれの直後に本部へ送った報告書の返事もまだだ」 言って、カッティオはペンを置き、軽く肩をほぐす。 「まったくもって、組織というものは面倒だな。いっそフィロット独自の法でもたててしまったほうが手っ取り早そうだ」 「それでは単なる独裁でしょう」 「独裁を許すようなやつがこの町にいると思うか。たてる法といっても『それぞれが思う平穏を全うすること、以上』で終われば楽だろう。ああそうしたい」 「珍しく饒舌かつ無茶苦茶なことを言いますね、カッティオ。あなたも参っているのですか」 「お前も珍しくクマを作っているだろう」 そこで、お互いの無表情を眺めながら口を閉ざす。 もう一度、ため息がこぼれた。 真相も、解決策も、闇の中に隠れたまま。 ケゼン=ラセレクトンは暇だった。 「……たるい」 「だったら店の前のゴミ拾いくらいしろ唐変木」 つぶやいた瞬間、脳天に衝撃を受けて転がり落ちる。しかし、二階の屋根から蹴落とされた彼は、一瞬痛みに顔をしかめると、すぐさま軟着陸の体勢をとり、小さな音を立てて地面に降りた。唯一じーんと痛む頭部を押さえながら、ケゼンは屋根の上と、その隣の開け放たれた窓を見る。 「本気で落とさなくてもいいじゃねーかよニナあ、アデレーナ」 「あっはは! のわりにダメージかけらもないじゃんかー! さっすが野生児って触れ込みなだけはあるよねー、猿並み猿並み」 そう言って、ケゼンの頭を蹴飛ばした本人である金髪の女性ニナもまた、ケゼンのように身軽に飛び降りた。そして、どんよりとした表情の彼の頭をぽんぽんとなでてやる。 それを二階から眺めていた妖艶なドレス姿の女性、アデレーナは、やれやれと頭を振った。 「あ、アデレーナさぁん、ルーちゃん来ましたよー?」 「おはようございま〜す」 「ああ、わかった」 少女の声を聞き、アデレーナはわずかに眉を潜ませる。だが、声色には決して感情をにじませず、きわめていつも通り振る舞おうとした。 二階から一階へと移動し、店のほうへ顔を出すと、すでに持参していたエプロンとスカーフで準備万端、といった様子のティルーナと鉢合わせた。彼女はへらりと笑って、「じゃ、頑張ります〜」と掃除を始める。 (まったく) あれから、鼻歌交じりに作業をするティルーナが危なっかしい動作を見せたことは、一度もない。 というか、『彼』が下手をしてこの店で彼女と一緒に働く時以外、ティルーナは決して仕事をおろそかにはしないのだ。すべて、『彼』の気を引くため。からかうため。 (いったい、どこほっつき歩いてるのやら) 会ったら、とりあえずひっぱたかなきゃならんかねぇ、と口の中でつぶやきつつ、アデレーナは今夜出番のなさそうなジョッキの洗浄をしはじめた。 「ああー、えっと、あそこの町は……」 丘の上で一人、足下に広がる町を見下ろす、巨大な影があった。それは人の形をしているように見えるが、いかんせん、頭部がまず人のそれではなかった。 まごうことなき、熊の顔。 だが、その熊の瞳は知性を感じさせ、人と同じように思考し、独り言を続けていた。 「ううん、フィロット? なんだか妙な噂でもちきりな……うーん。どうしよう。でも町によらなくちゃ、もう物資がないからなぁ。飢え死には勘弁だし」 彼はターバンを巻いた頭をがしがしとかきむしると、盛大なうなり声を上げながら地図をたたんでいった。綺麗にたたみ終え、背負った巨大リュックの隙間にそれをねじ込むと、鼻息荒く、町を見据える。 「よし、行って食料調達して、備品もそろえたらなるべく早くにでよう! そうそう困ったことに巻き込まれるなんて、ないだろうしね」 下手な鼻歌を歌いながら、彼は丘を下っていく。ずんずんと足音を響かせながら。 彼はまだ知らない。穏やか行商人、オシャン族のイグスは、己がどんな場所へ足を踏み入れているのか……もうすでに棺桶に片足突っ込む状態になってしまっていたのだと、そのとき、気づくわけもなかった。 「うふふふふ、お待ちになってね、愛しい人」 |