STRANGEU - カゲナシ*横町



S T R A N G E U




□ 第一巻 守るための誓い - 8.不純花
「ところでところでところでぇええええステントラはいつ帰ってきたきたきたんだねぇえええええ?」

 不発に終わった手榴弾をステントラに渡しながら、ソイールはその場でぐるぐる回りながら尋ねてくる。ヴィンスを相手にするよりはマシだが、それでも会話のしづらい相手が出てきたと、二人は顔を引きつらせながら答えた。

「んーついさっきだよ。帰ってきたとたん大騒ぎなんてねぇ〜」
「てか、ソイール……お前大道芸の旅してたんじゃなかったのか」
「んっんっん〜〜〜〜〜妻の手料理が食べたくて食べたくて食べたくってねぇえええええやめた」
「早ぁああっ!?」

 大道芸人ソイール。しかし、芸人ながら芸は一つも覚えておらず、唯一の特技というか特性は、その『幸運』。

「……ステントラ、さっきの手榴弾、どうなってんだ。明らかにあいつピン外して投げてたじゃねぇか」
「いや、俺にもさっぱり……どうやったら着火部分に砂利が詰まるんだろーねー」

 先ほど爆発しなかったそれを分解しながら、ステントラはため息をつく。

「まあ、うん、あのマゾ相手だったらソイールみたいなのが近くにいると多少楽かもしれんよー? さっきだってワイヤー一本もかすってなかったし、そこのエセ芸人」
「えぇえええエセエセエセぇえええええ??? 聞き捨てならない聞き捨てならなぁあああああああい!!!」

 ステントラの台詞に、ジタバタと両手足を振り回しながら反論する様は、まるで幼いだだっ子のようで、二人は思わず目を背ける。いい年した男がやると恥ずかしい通り越して馬鹿馬鹿しい。

「んーでっ、俺としちゃもう家に帰ってガイルのごはん食べたいわけなんだけどどうする?」
「あきらめが早ぇよ、んでもって今日買い出しの予定だったから、家に食糧なんてねぇぞ。ああ、朝もらったモツは落としたしな」
「ぁあああああ大通りのスプラッターラッタラッタッターな落とし物ってぇえええガイル、ガイル、ガイルだったんだぁああああ」
「なんつーもん落としてんの!?」

 そこで叫んでから、ステントラは不意にそっぽを向くと、がしがしと乱暴に自分の髪をかき回した。急な行動に不審げな目をガイルが向けると。

「あー……このやりとりだよなー」
「なに勝手に懐かしんでやがるバーカ」

 盛大なため息をひとつついて、ガイルはステントラの背中を強めにどつく。悲鳴を上げてつんのめった彼だが、なんとか踏みとどまると今度は肩を揺らして笑う。

「さてさて……ホント、こっからどーしたもんかねぇ? 投げ出したいのは山々なんだけどな」
「あれ、さっきの変態さんどこ行っちゃったんですか〜?」

 そこにふらりと戻ってきたのは、戦闘前にその場から離脱していたティルーナだ。彼女の隣には、服の裾やら袖やらを裂いて、簡易包帯を作り使用している煤けた姿の翔夜が立っている。
 ティルーナの治癒魔法を受けていたという翔夜は、その後も支障なく動くらしい右腕に雨李をとまらせて、あっはっはと明るく笑い飛ばす。

「いやー遠くから見てたッスけど、さすがにソイールさんの参入までは予想外でしたね。てかさすがッスねあのドMねーさん引かせるってなかなかできないッスよ」
「んんんんんん翔夜翔夜翔夜だよーねぇねぇねぇえええひっさしぶりぶりぶりだぁあああああ。でもでもってえええそこはかとなく馬鹿馬鹿馬鹿にしてないかぁああああい?」
「相変わらずのトチ狂った口調です〜」
「てぃるてぃるティルーーーナ酷い酷い酷いよぉおおおおおお」

 よよよ、と泣き崩れるフリをして、長い袖で顔を覆うソイールだが、もともと袋をかぶっているので顔も見えないし、ほぼ意味がない。
 誰かが突っ込むよりも早く、彼は反動をつけて立ち上がると、腰から右に九十度折れ曲がり、袖を振り回した。

「でででででぇえええ? さっきの女女女はぁあああ、敵?」
「今っさらなこと聞くよなお前もよぉ!!! あれが味方だったらここは《変人の町》じゃなくて《血みどろの町》に改名するわ」

 このままじゃ話が進まない、と首を振ったガイルは、とりあえず《ガレアン》と合流するかと提案する。精神的に激しく疲れたのもあるが、基本的にこの場にいるのは全員『一般市民』なのだ。本来ああいった戦闘をこなすのは治安部隊である《ガレアン》の仕事なのである。だからもう押しつけてさっさとお役ご免したかった。
 ガイルの消極的な提案に、「まあガイルさん自身エサになって、あと《ガレアン》の人たちにぶつけるしか楽する道ないッスよねー」と翔夜や他の面々も納得したことで、彼らはさっさとその場を離れることにした。
 ステントラがいうには、南門の方が今のところ《ガレアン》の集合場所になっているということで、五人は路地を駆け抜け、崩壊した南門へ向かった。だいぶ砂埃も収まった様子の南門広場では、隊員達があっちへこっちへと走り回る光景が繰り広げられていたが、その中心に見慣れた白髪を見つけ、ステントラは声をかける。

「よおカッティオ! そっちはどうだー?」

 数人の部下と会話をしていたカッティオは、彼の声に反応して振り返る。そして、目の前に現れたメンツを順繰りに見て、表情を変えないまま肩を落とした。

「……ガイル、お前なんでここに来た」
「口調で感情丸わかりだぞ。『面倒の火種がやってきやがった』って明らかに厄介者扱いしやがったなテメェ」

 カッティオのつぶやきを耳ざとく拾い上げ、額に青筋を浮かべるガイルは、はっと鼻で笑い飛ばす。巻き込み上等、みなまでもろともである。

「追い払ったのか」
「ソイールにどん引きして、一旦逃げやがった」
「…………ああ、災難だな、ある意味」

 けらけらけらとけたたましく笑いながら、隊員達を追いかけたりからかったりしている道化師の姿を見て、カッティオの表情がよりいっそう暗いものとなる。

「ということは、あのキチガイな踊り子も帰ってきているというわけか……今日は厄日か」
「踊り子?」

 ガイル、ステントラ、ティルーナの三人がそろって首をかしげると、カッティオと翔夜がそろって驚いた表情を浮かべた。

「なんだ、ソイールは知っていたのにあの女のことは知らなかったのか」
「あーあー、でもそういや、ギーゼラさんってここ最近一人で興行してたんじゃなかったッスかね? 旅先でソイールさんと合流したとかしょっちゅうでしたし」
「そうか……まあ、会えばわかる。ソイールの奥方の姉だが、先ほども言ったとおりキチガイだ。相手にしない術を習得しているのはいまだ奥方しかいない」

 言い放った直後、カッティオはぎくりと身体をこわばらせ、目を軽く見開いた。一瞬「やばい」と彼の唇が動いた気がするが、ガイルたちはそんなことを気にする間も無かった。
 背後から、ギュイぃぃぃンッ! と耳障りな轟音が近づいてきたからだ。殺気を感じた四人は、それぞれ飛び退く。それと同時に、轟音のもとが地面に叩きつけられた。

「……今、その……あの、カッティオ、さんよね? わ、私のこと、なにか……言いました? 言いました、よね……翔夜くんも」

 ふわふわと半分透けた布のフリルが各所に着けられているレオタードをまとい、やわらかな灰色の髪を結い上げている頼りなげな表情の女性が、ぼそぼそと口を動かした。

「ギーゼラさんお久しぶりッスー。いやー相変わらずどっからそんなもん振り回す腕力ひねりだしてるんスか?」

 ティルーナの肩を抱いて飛び退いた翔夜は、引きつった笑みを浮かべてギーゼラを見返す。彼とティルーナの視線は、彼女が地面に振り下ろした凶器に釘付けだ。
 凶器を目にしたガイルは目を点にし、ステントラは顔面蒼白で叫んだ。

「なんっで踊り子さんがチェーンソー!!? しかもこれ機械都市で売ってるご家庭用とかじゃなくてガチンコ工業用だよな!?」

 ステントラの叫びがすべて吐き出される前に、ギーゼラは麻結を八の字にしていた表情を、さらに泣きそうなものに変えて、ぐい、と手元のレバーを引いた。とたん、チェーンソーの回転刃が高速で動き出し、めり込んだ石畳が粉砕される。

「よ、よ、世の中物騒ですし……私、踊り子ですから……防衛?」
「明らかに過剰防衛だろ!? ていうかそれで一撃でも食らったら相手即死……!!」
「わぁわぁわぁぎぎぎぎぎギーゼラぁあああけむけむ煙たいよぉおおおお」
「あ、ごめんなさい……ソイールさん」

 大袈裟に咳き込むソイールの声を聞いて、ギーゼラはゆっくりとチェーンソーを持ち上げた。だが、その回転刃は止まらず、彼女の視線もふらふらと安定しない。一瞬で、彼女の半径五メートルの範囲から人がいなくなった。

「……あんなやべぇのまだこの町に所属してたんだな……」
「いっやーネーリッヒの男性嫌悪もここに極まれりとか思ってたけど、上には上がいるよな……」
「もう言葉にもなりま……あれ?」

 ガイルとステントラ、二人の腕をつかみながら隠れていたティルーナは、ふと視界の隅に何かが映った気がして視線を動かし、乾いた笑みを浮かべた。そのまま、視線を固定して二人の服の袖を引っ張る。

「…………お二人とも、あれ、見えますかー?」
「あれ、って?」

 ギーゼラから目を離すのも不安がっていたガイルだが、ぞわりと鳥肌が立つこの感覚をまたしても経験して、冷や汗を流しながらティルーナの示す方へ目を向けた。

 真っ白な影の中、紅い赤い唇が弧を描く。

「が、い、る、さ、まぁあああああああ」

 こうしてみると、彼女の造作は悪くなく、むしろかなり美人な部類に入ることがわかった。とろけるような表情も、恋する乙女そのもので。

「て、め……」

 《ガレアン》隊員の中には、そんな『敵』の姿に思わず見惚れた者もいた。なんとか理性が残っていたメンツは、「もったいない……」と無意識につぶやく。

 純白のドレス、純白のベール、純白のブーケを携えた彼女は、ただただ目を見開いている愛しい人だけを見つめていた。

「うふ、わたくしはこれ以上なく本気で来てるんですのよぉ……ガイル様。本当に、貴方はわたくしの理想そのもの過ぎて」

「……だから、もういっそ結婚してほしいのです。貴方のすべてがほしくてほしくてたまらないから」

 ヴィンス=ミルナーの言葉は、どうしようもなく一途で。
 その瞳は、最高に狂った熱に浮かされていた。