STRANGEU - カゲナシ*横町



S T R A N G E U




□ 第一巻 守るための誓い - 9.一件落着?
「え、何、簡易本部にて混沌発生……? ワケわからないんだけど。ねえ、僕ちょっと戻るから、後の処理よろしくねー」
「副リーダーぁああああ!? ここで一人でも人材減ったら本気でヤバ……って、ちょ、もういねぇしあんにゃろぉおおおおおお!!!」

 部下の怨嗟の声を背中に受けながら、レイドは口笛なんぞ吹きつつ駆けていった。先ほど『鳥』にあった連絡が、妙に気になる。ていうかなんで全員揃って意味不明な報告しかできないのか。

(まあ、意味不明になっちゃうほど混乱させる要因がそこに現れたっていうのが妥当……てことはあそこにあの変態が現れた? わざわざあんなところに行くなんて、だって敵ばっかり……)

 《ガレアン》の隊員達やカッティオが集まって作業をしている南門に現れるその理由は。

「……ああ、ガイルが面倒くさくなって僕らに全部丸投げしようとすれば、変態もくっついてくるか。うわ」

 さっさと状況を理解したレイドは、深い深いため息をつくと、少しばかり走るスピードを緩めた。なにか、南門広場に妙な空気が漂っていることに気づいたのだ。
 どんどん速度を落としていき、最終的には足音と気配を消しながら広場の方をのぞき込んでみると、なぜか一般隊員達は一箇所に集まってどん引きしており、フィロット屈指の変人(手練れ)達がその前に並んでいて、ただ一人、彼らと相対している真っ白な人影が見えた。
 その白い人影は、まるで花嫁のような格好をしており、その正面に立っているガイルがそれこそ死にそうな表情を浮かべていることから、ヴィンスなのだろうなと想像はついたが。

(……どっからあんなドレスひっぱってきたんだよ)
「うわ、すげぇ。あれが確かローディんとこの娘さんの花嫁衣装、だったっけ?」
「ああ、あんなに土埃まみれにしちゃって……まあ、あの人が袖を通した時点で、ローディさんも娘には着せたくないだろうね」
「私も作るのお手伝いしたんですけれど……残念ですね。まさかあの衣装が強奪されるなんて」
「…………わお珍しいメンツ」

 びくりと全身を震わせたレイドが振り返ると、彼と同じような姿勢で広場をのぞき込んでいた三人の姿があった。眠そうにあくびを繰り返すケゼンに、苦笑を浮かべているエイルムとミリルである。

「仕立屋から花嫁衣装が奪われたって、大通で大騒ぎになったので追いかけてきたんですけど、これはもう諦めるしかなさそうですね」
「まあねぇ……あ、ガイルがぷるぷるしてる」

 おざなりな返事をして、レイドはふとガイルが剣を握りしめる手をこれ以上ないほど震わせているのに気づいた。隣にいたステントラが必死な様子でそれを押さえようとしているが、そのステントラ自身も空いている手でオートをしっかりヴィンスに向けている。

「あり得ませんダメですナシですっつーかこんなのが嫁に来るなんておとーさん絶対許しませんよ!!!???」
「せめてガイルさんのお相手くらい常識人がいいですーっ!!! ていうかあんな人がうちに来るなんて寒気しかしないですぅーっ!!! お義姉さんなんて死んでも呼ばないですーっ!!!」
「いつからお前らは俺の父親とか妹とかになったんだよ!!!? だがまあ全否定してくれたのはありがてぇけどな!?」
(((いやむしろお前らくっつきすぎなくらいだろうよ)))

 本物の家族以上の気迫だと一同は思った。
 そして、罵倒された方であるヴィンスはというと、うっとうしいものを見るような目でステントラとティルーナを睨み、深く長いため息をついた。

「あんたたちなんかに認めてもらう必要なんかこれっぽっちもないっつーの……あたしが……私が知りたいのは、ガイルさまの気持ちだけ」

 熱視線を受けながら、一つ、息を吸ったガイルの答えは。

「お断りに決まってんだろ馬鹿野郎」
「そう」

 それを聞いたヴィンスは、おそらく、それが望みの回答だったのだろう笑みを浮かべ、ブーケを高く掲げた。

「ああ、ガイルさま……では、どうやっても、なんとしても、私の傍にいていただきますわぁああ……両手足ぶち折ってでも、ね?」

 にたり。嗜虐的な笑みにすり替わったとたん、ブーケがばらばらに切り裂かれ、掲げていた手から無数のワイヤーが放たれた。三次元を自在に動くそれは、どんな刃物よりも鋭利な凶器となって、住民たちを襲う。

「きゃあああ」
「おっとおっとっとっとああああ危なぁああいねぇえええええ!!?」
「隊列を組み直せっ! 根性を出せここで捕らえろ!!!」
「「「副リーダーその指示鬼畜ッ!!!!!」」」
「ちぃっ」

 ワイヤーが飛び交い混乱する人々の間をくぐり抜けながら、ガイルは切っ先をヴィンスに向ける。明確な敵意を向けられた彼女は、むしろ楽しげに両腕を広げた。
 バラッ

「さあ、楽しい楽しい、花火の時間ですわぁああ!!!」
「ステントラッ!!!」

 ばらまかれたのは、いつの間にか着火されていた手榴弾。それも一つや二つではなく、放たれたワイヤーをなぞるようにして四方へばらまかれていく。鞭のようにしなるワイヤーは、切り裂くよりもこちらが目的だったのか。

「それにしたって……これは無理ゲーだろぉおおおおおっ!?」

 どうやらワイヤーにつながれているらしい手榴弾がそれぞれの場所へ着弾する前に、ステントラは盛大に舌打ちをしながら、両手にオートを構えた。

「全員速攻退避ぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ

 先ほど響いたものに比べ、ごく軽い銃声が連続して起こる。
 そして。
 ガイルの瞳孔が、すっと小さくなった。

『障壁。いや、遅い。それよりも』

 衝撃。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆




 再度、爆煙に包まれた南門広場を見て、とっさに建物の陰で衝撃をやり過ごしたレイドが、冷や汗を垂らした。

「…………死んでない?」

 ぼそっとつぶやいてしまったその一言は、そばにいた三人も考えていた、しかし口には出さなかったもので。
 ガッギンッ ガカッ

「生きてますね」
「ええ、……行け、ストーム」

 続いて響いた剣戟に、ミリルがほっと息を吐いた。すかさず、視界を確保するためエイルムが小さな竜巻を作り上げる。小さな手のひらサイズの竜巻がいくつも放たれ、それらはすさまじい勢いで土埃を払っていった。
 晴れ渡った広場の中央では、爆風で吹き飛ばされたらしい《ガレアン》隊員たちや住民たち、なんとか防御することができたらしいステントラたちに……。

「……キレイ」

 ぽかん、と口を開けて、ヴィンスがつぶやいた。先ほどの剣戟は、彼女が放っていたワイヤーを残らずたたき落とした音らしく、周囲には鈍い輝きを放つそれが散らばっている。が、ヴィンスはそんなものには目もくれず、ただ正面に立っている、無傷の青年を見つめ続ける。

「くそ、やっぱ駄目だったか……?」
「が、ガイルさん……?」

 ぼんやりと明るく光るガイルの体。その色は、彼の髪と同じ若草色を淡くさせたようなもので、彼を、人ではない何かのように見せていた。それを見て、ステントラは唇を噛む。

(こんなにあっさり発動しちまうなんて……『クセ』がついちまったんだろうな。チクショウ!)

 以前にも、《ゼト》の面々が襲撃してきた際に発動した『それ』。
 だが、今回はほんの一瞬。
 土埃が完全に晴れると同時に、ガイルの体にまといついていた光もあっさり消えてしまった。

「……?」

 当の本人は、何が起きたのか分からないとでも言うように、周囲に視線を巡らせている。
 と、そこでヴィンスが体を震わせた。びくりとそれに反応しつつ、握っていた剣を構え直す。

「なんなのかしら、本当になんだったのよ今の……おもしろくてキレイで強いなんて……もう、本当に貴方以外は何もいらなくなっていく……!」
「お断りだって、何回言わせるつもりだテメェ……」

 頭を振り、正気を取り戻す。爆発した瞬間から視界が確保されるまでの数秒間、『すっぽり記憶が抜けている』のが気になったが、今はそんなことよりも目の前の恐怖をどうにかせねばならなかった。
 一瞬の膠着。
 二人が息を吸い込み、新たな戦いの火ぶたが切って―――。

 落ちる、前に。

「うっあぁああああああああああああああん!?!?!?」

 野太く、情けない男の悲鳴が、広場中に響き渡った。誰もがきょとんとする中、その声に聞き覚えのあった翔夜が「あ」と漏らした。声のした方へ顔を向けると、ふらふらと頼りない足取りで、ぼろぼろな影が広場へと近づいてきていた。
 その姿は、今ものぞき見続行中な彼らにも見えていて。

「あれは……オシャン族? どうしてこの町に」
「普通に考えると、あの女の新しいコマかなぁって思う、んだけど」

 ミリルの言葉に続けるように、レイドが言う。が、服装や雰囲気からして、《ゼト》の一味ではなく、一般的な商人のそれに見えた。

「イグスさんすんません……! 緊急事態だったんで、うっかり忘れてました」
「き、気味、あのセーレーン族のハーフと一緒にいた……! もうこの町なんなの!? そりゃ手形は発行してもらってないけど、普通最初は職質でしょ!? いきなり背後とられて投げ飛ばされたり、魔法ぶつけられかけたり、なんなの解決手段は実力行使しかないの!?」

 知った顔を見つけたからか、イグスはその場にひざをつくと嗚咽混じりにそうまくし立てた。翔夜は慌てて彼に駆け寄ると、何度も謝りながらその背をなでた。
 と、「ここどこ」と幼子のようにあたりを見回したイグスは、広場の中央で退治している二人に目をとめる。どちらも、うっすらと記憶に残っていた。

「えっと、崩れた門のところにいたヒト……。あれ、ウェディングドレスだったっけ? というか、この騒ぎの中結婚式? え?」
「そう……私とガイル様の、神聖なセレモニーよ!」
「邪悪な儀式だろ……」

 いい感じに混乱しているイグスに、最初はうさんくさそうな目で彼を見ていたヴィンスは、とたんにとろけるような笑みで答えた。それを即座にガイルが否定する。結局よく分からなくなって、イグスはもう一度翔夜を見た。

「え―――……、まあ、見ての通りイロイロ因縁ありげな二人なんスけど、女の人の方がずーっと求婚しては吹っ飛ばされ求婚しては蹴り飛ばされという感じで、今に至るッス」
「何そのバイオレンスな恋愛譚。え、恋人同士じゃないの? そういえば全力で追いかけっこしてたような……」
「誰と誰が恋人だぁあっ!?」
「あはぁ……私と、ガイル様が……!」
「あーもうまた変なスイッチ入ったしよぉお!!」

 妄想モードに入ったヴィンスを見て、ガイルはぐしゃりと自身の髪をかき回した。少しずつ先ほどの爆発から立ち直り始めた人々は、それを見て次第にヤジを飛ばすようになってきた。

「ガイルーお前もいい年なんだから、もうあきらめろ腹くくれよ」
「てか、こっからみただけならお前らお似合いだぞー」
「その人諦めそうにないから、もう責任とっちゃいなさーい」
「むしろそのまま府有りでかけおいしてもいいぞー、町に平穏をくれー」
「て、てめぇら……」

 もう飽きました、と言わんばかりの人々の言葉に、ガイルは青筋を浮かべる。聞こえるヤジに顔を引きつらせながら、ステントラはカッティオに耳打ちした。

「なあ、《ガレアン》じゃあれ、重要参考人として捕縛したがってんだろ? どーすんのもう手に負えないぜ、ガイル以外には」
「……あれにカンしては、この町でも対処できないと以前首都に報告したんだが、じゃあ他でもできんと言われたからな。とにかく、どこかの地区が確保したという事実がほしいようだから、まあ……あとはあれが大人しくなればいい……」
「いやだからそれどーすんのって」
「知るか」
「俺も知らんわ!?」

 だんだんとヤジが大きくなる。ヴィンスは頬を紅潮させ、ガイルはびきびきと音を立てていらだちをあらわにする。そばにいる面々はひやりと寒気を覚えるほどで……。

「ずっと平行線なら、『いったんお休み』すればいいんじゃないかな」

 その男の声が、やけにはっきりと聞こえた。

「……は?」
「や、なんかみんな疲れてるみたいだし、特に気味とそっちのドレスのヒト。だからさ、現状はこのままで、『とりあえず明日また考えれば』。僕がどうしても商談まとまらない時に使う、最終手段だけど」

 イグスの言葉に、開いた口がふさがらない。

(というか、そんなことでアレが納得すんのか?)

 思って、振り返る。予想通り、不満そうな色を目に宿したヴィンスが、イグスを鋭くにらみつけていた。

「何、あんた……いきなりでてきてふざけるんじゃないわよ、あたしとガイル様の大切な式を先送りだなんて」
「おいヴィンス」

 この一言が、劇的だった。
 恨みがましい目でイグスを見ていたヴィンスは、ぱっとガイルに視線を戻すと、その身をぷるぷると震わせ始めた。

「……が、ガイル、様……今、いま、私の名前……!」
(…………そういや、まともに呼んだこともなかったな)

 感極まった様子で硬直しているヴィンスをちらりと見やり、いつの間にか沈黙が支配する広場の真ん中、ガイルは剣を下ろすと、仏頂面でヴィンスに歩み寄った。
 そして、勢いに任せて彼女の頭をがっしりとつかむ。

「ひゃうっ!」
「いいか、一時休戦だ。いい加減もうめんどくせぇんだよ。てめぇが終わらせる気がねぇってんなら、それこそあいつが言うとおり次また出直してこい。でなくば……」
「でなくば?」
「………………今後一切俺からの暴力無し」
「一時休戦大賛成ですわガイル様!!!!!」
「「「なんじゃあそりゃ―――――ッ!!!!?」」」

 住民全員、心の底からの叫び声であった。