□ 第一巻 白き小鳥の真実 - 第四章 12.つかの間の休息 「うわ、こんなに」 三十分後、ステントラは(ティルーナの支えをなんとか断って)広場にやってきた。その隣には、少年たちによってボッコボコに殴られたうえ適当に縛り上げられたドーセインが転がされている。 広場に立っているのは、町の人間でもそこそこ戦える者たちばかりだった。そして今はその大半が、気絶したり動けなくなっている盗賊たちをひたすらに縄でがんじがらめに縛り上げるという作業をしている。 時計台の下にはギオとヒユ、そしてなぜか包帯で髪をまとめているガイルと法衣でない普通の服姿のミリルがいた。ちなみにギオとヒユは気絶中。 「……ステン! お前それ」 「あっはっは〜、戦いの勲章じゃ」 ヒラヒラと手を振りながら、ステントラは言う。だが、彼の顔色は元々白かったのが青くなりつつある。このままでは貧血どころではない。 「お前しばらく寝てろ! もはや死人の顔だぞ」 「でぇじょうぶだってば。俺これくらいじゃ死なね……」 「診せてください」 ミリルはステントラの脇腹の傷を見た。少しだけ表情をくもらせ、そっと手を当てる。その口が治癒魔法の詠唱を終えた頃には、傷は完璧にふさがったように見えた。 「おおっ、さすがプリースト! サンキュー」 「出血を止めて、表面を塞いだだけです。ムリに動けばまた出血が始まりますし、第一本当に貧血で済まなくなりますからね」 いつもの優しげな微笑みは一切なく、ミリルは厳しい表情でステントラを見た。しかしステントラはひょうひょうとした態度のまま、適当にああ、とかうん、とか答えるだけだった。 そして少年たちを呼ぶ。 「おい、そこのミラーボールここに転がしておけ」 「ほいよっ」 「誰がミラーボールじゃああああああ」 「……泣いてるけど、ちゃんと反抗するようになったな。おーいおっちゃん、また一回りたくましくなったんじゃねーの?」 「やかましいわぁっ! く、くそう。俺様の計画がぁあああ」 しかしステントラは「お前こそやかましい」と一発脳天にげんこつをかまして黙らせた(気絶させた)。そしてガイルと向き合う。 「あの子は?」 「? ああ、小鳥か? さっきテッドがここについたから、そっちで診てもらってる」 ガイルは少し離れた人混みを指さして言った。 テッドは『ガレアン』メンバーを数人、緊急助手としてこき使いながら慌ただしくケガ人の治療を進めていた。そばに、診療所で小鳥用のベッドとしてミリルが作ったかごを置いて。 「そっか」 ステントラはその一言だけをつぶやき黙り込んだ。 「……なぁ、あの子のこと、気になるか?」 「はぁ?」 ガイルはどうでもよさそうに、一言それだけ返してステントラを見た。彼の、小鳥が眠っているだろうかごを見つめる横顔に、いつもの飄々とした笑みはない。 「……私は、気になります」 問いに答えたのは、ガイルよりもミリルの方が先だった。 「羽毛だけならともかく、くちばしも、足の先まで純白という鳥はそうそういません。それに『白い小鳥』というものは、神族に通じます。幸福の女神エリスシアのシンボルでもありますし」 「うん、そう。あの子は神々に通じている。というか、エリスシア神のシンボルっていう『純白の小鳥』もあの子のことなんだよ? ……あーホントは言いたくなかったのにな」 言いたくなかったと言う割に、あっさりそう答えられ、ミリルも、神聖学には疎いガイルですらあ然としてしまう。 つまりは。 「あの子は、神族だ」 神族。 地上とは別次元の世界、天界に住まう神々や、その神々に仕える『光の子』たちの総称。 「そして、確かにあの子は『他人の願いを無条件で叶える力』という特殊な能力も持ってる」 「ちょ、ちょっと待ってくださいステントラさん。私、そんなもの聞いたこともありませんよ? 『願いを無条件に』って……」 「そうだな。神族であれ、人であれ、魔族であれ、そんなものがあったらなんだってできちまう。それじゃ、『ティカ』は壊れてしまう」 すらすらと、まるで歌うようにステントラは説明をし続ける。ゴーグルで隠れた瞳は、目の前にいるガイルやミリルを写していない。 今ではなく、過去を。 「でも、実際は無条件なんかじゃない。『彼女と他人が願いを共にしたとき』っていうのが本来の条件。つまり、願いを叶える……叶えてもらうこと自体はそう難しいことじゃない。その後の自分に対するペナルティもゼロだしな。けど、神族を納得させなきゃならないっていう最高に難しい条件がその前にあるんだ」 「……お前、どうしてそんなこと知ってるんだ?」 ステントラは驚いて顔を上げた。ミリルの反応は、予想通り。 だが。もう一人、ガイルの方は本当に素で、『恐れ』ではなく『好奇心』からそう問いかけていた。いや、少しばかり呆れも混じっているかもしれない。 人間の踏み込めない領域、神々についての知識を今、『人間』が語っているというのに。 「……なぁガイル。お前驚かないわけ? 知識の神ホーセイをまつってるミリルでも知らないことを、一人のメカニックがぺらぺらしゃべってんだぜ?」 「おい、今の質問の意味わかってるか? 驚いてるからどーして知ってるのか聞いてるんだろ」 答えるのも馬鹿馬鹿しい、という風にガイルは答えた。 「お前がはちゃめちゃでワケわかんねぇなんて、会ったときからずっと知ってるさ」 「……あ、そっか」 ステントラはポンと両手を打ち合わせ、にひゃっと変な笑みを浮かべた。 そのやりとりを見て、ミリルは一人ぽかんとする。 「あの、二人とも? えっと、ステントラさん?」 「ああうん、なに?」 「ガイルさんと同じですけど、本当になんてそんなことを知ってるんですか? そんなこと、どんな書物にも伝説にも記されていないのに」 ステントラはぽりぽりと頭をかきながら、口をへの字に曲げて言った。 「聞いたの、本人から。あの子、神族の小鳥に。「私は神族。人の願いが叶えられるのー」って。ま、最初は誰だコイツって思ってたけど」 ガイルとミリルは信じられないような表情をして、顔を見合わせた。 ステントラはボソリと「ツッコミ禁止」とつぶやきながら、さらに続ける。 「まぁ、神族って言っても精霊に近いんだけど……とりあえず、そんなとこ。はいもう説明終わり! 感想は?」 ステントラはかなり無茶苦茶に終わらせて、ビシッとガイルを指さした。ガイルはうーんとうなってから、胡散臭そうにステントラを見て、 「俺から見れば、どーして神族の知り合いがいるんだとお前に聞きたいがな」 諦めたかのような投げやりな口調で言った。それに対し、ステントラも笑いながら答えた。 「へっへ。お前と会うのより前。まだ世界中ブラブラしてた頃にちいといろいろあったんだよ」 「そうかい」 ガイルはすんなり納得……というか完璧に投げ出したが、ミリルはまだ引っかかりを覚えていた。 ガイルが前に一度だけ、「大体十歳くらいの頃に、初めてステントラと会った」と言っていた。彼は今確か二十ほどで、ステントラも彼とそう変わらなく見える。ということは、ステントラは十歳よりも幼い頃にあの神族の小鳥と会った、ということになる。 だが、彼は今なんと言った? 『世界中ブラブラしてた頃だよ』 つまり、七歳とか八歳程度で世界中を旅していた? プルプルとミリルは頭を振った。さすがにこの世界でもそんな年齢の子供が自由気ままに旅ができるわけもない。まぁどこかの旅商人にでもくっついて流れていたとそんなとこだろ、と適当に整理をつけてミリルは、顔つきを改めてステントラを見た。 「……ステントラさん、もう一つ聞いていいですか?」 「ん?」 「それではあの子は、……『なんの精霊』なんですか?」 ステントラはミリルの質問を聞いて、一瞬言葉に詰まったように見えた。だが、残念そうに首を横に振ると、ステントラは遠くにいる人物を見る。 テッドは小さなかごを大切そうに抱えて、ケガ人の間を歩いてまわっている。動けない人たちは、そのかごの中を見て顔をほころばせたりしていた。 「言えない」 「……」 ミリルは表情を変えずに、一言だけ答えた。 「分かりました」 ……重く、窮屈な沈黙が訪れた。 「……あーもー、もういいだろ? こんな暗い雰囲気うんざりだからさぁ。そういえば、この盗賊ってどうなるの?」 「ああ、レイドが言うには、『ガレアン』フィロット支部にある牢屋にしばらくぶち込み。それから、首都にある本部へ『鳥』で連絡して引き取ってもらうそーだ」 「ふーん」 ステントラは自分で聞いておいて、どうでもよさげに答えた。数秒して、ステントラが突然ふふんと自慢げに鼻で笑う。 「どーだ、今俺が心底すごいヤツだなぁ〜って思っただろ? そーだろ絶対。いやいや、正面から言ってくれてかまわないんだよアッハッハ」 (『人間になれる小鳥の知り合い』から『神さまと知り合い』にレベルアップってところか。もうコイツわけ分からん) そう思いながら、ガイルは一言だけ言った。 「……いや、やっぱお前って人間びっくり箱」 何もないところで、ガクッとステントラが器用にコケる。 と、そこへ。 「ステンレスさーん? あ、いたいた」 「……もう訂正する気も失せました」 パタパタと包帯や薬を持って、ティルーナが近づいてきた。ミリルは硬い表情をようやく崩し、微笑みながらティルーナを迎えた。 「それ、ステントラさんに?」 「はい〜、もらってきました。ほらステントラさん、手当てしますよ!」 「いや俺もう傷ふさがったから、ミリルのおかげで!」 「ふさがったことはふさがりましたけど、いつまた開いてもおかしくない状態ですから、別に手当は無意味でありませんよ。はい、諦めて上着を脱いでくださいね。包帯お腹に巻きますから」 「げぇ〜」 ガイルはその様子を見て、知らず笑みをこぼす。 ふと反対側を見ると、フェラードがだいぶん落ち着いた様子で部下たちに指示を出していた。その隣で、カッティオも何か紙に書き留めている。ガイルは何か手伝う事はないか、聞きに行こうとした。 そのとき、また爆発が起こった。 |