□ 第一巻 白き小鳥の真実 - 第三章 11.争奪 さて、ステントラが盗賊たちと一対多数の銃撃戦をしていたころ、ガイルも一対多数の危機的状況に陥っていた。 「……くそ」 元々質のあまり良くないフランツの剣は、すぐにボロボロになってきてしまっていた。舌打ちしてやりたい気分だが、ぶんどったのは自分である。なんとか押さえて、ガイルは代わりにため息をついた。 そして、抱えている小鳥を見る。だいぶん衰弱しており、まるで生気がない。 「おい、生きてるか? 生きてるならしっぽ振れ。あ、ムリか……じゃあせめて一瞬でいいから目ぇ開けろ」 すると小鳥は、プルッと震えたかと思うとほんの数ミリだけ目を開けた。 「お」とガイルがつぶやいた瞬間には、もう目は閉じられていたが。 「よし」 とにかく広場に行くか、と隠れていた木箱の影から顔を出し、走り出そうとする……。 「ふんっ」 「おわっ」 その瞬間に目の前の木箱が粉じんと化した。いつの間にか目の前に立っていた色黒ムキムキの大男が、持っていた鉄棒で叩きつぶしたのだった。 ヒョイッとバックステップでその怪力から逃れ、ガイルはさらに路地の奥へと逃げ込む。 だが。 「かかったぁっ!」 「え……」 どこからともなく、ヒユの甲高い歓声が聞こえてきた。 ガイルは全身を例の『糸』で縛り上げられ、宙づり状態になる。剣も振れず、ガイルはつばを吐きたくなった。 「ようやく捕まったな」 「ったく、手間取らせやがってこの緑頭が」 「…………」 ガイルは無言で、左腕に力を込める。そこも遠慮なく糸で圧迫されていたが、小鳥をつぶされるわけにはいかなかった。 それを見て、大男の方が破顔一笑する。 「まぁっ、小鳥を守ってくれてるわっ。……あ、ヤバイヤバイ、ついでちまうんだよなぁコレ」 ………… その場に吹雪が吹き荒れた。 色黒筋肉モリモリ大男の女言葉ほど、気色悪いモンはない。ガイルとヒユ、そして集まり始めた下っ端たちまで一気に青くなった。 吐きたい。 「……ま、なんだ。さっさと小鳥、渡せよ」 「やなこった」 そう言った瞬間に、ガイルの体を締め付ける糸の力がさらに強まった。ガイルは、顔を歪ませる。 「おいおい、意地っ張りもいい加減にしろっつーの。『それ』は俺たちが『使う』んだからよ」 そこでガイルの顔色が変わった。無表情にも似ているが、ステントラなら即刻分かったであろう『マジギレの顔』。 目には怒りを通りこえて殺気の炎がメラメラと燃えている。 「ざけんじゃねーよ。こいつは物じゃねぇ」 「そっちこそざけんな。人の願望叶える道具だろ、そりゃ」 ヒユは言うだけ言って、さらに糸の力を強めた。 ピンッ、とその内の一本がガイルの髪留めを切り、ガイルの長髪が散らばる。 「げ、何すんだこの野郎! 邪魔になったじゃねーか」 バサバサと髪を振り回しながら、ガイルは叫んだ。それを見たギオは、ふむとつぶやく。 「……面倒くさいなら、剣奪ってコイツごと運ぼうか」 「んなっ、なに言ってんだギオ! 頭おかしく……」 しかしヒユも、ギオに言われてまじまじとガイルを見た。 まぁ確かに……。 「売れなくないか、歳食ってるけど」 「はぁっ?」 ガイルは話が分からず、一人糸と奮闘している。なんとかフランツの剣で数本を切り落とす。だが、ヒユが指を一振りしただけで剣はシュッと糸に絡め取られてしまった。 万事休すである。 「ヤバ……」 「長髪、女顔、童顔……いいんじゃねぇの。別に。『あの人たち』なら適当なとこにうっぱらってくれるだろ」 「そうだな。ボスもまぁ反対はしないだろ。自分の利益があれば喜ぶ人だし」 そこでようやく、鈍感なガイルは自分が奴隷として売り飛ばされそうである、ということに気づいた。 めまいがした。過去の自分が聞いたのなら「は? 俺が売られる? こんな泥まみれ小僧だれが買うか」とすっぱり言い放っただろうに。 そして、ガイルはふと引っかかりを覚えた。 「『あの人たち』? お前らが実際に奴隷を売買してるわけじゃなくて、間に誰かいるのか?」 「そーそー、それも超大物の『ゼ……」 「バカったれ何バラそーとしてんだよこの下っ端ぁ!」 「んごふっ」 ヒユは口の軽い下っ端Aを、ガイルから奪った剣のつかで殴りつけた。 「でもま、とにかく鳥は回収だ。いっしょくたじゃワケわかんねぇし」 スッとヒユの右手があがる。新しい糸がガイルの左腕のあたりに殺到した。 さすがのガイルもああ〜と思って、自分に迫る糸をボケーッと眺めていた、が。 シュシュシュッ! 目の前に飛んできた鋭い物によって、糸は断ち切られる。 ヒユはまたもあ然として、ガイルはややびっくりしてそれを見た。消滅の意味のルーンが彫り込まれた短剣。そんなぶっそうな物を使うのは、ガイルが知っている中でこの町に二人しかいない。 ひょっとすればまだいるかもしれないが。 「何をしているのですか。まったく」 「おお、間に合った的な感じかな〜?」 「…………」 ガイル、ギオ、ヒユ、下っ端どもはそろって「うげ」とうめいた。表通りに並んで立っていたのは、メルティナ、レイド、そして無口な、フランツの先輩にあたる剣士のネファン。 メルティナはシュッと右手を振り、新たな短剣を取り出した。 「さて、今度はどなたに当ててさしあげましょう?」 美しい無表情が、これほど恐ろしく見える女性もいないだろう。メルティナは盗賊たち(+ガイル)にプレッシャーを与えながら、一歩ずつ近づいていった。 「メル、ガイルには当てちゃダメだからね? ま、分かってると思うけどさ」 その隣をレイドがついていく。 外見も口調もすべてが軽そうに見えるが、行動に全く隙がない。口だけで笑い、目は冷静に事を見ている。 「…………」 そして町一番無口な男、ネファンはただ剣の柄に手を添えたまま歩いていた。……これも結構怖い。 「……ヒユ、どうする? あの『ガレアン』、俺たちより強い」 「んなこと言ってもさぁ……まぁベタだけど、コレしか道はないか」 ヒユは剣をくるりと回し、ガイルののど元に突きつけた。三人の足がピタリと止まる。盗賊たちは思わずほくそ笑んだ。 「ほらよ。お仲間の首かっ飛ばされたくなかったら、近づくなよ。それと緑頭、お前もさっさと小鳥をよこせ」 「……おいチビ」 「チビ言うなあああぁぁぁっ!」 本気でキレたヒユを無視し、ガイルは言った。 「意味ないと思うぞ、そういうの。あいつらに」 「はぁ?」 バカかだってあいつら思いっきり止まってんじゃんと言ってやろうとしたヒユは、手から剣がすっぽ抜けたことに数秒して気づいた。 その数秒の間に、黒い影が舞う。 「そらよっと」 レイドはいつの間にか、盗賊たちのど真ん中で剣を振るっていた。 ヒユの持っていた剣ははね飛ばされ、ガイルの頬をかすって表通りに落ちる。「いってぇ!」とガイルが叫んだが、無視した。 「ほい、つー……」 スゥ、と息を吸い、大きく踏み出した右足に力を込める。 「ぎっ!」 そのまま右足を軸に一回転。 剣撃を受け流そうとしたヒユはそのまま吹っ飛び、ギオは正面からそれを受け止めた。剣と鉄棒の間で、火花が散る。 ギィインッ! 「へぇ、さすが。真っ正面からこれ受け止められたの、何人目だろう」 「っ。細いわりに対した力じゃないかっ」 「ありがとう」 レイドはまるで思い人にほめられたかのような、満面の笑みを浮かべたまま剣を滑らせ、遠慮なくギオのみぞおちにつかを叩き込んだ。ギオは「がっ」とうめいて、あおむけに転がる。 だがすぐに鉄棒を手放し、まるでバネのようにびょんっ、と起き上がった。そのまま表通りへ躍り出て、レイドと向き合う。 「・・・・ぐぅ」 「うわすご。普通あれだけめり込ませられたら一発で気絶だよね。……でも絶対一本はあばら、いったんじゃない?」 レイドは笑ったまま、みぞおちを軽くさすっているギオを眺めた。 ギオはその余裕の表情に、思わず舌打ちした。一本どころか下手すれば三本は折れているかもしれない。常人なら良くて気絶、悪くて即刻昇天ものだが、心身ともに鍛え上げられたギオは幸か不幸かそこまでに至らなかった。 しかし。 「『おやすみなさい、もうこんな時間よ』……」 「ん……あぁ?」 グニャリ、と視界が歪む。そしてギオは目を回しながらドオン、と倒れた。スゥ〜スゥ〜というらしくない寝息を立てて、ぐっすりと眠っている。 「メルティナ、ナイス」 レイドはギオの頭をつんつんと指でつつき、彼の背後に立っていたメルティナに言った。メルティナは無表情のまま答える。 「一応、金縛りも含めておきましたが。念のため縛り上げましょう」 「そーだね。でもまず……」 レイドは振り返る。裏路地の方にはすでに三人目が向かっていた。 すらりと使い慣れた様子で大型の両刃剣を抜いたネファンは、メルティナ以上に無気力そうな無表情で盗賊たちを一瞥して……さっさとガイルを拘束していた糸を斬り払った。 ヒユはもう驚かない。この町にいる『変人』は『相当な手練』であることが分かってきた。 (くっそぉ。俺の『糸』をここまでボロクソにしてくれたのはココが初めてだぜ……) 「ありがとよ、ネファン」 「……いや」 ボソリとかなり低い声でネファンは一言だけしゃべった。ガイルは特に気にもとめず、小鳥をかばったまま安全な表通りへ下がっていく。 「っ」 ヒユはすかさず下っ端たちに指で合図をした。 ここで逃げられては、せっかく追い詰めた労力がすべておじゃんになる。 「……やれっ」 ヒユの号令と共に、四人の下っ端がリボルバーを隠しポケットから取り出した。ネファンはガイルの前に立ち、四つの銃口と向き合う。 「行け」 ネファンに言われて、ガイルは素直にそこから逃げた。盗賊たちはかまわず撃ち込む。だが、次の瞬間に全員が目をむいた。 ネファンは絶対に外れる弾、自分とガイルに当たりそうな弾を完璧に見分け、それらを剣ではじき飛ばしていった。跳弾は盗賊たちの体をかすめていったり、その足下にめり込んだりする。 そうしていい知れない恐怖を感じた盗賊たちは、しかしただひたすらに連射した。恐怖で狙いがずれたまま、弾だけが無駄に消費されていく。 そして当たりそうになった弾は、すべて返される。 (な、なんだコイツー!) ドンドンドン カッ、キィッ……キィンッ ドンドンッ キィンッ 「すごいな、相変わらず」 ガイルは小鳥を抱えたまま、レイドとメルティナのところへ向かった。 そしてレイドがこちらをまじまじと眺めてくるのを見て、眉をひそめる。 「なんだよ」 「……いや、男であるのがヒジョーに残念、という……」 「はぁ?」 「ガイル、君今度女装してみてよ」 この状況下でよくそういうセリフがでてくるな、とツッコむ前にレイドの目の前に拳が迫る。 ひょいとそれを紙一重でかわしながら、レイドはなおも言う。 「だってさ、よくよく見れば女顔負けでキレーな髪と肌してるじゃないか。今できたほっぺの傷は除いて。……ああ、そういえばこの町って女顔多いよね〜」 「てめぇ今この場で殺してやるっ……」 「その前にガイル、小鳥は無事でしょうね」 メルティナに釘を刺され、ガイルはぶつぶつ文句を言いながら左腕を軽く持ち上げる。小鳥はぴくりと動くと、頭をプルプルと振って目を開けた。 「くぅ」 「お、回復してきたか」 「……なかなかかわいらしいですね」 「おやメルティナ、意外とそーゆうとこノーマルだったんだ」 「レイド、あなたは私が普通じゃないと言うのですか?」 いや無条件で相手にプレッシャーを与える人間は普通じゃないと思う、とまでは言わず、レイドは無言で肩をすくめた。 ……すでに発砲音は聞こえない。ガチャッ、ガチャッ、とむなしい音ばかりが響いている。 「くそぉー、全員弾切れかっ」 ヒユはネファンを目の前にして、歯ぎしりした。 しかし、その後のヒユの行動は素早かった。 一番大きな荷物を背負っていた盗賊から荷物をぶんどり『糸』を左隣の家の屋根に絡ませ、ふわりと宙に浮いた。そのままネファンの上を駆け抜け、ストンと三人の脇に着地する。 そして荷物を開いた。 「かご?」 そこから現れたのは、確かにかご……なのだが、でかくてごついうえに複雑そうな『キカイ』がボン、と乗っかっている。 そしてその『キカイ』から、直径三十センチはありそうな太いパイプが伸びていた。ヒユは『キカイ』のどこからかひもを引っ張り出し、ぐいと引いた。ブルンッと音を立てて、『キカイ』が震え始める。 それを見た小鳥が、びくりと跳ねた。 「とーりーを、よこせー!」 叫んだヒユは、パイプをガイルに……正確には、ガイルが抱いていた小鳥に向けた。パイプは一度震えると、すさまじい勢いで吸引を始めた。 「ぉうわっ!」 ガイルは必死に小鳥をかばうが、ずるずると自分まで吸い込まれかける。後ろからレイドとメルティナが押さえるが、彼らもまた引きずられ始めた。 路地裏からネファンと盗賊たちが飛び出してくる。ネファンはすぐに状況を理解、そしてすぐさまメルティナの足下にある『もの』へ向かって走り出した。 ヒユはひたすらにパイプを押さえつけていた。実はこの『キカイ』、力も相当あるぶん制御が難しい。コレばっかりは彼の『糸』も効果がないので、ただ腕力で押さえ込むしかないのだが……ギオが気絶したのは痛かった。 「くそぉ。早く手放せ……っ」 「やな……こった!」 ごうごうと目も開けられないすさまじい風の中、ガイルの頭に『キカイ』の吸引力で飛んできた少々大きめのつぶてが直撃した。気絶はまぬがれたものの、腕の力が少し抜けた。 小鳥はその隙間から、『キカイ』のかごへ吸い込まれていく。 「くぅっ」 「よっしゃ……」 「っ!」 小鳥が叫ぶ、ヒユが歓喜の声を上げる、ネファンが投げる……これらはすべて同時に行われた。 小鳥はもうパイプの目の前。ガイルたちが助ける時間もない。そしてそこで、ネファンの腕力と『キカイ』による吸引力で、記録的な速度を持つこととなったギオの体が、ヒユの目の前に現れた。 「うおおおおおおっっ!」 ヒユはギオの巨体をまともにくらい、かごともども吹っ飛んだ。その衝撃で、『キカイ』が止まる。 小鳥はぐらぐら揺れながら、ガイルのもとへ飛んでいった。そして彼の手の中でほっと息をつく。 「……ネファン、ときどきあんたってとんでもないことするよね」 「……ああ」 レイドの感心したようなあきれたような視線を受けながら、気絶していたギオをヒユに向かって投げつけたネファンは表情を変えずに言った。 だが、どこかすっきりしたような表情に見えるのは気のせいだろうか……。 「あの小柄なヤツも気絶したみたいだし……とっとと終わらせるか」 ガイルの言葉で、レイド、メルティナ、ネファンはそれぞれ残った盗賊たちと向き合う。盗賊たちはその顔を見てウッと身を引いた。 だが、誰一人として彼らの魔手から逃れられなかった。 |