□ 第一巻 守るための誓い - 2.来訪者 目が覚めた。 目が覚めて……とりあえず悶絶した。 どのくらい眠っていたか、目が覚めた瞬間理解したから。 悶絶したあと、とにかく礼を言って礼を言って礼を言って。 ほとんど死にそうなキモチで、飛び出した。 「っだああああああああああああああああああさすがに俺、あれ、でえええええええええ無いわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」 大きな大きな、自己嫌悪という重しを抱えて。 「ん?」 「どうしたんだい、ガイルくん」 最近定期的に通っている肉屋の主人に顔をのぞき込まれ、ガイルはぼんやりと首を傾げる。 「いや、なんか妙な感じが……気のせいか?」 「おや、鳥肌が立ってるじゃないか。寒かったかい? 上着貸すよ」 「ああ、これくらいなら大丈夫です。てか、寒いんじゃないような……」 そう言いながら、ガイルは血まみれの包丁を置き、手袋を外して腕を軽くなでる。主人の言うとおり、細かい凹凸ができているのが感じられた。 目の前に広がるある意味血みどろーな光景を見てか、と思いかけ、何度この作業をしているのやらと考えを改める。 と。 ぞわっ!!!!!!!!!! 「っっっ!!?」 今度は明らかに、背筋を這い上るようにして寒気が襲ってきた。 額に手を当てる。熱はない。周囲の気配を探る。異常なし。 しかし、何かがやばい。 「すいません。今日早退します」 「あ、ああ、ゆっくり休むんだよ」 そう言って、主人はいつも帰り際に渡してくれる肉のかけらや臓物の部分を包んで、ガイルに渡した。結構な量だが、これでも夕食にすべてつぎ込んだとして、十分と保たず同居人の腹の中へ消えてしまう。 帰り道、ガイルは髪を結び直しながら、とりあえず自宅への道を進んでいた。 「どうなってる……」 怖気が止まらない。周囲に何の変化もないのに、こうも調子が狂う事態が起こったことなど、過去に…………………。 あった。 (ま さ か) 影との戦いが終わった後、『彼女』の姿はどこにもなかった。 町の中の処理が終わり、《ガレアン》が外部へ捜索隊を出しても見つからなかった。 その生死すら分からず。 ガイルがこれまでの人生で唯一決着をつけられなかった人間が、いた。 「嘘、だろ」 思わず立ち止まって、そうつぶやいた瞬間。 響き渡る爆音、轟音。 ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!! 振り返って、立ち上る黒煙を瞳に映す。 既視感だらけの開幕。 あのときも、始まりはこうだった。 ガイルの手から、包みが滑り落ちる。 『さ、十分休んだだろう。いい加減物語を進めようか』 女の高笑いが、町中にこだました。 「あれー、フランツ、今日非番って言ってなかった?」 「あ、翔夜。そのはずだったんだけど、なんか先輩がこいこいって」 「んー? 俺もついてっていい?」 「あ、荒事だったら助かるから、むしろお願い」 兜と槍を抱えながら通りを走っていく友人の姿を見て、翔夜は思わず声をかけた。そして、口笛を吹いて相棒の雨李を呼び、肩にとまらせる。 「しっかし、先輩からお呼びがかかるってよっぽどじゃん」 「だよねぇ」 フランツは町で生まれ、翔夜は町の外からきた人間であるが、年が近いため比較的打ち解けたつきあいをしている。あーでもないこーでもないとしゃべりながら城門へ向かうと、困ったような笑みを浮かべてうろうろしている男がいた。 「お、フランツくん来たか。翔夜も来てくれるとはありがたいね!」 「あの、どうしたんですか?」 「ま、ちょっとこっち来てくれ」 そういって、先輩は門の脇にある潜り戸を抜け、二人を手招く。素直にそれについていった二人の前に現れたのは、先輩よりもさらに頭三つ分ほどの身長を持つ、人の装束を着た熊だった。 「あ、オシャン族……だから、僕だったんですか」 「んん? 少年……火の気配がする。ひょっとしてセーレーンの血を継いでいるのかい? 見た目は人間そっくりだけど」 オシャン族の行商人イグスだと名乗ったその熊は、フランツの顔をまじまじと見つめる。母譲りの薄茶色の髪と目を持つフランツが、実は人と人ならざるもののハーフであると知るものは多くない。さらに、それを見ただけで理解する者など皆無だった。 だが、イグスには分かる。なぜなら、オシャン族もセーレーン族も、等しく《地上》を選んだ人ならざる種族、天界種族なのだから。 「父がそうでして……ええと、イグスさんですよね。手続きのほうは?」 「いやー、人間用の許可証発行されそうになったから止めたんだけど、ここって人間以外外から来る人っていないのかい?」 「え、許可証って人間用と天界種族用分かれてるんですか?」 「……ありゃ、キミもなの」 イグスは熊の顔を器用に苦笑へと変化させ、先輩兵士に『えっと、事情分かる人って中にいますかねぇ』と問いかけている。そう言われて、フランツを見た後天を仰いだ先輩兵士は、フランツの出生を知る人間だ。おそらく天界種族つながりで何か分かるかと思ったのだろうが、フィロットを出たことのない彼が、町の大人が知らないことを知るわけもない。 「あ、翔夜は外から来たんだよね。こういうの分かる?」 「あー、俺無許可で突破して、気づかれる前に逃げるパターンだったからなぁ」 「オイ」 「あっはー怖い顔すんなよフランツー。ていうか、お前の知り合いでさ、ほら、ネファンさんならそういうの分かるんじゃない。傭兵だったんだろー」 「あ、そっか」 「それかもう町長に直で聞きに行くのが手っ取り早いよね、この町ならさ」 「うーん、じゃあ翔夜町長のところいってもらっていい? 僕ネファンさん探してくるから」 「ういーっす。てわけでもうちょい待っててくださいな」 少年二人が駆け出すと、残された先輩兵士は頭に手を当てながら、イグスに向かって謝罪した。 「いや、すいませんね。普段そんなに細かい処理とかしないもんで……人も来ませんし、天界種族の方がいらしたのなんて、何年ぶりなのやら。ひょっとしたら、あいつの父親が最後かもしれませんしな」 「そんなにですか。まあ、自分もそうそうほかの種族に会いませんし……あ、さっきの子のお父さんっていうのは、今もこの町に住んでるんですか?」 「いや、ずいぶん前に亡くなったよ」 さらりと答えられて、イグスが一瞬言葉に詰まる。彼の表情を見ずとも、隣に立つ雰囲気でそれを察した兵士は、からからと笑って答えた。 「おもしろい人でしたよ。本当に少年にしか見えないのに、俺たちなんかよりもずっと年上なんだって言って、ねえ。一緒に酒飲んで博打して、『人里もいいもんだ』つった次の年に、ぽくっと」 あっけなかったなぁ、と穏やかな声色でつぶやく。その細められた視線の先に見えるのは、今か。 「あ、ここで立ちっぱなしってのもなんですし、こっちの詰め所で休んでてください。あいつら解決法見つけてきたら、すぐ手続きしますんで」 「いや、悪いですね。自分ももっと細かく覚えていられたらいいんですが、どこも流れ作業で……手形を見せればそれでよしだったもので」 「いやいや、まあ、でもここはほとんど手形とか通用しないからなぁ。イグスさん、気をつけてくださいよ」 「えっと、例の《変人の町》っていう、あれですか?」 「そうそう。……ぶっちゃけ心構えとかどこらへんまでしてきてます?」 詰め所で椅子を勧めながら、先輩兵士は軽く訪ねる。それに対して、素直に椅子に座ったイグスはきょとんとした顔で首をかしげた。 「え、あれって、旅人たちがこの町の周囲でなにか、妙なことに巻き込まれることが多いから、変な噂が流れ始めたとか」 「あー、そのレベルか……悪いことはいいませんから、物資調達したらホント、目ぇつけられないうちにとっとと出て行った方が賢明ですよ。まともそうですし、町のノリについていけるか……まあついていけちゃったら、大体そのノリにはまって定住しちゃうんですけどね。オレもその口ですし」 同期でこっちに回されたヤツらは軒並み屍のごとく、って感じで首都に戻っちまいましたけどね〜、と朗らかに笑いながら言う先輩兵士の言葉に、イグスは何か空恐ろしいものを感じ、身震いする。 と、唐突に空気が張り詰めたのを感じ、イグスはいきなり立ち上がった。 先ほどまでの様子と打って変わって、歴戦の戦士のような空気をまとったイグスを見上げながら、兵士は訝しげな表情で「どうしました」と問いかけようとする。 瞬間。 ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!! 久々に耳にする、爆音、轟音。 先輩兵士はその場に硬直しているイグスを放置し、詰め所の階段を駆け上がって櫓から周囲の城壁がどうなっているかを確認する。ぐるりと見渡して、真っ黒な煙がもうもうと立ち上っている一角を発見する。 「あーあー《ガレアン》へ報告。南門爆破されましたーどうぞー」 彼は見張り台に設置されている小さな受話器を手に取ると、そのまま耳に当ててべらべらとしゃべり始めた。ノイズ混じりの音声が、一秒ほどして急にクリアになる。 『了解、とりあえず今すげぇ勢いでっつーか親の敵を討たんとするような形相で副リーダー二人ともぶっ飛んでったから、爆破したヤツが近くに居るようならご愁傷様だな。正門はどうだ?』 「まだまわり見てないしなぁ……ていうかここ直したばっかりなのに、また爆破されたらさすがに暴動が起こりそうな気がするんだが」 『南門爆破された時点でそりゃーお前、天はお前の敵となったってことでぇ』 「あっはっはーお前それ遠回しにオレに死ねっつってる? ていうかなんでお前未だに通信業務ばっかなんだよオレがつなぐといつもお前なんだけど何きめぇ」 『唯一残った同期に対してそりゃねぇだろ! まあとりあえずそっちにも人員割くから、怪しいモン探して―――』 そこで、通信は途切れた。 なぜなら、正門と正門の左右をはさむ城壁の根本で、突如爆発が起こったからだ。 門を支えていた巨大な蝶番(新品☆)も綺麗にはじけ飛んで、まだ一年と保っていない正門は、またもや無残な姿へと逆戻りしてしまった。 ビー、と通信が切れたもの悲しい音が、通信係の男の受話器から流れる。 「……えー、やべー、とりあえず報告報告。メルティナさんに直でいいか。正門吹っ飛びました助けてくださいよしオッケ」 早口でつぶやくと、彼は部屋を飛び出し、副リーダーが普段から書類仕事で缶詰になっている部屋へ走っていく。 その顔に、つい先ほどまで話していた同期の男が死んだかもしれないという不安は、一切浮かんでいなかった。 そんなもの、これっぽっちも疑ってはいなかったから。 |