STRANGEU - カゲナシ*横町



S T R A N G E U




□ 第一巻 守るための誓い - 5.一枚岩
   イグスは途方に暮れていた。
 「どうして自分はこの町に寄ろうなんて考えたんだっけなぁ」なんてことも考え出してしまって、盛大なため息をつく。そのくり返しであった。

「とうとう兵士さんも行っちゃったしなぁ……入場許可もらってないのに、中入っちゃったし」

 まあ、背後で完璧に崩れ落ちている城門を見れば、入場もなにもあったものではないのだが。
 イグスは仕方ないと頭を振って、とりあえずこの町の有力者か、《ガレアン》の人間に接触しようと考えた。身の安全を確保するには、外部の人間は公的機関に頼るしかない。
 そう思って、歩き出そうとしたところ。

「むっ、そこの巨体―一体どこの回し者ぉー!?」

 気の抜けた女性の声が聞こえてきた、と思った瞬間、イグスは荷物を背負った部分にとてつもない衝撃を受け、ふっとんだ。今まで奇襲を受けてよろけたりしたことはあっても、足が地面から離れたことなど数えるほどしかなかったので、一瞬何が起こったのかわからなくなる。
 瓦礫が散乱する広場に頭から突っ込みそうになったイグスは、「わぁあああっ」と悲鳴を上げて、両腕をあげた。なんとか頭に創を負うのは避けられたが、困惑もあらわに起き上がり、振り返ってみると。

「んっんー? おかしいな。正門から気違い女が来たとかなんとか言ってたから、そいつの手駒も来るかと思ったんだけど、オシャン族一人かー。趣味変わったのかな?」
「あ、あのー」

 柔らかで癖の強い金髪をサイドでくくっているその女性は、両腕にはめたカタールを慣れた手つきで打ち合わせながら、何か大きめの声で言っている。
 彼女の言葉を聞く限り、イグスはどうやら先ほど突然現れて、セーレーン族と見間違った人間の青年を追いかけていったあの女性の手下と思われているらしい。しかも、女性の口ぶりからして、あの女性はあまり良い感情を持たれていない……ようで。

「まあいっかー、とりあえずたたきのめして《ガレアン》に引き渡せば」
「待って、人の話を聞いてぇ!?」
「あははーそういうふうに余裕ぶっこいてたから前はあっとゆー間にやられちゃったんだもん、手加減なし!」

 女性は楽しげに笑うと、細い足で地面を蹴り、イグスに肉薄した。その速度と次に繰り出されたカタールの一撃は想像を遙かに超えるもので、装備している籠手が一発で砕けた。

「うわわわわなんなのさこの町はぁあああああ!!!」
「あっ、ちょっとそっちに逃げないでよ!」

 イグスは使い物にならなくなった籠手と、背負っていた荷物を投げ捨てると、その場に四つん這いになって駆けだした。服のボタンがいくつかはじけ飛ぶが、背後にはありえないくらい強い存在が迫っている。そんな些末なこと、気にしている余裕はない。
 そうして、イグスはフィロットのどんちゃん騒ぎに巻き込まれた。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「はあ、邪魔くさいわあ」

 血の滴るワイヤーを巻き取りながら、ヴィンスはきょろきょろと辺りを見回し、求める存在がここにもいないと知って肩を落とした。
 そして。

「ちなみに、今結構本気で暴れたんだけど、なーんで誰も死んでないのかしらね? あなたたち何なの、マゾヒスト?」
「……先輩どうしましょう、俺目覚めそう」
「ばっかやろうお前そっちの道行ったら嫁さん泣くぞっっっ! こないだもらったばっかじゃねぇかああああ!!!」
「あの人ガイルさんには自分がマゾ全開なのにぃいいい」
「死ぬ……あ、死にそう」

 彼女の周囲にごろごろと転がっているのは、住宅地方面への通りを封鎖していた《ガレアン》隊員達である。彼らは皆、血に染まり地面に倒れ込んでいる者が大半だが、全員が五体満足で息もある。

(((最近までレイドさんの八つ当たり的地獄送りに付き合わされた成果が今ここに……!!!)))

 彼らは(きっと初めて)たらし副リーダーに心から感謝した。あれに一度でも絡まれれば、誰もが人間限界超えられる。
 さんざん呻きながらも結構元気そうな隊員達をぐるりと見回し、ヴィンスは巻き取ったワイヤーをぴしりと打ち鳴らした。

「ああん、もう、ガイル様ったら一体どこに行かれたのかしらねぇ。そこの雑草行きそうなところ答えなさい」
「えぇえええあの人一匹狼的な空気持ってるから、個人的によくいくところとかあんまり知らなぐぇえええええ」
「はいもうスリー・ツー・ワン・アウト! 雑草1意識フェードアウト! 次誰だ!?」
「ちょっと待てなんであんた率先して身内の情報はき出させようとしてんだ隊長ぉおおおっ!?」
「うるせぇこうなりゃガイルさんに任せるしか俺らに未来ねぇだろ!!」
「……思ってたより一枚岩じゃないのかしらね」

 ぎゃあぎゃあと出血の割に口やかましい隊員達をわずらわしげに見て、なんでこんなのの集まりに負けたのかと過去の自分を疑問に思ってしまう。
 と、ヴィンスの耳はぼそりと一人の隊員がつぶやいた言葉を性格に拾い上げた。

「あ、そういやガイルさん、商店街とかの方でよくバイトしてたよな。そっちのツテ多いかも」
「あらぁ、なんか興味深そうなこと言ってるじゃない、何?」
「ひょえっ!?」

 隊員はうかつなこと言った、と顔を青ざめさせるが、すでに時遅し。暗い笑みを浮かべるヴィンスは、ワイヤーをしならせながら隊員へと近づいていく。
 と、ヴィンスの足下が爆散した。近くにいた隊員も若干巻き添えを食らったが、その場に現れた人物を見て滂沱と涙を流す。

「メルティナさぁあああん!!!」
「本当に無様な部下を持ちました。どこの世界に守るべき市民の安全を、敵に売り飛ばすような治安部隊があるのです」
「ここにあります!! あとガイルさんは俺らに守られるような市民の枠じゃ収まらんですよ!!」
「……まあ、その訴えにも一理ありますが」

 魔法部隊を率いてその場に現れたのは、冷たい表情を浮かべウィップを構えているメルティナ=ガリカその人であった。リーダー補佐という役職とはいえ、もとは一般隊員とそう変わらない立場のはずなのに、この場の誰よりも発言力が強い。これいかに。

「あら、女手で男どもをとりまとめてるなんて、ちょっと親近感ねぇ。気に入っちゃいそう」
「あなたに気に入られても迷惑被ります。前回はあなた方に散々煮え湯を飲まされましたので……お返しします」

 メルティナは一歩足を踏み出すと、ゆるりとした動作でウィップを振るった。それに対し、ヴィンスもにぃっと唇を三日月のように吊り上げて、ワイヤーを振るう。
 ウィップがしなりワイヤーを弾く中、メルティナは『唄(アリア)』を発動させた。唐突に、しかも全方向に。

「……っ!」

 脳を直接揺さぶられる攻撃に顔をしかめたヴィンスは、先ほど打ち込まれた睡眠薬の後遺症も手伝ってふらついたが、メルティナの背後を固めている魔法部隊の面々も若干よろけているのを見て、そこにもう一本のワイヤーを投げ込んだ。

「あっまあい」

 打ち据えられ、切り裂かれた隊員がその場に崩れ落ちると、ヴィンスは躊躇無く隊員達の間を駆け抜け、その場を離脱してしまった。
 メルティナは無表情のまま、盛大に舌打ちをすると、その場にいる全員の被害状況を確認する。

「こちらのほうで治療は行える程度です。あと、敵は住宅街を一気に抜けて、商店街方面へ向かっているとのこと」
「……何がなんでもガイルを捕まえたいようですね」

 魔法部隊の隊員の怪我も、致命傷は避けたとのことで互いに回復魔法をかけるよう指示を出し、この場を守っていた面々には治療を施す前に……。

「とりあえずあなた方は正気に戻りなさい」

 と、すべからくウィップで頭を打ち据えられたのだった。