STRANGEU - カゲナシ*横町



S T R A N G E U




□ 第一巻 守るための誓い - 7.道化師
 どたばたと騒がしく男達が走り回る音と、罵声の応酬にしか聞こえない会話が耳に飛び込んでくる。ちらりとそちらに目を向ければ、自分に子供がいればあれぐらいかもな、と思いそうな年齢の青年が、これ以上なく表情をゆがめて同僚に怒鳴っているのが見えてしまった。その同僚もまた言葉遣いが酷い。
 路地裏で破れかけた服を必死に押さえながら、イグスは膝を抱えて丸まっていた。まったくもって訳がわからない。どうしてこんなことになってしまったのか。

「…………もう、二度とこない……」

 門番をしていたあの兵士は、慣れればクセになるとか言っていた。
 なるか。
 なってたまるか!

「うう……ん?」

 これからどうしよう、人前に出たら殺られる。そんなことばかり考えてしまい、目の前を行き来する《ガレアン》にすがることもまったく思いつかない(というかあんな殺気だったヤツらにすがりたくない)イグスは、ふと軽い足音が複数、路地の奥から響いてくるのを感じた。感覚からして、子供か年若い女性だ。

「わざわざ、路地裏に?」

 なんだか嫌な予感がする、と腰を浮かせかけた、そのとき。

「おっ、見たことない顔発見!!!」
「発見したー!」

 生意気そうな顔をした緑の目の少年と、彼のそばをぴったりついていく薄桃色の髪と目をした少女が、笑ってイグスの前に飛び出してきた。
 イグスは少女の方を見て、人間と天界種族の気配をすぐさま察知する。そして、城門で出会った少年の話を思い出した。

「君、ひょっとして」

 しかし、それを尋ねようとした瞬間、二人が何かを握りしめ、自分に向けて投げつけようとしているのを見てしまい、慌ててその場を離脱した。
 一瞬前までイグスがいた場所に投げられたそれは、ぽんっ、という音とともにはじけると、その場に黒っぽい粉と刺激臭を放った。ほんのわずかにかすった目と鼻が、やけどしたかのようにひりつく。コショウ爆弾だ。

「いったぁああああああっ!?」
「ちいっ、直撃しなかったか……とっつかまえるぞ、ベリア!」
「うん、わかった!」
「ちょ、ちょっと……!?」

 子供も人の話を聞かないの、と涙ぐんでいたイグスの目の前に現れたのは、無邪気な笑みを浮かべる少女と、その手の内にある頭サイズの炎弾。

「それはまずいってぇえええええええええええええええ!!!」
「あ、待ってよー!」
「逃げんなぁあ!!」

 これ以上の会話は無理と速攻で判断を下したイグスは、涙と鼻水を垂れ流しながら、またしても四つん這い高速移動でその場を脱出した。
 もうさっさとこの町から出て行きたかった、切実に。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



(なぜだろう別の場所で俺と同じくらい不幸な目にあってるヤツがいる気がする)

 愛剣を構え、やっと再会した同居人とともに真性の変態を前にしながら、ガイルはなんとなくそんなことを考えた。ていうか目の前をあんまり直視したくなかった。
 ここに来るまでにガイルから殴る蹴る叩きつけるといった攻撃(暴力とは言わないでおく)を受けてきたヴィンスは、ケロッとしているようでしっかりダメージを受けていた。途中で翔夜に打ち込まれた睡眠剤も多少なりとも効果をあらわしているようで、顔色も視線も何もかもやばい。
 だが、そんな廃人さながらになっても、彼女はただ一人を見つめ続けて恍惚としているのだ。

「あぁあ、ガイルさまぁあ……」
「……なあガイル、啖呵切っといてなんだけど、あれほんとどうしよっかね」
「俺に聞くな、聞いても意味ねぇっつーの!!!」

 ヴィンスの動きに気を配りつつ、すでに冷や汗が止まらない様子なステントラがガイルにささやく。と、そこでヴィンスの視線が動いた。一気に温度が下がり、絶対零度の視線でガイルの傍らに立つステントラを睨む。

「お前、邪魔よ」
「っとうおぉ!?」

 びゅんっ、と空気を切り裂く音とともに半歩退いたステントラの目の前を、細いワイヤーが通り過ぎた。そのままぼんやりしていれば、首を飛ばされていたであろうコースだ。
 ステントラが下がるのと同時に、ものすごく嫌そうな顔をしながらガイルが前に出ると、とたんヴィンスは嬉しげに顔をほころばせた。

「ガイル様、ガイル様、さあ踊りましょういつまでも!!!」
「て、め、え、は、とっととへばっとけよ!!!」

 叫んで、ガイルは剣ではなく鞘を振り下ろす。それはヴィンスに届くよりもずっと手前で、彼女の放つワイヤーに絡め取られてガイルの手を離れた。
 しかし、ガイルはまったく動揺を見せず、そのまま突っ込んでいく。他にもワイヤーが彼の身に迫るが、離れたところから銃声が響くたび、ワイヤーの軌道がずれたり、それ自体が引きちぎられていく。

「じゃっまぁあああああ……!!!」
「うーわー俺すっげぇ嫌われてやんの、おっかねぇ」

 そう言いながら気にした風でもないステントラは、ガイルの援護をしつつ、ヴィンス本人に銃弾を当てないよう注意する。まだあの手榴弾をもっている状態で当ててしまえば、誘爆させてヴィンスもガイルも一緒に吹き飛ばしてしまう。
 それにヴィンスの方は、今後の調査のため《ガレアン》から「情報の聴取が可能な程度に生かしておきたい」と言われているため、殺傷力の高すぎるステントラの銃ではその加減ができない。ここはガイルに彼女を沈めてもらうしかないのだ。

「てか……」

 ぱん、ぱんとガイルにまとわりつこうとするワイヤーを弾きながら、ステントラは目の前の光景に頬を引きつらせる。

 ドッガンッバキッ ゴガンッドムッ

(もはや無差別格闘……ガイルくんてばその剣の使い方ゴーゼンが泣くよ)

 怒鳴って叫んで嬌声響かせと、二人の動きにまるで終わりが感じられない。ガイルは反撃されても防御しているし、ステントラの援護もあるしでほぼノーダメージだが、対するヴィンスはガイルが放つ攻撃すべてを受け入れている。その上であの笑顔。あの絶叫。

「さぁさぁさあああもっとですわガイル様ぁああああああ!!!」
「だぁあああああああああああああああああいつになったら終わるんだっつーのこんちくしょぉおおおおおおおお!!!」
「うん俺もそれすげぇ知りたい!!!」

 終わりのない、不毛な応酬。
 だが、そこに予想外の一投が。

「おぉうい、なんだねなんだねなんだねぇええこの派手な派手な人間はぁああワタクシ以上に派手派手ではないかねぇええええ」
「あっ……?」
「げっ……!」

 ぐわしとヴィンスの髪をつかむ人影が、唐突に現れた。そのまま後ろに引っ張られたヴィンスは、怒りを露わに隠しナイフを抜きはなつ。

「っんだ貴様あたしに触れるなぁああああああああああっっっっ!!!」
「ぉおおおおお癇癪だ癇癪だ癇癪だねぇえええうるさいったらありゃあああしない!」

 目にした男は、奇妙ななりをしていた。カラフルな布を適当な形、適当な大きさでつぎはぎにした袖の長い上着に、ゆるゆるのサスペンダーで留めたズボン。まるで道化師のようなその男は、首から上を、目元に穴を開けた紙袋をかぶって覆い隠していた。

「ソイールさすがに死ぬぞっ!!!」
「嫌、嫌、嫌だぁねぇえええさすがに死にたくはなぁあああいねぇええええ」

 ガイルにソイールと呼ばれたその男は、ヴィンスの髪から手を離すと、左足を軸にぐるりと一回転した。同時に、上げられた右足がヴィンスの足を払う。

「ぐっ……」

 さすがにダメージを受けすぎたのか、したたかに腰を打って顔をしかめたヴィンスは、追撃に来たガイルに残念そうな顔を向けると、全方向へワイヤーを放った。

「ちぃっ!?」
「ああガイル様……こんなに邪魔が入らなければずっとずっとずっと貴方と一緒に踊っていたいのに……少しはしゃぎすぎたようですわぁ」

 言って、ヴィンスはガイルを突き飛ばしながら、逆方向に立つソイールに向けて手榴弾を放つ。ガイルとステントラが顔色を変えるなか、ソイールは自分めがけて飛んでくる手榴弾を、まったく意味がわからないという風に眺めていた。

「それでは、お色直しと言うことで」

 そういって、ヴィンスはワイヤーを適当な建物の屋根に絡ませると、そのまま飛び上がって姿を消してしまう。
 一瞬彼女を追おうとしたガイルだったが、目の前の危機を見過ごす訳にもいかないと口を開きかけ。

「ううんんんん??? なんだいなんだいなんだぁあああいこれはぁああ……あんまり面白くないないない手品だぁああねぇえええええ」
「…………心配するだけ無駄だったか」

 まるで爆発する様子を見せない手榴弾をいじりながら、手足をばたばたさせているソイールの姿を見て、思わずその場に突っ伏してしまった。