STRANGEU - カゲナシ*横町



S T R A N G E U




□ 第一巻 守るための誓い - 6.共同戦線
 ティルーナは額に汗をにじませながら、出せる限りの速度で大通を走っていた。たまにすれ違う住民や《ガレアン》の人間は、いつもの笑みを消して走るティルーナを、珍しいものを見た、というような表情で見送る。

「はあ、まったくもう、ガイルさんってばどこ行っちゃったんでしょうかねー。せっかく私が裏方頑張ってるっていうのに〜」

 彼女が抱えているのは、わざわざ家まで行って持ってきたガイルの愛剣である。テッドの診療所から睡眠薬仕込みの吹き矢をかっぱらってくる際、寄り道してきたのだ。
 一度立ち止まって、ティルーナは息を整える。自宅やテッドの家にはガイルの姿は無かった。ひょっとしたら彼女とすれ違いで潜伏しているのかもしれないが、その二つは町の中でも遮蔽物の少ない町外れにあるので、走っていけばかなり目立ってしまう。
 そうなると、正門からほど近く、ガイルがよくバイトに来るこの商店街に身を潜めているのでは、と考えてここに来たのだが、なかなか見つけることができない。

「あーもう、そんなにあのリーダーさんに会うの嫌なんですか嫌ですよね〜、まあわかりますけど……」
「あらあ、あなたみたいな小娘に何がわかるってぇ?」

 人気の少ない商店街の一角で、ティルーナは背後から迫る殺気に気づいたが、一瞬遅れて前へ駆け出すくらいしか対処できなかった。背中を中心に衝撃が走り、そのまま石畳の上を転がっていく。

「か、はっ……!?」
「ん? なんであなたがガイル様の剣なんて持ってるのよ」

 ティルーナの背を蹴りつけた足を下ろしながら近づいてきたヴィンスは、彼女が抱えているものを見て眉をひそめる。

「気に入らないわね……」
(ま、ずいですー)

 ヴィンスの瞳にどす黒い嫉妬の色が浮かぶのを見て、ティルーナは冷や汗を流した。とたん、首と両手に細いワイヤーが絡みつく。

「あの人のものを、他の女が大事そうに大事そうに抱えてるなんて、見たくもないわ。あんた……死になさい」

 きゅん、とワイヤー同士がこすれて甲高い音を鳴らす。
 息が止まって、そして。

 パパンッ

 …………久しぶりに聞く、銃声。

「え?」
「ちぃっ」

 ちぎれたワイヤーを巻き取って、ティルーナから距離をとるヴィンスは、地面に転がる彼女の後ろを睨みつけていた。ばさばさと布がひるがえる音とともに、軽快な足音が近づいてくる。

「うぉお危機一髪ってこのことだよなー、大丈夫ルーちゃん?」
「すて、ん、とらさん?」

 丁寧に残ったワイヤーを取り外し、そっとティルーナの身体を抱きかかえるその青年。全身黒ずくめで、唯一他と違うのは誰よりも白いその肌。
 ゴーグルで目元が隠れていてもわかる、穏やかで、いたずらっ子のようで、……そして限りない申し訳なさが詰め込まれた、そんな顔で、彼は笑った。

「ただいま、ティルーナ。心配かけちまったかー?」
「……心配なんて、これっぽっちもしてませんでした、よーだっ」

 何っ! とうろたえるステントラの腕から飛び起きて、ティルーナは状況のすべてを忘れて、彼の首もと狙って抱きついた。
 おかえりなさい、かすれるような声で、そう答えて。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 響いた銃声。それは、どうにも喫茶店から身動きがとれなくなってしまったガイルと翔夜の耳にも届いた。

「……この町で銃声、というと」
「混乱したが故の情報の暴走ってわけじゃ、なかったみたいッスね」

 ぽん、とガイルの肩に手がのせられる。顔を上げてみると、にやっと人を食ったような笑みを浮かべる翔夜が、もう一方の手で店の外を指さした。

「どーッスか。あの変態蹴散らしつつ感動の再会とか」
「あの野郎と感動の再会なんて想像つかないんだがな」
「まあまあ、とにかくここにいっぱなしでも、そこなご店主とかそろそろストレスで胃に穴あきそうな顔してるし、そろそろ外行きましょうよ」

 援護射撃なら任せてください、と言って、翔夜は残り弾数の少ない吹き矢と、小さな弓を見せる。
 しばらく固まっていたガイルだが、諦めたように息を吐くと、店の奥で緊張した表情を浮かべる老店主に手を振った。

「悪い、長居した」
「まったく、さすがにこの年にもなると応戦する作戦とか、いろいろ考えるの大変なんじゃぞ……行ってこい」

 老店主は持っていた魔術師用の杖で軽く肩を叩くと右手をひらひらと振り返した。
 店を出た二人は、とりあえず銃声が聞こえた方向へ走っていく。すると、意外なメンツが集まっているのに気がついた。

「って、なんでティルーナがいるんスかね? 変態もいるし……」
「知るか」

 物陰に隠れて様子をうかがっていた二人だが、ガイルが小声で言った瞬間、ヴィンスがこちらを振り向いた。高速で、とろけるような表情で。

「ガ、イ、ル様ぁああああそんなところにいらっしゃったんですかぁあああああ!?」
「しっつっけぇええええええってか今ので聞こえてるってどんな地獄耳だぁああああああああ!?」

 飛びついてきたヴィンスを、その勢いを利用して吹っ飛ばす。顔面から石畳に叩きつけられたヴィンスの首からは嫌な音が響き、彼女もこれはこたえたのか、「むぎゅ」と言って沈黙した。

「……で、そこのロリコン不審者はなんだ」
「ひっでぇええええ!!! ひっでぇよそれ!? 俺ルーちゃんの大ピンチを救ったってのにそういう扱いになっちゃうの!? 泣くよ!!」
「ステントラさん耳元でぎゃあぎゃあうるさいったらないですぅー」
「すいまっせん」

 抱きついたままのティルーナを軽々と持ち上げ、彼女が持っていた剣を左手に受け取ったステントラは、それをガイルに投げ渡しながら、苦笑を浮かべて言った。

「あー、その、色々すまん。ただいま」

 ぱし、と宙を舞う剣を握りしめ、ガイルはしばらくステントラを睨みつけていたが、やがて表情をゆるめると。

「相変わらず仕方のないヤツ……」

 この二ヶ月、ずっと不安だった。不安を抱いているなんて他の人間に知られたくもなかったし、自分でも認めたくはなかった。
 だが、それでも様子がおかしいのは周りに伝わっていたようで、そんな自分と、その原因だろう消えた同居人に苛立ちをつのらせることもあった。

 そんな思いも、今解け消えた。

 最近では滅多に見ることがなかった、ガイルの穏やかな笑顔を目の当たりにしたステントラは、居心地悪そうに頭をかき回した。

「いや、俺ももっと早く帰ってくるつもりではいたんだけど、予想以上に……まあうん」

 ステントラはガイルに駆け寄ると、ぺしっとその頭を軽くたたいた。

「不安にさせて、悪かったなー。ルーちゃんも、頑張ったな」
「……どうしてお前には筒抜けなんだ」
「むう、なんか納得いかないですー」

 そう言いつつも、ステントラから離れる気配のないティルーナに、ガイルはあきれ顔を向ける。と、背後から異様な気配を感じ、三人は思わず身構えた。

「はああ、ガイル様ってば……私のことはほったらかしにして、何? そーんな小娘と不審者には甘あい顔しちゃってぇ……ま、私はそれよりも激しいあなた様が好きなのだけど」

 割れた額からだらだらと血を流しながら、壮絶な笑みを浮かべるヴィンスが、こちらを睨みつけていた。
 その形相を目の当たりにしたガイルは、手元に愛剣が戻ったとしても、もうどうにもならないような思いを抱いてしまい、ステントラに耳打ちする。

「おい……あれ結局どうするんだ」
「いやぁ、一応《ガレアン》としてはとっつかまえて王都送りにしたいみてぇなんだけど……無理だよな。あれ無理だよな捕まえるとか」
「受け身なしで地面に叩きつけられて、意識があるっていうのがまず人外ですー……」

 ステントラは左手でオートを抜きながら、ガイルの後方へ回った。彼の攻撃スタイルが遠距離、かつ非戦闘要員であるティルーナを抱えているからなのだろうが、ガイルとしては妙に裏切られた感が残される。
 と、ヴィンスがおもむろに右腕を水平に挙げた。瞬間、左手に握られていたサバイバルナイフが連続して飛んできた吹き矢をすべて防ぎきる。

「さっきの吹き矢も、あんたねぇ……うざいわ」
「離脱しろっ!!!」

 物陰にずっと隠れたままだった翔夜からの援護が、逆に火に油を注ぐことになった。ヴィンスの言動に危うさを感じたガイルが叫ぶが、それより早く、ヴィンスは手のひらサイズの何かを素早く路地裏の方へ投げつけた。

「げっ」

 吹き矢がすべて無駄になったとわかり、泡立つような殺気を向けられた翔夜は、ガイルが叫ぶよりも早くその場を逃げようとしたのだが、突然視界に飛び込んできたそれを見て、さらに血の気をなくす。

「やっべ……!」

 走るよりも、飛ぶ。
 瞬間、路地裏で爆発が起こった。

「……まーた危険なもん持ち込んでやがるし。手榴弾って」
「う、ふふふ〜、魔法が使えない人間としては、これ、とぉっても楽ちんなものなのよ」

 そう言って、ヴィンスは挙げられた右手をひっくり返す。その上には、導線で表面をぐるぐる巻にした、黒くて丸い何か……手榴弾がのせられていた。

「ステントラ、あれは」
「今の爆発の規模からして、ウィリンのフォンターの数段上の威力だな。あと、多分いろいろ飛び出してたから、中に鉄片とかも仕込まれてるだろうよ。近くで爆破されればひとたまりもないぞ」

 そう答えて、ステントラは路地裏へ厳しい視線を向ける。そして、抱えていたティルーナをそっと地面に下ろすと、何か耳打ちした。

「了解です〜、ではお二人とも、頑張ってくださいねー」

 ティルーナは頷くと、この場をガイルとステントラに任せて走り去った。ヴィンスはそれを見て、つまらなさそうに鼻を鳴らすと、持っていた手榴弾を投げつけようとし……やめた。

「あっくそ変態でも考えるこた考えるか……」
「ふん、銃を使うヤツがいる方へ向けてこんなの投げようとしてもねぇ……ま、機会はまだまだあるわあ」

 手榴弾を懐にしまったヴィンスは、ステントラを一切無視すると、ガイルに向かって自身の血にまみれた両手を差し出した。

「さあ、ガイル様……一緒に、遊びましょう?」
「……付き合ってもらうからな、ステントラ」
「わあったよ。すっげぇ逃げたいけど逃げたらお前に一生涯呪われそうだし」

 ステントラは自由になった右手に、もう一挺のオートを構えると、ガイルに向かって笑いかける。
 ヴィンスを前にしている状況でも心はとても落ち着いていて、ガイルは笑い返すことこそしなかったが、剣を抜きはなち、つぶやいた。

「とっとと片をつけてやる」