STRANGEU - カゲナシ*横町



S T R A N G E U




□ 第一巻 守るための誓い - 4.愛憎劇
 《アクセント》の店外へ出て、煙立ち上る城門の方向を眺めながら、ティルーナは深いため息をついた。

「今度はいったい何なんですかぁ。つまんないのは嫌いですけど、あんまりいっぱい騒がれるのも困りますー……」
「そうは言ってもねぇ。ま、方角が城門ってことは、あれもウィリンやテッドみたいな研究バカどものやらかしたことじゃあないね」

 彼女の後ろから、同じ光景を見ていたアデレーナは頭を抱えた。そんな彼女たちの前を、殺気だった様子の《ガレアン》隊員達がばたばたと行き交っている。

「ティルーナ、あんたはいったん家に帰ったらどうだい」
「えぇー……どーせガイルさんとか、何気にあの人もこういう騒ぎの野次馬しにいくっていうか、野次馬しにいって何かあっても対処できるっていう確信を持っていますしー、十中八九、どっちかの門へ行ってるかと」

 思いますよ、と言おうとしたところで、とても聞き覚えのある絶叫が遠くから聞こえてきた。《アクセント》の二階では、カタールの手入れをしていたニナが、キョトンとした顔で正門の方を見つめる。

「今のって、ガイルの悲鳴―? いやでもまさか、あいつが素直に悲鳴挙げるような事態……」
「緊急連絡ぅううううう!!!!!」

 と、走り回っていた《ガレアン》隊員の一人が、通信用手帳である《鳥》を見つめながら絶叫した。彼は手帳を両手でしっかりとつかんでおり、今にも引きちぎらんばかりである。

「正門より連絡、全開の襲撃者であり幹部、ヴィンス=ミルナーが現れたとのことですっっっ!!! 補足として、すでにヤツはガイルさんに狙いを定め、街中をばく進……中……っ!?」
「どけぇてめぇらぁああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!」

 《ガレアン》の屈強な隊員達が、あっさりと吹っ飛ばされた。あ然とする他の人間達の前を、明らかに限界を超えた速度で駆け抜けるは、若草色の輝き。

「あ、ガイルさ」
「ぁああああああああああんお待ちになってガイルさまぁあああああああああああああいきなり放置プレイなんて、なんてっ!!!!!」

 それに追いすがるは、緑と赤の毒々しい配色を持つ女だった。以前の戦いでもまともに相対したことは無いが、敵の姿を今はっきりと目にしたティルーナは、表情という表情を消した。

「へぇーえ、あれがガイルさんを追い回すド変態なリーダーさんですかぁ……」

 どす黒いオーラを発し始めたティルーナを見下ろすアデレーナの頬を、冷や汗が伝う。

「ティルーナ、無茶なこと考えるのはやめときな。あのガイルが全力で逃げても追いすがる実力もってんだ、他のヤツらに任せるしか……」
「うふふ〜、なにも真っ正面から挑もうなんてこれっぽっちも思ってはいませんよアデレーナさーん、あはっ☆」

 店内でぼけっとしていたケゼンは、ティルーナが発している気配を敏感に感じ取ってすぐさま奥へと引っ込んでしまった。軽やかな足取りで、ガイルとヴィンスが走り去っていった方向へ歩き出したティルーナを、アデレーナは結局止めることができなかった。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 がんっ

「てめぇあんときくたばったんじゃねぇのかよ、てかよくまあ正気に戻った上のこのことこの町にやってきやがったなぁあ?」
「ああ、ガイルさまがいらっしゃる場所こそわたくしが求める場所ですわぁあていうか《ゼト》に戻ってもわたくしの席は排されてるでしょうしだからガイルさまわたくしをおそばに……!」
「置くか馬鹿野郎っ!!!」

 せめて肉切り包丁借りてくるんだった、とすさまじい後悔に襲われながら、ガイルは真後ろをぴったりとついてくるヴィンスに対して応戦を始めていた。慣れない格闘を自慢の素早さでカバーしている中、体力も手足のリーチも劣っているヴィンスは的確な動作で返してくる。
 ヴィンスが勢いよく振り上げた右足を左腕で受け止め、一瞬の膠着状態を作る。片や冷や汗を流し、片や恍惚とした表情を浮かべている二人の姿は異様でしか無く。

「ご自慢のワイヤーも使ってこないとはな……舐めてんのか?」
「いぃぇえ? せっかくガイルさまに直接殴打していただける状況なのに、自分からその可能性を潰えさせるなんてまっぴらですしぃ!」
「ちくしょうやっぱりかよ!!!」

 ガイルはヴィンスの足を振り払うと、後退しつつ彼女の腹部にけりを入れる。かはっ、と空気を肺から押し出す声さえ艶めかしく、ガイルの背筋をまた寒気が這い上る。
 と、今の一撃でふらついたヴィンスの二の腕に、細く小さな矢が突き刺さった。ガイルとヴィンスがそれを同時に認めた瞬間、ヴィンスの双眸が苛立ちに細められる。

「なにこれ……即効性の睡眠剤? まったく、こんなものであたしをどーこーできると思ってんの。腹が立つわ」

 ガイルに迫っていたときとは態度も口調もがらりと変えて、ヴィンスは矢を無造作に引き抜くと地面に叩きつけた。さらにヒールで踏みにじり、矢が飛んできたであろう方向を睨みつける。

「あたしとガイルさまの逢瀬を邪魔するなんて無粋な輩……あー殺してやりたい……て、あら?」

 様々な毒物薬物に耐性を持つが故、睡眠剤もそれほど効果を現さなかったヴィンスだが、それでもここまで強力な薬は久々に味わった。視界がくらりと歪む中、愛しい若草色の輝きはとっくに消えていて。

「ああっガイルさまガイルさまガイルさまっ!? 一体、いずこへぇえええっ!!!!?」

 ヴィンスは目元に涙すら浮かべて、ガイルさまぁーんと大声で叫びながら、その場を走り出した。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆




「よくやった、よくやってくれた翔夜……!!!」
「いやーテッドさん特製睡眠剤(原液)でぶっ倒れないって怪物かなんかッスかあの人。あ、ちなみに薬その他諸々を用意してくれたのはティルーナッスよー」
「ティルーナが?」

 裏路地を駆け抜け、知り合いの喫茶店内部へ飛び込んだガイルと翔夜は、水をもらってのどを潤した。

「ええ、あの薬、前に動物が町で大暴れしたとき使ったモノをテッドさんが保存してたんスけど、それをティルーナが吹き矢に仕立てて持ち歩いてて、「私がやるより翔夜さんのほうが絶対命中しますよねーお願いします」って言って押しつけられたんスよ」
「あいつがこういう事態で積極的に動くなんてな……」

 空のコップを弄びながら、ガイルは眉根を寄せる。そんな彼を横目に、ちびちびと水を飲んでいた翔夜は言いづらそうに口を開いた。

「で、あのー、ガイルさん?」
「んだよ」
「ティルーナと、けんかとかしたりしたッスか?」
「……はぁ?」

 そういえばけんかするほど、最近会話もしていないと思って、ヴィンスを相手にしていたときとは別の頭痛を感じる。『彼』がいなくなったときは、彼女の世話だけでなく相手もしてやらねばと常々思っていたのに。
 あー、と低い声でつぶやきながら目元を押さえたガイルを見て、翔夜は苦笑を浮かべた。

「いや、吹き矢もらったときものすんごいどす黒いオーラ振りまいてたんで、なんかあったんかなぁと思ったんスけど……」
「原因は俺かもしらんが、心当たりはない、としか言えないな。あいつがいなくなってから、どーにも会話が長続きしない」
「あいつ……って、ステントラさんスよね? あれ?」

 翔夜はんん? と首をかしげると、残りの水を飲み干した。

「……ガイルさん、ひょっとしてまだ聞いてないッスか?」
「なにを」
「いや、今《ガレアン》の方はその話題でもちきり……あ、今《ガレアン》メンバーてんてこまいか」
「だから、なんのことだよ」

 翔夜のもったいぶった言い方に苛立ちを覚えたガイルは、コップの縁を指で弾きながらせかす。

「だから、帰ってきたらしいッスよ」

 誰が、とは、会話の流れですぐに見当がついた。