□ 第一巻 白き小鳥の真実 - 第二章 6.パニック 「ぎゃあああああっっっ!」 「んだこりゃ―――――!」 「うぎあああああっっっ!」 一方、地上では大混乱が起こっていた。盗賊も『ガレアン』も知ったこっちゃない。 それぞれの最前線……つまり境目のど真ん中で大爆発が起こり、岩の破片などがヒュンヒュンと飛んできたのだ。 おまけにあり得ないほど大量の白煙が爆発地点からのぼり、それが敵どころか自身の位置まで分からなくさせている。 「ちょ、待てぇぇぇ! なんだこりゃ! 魔法じゃねぇ……銃器か? この国で銃器だと!」 「あー、そういやいたな。この町で一人、『キカイ』の扱い上手いヤツ」 「なっ」 敵陣ど真ん中、未だ大砲の上から動かず(というか動けず)ボーッとしていたドーセインは思わずのけぞった。その上を白刃が通り抜ける。 「へぇ、トロそうだと思ったけど、なかなかやるじゃないか」 「だれがトロだー! お前外見で人は判断するんじゃありませんって母ちゃんに教わらなかったかー!」 「外見と口ほど正直なもんはないぞ」 ヒュヒュヒュッ、と風を切る音が聞こえてドーセインとガイルの周りの煙がわずかに晴れた。 ついでに大砲も真っ二つになる。 「おぐはっ」 顔面から地面に落ち、しばし悶絶……する間もなく、ドーセインは頭上からの連撃をひたすらに転がりながらかわした。 最後にカエルよろしく遠くへはね飛び、体勢を整えた。 「……なんか、悔しい」 「おいてめっ……顔面強打のおじさんに向かってそんな危ないもの向けるんじゃありません! つかこえぇよ!」 「やかましい! それでも盗賊か。盗賊ったら次の瞬間には命無くなってるかもしれないっていう気構えじゃないといけないだろーが、え?」 「ふん、俺様はそこまで往生際がよくねーんだよ! はっ!」 「それは自らをけなしている風にしか聞こえんが」 ベラベラしゃべっている間にも、ドーセインは上手い具合に白煙の中へ紛れ込んでしまう。 周りで鳴っていたがちゃがちゃという金属音もいつの間にかなくなり、ガイルは舌打ちをした。 「くそっ、取り逃した」 「取り逃したっつーのはなんのことかな〜?」 「決まってるだろ。あの盗賊の頭目……」 くるりと振り返り、ガイルは妖怪と鉢合わせた。 「よぉ、久しぶり〜」 シャンッ! と鋭く剣が振られ、妖怪は間一髪のところでそれをかわす。 「おいおいおいー! いきなりそれ? 切り込みはねーだろ!」 「ああお前ステントラか悪かったなまったく気づかなかった」 「オイセリフ全部棒読みだぞ、謝る気ゼロじゃねーか」 たんこぶを二つつくり、無数のヒビがはいっているゴーグルをかけ、頬がこれでもかというぐらいぱんぱんに膨れあがっているその黒装束の男は、紛れもなくステントラであった。 口の端から血をにじませ、不気味に笑う。 「お前さ〜、親友が帰ってきていきなりそれは無いんじゃねーのー? なぁなぁー」 「黙れここよりさらに地中深くへ叩き落とすぞ。ていうかなんだその化け物顔は。それとさっきの攻撃お前のせいだろ、お前こそ謝りやがれ」 「うわお、口が悪くなってまぁまぁまぁ! お母さんは悲しいわ!」 「てめぇ誰が母親だ気味の悪い、今この場で息の根止めてやる……っ」 また剣のつかを握る手に力を込めたガイルだが、何か別の気配を感じて黙る。 ステントラもスッと振り返り、それを待った。 突風が吹き、白煙が跡形もなく吹き飛ばされた。 「……これ、魔法か」 「おおかたエイルムか〜。そういやお空にふわふわ浮かんでたなアイツ」 「こんな事ができるならさっさとやってくれ……」 「失礼な。これでもくしゃみを押さえるのに努力しフェックシュ! ハックショ! ズズ……グシュッ」 エイルムは軽やかに杖から降りながらくしゃみを連発していた。 ハンカチでズビーッと鼻をかみつつ、ジロ、とステントラを見る。若干目が潤み、赤くなっている。 「だいたい、君の『キカイ』のせいで目までやられちゃったじゃないか、ステントラ。たぶんこれでまた一ヶ月くらいはテッドのところに通い詰めだ」 「…………あー、それは、ゴメン。ていうか、あの煙たぶんウィリンの……」 「お前しまいにはウィリンのせいにするか。確かにアイツははた迷惑な小娘だが、なにもそこまで……」 「誰がはた迷惑だとー!」 「ごはっ」 横から両足跳び蹴りが炸裂、ガイルは側頭部をもろに蹴り飛ばされ、ほんの数秒死線をさまよった。 城壁からなんとかおりて走ってきたウィリンは、腰に両手を当てて胸を反らしながら言う。 「ガイル! あなたステントラとぐるになってあたしのことバカにしたわね! いいわよ、見てなさい。今度という今度は本物のフォンターつくってあんたに飲ませ……」 「なぁ盗賊どこだ?」 同じくやってきたケゼンがぼそりと肝心なことをつぶやく。 そーいえば、と辺りを眺めてみれば、あの白煙のせいで城門前を固めていたレイド、カッティオ、そしてガイルに横から剣を奪われたフランツの三人は見当違いの場所に仁王立ちをしていた。 盗賊たちのものとおぼしき大量の足跡は、そのまま城門から町の中へ。 「…………悪い、正面から突破されたわ」 「役立たずー!」 ガイルの言葉の斧が、各三人の頭に突き刺さった。 ステントラが敵味方のど真ん中にバズーカを撃ち込む少し前。 追い返されたティルーナはまた独りぼっちで、とぼとぼと大通りを歩いていた。 女子供はもちろん、やはり男たちの姿もない。まるで町の時間が止まってしまったようだった。 「……まったくもう」 ティルーナは頬をふくらませ、近くに落ちていた小石を蹴った。 カンコンといいながら石は転がり、近くの路地の前で止まった。そして、拾われた。 「?」 ティルーナは訝しみ、路地に近づく。 そこにいたのは、自分と同い年ほどの少女だった。切りそろえられた真っ白な髪、雪のような肌に、白に近い薄い灰色の瞳。身につけたワンピースと靴も白一色で、ティルーナは素直にこう思った。 (妖精みたい) 「……ねぇ」 澄んだ声で、少女は聞く。 その一言で、周りの空気が一瞬揺れた。 「連れて行って」 「……へ?」 思わず間の抜けた返事を返してしまい、ティルーナは口を手で隠した。……なぜか、少女と対等に会話をしようとする自分が、途方もなく愚かに思えて。 けれどその瞬間に城門の方から聞こえた爆発音で、ハッと我に返る。 「えーと、どこにですか? あ、ひょっとして家族とはぐれちゃったりとか? みんなたぶん広場の方に行ってますから、私と一緒に行きましょう〜」 「…………家族……」 ぽつりと、少女がつぶやく。 ティルーナが次の言葉を待っていると、そのまま路地の奥へと走り去ってしまった。くるりと後ろを向いた瞬間に、少女は顔をゆがめ右手を握りしめる。 しかし、ティルーナはそんなことに気づきもしなかった。 「?」 首をかしげ、ティルーナはまぁいっかと前向き(というか投げやり)に結論づけた。そして自分も広場へ向かおうとする。 すると、後ろの方からドタドタと走り込んでくる男たちが見えた。町の人間ではない。皆それぞれ武器を持ち、必死の形相で辺りを見回している。 まるで何かを探すように。 と、男の一人がティルーナを指さし、叫んだ。しかしそれよりも一瞬早く、ティルーナは走り出した。 「あのガキ、捕まえて吐かせろ!」 しかし、十四歳の少女と大の大人では体力に違いがありすぎる。イロイロあって消耗していたが、あのはた迷惑なボスの下にいる盗賊たちはあれぐらいじゃへこたれない。 すぐさま追いつき……。 「おっと」 「んがほっ!」 ティルーナは『勢いよく前につんのめって転びかけ、バランスを取るために左足を後ろへけり出した』。ガバッとつかみかかろうとした男の一人は、顔面に小さな左足を受けて吹っ飛ぶ。 そして『足場』ができたおかげで、ティルーナはまた走り出した。 ……微妙に笑いながら。 「あ〜れ〜」 「おごっ」「うがっ」 今度は積まれただけのレンガの上を走りつつ、大げさによろけながらレンガを蹴り飛ばした。 そこからさらにレンガが落ちる。ここでまた複数の男どもの犠牲が出た。 ・・・・また笑う。 「ボスぅ! あのガキなんスか! なんかさっきから俺ら遊ばれてるようにしか思えないッス! つーか笑ってますよ!」 「知るかぁ! いいから、なんでもいいから! 人質になりそうなヤツ適当につかまえとけー!」 「じゃあボスも走ってくだせぇよ! 俺らなんスか? 馬ッスか!」 「そーだよ馬だよきりきり走れぇ!」 ドーセインは、現実で言う騎馬戦のように、下っ端の男たちに背負われながら怒鳴っていた。 不運なヤツは湾曲刀がガンガンと頭部にぶつかり、よろける。その瞬間に喝を入れられる。なんかもう泣きたい、というのが盗賊たちの心中だった。 「ボス、こいつはどーしましょう?」 ドーセイン(を担ぐ盗賊たち)と並んで走っている大男が尋ねた。彼はいつの間にやら縄で縛られさるぐつわをされた、この町の住民とおぼしき人物を背負っていた。 大きなまん丸の眼鏡をかけた痩せぎすな男。白衣を着ており、もう死んでるんじゃないか、と思うぐらいぐったりとしている。 「……それ、なに」 「人間ですよ。見て分かるでしょうに」 「いや分かるけど、なんか死体標本みたいだもんよ! も、ひん死! 普通こういう状況だったら人間ビックリするなり騒ぐなりするじゃん! てか、生きてんの?」 「生きてますよ、つーか死んでるヤツ背負いたくありませんって。そこら辺探してたらばったり出くわしまして。へらへらしてたんでげんこつかましたら即気絶しました。人質にできるかな〜って」 「…………いや、町が襲われてるってときにへらへらしてるヤツってヤバいんじゃないの?」 「ボス、そこら辺は目をつむって!」 「つむるかぁ! 何そのブリッ子目! 男がやっても気持ちワリーんだよ! つかそのチョロッと出した舌もキモい! そしてムカツク! 色黒で筋肉モリモリ男なだけにキモさ倍増! マジやめてー!」 すると、前方からドーセインに向かって空き缶が飛んできた。スカーンと気持ちがいいほど見事に命中し、ドーセインは悶絶した。 「あーオデコが割れちゃったよ! 血ぃ出ちゃったよ! 空き缶のふたって危ないんだぞ! そこらのナイフよかよっぽどね、っておばーちゃんに教わらなかったのかー!」 「ちょっとボスなんでおばーちゃんなんですか」 「お母ちゃんネタは飽きた」 「どーいう理由ッスか! つーかお母ちゃんネタってまだ一発しか出してねーッスよ!?」 ドーセインが一番先頭を走っていた盗賊たちに追いついたとき、ティルーナはブスッとしながら男の一人に両手を押さえつけられていた。男らしくあぐらをかき、そっぽを向く。 ……わかりやすく完璧にグレている。 「おーい嬢ちゃん、俺様に空き缶一発おみまいしてくれたのはあんたかい」 「空き缶なんて知りませんよ。ま、空き缶のふたはそこらのナイフよかよっぽど凶器になり得ますけどね」 「ボス、このお嬢ちゃんこの歳でなんか陰りのある笑み浮かべてるんスけど。しかもムリしてる風でもなく貫禄バリバリで」 「嬢ちゃんだろマジで。俺のオデコ割れちゃったんだぞ、どーしてくれんだ」 「いいじゃないですか。下手な刺青みたいでわーかっこいー」 「え、ホント? うーんそう言われると照れるなぁ」 「ボスぅぅぅ! 全然褒められてないッス! 気づいてくだせぇボスぅぅぅ!」 下っ端たちの声が響く中、ティルーナはドーセインの隣に立つ大男を見た。無表情でこちらを見下ろし、誰かを背負って……。 「あ、テッドさん」 「ふごふが〜」 「って、あんたいつの間に起きてたんだよ? ……あーまぁいいや。それよか」 ドーセインはテッドから視線をずらし、ティルーナと向き合う。 「なぁお嬢ちゃん、お兄さんたちは大事なもん探してこの町まで来たんだよ。キレーな白い小鳥でよぉ。何か知らねぇか」 「誰がお兄さんたちですってむさ苦しいオヤジどもが。私が興味ある鳥なんてニワトリだけですよーだ」 「……ねぇヒユ、俺もうこの町ヤダ。俺のセンチメンタルな心ずたずただよぉ〜」 「このガキっ、ニワトリじゃねーよ。まぁ確かに白いけどさぁ、俺らが聞いてるのは真っ白いの! くちばしも足もぜーんぶ!」 「そんな血の通ってなさそうな鳥誰が食べますか。普通の香草詰めされたのとか缶詰とかの方がよっぽど……」 「オイ食い物から頭離せ! ていうか食うの? 食う気?」 『白い小鳥』と聞いて、背中でテッドがぴくりと反応したのを大男は逃さなかった。 乱暴に地面に落とし、さるぐつわを外す。 「テッド、だったか? あんたは知ってんのかい。白い小鳥のこと……」 ティルーナはテッドの目が、地面に叩きつけられる寸前の一瞬、眼鏡の奥でピカリ光ったように見えた。 そして、テッドは『わざと』頭を地面に打ち、カクリと横になった。返事がないことを訝しんだ盗賊の一人は、ぐいと頭を引っ張り、呆れ顔で言った。 「あ、あんの〜、ギオさん? ……このヘタレまた気絶してますけど」 キラーンとティルーナの目が光る。 (ここはいっそ適当なこと言ってごまかそう。たぶん、テッドさんは……) それに、こいつら絶対バカだし。 「テッドさんになんてことするんですか! テッドさん、頭をなでられたりつつかれたりするだけで気絶するぐらい頭弱点なんですよ! いつも明るくふるまってるから、みんなつい忘れてしまいがちですけど」 「どんだけ頭弱いの! というかさっき俺つつくどころかげんこで一発かましちゃったんだけど。ね、ヤバイ? ねぇ」 くるっと大男、ギオが周りを見る。すると、どこからともなくドーセインの額に当たったものと同じ空き缶(凶器のふた付き)が飛んできた。そして下っ端たちに命中する。 あっという間に、鮮血オデコ噴水が五カ所できあがり。 「んぎゃ――――――!」 「おうが――――――!」 「いでぇぇぇええ――!」 空き缶はさらに飛んできて、唐突に止んだ。どれもきっちり下っ端たちの額に当たっており(おまけにふた部分が)、殺気が感じられてくる。 「お、おい、これどういうこと……」 ドーセインは振り返り、見た。 若草、黒、白、深紅、ブラウンに焦げ茶……さまざまな色が、太陽の光を受けきらめいている。 「いたぁ!」 「げ、情なし剣士……っ」 「オイ誰が情なしだ。さっきは綺麗に五体不満足にしてやるつもりだったのに」 「発言そのものが無情だよ! ていうか五体不満足って、両手足全部もってくつもりだったんかい!」 「わぁ〜ガイルさんだ」 「あ、ティルーナ……お前なんでそっちにいるんだよ。お菓子でも投げられたのか? ホットケーキか? いやアメか。そーかそーかあれだけ怪しい人には何エサちらつかされてもついていくなっつったのに」 「今は鳥が食べたい気分です。お菓子は夕方まで入りませんって〜」 「さっきまでチョコやけ食いしてただろ! あれで一日どころが一ヶ月分の菓子食い荒らしたぞお前!」 それぞれ武器を構えながら、ガイルたちは盗賊たちと向き合った。 ドーセイン以下下っ端どもはニヤリとする。こちらには人質が二人いる。 勝った、と誰もが思った。 「ふっ、はっはははははー! お前ら人質が見えるだろ? だったらさっさと鳥の事を答えやがれ!」 「鳥? なんのことだ」 ガイルが『ガレアン』たちやフランツ、ケゼンたちを代表して答える。 ドーセインは案外あっさりしゃべった。 「知らねーのか! 純白の小鳥は幸福のしるし、神にも通じていると言われる。それがこの町にあるんだよ! 小鳥を手に入れれば、どんな願いも叶うってんだ!」 がーっはっは、と悪役よろしく笑い飛ばそうとして、ドーセインは固まった。 何か、この町の住民たちの中で(人質含む)異質な空気が生まれて……というか、目の前にいる『ガレアン』以外にも、横からも後ろからもそんな気配が。 (な、なんだぁ?) 「……願いが、叶う……」 「願いが叶う?」「願いが」「ホントに?」「マジで」「願い」 「願い」「叶うって」「らしいの?」「そう」「願い」「叶う」「叶える」「叶えられる!」 ざわめきは徐々に大きくなる。 隣同士でひそひそ話していた『ガレアン』メンバー、建物の中や屋根の上から攻撃をしかけていた大人たち、路地の影からパチンコで空き缶をとばしていた子供たち。 ……フィロットの住人たちすべてがそこにいた。 そして。 「小鳥を探せば……」 ぽつりと、誰かが言った。 その瞬間に、異質な空気は目に宿る。ほとんど獣と言っても過言ではない『ギラーン』とした目。 「探せー!」「早く早く!」「見つけろっ」「白い?」「白い鳥」「白い小鳥だ!」「きゃー!」「ぎゃー!」 「おおおオイなんだこいつらー!」 盗賊たちはなたを持ったオヤジに殴りとばされ、めん棒持ったおばちゃんに蹴飛ばされ、無邪気(生意気)な子供たちに踏みつけられた。 泣きたい、というのも生ぬるく、死にたい、というにはそれに限りなく実際の状況が近すぎた。 「ボスぅ! お助けくだせがっ……」 またここに、一人不運な盗賊が空き缶ボンバーを食らった。 「おいっ、慌てるなまず人質をっ」 かかえて逃げろ、と叫ぼうとした瞬間、目の前にガイルとステントラが迫った。 二人は人混みをまっすぐに駆け抜け、ドーセインとギオの間でボケーッとしていたティルーナとテッドをひっつかむ。そしてニヤリと笑ってまた人混みに紛れた。 「あーっ!」 「ガキもラリ男も連れてかれたぞ!」 そろって叫ぶも、とうに四人の姿はない。 そしてものの二、三分で住民たちは全員、その場からいなくなった。盗賊の一人が思わずつぶやく。 「なんて……ヤツらだよ」 |